東方素手喧嘩録 作:寄葉22O
相変わらず人里の住人からは遠巻きにされている男だったが、忌避されることはなかった。
人里の守護者である慧音、稗田の守り手の守人衆と一緒にいることが多く、住人ではないが迷いの竹林で何かと世話になることがある妹紅との付き合いがある。
それに寺子屋に通う子供達の遊び相手になっていることもあり、それなりに受け入れられている、というのが現状というところだ。
守人頭をぶっ飛ばしたことは住人には伝わることなく、居合わせた守人衆で秘にされ下働き共々口外しないように言い含められたそうだ。守人衆にとっては醜聞になる故に。
守人頭の怪我の真相は語られなかったが、妖怪退治の負傷、という噂が出回るのは守人頭の過去の行いからしても当然といったところか。
そもそも、当の守人頭が親しげに話している姿も、守人衆の一部が兄者兄者と慕っている姿すら見られている為に、誰も男に結び付ける者はいなかった。
男は慧音の手伝いと子供の相手、守人衆の立ち合いをこなしながら、幻想郷縁起の複写を待っていた。
そんな居候の身を立てる一助となっている守人衆との関わり。
最初こそ若い男のみだった指導擬きだったが、みるみるうちに力をつけていく若い男に感化され、何人かの守人衆が教えを乞うた。
現代社会において、強さとは大きな意味を持たない場合が多いが、ここは幻想郷。
ましてや守人衆という強さという絶対的な物差しがある集団では、誰もが貪欲であった。
無論、教えを乞うた者の誰もが才能や根性があったわけではなく、途中で男の強さから目を逸らした者も、諦め寄り付かなくなった者もいる。
特に古参の者は端から男を見てみぬふりをしていた。
どう足掻いても勝てぬ相手。それを直感して二の足を踏む。自己の実力で満足してしまう。
彼らには、果てしない頂を見上げて挑もうとするには若さも、無謀に挑戦する馬鹿さも足りなかった。
唯一古参の中では、守人頭が大馬鹿野郎であっただけだった。
しかし、確かに風が吹き込んでいた。
古参の者は下であったはずの者がみるみる追い付いて来ている事への焦りに腕を磨く。
若い男を筆頭とした若輩者は、若さを原動力にがむしゃらに腕を磨く。
守人衆はかつてないほどに切磋琢磨していた。
「ふぁーあ……」
その吹き込んだ風は、道場の隅で呑気に欠伸をしているわけだが。
ちゃくちゃくと育っている未来の好敵手、今も蔓延っているだろう強敵を思うと、この暇な日々ものんびりとやり過ごせていた。
守人衆が各々何かしらの任務や役割を果たしている時に、時たま道場が空になる時がある。
その時に男は場所を借りて、武を振るう。
今日の武は、舞いだった。
飛び、跳ね。振り、振るい。
天井に届きそうなほど高い打点。
地面からの強襲を思わせる不自然な回避。
スルリと風を捉えるような身のこなし。
手は拳ではなく、抜き手。
足は蹴りではなく、爪先で貫くような突き。
不意に舞い上がったかと思うと空で啄むような三連蹴。音もなく着地し羽ばたくように再び飛び上がると、目にも止まらぬ速度の突き突き突き。
何れもまるで槍のような鋭さを伴い、虚空を抉る。
男には翼も嘴も羽もないが、その脚は翼のように身を空に打ち上げ、その腕は鋭利な嘴を錯覚させ、フワリと舞う衣服は纏う羽々を彷彿とさせる。
人をして鳥類を思わせる。
空に舞い、風を捉え、急降下し、獲物を狩る。
優雅に毛繕う鶴のようで。
狡猾に知恵を働かせる烏のようで。
雄大な山々を飛び回る鷹のようで。
侍をして斬ることの出来ない燕のようで。
男は今、間違いなく鳥に類する何かであった。
そして、想定していたのは、蟲。
己の身の丈を遥かに越える、巨大な昆虫。
力強く、硬く、速い。目の前にしてみれば絶望的な存在。人間大すら越えるような体躯。筋肉ではない独特な稼働機関。
厳密には昆虫ではなく、多足亜門、唇脚綱に属する接足動物、百足。
その見た目の特異さにて、忌避される害虫である。
それが男のイメージ。
つい最近に闘った、好敵手。大百足。
相変わらずイメージが貧困な男であるが、実際に対面し闘った相手を想像する事位は可能。
自らの技術を対大百足用に昇華し、それ用の格闘技を模索していた。
頭突きが、胴回し蹴りが伝えた甲殻の硬さ。内臓器の柔らかさ。多足による加速。胴節の柔軟さ。地面を潜るという特技。
最初こそ荒々しく力任せに闘うことしか出来なかった男であったが、すぐに武術が大百足に馴染んでくる。
一舞毎に洗練される。
対大百足戦に、武術が最適化されていく。
その結果が、舞い飛び貫く武。
中国拳法でいうなれば、動物を模した象形拳に近い。
それは奇しくも、鳥と虫、捕食者と被食者と成ることになった。
ある意味では自然界のヒエラルキーの絶対さを感じざるを得ない。
数日の間、道場に誰もいない僅かな時間のみで、対大百足用武術を完成していた。
天武の才。
闘うことだけに特化した、奇才。
闘うことだけに全振りした、鬼才。
なんという喜劇、なんという悲劇。
この才能がスポーツに向いていれば、男はあらゆる競技を総舐めにしていただろう。
才能の無駄遣い。
しかし、それは他人からの視点であり、男本人にとっては関係ない。
男はそれで、満足してるのだから。
男が一際大きく羽ばたき、頭が天井にぶつかるのではないかと思うほどに飛び上がる。
「ふっ…シィッ!!!」
鋭く吐き出された気合いは、鳥の短い鳴き声の様に響く。
目を疑うような高速の手足の突き。
それも360度全方位に無数の突きを放つ。
まるで球体のような突きの連打。
空中だからこそ全方位攻撃が出来るが、そもそも空中で出来ることではない。
そこには足場がない。しかし重力がある。
どんな平衡感覚と身体操作があれば可能なのであろうか。
いや、そもそも人間に可能なのだろうか。
それこそ空を飛ぶという幻想を実現させねば届かない。
此処幻想郷で、幻想の様な武を見せる男は果たしてどちら側のモノなのだろうか。
無数の突きは、空気を貫き混ぜる。
男によって、正しく守人衆の道場に、風が巻き起こった。
先程の荒れ狂う暴風の様な攻撃を感じさせず、スッと音もなく着地する男。
一息だけ深呼吸して顔を上げる。
「…………」
「…あれ?なにしてんの、妹紅?」
道場の正面玄関で立ち尽くしていた妹紅に気付いた男。
ここ数日でわりとフランクに妹紅に接するようになれたのは、妹紅の人柄故か。
綺麗な白髪である妹紅が呆けた様に立ち尽くす姿はある意味幽鬼の様。
「…………」
「ん?おーい?」
反応の無い妹紅に近づく男。
「……えっ?お、おう。久しぶり…?」
「いや、さっき朝飯一緒に食ってただろ…」
妹紅の間の抜けた返事に首を傾げる男。
「そ、そうだったな、……さっきぶり?」
「お、おう」
なんとも締まらないやりとりだった。
「しっかし………舐めてたわ」
「…ング…ング…プハッ。何が?」
道場の一角にあった水差しから、一杯の温い水を一息に飲み干す男。
妹紅は未だに心此処に有らずといった感じに道場の壁に背を預け、天井を見上げていた。
「いや、お前の凄さ」
「……はぁ?」
「ありゃなんだよ、普通に飛べない奴があんな事出来るなんておかしいだろ。つか、飛べたってあんなこと出来ないから。天狗かなんかか?」
「そこは…まぁ…頑張ってるし」
「人間が頑張ってあれが出来るなら、妖怪なんかもういねぇよ…」
はぁ、と大きなため息をつく妹紅。
吐き出した息は熱を帯び、虚空を見つめる瞳はキラキラとしており、先程の風景を思い返しているように見えた。
それため息は呆れではなく、感嘆に近いものなのだろう。
水を飲み干した男は妹紅の横に腰を下ろす。
「人間の極地…かぁ」
「…なに?それ」
「いや……ただ…本当に眩しいなぁっ……てな」
「眩しい…?」
男は周りを見回すが、直接日の光は当たってはいないし、日の光以外に光源になるような物はない。
理解出来ない男は、首を傾げて妹紅の顔を見ることしか出来ない。
「分からなくていいよ。きっとこれは、人を外れた奴にしか分かんないし」
「…そんなもん?」
「そんなもんさ」
ふふっと笑う妹紅に、更に疑問を深めるしかない男。
「それにしても…格闘技かぁ」
よっこいせ、と立ち上がる妹紅。
「今の外の人間って皆佐藤みたいな奴らばっかりなの?」
「だったら…良かったんだけど…」
「だよな。だからわざわざ大妖怪と闘いたがってるわけだしなぁ…」
それもそうかと一人で頷く妹紅。
「実際のところ……どうなんだ?やっぱり強いよな…大妖怪。そりゃ大が付くくらいだしな…」
「そりゃ強いに決まってる。伊達に大妖怪なんて言われちゃいない。人喰いから亡霊までなんでもござれ、それこそただの人間が相手になるような存在じゃない」
「だよなぁ……」
グッと右手で左手の拳を包み、顔を伏せる男。
妹紅はそんな男を見て、ビビったのか?と、からかってやろうかと思ったが、男の表情を見てどうやらそんな気も失せたらしい。
男は、笑っていた。
にんまりと、満面の笑みを浮かべていた。
幼い少年のように、ワクワクとした表情。
心配するだけ、馬鹿みたいだ。
「はぁ……。ほら、行くぞ。この後は慧音の手伝いだろう?」
今度こそ呆れのため息をついて立ち上がる妹紅。
「え?…あ、もうそんな時間?」
「昼飯拵えて待ってるだろうさ、とっとと行こう」
先に歩き出した妹紅を追い掛け、男も道場を後にする。
幸い道場には鍵はなく、わりと自由に出入りできる。
無用心というよりは、常に誰かしらの出入りがあり、この人里において守人衆に盗みを働くような命知らずはいないという証でもある。
「慧音はコイツの闘ってるの見たことある?」
「ん?佐藤がか?いや、ないな」
「すんげーぜ?長く生きてきたけどあんなの見たことないわ。いやぁ慧音も居たら良かったのに」
「ふむ、見てみたいものだな」
妹紅は自慢するように語る。
そんな妹紅を受け流すように相槌を打つ慧音。
そんな二人の横で手狭な机に向かう男。
多少打ち解けたとはいえ、この二人の間に入るのは未だに慣れない男は黙々と作業をこなす。
「ありゃ達人だな、達人」
「ほほぅ……。む、佐藤、次はこれだ」
「は…はぃ…」
息も絶え絶えな男。
どんなに素晴らしい武を振るえても、机に向かう事は一生慣れないだろうと男は確信する。
「そういえば達人といや、紅魔館の門番も武術の達人って話があったな」
「む?確かに里の腕に覚えのある者が度々挑戦している、というのを聞いたことがあるな。あの館の従者はわりと人里に買い物に来るが…門番とはあまり面識はないな」
「私も前に博麗んとこで宴会があった時にちょろっと話しただけだわ。えーと…紅美鈴だったか?」
「そうだ。私もそこまで知っているわけではないが、初対面でも穏やかで話し易かったぞ。挑戦者も無事に帰してくれるようだし、珍しく温厚な妖怪だ」
「なーんかあんまり記憶に残らないんだよな、弾幕ごっこもさして強いわけじゃないみたいだし」
「まぁ武術と弾幕ごっこでは比べられないのではないか?……む、佐藤。どうした?」
机に向かったまま、ピクリともしない男。
「……………」
「し、死んでる!?」
生きてた。
「うーむ、国語はダメか」
「うす……」
「では、算数と理科を主に頼むか。…おっと、そろそろ午後の授業が始まるな。これと…これ。終わったらまた子供達が佐藤と遊びたいらしいから、それまでに頼む」
「うす…」
「では、行ってくる」
トレードマークの不思議な小さな帽子を頭に乗せて出ていく慧音を見送る。
見送って暫く。
頼まれたテストの山。
武を振るっている時のキラキラとした瞳はなく、死んだような瞳。
「なぁ…妹紅…」
「んー?なんだー?」
「……手伝って…くれないか?」
「い・や・だ」
神は死んだと嘆きたくなった男だが、幻想郷にはわりといるので無効だろう。
なんとか慧音の手伝いを終え、子供達の遊具という大役を終えた男。
晩飯を御馳走になり、いつもの様に誰もいなくなった寺子屋の一室に寝転んでいる男。
何時もならこのまま寝てしまうだけなのだが、カチリと内鍵が外され玄関が開く。とつとつと足音が近づいてくる。
男が間借りしている部屋の戸が控えめに叩かれる。
「佐藤、少しいいか?」
もし寝ていれば聞き過ごしてしまうようなそんな小さな声。恐らくは寝ているかもしれない男に配慮していることは想像に容易い。
「あれ…慧音さん?どうぞ」
「良かった、まだ起きてたか。失礼する」
そう言って顔を覗かせたのは、間違えることなく慧音であった。
慧音は一冊に纏められた紙束を胸に抱えていた。
「それって……もしかして」
「ああ、つい先程終わったよ」
慧音から差し出された冊子を大事そうに受け取る。
表紙には男が読み取れる文字で『幻想郷縁起』と書かれていた。軽く捲ってみると、中の文字も楷書体で書かれている。
「夜も更けたし、明日でも良いかと思ったが…楽しみにしていたようだしな……ってもう夢中か…」
男は幻想郷縁起に釘付けになっていて、慧音の言葉が届いていないのが明白だ。
「こらっ」
コツンっとノックの様に頭を小突かれ、我に返る男。
「えっ!あ…」
「夢中になるのはいいが、夜も遅い。また明日にするんだ」
「う………うす」
「よし。ではまた明日」
慧音は渋々といった表情の男に苦笑しながら寺子屋を後にしていった。
「~~~~~っ!」
男は目の前に置かれた幻想郷縁起とにらめっこしていた。
ここまで本を読みたいと思うのは、男の中で人生初めてのことではなかろうか。
しかし、慧音にはああ言われたことで葛藤が生じた。
普段なら知ったことかと好き勝手にするのだろうが、なんとなく罪悪感を感じている。
「………寝るか」
暫く悩んだ後に、男はそう選択した。
無頼に生きてきた男であったが、生まれ落ちて三十数年、社会を学ぶ。
あぁ……まだ人里だ。戦闘はまだなんだ…すまない。
燃え尽きてはいないんだが、戦闘が上手く纏まらない。これは刃牙をまた読み返すしかないな(決意)。
俺…これが終わったら…恋姫SS書くんだ…。
次回
まだまだまだ人里あたりまで。