東方素手喧嘩録   作:寄葉22O

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今年ももう師走、大人と呼ばれる歳になってから月日が早い…。更新が空いたのもそのせいですとも。きっとそう。


第24話

目的地はそう遠くはない。

 

なんなら周りの風景を楽しむ余裕すらある。

 

 

太陽は朝日の役目を終え、中天に向かって熱量を徐々に増やしていく最中。

 

 

人里を発った男は心に秘めた熱の解放を今か今かと心待ちにしながらも歩みを進めていた。

 

 

 

 

その熱をそのままに、思い起こすのは幻想郷縁起の一項。

 

 

 

 

種族:妖怪

人間友好度:普通

危険度:低

主な活動場所:紅魔館

 

 

男は紅魔館と聞いてティンッときていた。

来て間もなく訪れた湖畔から見えた館。

恐ろしく趣味の悪い紅の館だろうと。

 

 

そこの門番である、紅 美鈴。

 

 

幻想郷縁起による友好度の高さや危険度をからすれば、他の数多の妖怪と比べると男が興味を持つ要素はないはずであった。

 

 

 

だが、幻想郷縁起曰く、武術の達人。

 

 

 

この一節が、どうしようもなく男の興味を掻き立てた。

 

 

 

 

 

 

妖怪の武術家。一体どんだけ強いんだ…と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず…すげぇやぁ……」

 

人里に来た道を戻り、記憶にあった湖に辿り着くや否や視界に入ってくる紅の館。

 

あの館の主……吸血鬼にも勿論興味は尽きないが、それ以上に門番に興味がある。

 

己の直感が、無手の者としてのシンパシーが、好敵手(ライバル)を感じた。

 

男が知ることはないが、奇しくも相手も同じ感覚を得ていた。

 

 

素手喧嘩(ステゴロ)同士は……引かれ合う。

 

 

偶然ではあるが、必然でもあった。

そしてその先にあるのが、闘いであるのは至極当然のことだった。

 

 

 

男はのんびりと湖畔を歩く。

まるで散歩。というよりは散歩そのもの。

 

走ればあっという間に館に着くであろうが、今はそんな情緒のないことはしない。

今から起こるのは、なんとも運命的で、劇的な事なのだ。急いてはいけないと、駆け寄りたい気持ちを押さえる。

 

 

 

それでも一歩一歩進むごとに、徐々に館は近づき、大きな門がハッキリと見えてくる。

その門の前で仁王立ちしている運命の人の姿が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その姿を見た時に、ゾワッと背筋が震えるのを感じた。

 

立ち姿一つで理解する。

 

その武術へ向ける姿勢を。

その武術へ向ける真摯さを。

その武術へ向ける意気込みを。

 

 

思わず、見惚れてしまう。

 

 

闘う事が目的の自分とでは、武術への心構えがそもそも違う。

人間と妖怪では、武術へ向けてきた時間がそもそも違う。

この人と自分では、積み上げてきた歴史がそもそも違う。

 

 

目の前の女性が、どれだけ積み重ねてきたのか。

目の前の女性が、どれだけ鍛え上げてきたのか。

目の前の女性が、どれだけ磨き上げてきたのか。

 

 

想像出来ない。

 

 

このモノは、武術の為に生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

その姿を視界に捉えて、すぐに分かった。

 

 

ゆっくり、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 

 

鼓動が高鳴る。

 

 

ゆっくり、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 

 

頬が熱くなる。

 

 

ゆっくり、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 

 

 

 

嗚呼……私の運命の人。

 

 

 

 

自ら駆け寄りたい気持ちを押さえて、その歩みを待つ。

 

 

彼の全容がハッキリと見える。

 

 

その姿を一目見ただけで、ゾワッと背筋が震えるのを感じた。

 

 

一体、どんな人生を歩めばこんな人間が出来上がるのだろうか。仕上がるのだろうか。

 

 

その豊かな筋肉群は、まるで山の様に雄大で。

その優麗な立ち振舞いは、清水の様に静かで。

その研ぎ澄まされた武意は、刀のように鋭利だ。

 

 

思わず、見蕩れてしまう。

 

 

この人間は、どんな激闘を経て来たのか。

この人間は、どんな熱闘を経て来たのか。

この人間は、どんな死闘を経て来たのか。

 

 

 

想像出来ない。

 

 

 

このモノは、闘う為に生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやく会話が出来る距離まで来ると、女がにこやかに話し掛けてくる。

 

「紅魔館に何か用事でも?」

 

「ははっ…いや、分かってますよね?用事があるのは…貴女です」

 

話す前に、既に通じ合っていた。

 

目の前にいるのは人間でも妖怪でも、ましてや師でも弟子でもなく、男と女でもない。

 

 

一人の格闘家と一人の武道家の出会いだった。

 

 

それは運命的で劇的で……偶然で必然で当然だった。

 

 

 

「良かった……本当に……良かった」

 

 

 

胸に手を当てて、ホッと安堵のため息をつく美鈴。

 

 

 

「俺も貴女と出会えて…良かったです」

 

 

 

照れ笑いを浮かべながら、想いを告白する男。

 

 

 

 

燻る燻る燻る。

 

滾る滾る滾る。

 

燃える燃える燃える。

 

灰が、光が、熱が。

 

 

 

全てを巻き込み炎上する。

 

 

 

二人だけ。二人だけの舞台は、炎上していた。

 

 

男が笑顔で、丁寧に風呂敷を傍らに置き、コキリと肩を鳴らす。

女も笑顔で、グルリと肩を回す。

 

 

最早、語る気もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をしているのかしら?」

 

「「…え?」」

 

 

底冷えのする声。頭から冷水をぶっかけられたかのように停止する二人。

 

男は知らぬ声に、女は知った声にギクリと体を震わせる。

 

「立ち合う時には、お嬢様に一声掛ける約束だったのでは?」

 

「あーいやーそのー」

 

水を差された結果になった男女だが、やたら奇抜な格好をした女性に何も言えない。

 

 

「神妙に待っていなさい」

 

 

女性はそう言うと、パッと消えてしまった。

 

男は目を白黒とさせる。

男は目を離したつもりも、瞬きだってしたつもりもなかった。

 

男の動体視力をして、女性が消える瞬間を捉えることが出来なかった。

 

「あわわわ…」

 

「えっと…」

 

先ほどまでの気迫は何処へやら。

わたつく女に目を丸くする。

 

「お待たせしました」

 

「うぉっ!?」

 

再び瞬時に姿を現した女性に驚く男。

 

その傍らには大きなパラソルと豪華なテーブル、お洒落なチェアー、紅茶と、完全なティータイムセットが姿を現している。

 

「ど、どうなってんの…?」

 

「お嬢様が観覧されます。双方、無様は許されません」

 

男の質問を黙殺し、消える女性。

 

 

 

ギギィとなにかが擦れる音に視線を向ける。

 

 

 

鉄門の奥、紅魔館の玄関が開き、そこから特徴的な帽子を被った少女が姿を現す。

 

純白の肌、紅の瞳。幼い体躯。

口元からは鋭利な牙が覗いている。

 

傍らにはさっきの女性が日傘を少女に差し出している。

 

 

 

 

「ようこそ。奇特な運命の客人」

 

 

 

 

男の勘が、危険を察知した。

 

脊椎に氷柱でも射し込まれたかのような、命の危機。

 

幼い姿。

吹けば飛ぶような体躯。

 

そこに内包される莫大な危険。

 

その存在力。明らかに強者。

 

あの少女は…

 

幻想郷縁起に載っていた。

 

危険度:極高

人間友好度:極低

主な活動場所:紅魔館

 

 

 

「紅魔館が主、レミリア スカーレットよ。以後、良しなに」

 

 

 

 

永遠に紅い幼き月。レミリア スカーレット。

 

 

 

それだけを言ってレミリアは用意されたチェアーに着席し、優雅に紅茶に口を付ける。

瞬間移動する女性はそれを甲斐甲斐しく世話している。

 

全力で警戒していた男だが、そののんびりとした光景に警戒心がもたなかった。

 

「えーっ…と…」

 

襲ってくるでもなく、早く始めろとばかりに此方を見ているレミリア。

 

全く関せずレミリアの挙動のみに注意を払っている瞬間移動の女性。

 

思わず辺りを見回すと、美鈴と目が合う。

 

「すみません…」

 

「いや…謝らなくていいんですけど…」

 

最早、何が何だか分からない。

 

「お嬢様が私の主人なんですが…。もし私が闘うことになったら必ず見せなさいってことに…」

 

「えー…あー…なるほど?」

 

観戦するのは分かったが、過程が全くなくよく分からないというのが本音である。

 

「あ、大丈夫ですよ。御二人は絶対に介入しないことを約束してくれています。………例え私が死んだとしても」

 

「それはまぁ…有難いけど…」

 

男としては、向こうの二人にも興味があるのが本音でもある。

 

「あっ!ちなみにあのメイド服の方は十六夜咲夜さんっていいます。紅魔館には他にもいらっしゃって、パチュリー様とお嬢様の妹様がいますよ。あっ!というか、自己紹介がまだでしたね!知っているかと思いますが、紅 美鈴といいます!宜しくお願いします!」

 

ニコニコと人好きのする笑顔で紹介し始める。

 

「あ、どうも。佐藤 武です…よろしく?」

 

「たける…さんですか!良いお名前ですね!私も美鈴って呼んで下さい!」

 

 

ニコニコと屈託なく笑う美鈴に、男もつられて笑う。

 

 

他愛のない天気の話から、上司の愚痴、勉強の辛さ……なんでもない、本当になんでもない話。

 

そんな二人の会話は勿論観覧している二人にも届いているだろう。

 

その姿に呆れているのだろうか。

 

否…そうは見えない。

二人の表情は等しく固い。

 

 

 

 

ほのぼのとした二人の空気に闘いの空気が霧散して……

 

 

 

 

 

 

 

 

は、いない。

 

 

 

炎上し続ける炎は、時が経つ毎にその炎は強く、ひたすら大きく燃え上がっている。

 

 

お互いこうして対面していると…

 

思わず手が出てしまいそうになる。

 

思わず足が出てしまいそうになる。

 

 

手足と言わず、全力で突っ掛けてしまいたくなる。

 

 

そんな気持ちを抑え、なんとか談笑していた。なんとか笑い合っていた。

 

 

目の前の運命の人と

 

 

いちゃつきたくて堪らない。

 

 

殴り愛たくて……堪らない。

 

 

 

 

「ふふふ」

 

 

 

「ははは」

 

 

 

 

彼らの背後は、笑い合う二人の闘気によって陽炎が立ち上ぼるかのように、グニャリグニャリと歪んで見える。

 

 

それはまるで、二人の心の炎が唸りを上げているようで。

 

 

 

 

 

 

なんて…

 

 

 

なんて……

 

 

 

 

素敵な出会い。




ようやく書きたかったことが出来る。
これはもう一回刃牙を読み直す他ないな。


次回
交戦…あたりまで。

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