東方素手喧嘩録 作:寄葉22O
「あれ……」
男は目を覚ます。
目の前は快晴の青空。
暖かい日差しが木の隙間を縫って差し込む。
辺りは木々が生い茂り、草の青臭い匂い。
喧しいまでに小鳥のさえずりが響いている。
「天国……?いや、地獄?」
死んだと思っていた。
闘いしかなかった人生に、ピリオドを打たれたのだと。
それはそうだ、男が決めたのだ。
殺し有りのルールを。
だが、どうも死んだにしては穏やかすぎる光景。
体の節々は痛み、体を起こすのも億劫なのが、あの闘いは幻ではなかったことを告げている。
「あー……どうすっかな」
誰に言うわけでもなく呟く。
いつもならば、日銭を稼ぎに工事現場に行かなくてはならない。
しかし、男は空を見上げたまま、体に残る闘いの余韻を享受し続けた。
男は感じる、肋骨が何本か、頬骨、左上腕骨、右の前腕、更には右の膝と大腿骨にヒビが入っている。
筋肉は乳酸まみれで酷く気だるく、左の眼瞼は腫れてて開け難い、口の中は鉄の味の残滓で粘ついている。
そして矢鱈と体がポカポカ暖かい感覚。
細胞が奮起し、現在進行形で骨が繋がっているような不思議な感覚。
そして……
ググゥ~~~……
「腹……減ったなぁ……」
悲鳴を上げる体に鞭打ち、なんとか立ち上がる男。闘いのない退屈は無気力に受け流せるが、食欲はどうにもこうにもならない辺りは人間らしい。
男は辺りを見回すが、木、木、木。
どうやら森の中であろうということしか分からない。
「そういや…何処だ此処?」
漸く自分の置かれている状況が、どうやら普通ではないことに気がつく。
「山奥…?コンビニ……あるかな」
男は知らない。コンビニどころか気安く物を買えるような所ではないことに。
そして思い当たってもいない。現金もビルの寝床に放り出したままなので、無一文で着の身着のままであることを。
例えあったとしても、此処では現代の金銭は無意味なのだが。
物思いに耽っていると、ボーッとしていた意識が徐々にハッキリとしてくる。
「あの人……いや、妖怪?八雲…紫…さんっつったっけ…何処に行った?…連れてこられた…のか?妖怪だっつーくらいだから、神隠し?」
グギュル~~……
何はともあれ男は歩き出す。せめて何か腹に入れなくてはと。
太陽は頂点を過ぎている。歩くにしても暗くならないうちに民家でも見つけなくては山で一晩過ごすことになりかねない…のだが、男の歩みは遅い。
怪我よりは空きっ腹が堪えているようで、腹を擦りながらふらふらと足取りは頼りない。更にはあちこちにしゃがみこんではなにかを拾い集めているため、余計に時間が掛かっている。
足元に転がっている石を拾ってはポケットに突っ込み、乾いた枝を手頃に折っては蔦で括って纏めて持つ。
その辺りに生えている草を匂いを嗅いでは摘み、小石を指で弾くと木の上で囀ずっていた小鳥が落ちてくる。
途中で見つけた野生のアケビにかぶり付き、幾つかもいでおく。所々で小腹を満たしつつもふらふらと歩き出す。
男は慣れていた。
人生でホームレス生活の方が長く、動物と闘っていた頃には山に住み着いていた時期もあり、殆どが自己流ではあるがサバイバル技術には長けていた。
都会では物が溢れていた為、金を稼いだ方が何かと楽だったからそうしていただけで、男が田舎に居を構えていたのであれば農業や狩猟でもやっていたに違いない。
道すがらどんどん荷物が増えていく。
ただでさえ汚かったTシャツは、更に男自身の血で赤黒い汚れが増えていたが、男は気にすることなくTシャツの裾を籠代わりにして収穫物を運ぶ。
日が傾きかけてきた頃、男は木々の奥に拓けた所があるのを発見した。
男は荷物も増えたしちょうど良いと、拓けた場所を目指す。
ガサガサと藪を掻き分けると、そこには石の階段があった。
この山で目を覚ましてから初めて見る人工物。
階段の上には鳥居が見えており、階段を眼下に見下ろすと、遠くの方に集落のようなものが見える。
男は、本当に此処は何処なんだと思いつつも、とりあえず鳥居へ向かい石階段を登ることにする。
(誰かいるなら道を聞くなりして…誰もいないなら軒先借りるか…)
決して短くはない石階段を登り切ると、そこには神社があった。
人の気配はない。
寂れているが、掃除の後や建物には生活感があるのに気づく。
「すいませーん」
男の声が響くだけで、誰も反応しない。
「留守……か」
ドンと鎮座している賽銭箱の横に座り込み、とりあえずここで待っていれば誰かは来るだろうと当てを付ける。
(最悪、見えた集落に行けばいいだろ。とりあえず……飯にするか…)
軒先を借りて食事の準備をすることにする。
道すがら拾ってきた石をとにかく打ち合わせてみる。
男は原理は理解してはいないが、経験上黒っぽい石や、角張った石を打ち合わせると火を起こせる事を知っている。
知っている、というよりは、昔の子供向けの教育番組でやっていたことを真似たらたまたま出来た、というのが正しい。
板さえあれば摩擦式の火起こしもできるのだが、生憎と生木ばかりの森林の中では、火起こしに適する木の板なんて見つけられなかった。
類い稀な男の力で花火のようにバチバチと飛び散る火の粉。
繊維状に解した草にすぐに引火し、乾いた枝で火を大きく育てていく。
火が育つ傍ら、ブチブチと小鳥の羽を抜き、木の枝に串刺しにして焼く。
血抜きもなにもない。ただ焼いて食うだけ。
小鳥は食うところも少なく、なんの下処理もしていないため、えぐみや臭みも強い。直火で炙っているため、ほぼ焦げている。それでも、男は貴重な蛋白源を余すことなく貪る。
腹の足しにと取ってきた山菜も可食部位のみにし、焼く。
勿論適切な下処理をしていない山菜は最早雑草と大差ないような青臭さと苦味しか感じなかったが、それでも腹の足しにはなった。
数個の木の実や果実をデザートとして、ようやく人心地つけた。
そんなことをしている内に、夜の帳が降りてきて、男の顔を明るく照らすのは、頼りない焚き火だけであった。
耳が痛くなる程の静寂。パチパチと弾ける焚き火音だけが全てだった。
昼こそ温暖ではあったが、夜はそこそこ冷える。吹き付ける夜風は冷たい。
しかし、不自然なまでに熱を持っている男の体には心地好いものでもあった。
ゆっくり視線を上げると、大きな大きな月が登り始めている。
都会で見上げた汚れた月とは比べ物にならないくらい、綺麗に輪郭を示している。
ボーッと月を見上げる男。
月に何を思うのか。
八雲紫との邂逅か、今だ見ぬ強敵との激闘か、或いは明日の朝飯か。
月を見上げていると、視界に黒い影が横切る。
蝙蝠か何かかと一瞬思ったが、それにしては大きすぎた。
そして、暗闇に栄えるくらいに派手すぎた。
「あんた……此処でなにしてんの?」
特徴的な巫女服のような物を纏った少女が空から降り立った。
サバイバルと言えば金属歯車3。わりとやり込んだなぁ。カエル自力で見つけきれなかった。
次回
巫女との会話あたりまで