東方素手喧嘩録   作:寄葉22O

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あー、引きこもらーで積みゲーがとけていくぅ


第2話

「ほらよ、今日の分だ。並べ並べ!」 

 

日本の片隅、残暑が残る秋の入り口、夕暮れ時。

辺りには瓦礫と重機、それに統一感のない服装をした男達。周りはパイプを組み合わせ工事用の養生シートがかけられた簡易的な壁に囲まれている。

 

 

 

お世辞にも綺麗とは言えない男達が粛々と一列に並び、監督の腕章を着けた男が茶封筒を各々に渡していく。

 

労働者であろう男達は茶封筒を受け取り、中身を確認したりそそくさと立ち去ったりと思い思いに終業後の細やかな幸福を満喫していた。

 

「……うっす、お疲れさまです」

 

「おう、若ぇの。お前来てから助かる。また頼むわ」

 

言葉少なに茶封筒を受け取った、周りの男達の見た目からするとかなり若い容姿。

 

身長は180前後、伸びっぱなしのざんばら黒髪はヘルメットをかぶっていたせいでペタンコ、顎には無精髭、元は白だったであろう薄汚れたTシャツに、下はほつれが目立つ某大衆メーカーのジャージ。

一見平凡そうな顔立ちではあるが、無精髭と所々にある古傷も相まって人相は悪い。実年齢は30前半だが、周りの年齢層からすれば十分に若くはある。

 

 

その男を形容するならば色々な文言があるのだろうが、全てを霞ませるほどの特徴がその若い男にはあった。

 

 

Tシャツをこれでもかというほど拡張させている大胸筋。

やや寸足らずのTシャツとジャージの隙間からは鋼鉄を思わせるような腹筋に腹斜筋が覗く。

外気に晒した上腕二頭筋から前腕は乙女の腰ほどもあるかと思わんばかりに太く、逞しい。

ジャージが悲鳴をあげるほど隆起する大腿四頭筋。

背か首か分からないほどに発達した僧帽筋。

 

そして、顔もそうであったが、覗く皮膚に悉く、激しいほどに刻まれた古傷群。

傷を傷で隠すような古傷群は、よくよく見聞してみると、円形の物から体を横断するような物まで様々であることが分かる。

 

見た者は一様に想像するだろう。この男の異常性を。

しかし、誰に想像がつくだろう。この男の異常性に。

 

目の前の男の半生を。

 

目の前の男の戦歴を。

 

目の前の男の強さを。

 

 

一体、誰が想像出来るのだろう。

 

 

 

 

 

若い男は茶封筒をポケットへ捩じ込みその場を後にしようとするが

 

「おう、にぃちゃん!相変わらずすげぇ体してんなぁ!なに食ってんだ!」

 

薄汚い男達が良識の範囲内で飲み放題である麦茶の紙コップを片手に、若い男に声を掛ける。

 

異質な若い男の風貌にも物怖じしない、悪気もない陽気な姿。

今まで生きてきた経験なのか、ただ単になにも考えていないだけか。

元より、こんな身分証明を必要としないようなほぼ非合法のアルバイトに集うものなど、脛に傷を持つ者達ばかりだ。余程の阿呆か特大の馬鹿しかいない。

 

薄汚い男達は、異常性を抱える若い男に何一つ遠慮する様子はない。

 

「……いや、別に普通っすよ」

 

若い男はそんな男達に対して少しだけ嘆息しながらもそう答えた。

 

「普通なわけあるか!あんなにガラ積んだ三輪押してるの見たことねぇぞ!重機でも使ってんのかって!」

 

一人の男の賑やかしに、周りの男達も同調する。

 

「あんちゃんがコンクリート素手で割ってたの見た時は腰抜けるかと思ったわ!!」

 

「それは盛りすぎだろぉ~!」

 

「いやいやいや、本当だって!こう、バキィッて!」

 

「そんなんで壊れたらドリルなんていらねぇんだよ!」

 

「俺は軽トラ素手で押してたの見たわ…」

 

「俺はダンプ押してるのを……」

 

「ショベルカーと力比べしてるのを……」

 

酒でもないのに麦茶を片手にやいのやいのと盛り上がる男達。

若い男はその光景に辟易しながらも、話にのらりくらりと相槌を打ちながら、麦茶を紙コップに注いで口を潤す。

 

 

義務教育程度しか学がない若い男ではあるが、人付き合いが悪いわけではないし、コミュニケーション能力に問題があるわけではない。

むしろコミュニケーションという面では誰よりも敏感で目敏い。

言葉で、表情で、体さばきで、視線で、殺気で。

 

相手が何を思い、何を考えているのか。

相手が喜ぶことは?嫌がることは?求めることは?敬遠することは?

 

常に察知し、想像し、先読みし、そして行動を起こす。

そこに使われるツールが、拳か言語かの違いなだけで、若い男は誰よりも雄弁で熟達している。

 

「……そういえば…前に話していたあれってどうだったんすか?」

 

若い男が話題の隙間に、一際大きい声で喋っていた男に言葉を投げる。

 

「お?前のてーっと……あぁあぁ!あれな!若いの、気になるか?えぇ?いやぁ、なけなしの金はたいて行った甲斐があったんだよ!」

 

その一言で話題は流れ、どこぞのキャバ嬢が俺に気があるだとか、あそこの風俗は外れが多いだとか、極めて下世話な話で盛り上がり始める。

 

話題の輪が自分から離れていったのを確認して、若い男はぐいっと麦茶を飲み干す。

 

「んじゃ、おつかれっした…」

 

その言葉はガヤガヤと話続ける男達の声に欠き消され誰にも届くことはなかったが、若い男は気にすることもなくその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰りの道で行き付けのコンビニに寄り、値段の割にはボリューミーな弁当とサラダチキンを幾つか、それに炭酸水のペットボトルをカゴに放り込む。

 

「あーーしゃっしゃー、ましゃこしっさーせー」

 

茶封筒から直接出した現金で支払いを終え、やる気のない金髪のコンビニ店員の声を背にコンビニから出る。

 

 

 

 

 

 

 

男が歩を進める度にガサガサとビニール袋が音を立てる。

 

辺りは繁華街、辺りは暗くなりつつある。気崩れたスーツの男が肩を組んで歩き、柄の悪い男達が道端で座り込みガハガハと笑い、呼び込みであろう若い女が獲物に目を光らせている。

 

この辺りはこれからが本番といったところか。

 

 

汚ならしい格好で明らかに場から浮いている男に、周りは見て見ぬふりを決め込んでいた。

 

マトモな者であればその汚ならさに敬遠し、呼び込みの女はその姿に眉を潜め、喧嘩慣れしている者はその風体に目を逸らす。

 

 

 

そんな空気の中、男は迷うことなく歩を進め、あるビル群の隙間に身を滑り込ませる。

 

雑居ビルの隙間。ゴミが散乱し、室外機からは生ぬるい風が吹き出している。

無論人影など見当たらず、表通りの喧騒が遠く聞こえる路地。

 

 

「……よっ」

 

 

気の抜けた掛け声とは程遠い、力強い踏み切り。

爆発的な脚力は男の体を宙に打ち上げる。

片手にビニール袋をぶら下げたまま、ビルの僅かな突起を掴み、壁を蹴り、上に落ちるかのようにスムーズに、変態的に、ビルに《昇る》。

 

 

数秒後、なんの事もないかのように、男は7階建ての雑居ビルの屋上に居た。

 

 

ろくに管理されていないビルの屋上は、男が此処を不法占拠してから、男以外誰も踏み入れた痕跡もない。

 

せり出した屋根を雨避けにして、チマチマと集めた段ボールや布地を組み合わせた、みすぼらしい我が家に男はドカッと腰を下ろす。

 

ガサガサとビニール袋を漁り、なんの感慨も無いままにコンビニ弁当を貪り食らう。

いつもの味が、男の口内を満たす。

 

ムシャムシャ…ガツガツ……モモッ……ゴクンッ

 

プシッと炭酸水のキャップを開き、ペットボトルを逆さまにする。

ゲフッと炭酸を大気に返し、腹をゆっくりと擦る。

 

 

夜空は晴れてはいるが排気ガスのせいか、顔を覗かせ始めた月はうっすらと濁り、ぼんやりとしている。

 

辺りは静かとは言い難く、眼下に栄える人々の喧騒が、熱気がビルの屋上まで届いてくるかのようだ。

 

 

 

 

男は無意味に月を眺め、腹の具合が落ち着くとノロノロと立ち上がる。

 

 

広いとは言えない屋上。用途も分からぬパイプがせり出し、床も汚れ放題。

 

 

男はゆっくりと両腕を上げる。

 

顔のやや下にゆとりをもって握られた両の拳が添えられ、脇は拳一つ分空けられている。

両足は大体肩幅前後に開かれ、膝は僅かに曲げられている。重心は爪先寄りだが足底全体で接地面を支える、何があっても即応できる理想的なリラックス。

 

格闘技で言えばボクシングスタイルに近いが、それよりもやや軽やかさに欠ける様な立ち姿。

 

 

男はその肉体から想像できないような緩やかさをもって拳を突き出す。

 

パンチというには迫力がない。

 

ゆったりと、虚空をなぞる様に、空気感を確かめる様に、拳を突き出し続ける。

 

幾数か打ち出しているとその拳はスピードを上げていく。

 

蝿が止まりそうなパンチから、徐々に徐々に、ギアをローから暖めていくように。

 

シュッシュッ…

 

ヒュンヒュン…

 

ボッボッ…

 

男のパンチは常人では残像しか捉えられない速度まで加速していく。

 

彼の右フックが、左アッパーが、空気を切り裂く音だけを残して放たれる。

 

 

そのうち、空気を切り裂く音が変わる。

 

 

パァンッ!!

 

 

平手で頬を叩くような音。

 

男の拳は、空気の壁を叩くまでに加速していた。

通常であれば、人間がマッハの壁を越えるには戦闘機を持ち出すしかない。

しかし男は拳一つで音速の壁を越える。無論、生身の人間が音速を越えればただではすまない。

 

しかし、男の拳は幾度の骨折や脱臼で骨はひたすら折れぬように自己回復をし、幾度の擦過傷や裂傷はその皮膚を塗り固めるように堅牢な上皮を形成した。

コンクリートをぶち抜くレベルまで硬化された拳は、どれ程の鍛練の上に、どれ程の闘争の果てに手に入れたのだろうか。

 

小規模な爆発を伴っているようなシャドー。

此処が静かな住宅街であれば、その異音に気味悪がる住民もいたであろうが、その程度の音は辺りの喧騒が欠き消している。

 

 

男の額にうっすらと汗が浮かぶ頃に、拳のスピードは落ち、再び蝿が止まりそうな突きを繰り出して、男のシャドーは終わる。

 

シャドーとはいっても、男は何も想像していない。

屈強なボクサーも、人間大の昆虫も、男の想像力では具現化はしない。

ただただ拳を突き出すだけの、幼稚な遊び。そこに技術はなく、想いもない。

 

誰かを越えたい、誰かを倒したい。

強くなりたい、負けたくない。

 

アスリートならば誰もが持っているであろう気持ちが、男にはない。

 

鍛練に暇潰し以上の価値はなく、趣味ですらない。男はそれ以外、知らないのだ。

 

 

無論、男の中に燻るモノはある。

 

 

闘争。ただそれだけを求めていた。

 

 

男はただ、闘いたかった。

拳でも刃物でも拳銃でも大砲でもなんでもいい。

 

自身と向き合ってくれるモノと、ただ闘いたかった。

 

その先にあるのが勝利でも敗北でも構わない。

 

ただただ、闘争を求めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんばんは、お兄さん」

 

 

 

 

 

 

 

そして、男の願いは、ようやく叶う。




ゆかりんかわいいよゆかりん


次回
ルールを決めるところまで。
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