東方素手喧嘩録   作:寄葉22O

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人類最強(負けないとは言っていない)


第6話

触覚の閾値を極限まで下げられた男の変化は、劇的であった。

 

 

 

 

グシャリグシャリと、相次ぐクリーンヒット。

余裕すら感じられた絶技は見る影もなく、突き出てくる道路標識は男の体を強かに打つ。打つ。打つ。

 

男は再び防御体勢を取るが、その体勢に最早意味はなかった。上下の感覚も曖昧で自分が立っているのかすら知覚することが出来ていない。

 

男の触覚は危機察知の重要なファクターである、痛みすら伝える事はない。

 

ただ四方八方からの衝撃に内臓が踊る感覚。自分が紙切れの様に翻弄されていることしかわからない。

どんなダメージかも分からない、自分がどんな状況かも分からない。脳が揺れに揺れ、意識が攪拌されていく。

 

視覚、聴覚、触覚すらも失われ、男は最早、木偶の坊でしかなかった。

 

命がガリガリと削られていくような感覚。

残った味覚と嗅覚が、口の中に溢れる鉄の味と臭いだけを伝えてくる。

 

 

 

(あぁ……ダメだな…これは)

 

 

 

男が負けをこれほどまでに確信したのはいつ以来だろうか。

ここ何年も味わっていなかった、いつしか忘れていた、苦い味。

 

 

(なんにも…出来なかったなぁ…)

 

 

ほんの一筋の血を流させることしか出来なかった。

有効打と呼べるものは終ぞなかった。

 

手も足も出した。

男の半分もないようなウエイトの相手に、全力で襲い掛かった。

奥義とも呼べるような技も使った。

 

それでも、届いたのはほんの僅か。

 

 

(それでも……)

 

 

持てる力も技術も使い、思い付く限りの反撃を試みた。

手も足も出した上で、手も足も届かなかった。

 

完全敗北。

 

 

(楽しかったなぁ……)

 

 

一日千秋の思いで待ち焦がれていた。

 

自分が手も足も出ずに敗れ去るような、強敵を。

 

ウィンドウディスプレイされているトランペットを見る少年のように憧れていた。

何年も拗らせた恋心を秘めた青年のように燻っていた。

稼ぐことに毎日を消費するだけの社会人のように諦めていた。

 

退屈していた日常に、自分自身に。

ピリオドを打つ日が来ると………来てほしいと願っていた。

 

 

それが今だった。

それが彼女だった。

 

 

(もう少しだけ……続けたかったなぁ)

 

 

そんな淡い希望を抱くくらいに、男にとっては楽しい時間だった。

 

 

 

その時間も、終わる。

楽しい時間ほど、あっという間だ。

 

 

 

 

堅牢な筋肉の鎧が、大きく傾く。

 

男の体をささえ続けていた両の脚が、ガクンッと崩れ落ちる。

 

歪に整えられたボコボコの顔から、グシャリと床に倒れ付した。

 

 

 

 

決着。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男が倒れ、それを静かに見詰める女性。

 

何を思うのか、それは女性にしか分からない。

塵を見るように蔑むのか。

聖人を見るように尊ぶのか。

それとも、路傍の石を見るように、何の感慨もないのか。

 

 

 

そこに何の前触れもなく、スッと女性の背後に隙間が開く。

 

隙間から姿を現したのは、傾国と呼べるほどの美貌を備え、九つの黄金の尻尾を背負った女性。

 

「あまり趣味がよくない戯れですね」

 

「……あら、藍。見ていたの?」

 

藍、と呼ばれた女性は一つ溜め息を溢して肩を竦める。

 

「ただ一人の人間に振るうには、紫様の能力は凶悪過ぎます」

 

「それは…間違いよ。私の目の前に立っていたのは…」

 

八雲紫は薄く笑いながら、視線を薄汚れた月へ向ける。

その瞳は、何を見るのか。何を思うのか。

 

「間違いなく、強敵だったわ。ただの人間だなんてとんでもない。都合が良かったのは、私の能力が効いたことだけ。もし効かなかったら……なんてね」

 

「効いた事実は変わりませんし、人間であることも不変です」

 

より深い溜め息が、藍の口から溢れ出す。

 

「……それで、態々こんなところでこんなことをしているのには理由が?ただの八つ当たりかなにかですか?」

 

ジロリと目を細めて八雲紫を見やる藍。

そんな敬いの薄い、自分の式神に肩を竦めながら八雲紫はおどけたように笑う。

 

「酷いわねぇ、キチンとした理由があるのよ?」

 

「はぁ…聞きましょう」

 

やや投げやりに続きを促す藍。

その策謀には一目置いてはいる藍ではあるが、自分の主人が突拍子もないことを言い出すのは今に始まった事ではない。

 

 

 

 

 

「彼を、幻想郷へ」

 

 

 

 

「本気……いえ、正気ですか……?」

 

その言葉に、長年八雲紫の式神をやっている藍でも驚いた。

 

「本気も正気よ。少し前から目をつけていたの」

 

「漸く定着してきたスペルカードルール、それを、真っ向から否定するような存在を受け入れるのは危険過ぎます。下手をすれば幻想郷のパワーバランスを崩す可能性も…」

 

「そうでもないと思ってるわ」

 

ピシャリと藍の反論を遮る。

 

「見ていた通り、彼はただの人間、ひたすら強いという事を除いて。人間の極致、近接戦闘という意味だけでは幻想郷の大妖怪と互角以上に戦えるかもね」

 

「だから、それが問題なのです」

 

畏れる側の人間。

畏れられる側の妖怪。

人間が、畏れなくなったら?

妖怪が、畏れられなくなったら?

 

それは現代社会がよく表している。

 

強い者が記憶され、弱い者は忘れ去られてしまう。

衰退した概念は何れ消えていってしまう。

妖怪達の理想郷は、時代の波間に飲まれて消えてしまう。

 

現代社会が、そうであるように。

 

「藍が危惧することはよく判るわ。百も承知。でもきっと、そうはならない。何故なら彼は、何処までも人間なのよ。おかしな力も持っていない、能力もない、純然たる人間で、何時までも一途で、ひたすら強くて、何処か壊れた人間……」

 

「…ですが、態々危険因子を招き入れるのは……いえ、そうですね……排除も容易…だからですか?」

 

八雲紫の考えを推察した藍は、そのままに問う。

 

「えぇ、勿論。不要だと思えば直ぐ様処分も更迭も容易。私以外にも、容易く彼を殺すことが出来る者は少なくはないしね」

 

八雲紫も何の考えもなく招き入れることを決めた訳ではなかった。

 

「……ですが危険は少なくとも、益もないように思いますが……」

 

「そうでもないのよねぇ……。スペルカードルール、弾幕ごっこ…。いくら幻想郷全体の倫理の境界を弄っても、それに準じきれない者も多いのよ。私の能力だって万能であっても全能ではないのだから。大妖怪クラス……特に純然たる闘争が存在理由の妖怪や、生のままに人間を脅かすのが存在理由の妖怪には効き難い者も多いもの。溜まった澱みは何れは大爆発を起こしかねない……異変なんて比じゃないほどにね。彼にはそのガス抜きをしてほしいの」

 

(……なんとも残酷な事を考え付く。たかが一人の人間にさせることではない。しかし、勝手の多い大妖怪達には何れは必要かも知れないのは確かか…)

 

「彼はきっと幻想郷に行っても強者を求める。行き着くのは確実に大妖怪クラス、まぁ能力の相性もあるでしょうけどきっと良い刺激になる。そもそも彼はスペルカードルールの対象ではないから弾幕ごっこをする必要はない、だって特殊な能力もないただの人間なのだし。まぁそのまま木っ端妖怪に食われるならそれはそれでいいし、野垂れ死んでも私達には損はないわ。……そしてなにより、彼の悲願は叶う。WinWinではなくて?」

 

コロコロと笑う八雲紫。

 

いつも通りに笑っている筈の主人に、藍は違和感を覚える。

 

笑っているのに、笑っていない。奇妙な感覚。

長い付き合いだからこそ気付いた、些細な違い。

 

 

藍は返事もせずに汚い月を眺めながら、お喋りな主人の吐露を静かに待つ。

 

「どんなに人類で一番強くても、妖怪と比べてしまうと土俵が違うのは分かってる。別にこれしかないって解決案ではないし、一つの例として試してみるだけ。成功しても失敗してもなにか得るものがあるでしょう?私達に大きなデメリットはないけど、それなりにメリットが見出だせる。………それに」

 

不意に八雲紫は言葉を切る。

 

 

 

「それに………」

 

 

 

ふいっと、月から視線を外して、地に伏せる男に視線を投げる。

 

僅かに上下する胸が、男が呼吸していることを示していた。

ボコボコにされた表情は、何故か幸せそうで、満足げにすら見える。

 

 

 

ハラリと開かれた扇子が、その口元を覆い隠す。

 

瞳だけでは、嗤っているようにも憐れんでいるようにも見える。

 

 

 

 

「……誰からも恐れられ

たった一人で闘い続けて

何かを求め続けて

必死に足掻き続けて…

 

その結果誰からも避けられ

誰からも忘れ去られ

 

ただただ生を消費する……。

孤独(ひとり)で…一匹(ひとり)で、朽ちていくのを待つ存在。

 

そんな悲しい者を、ただ受け入れる世界があっても、良いじゃない。

 

幻想郷は全てを受け入れる

 

……そうでしょう?」

 

 

 

ふっと懐かしむような、思い出に浸るような、優しく呟いた言葉に藍も主人の思いの一端を感じる。

 

 

「……はい。御随意のままに」

 

 

敬愛する主人へ、ペコリと腰を折る藍。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで……どうしますか?これ」

 

これ、と呼ばれた男は確かにパッと見死んでてもおかしくはない位にはボロボロだ。

そしてボロボロの割には安らかに微笑みながら倒れ付している。

 

「そうね…ちょっとやり過ぎたかしら?」

 

ジトッとした視線に、目線を逸らす八雲紫。

 

「そもそも、あんなになぶる様に闘う必要はなかったのでは?主要な感覚をほぼ奪っておいての追撃はやりすぎです。力の差を見せたかったなら、もっとスマートなやり方があったでしょうに」

 

「彼は闘いを望んでいたから。殺し合いではなく、ね。生命力の境界を弄ればあっという間に片付くのは分かりきっているけど、どんな闘いをするかは私の自由よ。そういうルールだったし」

 

「……本当に意地の悪い」

 

「あら?ルールを決めたのは彼よ?なんでもありルール」

 

「それはルールとはいいません……彼が承諾した時点で成立はしているのかもしれませんが……。はぁ…まぁいいです。でも、このままにはしておけませんね、せめて少し位は手当てを……」

 

藍はボロボロの男に近づいていき、手当てをしようと手を伸ばす。

 

「あっ、藍。もう感覚戻してあるから触っちゃ……」

 

八雲紫の静止は少しだけ遅く、藍は男の体に触れてしまう。

 

 

グッ

 

 

「!?」

 

 

予想すらしていなかった藍は、手首を掴まれる。

しかし、死力を尽くした男の握力はほとんど残っておらず、大した力を掛けることなく振り払えた。

 

 

意識のない筈の男。

至るところ痣だらけで、満身創痍なのが一目で分かる。

 

しかし、男は動いた。

 

「ぷっ……ね?寝てる時に触られたりすると反応するのよ。本当に出来るものなのね、漫画でしか見たことないわ……ふふっ」

 

藍の迫真の驚愕顔に、笑いを扇子で隠す。

 

「………」

 

ムッとして睨む藍。

 

「ふふふ…、私も前に興味本意で触ったら投げ飛ばされて、頭から落とされそうになったわ。その後も本当に寝てるのよ、信じられる?良かったわね、ボロボロで」

 

もう一笑いして、パチンッと扇子を閉じる。

 

「自己治癒力の境界を上げたわ、そのうち全快するでしょう。まぁ流石の耐久性ね、骨折が十数ヵ所、内臓を痛めている所もあるけど致命的なものはなさそうね」

 

「あの攻撃を受けていてその程度ですか…。本当に人間を逸脱していますね」

 

「本当に。恐らく触覚がなくても勘で致命傷を避けていたんでしょう。もし、もう少しだけ体力が残っていたら触覚すらも超越したかも……なーんて……」

 

「…………」

 

「…………藍?顔が怖いわ」

 

「やっぱり止めませんか?幻想郷へ招くのは」

 

「だーめ、もう決めたことよ」

 

聞く耳持たぬ、と八雲紫はスッと扇子で空を切る。

 

男が倒れている真下に隙間が開き、男が異空間へ落ちていく。

 

 

 

「さて、どうなるか見物ね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男は幻想郷へ。

 

 

その世界は、男が望むものではあるのだろう。

 

高潔な闘いも、一方的な闘いも、卑怯な闘いも、純粋な闘いも、選り取り見取りである。

 

しかし、決して男が望む物だけを与えてくれる世界ではない。

 

男は何を失い、何を得るのか。




ようやく幻想郷入り。


次回
素敵な巫女さんあたりまで
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