東方素手喧嘩録 作:寄葉22O
とりあえずエタだけは避けたいと思うのでモチベ維持にご協力くだしあ。
抜けるような青空。
白い雲が風の赴くままに姿を変える。
目の前に広がる湖は、風が吹き抜けさざめいている。
時折キラキラと太陽光を反射する氷の弾幕が見られるが、それすらもいつもの光景。
365日、天気が違う以外はなんの代わり映えもない光景。
そして、その湖畔に立つのは紅魔館。
吸血鬼の姉妹が住むと言われる、幻想郷でもトップクラスの危険地帯。
過去には紅霧異変の中心として博麗の巫女によって懲らしめられた曰く付きの館。
周りを高い塀に囲まれ、その紅い風貌はある種の不吉な様相を呈している。
館正面には装飾が施された鉄門。
幾日か前に普通の魔法使いにより破壊された門は元の威容を取り戻している、何度壊されたかは数えきれない。
その前に立つ、一人の女性。
腰まで伸ばした紅の髪。
端正な顔立ち、流麗な立ち振舞い。
武術服を彷彿させる、中華的な装い。
紅魔館門番、紅 美鈴。
妖怪としては珍しく非好戦的で、なんなら人間とでも楽しくお喋りする姿すら見られる穏やかな性格。
詳しくは本人も話さないため分からないが、容姿や格好からは中華由来の妖怪であることが伺える。
それなりに古い妖怪ではある様だが、その穏やかさと、特化した能力がないため脅威度としては低めに見られている。
特に今の幻想郷、スペルカードルールが普及し始めてからは顕著である。
『気を扱う程度の能力』を持っているが故に、弾幕戦も出来ることは出来る。
妖怪由来の類い稀な体力、膂力は弾幕戦でも武器の一つにはなるだろう。
確かに幻想郷全体で見れば強者の部類には入る。
しかし、ことスペルカードルールにおいてはそれほどではない、という結論に落ち着かざるを得ない。
なぜなら、本来彼女が扱うのは……武術であるから。
妖怪としての体力も、膂力も、歴史も、経験も、能力ですら、彼女の武術を支える骨子の一要因でしかなく、それを弾幕に転用しているだけなのだから。
故に彼女の本質は格闘戦。
美鈴は装飾を施された鉄門の前に、腕を組み、周りに気を配るように閉眼している。
「……………」
辺りは平和そのもの。
穏やかな陽気に欠伸の一つでも出そうなほどだ。
そんな平和を切り裂くように飛来する銀閃。
四本の銀のナイフがただ事ではない速度で、鉄門の隙間を巧みに潜り抜け、美鈴の頭へ向かって真っ直ぐに飛んでくる。
「………ッ」
腕を一振り。
それだけで四本のナイフは、綺麗に五本の指の間に収まっていた。
「…あら?いつもの
「もぉー!酷いですよ!咲夜さん!刺さったらどうするんですか!」
「いつもは刺さっているじゃない。それに職務中に寝ている方が悪いとは思わない?」
館の正面玄関からゆっくり歩いて来るメイド姿の女性。
格好としては奇抜と言わざるを得ないが、太陽に照らされ輝く銀髪と洗練されたその動作に、素直に似合う。
紅魔館の完全で瀟洒なメイド、十六夜 咲夜。
幻想郷で数少ない、妖怪から畏れられる人間である。
「だとしても人に不意打ちでナイフ投げるのはどうかと思います!」
「いいじゃない、今日は防いだのだから。そもそも人ではないし」
「今日は、ですけどね!?妖怪でも痛いんですからね!?」
怒っている割には丁寧にナイフを咲夜に手渡す美鈴。
「はいはい……でも、どういう風の吹き回し?貴女がこの時間真面目に門番しているなんて……あら、洗濯物取り込んでおいた方がいいかしら?」
「何気に酷いこと言いますね……、私だって真面目に門番しているんですから」
「それは結構。前みたいに白黒の魔法使いに轢き飛ばされないようにしないとね」
「うぐっ!……あれは違うんですよ。ちゃんと起きてましたし…ちょっと気をとられてたというか……」
モゴモゴと言い訳を連ねる美鈴に、溜め息一つ溢す咲夜。
「起きていたならキチンと門番の役割を果たしなさい。パチュリー様、また魔導書盗まれたって萎んでたわよ」
「…それは申し訳ないです」
肩を落とす美鈴。
「……それで?何に気をとられていたの?」
「…えっ?」
「えって、貴女が今言ったじゃない。気をとられていたって」
「え……えっと…本当に大したことじゃ……ないんです。本当にいるかも分からない…不確かで曖昧。ただの……勘のようなものなんです」
「…そんなものに気をとられていたの?やっぱり寝ていたんではなくて?」
うつむき必死に言葉を探す美鈴に、厳しい言葉を返す咲夜だが、表情はどちらかというと心配そうだ。
「ただの夢って言われても…仕方ないものだとは思うんです。でも…私に…私にとっては、必要なモノなんです。それが…近くに…あるような気がして」
あの時。
数日前に普通の魔法使いがいつものように突撃してきたあの時。
直前までは美鈴は、ぶっちゃけ昼寝していた。
あの日も辺りは平和そのもの、夏が過ぎ気候も穏やか。さもありなん。
そんな中、確かに感じた、直感。
心の何処かに、火が付いた。
ハッと目を開くと、湖畔の上空では、さほど珍しくもない、氷精と闇を操る妖怪が弾幕ごっこをしているのが目に入った。
それ自体はいい。ある意味では日常の光景だった。
美鈴は辺りを見回した、己の直感が、無手の者としてのシンパシーが、
胸に宿った火が、パチリと弾けるのを感じた。
そして、致命的なまでに
事が落ち着き、ふと感じる。
胸が熱い。
確かに今も心に、火が灯っていた。
美鈴は武術家から試合を申し込まれることがある。どこからか美鈴が武術の達人であるということを聞き付けた命知らずが何処からかやってくる。
負けても取って喰われるどころか、丁寧に手解きすらしてもらえるとあって、武術家にとって良き師である。
そう、師である。
間違ってもこの世界に、スペルカードルールが普及している此処に、好敵手が現れることはなかった。
なかった、はずであった。
美鈴はその性格故に、馴染もうとした。
仕える主も、その友人も、職場の上司も、狂える筈の主の妹様ですら、馴染んでいる。スペルカードルール。
周りが馴染んでいる、そして自分も、それが普通だと………思いたかった。
しかし、嘘がつけなかった。
他ならぬ自分自身には。
心の何処かの秘めたはずの灰が
心の何処かの輝くことを待つ光が
心の何処かの燻り続けた熱が
燃え上がりたいと慟哭していた。
そこに感じた、投下される
燻り続けた残り火は、今。
炎上している。
「……咲夜さん」
「ん?何?」
「もしかしたら、私を…やっつけるような人が来るかもしれません。弾幕ごっこじゃなくて……これで」
グッと握り締めた拳を空へ突き出す美鈴。
「……なんの冗談?ここは幻想郷よ。貴女クラスの妖怪を弾幕ごっこ抜きにして打倒するなんて…。そもそも賢者が黙ってはいないわよ?本気の戦いなんて…」
「分かっています。でも…そんな予感が…するんです。勿論、誰も来なければ、ただの妄想だったって、ただの泡沫の夢だったって。そんなふうに笑ってください」
ニコリと笑う美鈴。
自分で自分を笑うような。自虐的でありながら、夢見る乙女のような。
「美鈴……」
「でも、もし…その人が本当にいて、もし私がやっつけられてしまったなら…すみません。少しお休みを頂くかもしれません」
「…………。冗談じゃ…なさそうね」
「すみません…」
ジッと美鈴の瞳を見つめる咲夜。
謝ってはいるがその瞳は真っ直ぐに、真摯的に、情熱的に、咲夜を映していた。
何かを決意した、覚悟がある者の瞳。
そこには、法外の熱が込められていた。
見るだけで火傷をしてしまうかのような、気焔。
その熱を目の当たりにした咲夜は思い出す。
(そうだった。紅 美鈴は、こんな瞳をするんだった)
従者の身分からすれば、幻想郷はなんとも良い環境だ。平和。敵の多かった自分達からすれば、なんとも温い。
暗殺に警戒する必要もなく、争いに苦慮する必要もない。
たまにある事件も、博麗の巫女を始めとする実力者達がこぞって解決していく。スペルカードルールという、お気楽さすら感じる決まりの中で。
しかし、その環境は
いつかの戦場、いつもの死線。
幻想郷に来る前にはありふれていた光景。
紅 美鈴はいつも仲間の前に居た。
守護者だった。
その拳で、脚で、身体で。
いつも先陣を切って、闘い続けていた。
幾度打たれようと、幾度倒れようと。
血に濡れ、地面を舐めても。
その熱を秘めた瞳で、真っ直ぐに敵を見据え。
常に仲間の前で闘い続けていた。
その背に、憧憬を抱いたこともある。
その背に、嫉妬を抱いたこともある。
そのどんな感情より、一番大きいのは信頼。
あの背に抱くのは、安心感。
いつも仲間を護り続けた、いつも強者の前に立ち塞がった、紅魔館の門番。
随分と留守にしていたあの頃の門番が帰って来た気がした。
「……お嬢様に直接話しなさい。あの方なら…それが妄想かどうかも分かるでしょう」
「……はい」
そう言って、身を翻す咲夜。
コツコツと石畳に靴音が残る。
「まぁ……」
絢爛な玄関扉に手をかけた時。
振り返らずに咲夜は美鈴に声をかける。
「私なら門番くらいの時間を捻出することくらい、容易いわ。…ただ、無様にやっつけられるのは…許さないから」
「咲夜さん……!」
「久しぶりに貴女のそんな表情を見られたからよ。…でも、お嬢様にはキチンと話をしなさい。それが仕える者としての礼儀よ」
「はいっ!」
凛々と高らかに音が響く。
美しい鈴の音を鳴らして歓迎する。今か今かと心待ちにして。
人類最強が、途方もない歴史へ挑みに来るのを待ちわびる。
至高の
熱い作品であることを重視しますので、どっか矛盾があったりオリジナル設定も余裕で見逃して!
次回
出会い…まで。