東方素手喧嘩録   作:寄葉22O

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これ書き始めてから久しぶりに東方風神録起動しましたけど、あんなに難しかったっけ…(easy)


第5話

「さっきは貴方の感覚の境界を弄ったわ。神経伝達の境界を少しだけ下げたのよ。伝わる速度が僅かコンマ一秒遅れるだけで、現実には多大な影響をもたらす……はずだったのよ?突然何歳も歳をとったかのような感覚だと思うんだけど……驚くべき身体能力ね。感心するわ」

 

終わらせるとは言ったものの、元より喋りたがりな女性の口はつぐむ事を知らない。

 

「あの…すんません。難しい話は…ちょっと」

 

「えぇ、いいのよ。聞いているだけで。すぐに分かるわ……ほら」

 

パチン

 

 

女性が扇子を閉じただけ。

 

そのはずなのに、唐突に。なんの前触れもなく。

 

 

 

 

 

 

男の世界は闇に覆われた。

 

 

 

 

 

「今度は貴方の可視光の境界を弄ったわ。夜より深く、闇より濃い。そもそも光が認識出来ない、暗闇より暗い漆黒。貴方の目に、一体何ルクスあれば光が届くのかしら?」

 

そう言うとコツコツと踵を鳴らしながら、無造作に男へ近づく女性。

 

 

男は急に訪れた深すぎる闇に動揺を隠せない。

目を開いている感覚はある、なのに見えない異常な感覚。

目をいくら擦っても見開いても、何も見えない。

理不尽の権化のような能力。

 

 

男は、闇の中で思う。

 

 

なんて……

 

なんて………

 

なんて…………

 

 

 

 

 

 

 

 

なんて凄い力だ。なんて驚異的な力だ。と。

 

 

 

これが妖怪。人類ではあり得ない摩訶不思議。

 

感動を覚えた。畏怖すら感じていた。

 

卑怯とは欠片も思わない。単純な称賛。手放しに褒め称えたい気分であった。

 

格闘技もそうだ、暗殺もそうだ、戦争もそうだ。

相手の虚を突くことは、闘いの常だ。

引き出しの多さは、それ即ち、強さだ。

 

ゾクゾクと背筋を昇る高揚感。

次は何をしてくれるのだろうという期待。

 

男はこうしてはいられないと気配に気を配る。

 

生憎と男は、視覚を奪われた程度で戦意喪失するほどやわではなかった。

男が卓越しているのは視力だけではない。その聴覚で、嗅覚で、触覚で、勘で、経験で、相手と対峙するのだ。

 

 

男は音と気配から、有効射程距離まで近づこうとしたその時。

 

 

「……ッ!!」

 

 

背後から後頭部に目掛けて振り下ろされる、何か、を察知する。

察知すると同時に、体が自然と動く。

 

型としては空手の上段受けが一番近い。

近いのだが、真後ろからの攻撃に対応出来る型ではない。というより、真後ろから後頭部目掛けて振り下ろされる一撃に対応する型などそもそも存在しない。

しかし男は、驚異的なまでの察知能力と肩関節の柔軟性で対応してみせた。

 

「流石ねぇ、本当に見えてないのかしら?…いえ、見えていても関係ない角度ね。さて……まだまだいくわよ」

 

視覚の使えない男は、風切り音と物の動く気配だけを頼りに四方八方から襲いかかる、何か、を捌ききらなくてはならない。

 

(……ある程度硬いな…重量もそこそこ。金属?細長い物の先に何か付いている…)

 

コンクリートの床を撫でるように迫る、何か。それをいち早く察し、右足で踏みつける。

ガインッと金属がへし折れる音がした。

 

真上から幹竹割りのように迫る、何か。

袈裟斬りのように迫る、何か。

真下から生えるように迫る、何か。

 

 

事前にハジき、事前にスカし、外し、破壊し。

 

 

何も見えていない男にも、徐々にその物体の全貌が分かり始める。

 

 

(金属製の棒の先に…形の違う金属の板)

 

 

男もよく見る物だ。

 

 

道路標識。

 

 

それが殺人的な速度で四方八方から襲いかかる。

理由など分からなくとも、理屈など分からなくとも、実際にこうして迫り来る脅威。

 

男は全力で抗った。

 

金属を金属で叩くような破砕音が響き渡る。間違っても金属対肉体で奏でられるような響きではない。

 

「凄い凄い……でも、これじゃあただの弱い者虐めねぇ。飽きちゃいそう」

 

クスクスと響く笑い声。

 

 

 

 

漸く喋ってくれた、と、男はニンマリと笑う。

 

 

「フッ!」

 

回避しながら、捌きながら。

横から突き出てきた標識を手刀で叩き折り、宙に浮いた先を声の元へ蹴り放つ。

 

「……まだまだやれそうね」

 

視覚の欠落した男には見えてはいなかったが、蹴り放った標識は間違いなく女性へ向かって唸りを上げて向かって行った。

しかし、その途中でスッと出てきた裂け目に真っ直ぐに吸い込まれ、女性へとは終ぞ辿り着くことはなかった。

 

男は蹴り放った標識が、何物にも当たらなかったことを音で判断していた。

 

ならばと次々に標識を投げ、蹴り、打ち、標識の弾丸を放つ。

 

 

即席の弾幕。

 

 

しかし、なんのレスポンスもない。

無音のまま、弾幕は何処へかと消えていく。

 

どうなってるかなど、男には知る術はない。

だが、これしかない。男には術がない。

既に慣れきった標識の猛攻は男の武器にしかならないが、その武器もまた、女性にとっては無意味でしかない。

 

 

打開策を。打開策を。打開策を。

 

 

 

 

 

「そうねぇ……少しだけ難易度を上げましょう」

 

 

 

 

打開策を練りに練っていた最中。

 

その言葉を最後に、今度は男の世界から音が消えた。

 

 

 

 

 

「可聴域の境界を弄ったわ。本来人間の可聴域は20Hzから20KHz、その境界を下げてみた……といっても、聞こえてないわね」

 

 

ゴシャッという衝突音。

 

 

聴覚を主にして見切っていた男には、晴天の霹靂だったであろう。

 

不意に訪れた、静寂。

 

まさに音もなく振り下ろされた無慈悲な一撃は、男の頭蓋に直撃した。

 

だが、死神の鎌は止まることはない。

そうこうしているうちに次々に押し寄せてくる標識群。

 

男の体の至るところを打ち据え、破壊しようと猛威を振るう。

 

 

少しだけなんてレベルではない。

ただでさえハードだった難易度は、既にルナティックに差し掛かりつつある。

 

 

男がとった行動は、両腕で頭を隠し、小さく縮こまり、内股に脚を締める。完全な防御姿勢。当たる部位を限定し渾身の力を込めて急所を隠す。

 

「頑丈ね。筋肉の鎧も馬鹿にはできないってことね……とはいえ、いつまでも耐えられるかしら」

 

女性の独白は誰にも届くことはない。

 

状況はまさに八方塞がり。

 

無限に続く暴力の嵐。

 

視覚も聴覚もなく、なんの前触れも感じる事が出来ないまま突如として痛みとなって男へ襲いかかる。

 

体勢が崩れる。

 

頭への打撃に気をとられた瞬間に、鳩尾に突き刺さる道路標識。

息を吐き出させられた後に、横っ面から顎目掛けて道路標識が叩きつけられる。

 

 

 

 

男の膝は

 

 

 

 

徐々に

 

 

 

 

曲がり落ちて

 

 

 

 

 

 

いかなかった。

 

 

「……あら」

 

 

音が変わった。女性がそれに気づいたのは何度男の体を打った後だろう。

 

 

男を打ち据えていたはずの、音が変わった。

 

 

ガコンガコンと響いていた音は、ガンガンと。

ガンガンと響いていた音は、バンバンと。

バンバンと響いていた音は、ブンブンと。

 

 

最後には、道路標識が空を切る音だけが辺りに響くようになる。

 

 

「当たっている……わよね?」

 

 

女性から見ても、確実に当たっている。

 

まるで台風に投げ出されたビニール袋のように、暴力の嵐に身を翻弄されているしか思えない、男のアクション。

 

右に左に。

 

上に下に。

 

道路標識の赴くままに、その向かう先を翻弄されている様にしか見えない。

 

変わったのは、音だけ。

 

いや、それだけではない。

男の構えも、いつしか変わっていた。

 

 

 

棒立ちである。

 

そこにはなんの構えもない。

 

理想的なまでに脱力された、棒立ち。

 

堅牢な構えを解き、暴力の嵐へと身をただ晒していた。

 

 

 

 

「昔…さぁ」

 

 

 

 

男はお喋り好きな女性に感化されたかのように独白する。

耳が聞こえない故に、音量調節は上手くいかず、声は無駄に大きく響く。

 

「すげぇじいさんに会ったんだよ。なんか中国武術のお偉いさん」

 

相変わらず道路標識群は男をいたぶっていた。

なのに、世間話でもするかのように男は語る。否、事実世間話をしているのだ、男は。

 

「初めはさぁ…驚いたよ。枯れ木みたいな体してんのにさ……俺の攻撃、当たんねぇの。素早くも、力強くもないのにさ。後で歳聞いてひっくり返ったよ、97歳だってさ…」

 

男の体捌きは、猛攻をもってして成長していた。

 

「確かに当たってたんだ。拳の先に確かにじぃさんを感じていた。でも、あるべき衝撃がない……最初はすり抜けたかと思ったよ。幽霊でもぶん殴ってんのかってね」

 

当たった瞬間に、極限の脱力。

 

しなやかな筋肉を解きほぐし、関節の力みを限りなく無くし、骨の可動域をより流動的に。

 

「誰かに弟子入りしたなんて、ボクシング始めた時以来だったっけ。最初は言葉全然分からなくてしんどかったなぁ。二年とちょっと…だったかな、色んな修行させられたっけ」

 

あまり思い出したくない思い出が頭を過った男は、苦笑いする。

男がまだ、人類最強にはほど遠かった頃の話だ。世界各国に闘いを求めていた、時折現れた強者に、敗北の味を奢られる事があった頃。

 

「修行して修行してたまに組手して…。他にも弟子がめっちゃいてさ、なに言ってるかわかんなくて…片っ端から喧嘩したなぁ…」

 

男の動きが、洗練されていく。

もう標識の猛攻に、体の軸を揺さぶられることもない。

 

薄皮一枚。

 

その感覚だけを頼りに、攻撃が体に触れたその瞬間、進行方向へ力を逃がす。

男は、視覚と聴覚を失った状態で、触覚だけで、それを成した。

 

 

女性からは、標識はすでに男の体をすり抜けているようにすら見えていた。

 

 

「まぁ…じぃさんがいくらすげぇ格闘家でもさ、結局人間でさ……。99歳に死んだ……100歳目前で。なんかの病気だったらしい。でもさ、じぃさんと会ったから、こんな事まで出来るようになったんだ……」

 

男は誰かに、舞うように己を誇示する。

闘いだけが生き甲斐の男は、初めて教えに感謝していた。

 

「こんなに……命を削るような闘いで、ギリギリ踏みとどまれる…生きていられる……楽しめる」

 

 

男の狂った独白を、女性は静かに聞いていた。

 

 

弱い弱い人間が、こんなに強い強い人間に成るまでの、一欠片。

恐らくこの男は、そんな出会いや別れを繰り返して、此処まで行き着いた。

エピソードは元より、その経験が今のこの絶技に繋がっているのだと。

 

 

女性はそんなセンチメンタリズムに浸らざるを得ない。

何百年と生きる彼女には、理解できないような凝縮されたこの男の三十うん年。

 

 

 

 

 

それでも……

 

 

それだからこそ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「触覚の境界を…弄ったわ。刺激に対する閾値を……極限まで下げた」

 

八雲紫は、妖怪で在ったから。

人間を脅かすモノだから。

 

 

闘いの終わりは……目の前にある。




146歳まで人間が生きられるわけないだるぉぉぉ!!

次回
ずっとゆかりんのターン!決着あたりまで。
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