東方素手喧嘩録 作:寄葉22O
◇
幻想郷縁起複写の完成。
それは男にとっては待ち望んでいた瞬間であった。
慧音も妹紅も男はすぐにでも旅立つのだろうと心の何処かで思っていたが、実際には男はわりとのんびりとしていた。
完成の翌日もいつもと変わらない様子で、午前中は守人衆の道場へ、午後は寺子屋の手伝いと子供の相手。
日課になった三人での夕飯を終えて、男はそのまま寺子屋の仮住まいへと帰っていった。
そんな変わらない日々が、もう三日を過ぎようとしている。
「なぁ……慧音」
「…ん?なんだ?」
最近までは幻想郷縁起の複写に使っていた、寝る前までの時間。
それ以前は寺子屋の仕事をしている事が多かったが、男の手伝いもありのんびりと茶を啜る事が出来ている。
食休みが終われば歴史の編纂作業に勤しむのだろう。
「佐藤……今日もなんも言わなかったな」
「そうだな。まぁ子供じゃないんだ。出て行きたくなったら行くだろう」
「………」
なにも思わないのかと問い掛けそうになって、妹紅は止めておいた。
歴史の編纂そっちのけで複写を優先していた慧音だ。なにも思わない訳はない。
「はぁ~あ…」
「そんなため息を付くくらいなら自分で聞けばいいだろう」
「そうは言ってもなぁ…」
尋ねてしまえば終わってしまいそうで、その言葉を噛み潰した。
人間と距離を置いていた妹紅。
蓬莱人である妹紅にとって、共に歩むには人間の寿命は短すぎた。
人を遠ざけ孤独であろうとするのは、妹紅の悲しい自衛手段だった。
長命の者や、永遠を生きる者とは比較的友好関係を…一部例外はあるが…築いている。
だが、ひょんな事から男と関わってしまった。
男の成り立ちに同情し、共感してしまった。
なんとなく気になり、ほとんど慧音の家の居候と化している。
なによりも…あの武。あれを見てしまった。
永遠の間に間に、磨り減りきったと思っていた心が脈動してしまった。心が高鳴ってしまった。心が躍ってしまった。
生娘のように盲目でいられたら、悩みはしなかっただろう。
しかし、生娘でいるには妹紅は年月を重ね過ぎていた。
必ず訪れる、死という絶対的な別れ。
イヤと言うほど理解している。何度も何度も、何度も何度も何度も…数え切れないほどの別れを繰り返して来た妹紅。
憧れれば憧れるだけ、想えば想うだけ、その絶対的な別れは、刃となって妹紅に突き刺さる。
その痛みを…妹紅は知っている。
だが、こうして惹かれてしまった。
あのどうしようもないほどの戦闘狂いに。
あのどうしようもないほどの死にたがりに。
あの眩しさに。輝きに。魅入られてしまった。
膨大な闘いの果てに、凝縮され続けた強さの宝石。
その輝きは、人間からすれば恐ろしさしか感じない狂気の代物だが、人を外れた者にとっては…珠玉。
見続けていたいと…あわよくば手に入れたいと…夢想してしまう。
「なぁ、妹紅」
「んー…?」
「別にいいじゃないか」
「…なにがさ」
「後先考えなくても」
「…………」
ジロッと慧音を睨む妹紅。
それが出来たら苦労はしない…と言外に伝える。
「とりあえずしてみよう。それは怖いことかもしれんが、後からこうしておけば良かった、と後悔するよりは前向きだと…私は思うがな」
「……前向きなんて…疲れるだけだ。後悔は時間が解決してくれる。私には無限に時間があるんだから」
事実そうしてきたし、そうなってきた。
大きな憧れを抱いた者も、激しい憎悪を抱いた者も、狂おしいほどの恋慕を抱いた者も、悠久の時の前に皆等しく流れていった。時間が全てを押し流していった。
結局妹紅の手の中に残ったのは、流されていかなかったのは…自分自身と同じ時を過ごせる者達だけであった。
「いつか別れる。いつか離れる。いつか死ぬ……。そんなのはもう…腹一杯なんだよ」
「ふむ……」
慧音は妹紅の言葉に共感もしたし、同情もした。しかし、同調はしなかった。
「それが妹紅の選択なら構わない。それを尊重するし、なにも強制はしない」
「…………」
「だが、私は……関わるよ」
「……後悔するぞ?あれは…死ぬ」
「知っているさ。妹紅程ではないが、私だって何人も見送って来た。感情が時間に押し流される様を見届けて来た」
「だったらなんで…関われるんだよ」
「そんなもの簡単だろう」
何を言っているんだ、と心底理解できないといった表情を浮かべる妹紅。
「私が関わりたいからだ。佐藤という者が紡ぐ歴史を、見届けたいからだ。死ぬとか生きるとかそんなことは些細なことだ。私がそう、決めたのだから」
なんという利己的な理由。自分本意。
しかしそれは、ぐうの音も出ないほどの正論。
誰彼がどうこう言う問題ではなく、慧音自身の選択だった。
「それに……妹紅」
「…なんだよ」
「あーだこーだと言ってはいるが……今この時、妹紅が此処に居る時点で、佐藤と関わっていることを自覚しているか?」
「…えっ」
「関わりたくないなら近寄らなければいい。しかし、事実普段なら寄り付かない人里にわざわざ入り浸っている…これが関わりたくない者がすることかな?」
「あっ……うっ……」
その通りなのだ。
今まで通り、集団を抜け、一人なんのあてもなく過ごせばいい。
馬鹿な人間が一人いたなと、些細なことだと知らんぷりすれば良かった。
「…語るに落ちたな?妹紅」
「~~~~っ!」
ニヤニヤと眺める慧音に、手近にあった本を投げつける妹紅。
パシンと難なくキャッチされ、ニヤニヤという笑みは引っ込むことはなかった。
「本を粗末に扱わないでもらいたいのだがな」
「……ふんっ!」
朱の差した頬を隠すために、慧音から背を向けてゴロンと寝転がる妹紅。
「全く…」
そんな素直になれない妹紅に、ふっと笑いを溢す。
「そうだ、一つだけ訂正しておこう」
「……訂正?」
不貞腐れていた筈の妹紅だが、振り向かないながら律儀に返事は返すあたり、妹紅の人の良さが滲み出ている。
「たぶん佐藤は…簡単には死なん」
「は?あの戦闘狂の死にたがりが?」
「ああ。妹紅にはそう見えるだろうが…あれは何よりも、生き汚いよ」
「生きたがりがわざわざ死ぬような相手を探すか?」
「まぁ…そうだな。だがな、たぶん佐藤にとっては……」
慧音は言葉を一度切って、呟く様に言葉を続けた。
「生きる事が、闘う事なんだろう」
「…?どういうこと?」
「そのままの意味さ。生きるために闘う佐藤は、闘ってこそ、生きているんだろう。それはつまり、生きることにひたすら貪欲…ということなんだろう」
「……訳分からん」
「ふふふ、私も良く分からん」
「……なんだよそれ」
妹紅の呆れた様な言葉、小さく笑うだけの慧音。
「まぁ…確かに佐藤が簡単に死ぬなんて…思えないわな」
その呟きは慧音に届くことはなく。妹紅だけが噛み締めるだけだった。
◇
「おぉ……!?」
男は幻想郷縁起を読み込んでいた。時間をひたすらかけて。
というか、単純に読むのが遅い。
本というものにほとんど触れてこなかった男には速読という技能もなく、その内容は男の琴線に触れる内容。
ページを捲る手は遅々として進まず、強敵の妄想に捕らわれることも少なくはなかった。
それでも三日三晩をかけて、ようやく一通り目を通し終えたといったところだが…
「……もう一回読むか」
旅立ちはもう少し先のようである。
幻想郷縁起の複写が終わってから一週間。
男はようやく重くなった腰を上げた。
「慧音さん、妹紅」
「どうした?」
「んー?」
最早いつもの風景になっている三人での朝食。
「俺…行ってきます。明日にでも」
その言葉に、妹紅はピクリと反応する。
「そうか…。元気でやるんだぞ」
「うす」
「なにかあればいつでも戻ってこい、子供達も待っている」
「うす」
「とりあえずは…挨拶回りでもしてこい。私の手伝いも今日はいい」
「あざっす。世話掛けました」
普段と変わらない慧音に、ペコリと頭を下げる男。
そんな二人のやりとりに混じることなく、素知らぬ顔で朝食を頬張る妹紅。
「妹紅も…色々ありがとな」
「ムグ……ん。おう、まぁ達者にやれ」
慧音はそんな妹紅のなんでもない様子に、何かを決めたのだと、長い付き合いから感じ取る。
二人は男の行き先も、目的も聞くことはなく、朝食はいつもの様に過ぎていく。
あのー作者ですけどぉーまぁーだ時間かかりそうですかねぇー?
次回
まだまだまだまだ……人里編ラスト