東方素手喧嘩録 作:寄葉22O
ぬわああああんつかれたもおおおおん。やめたくなりますよー仕事ぉー。
女性と呼ぶには幼い体躯。
一種の神秘性すら感じるような独特の空気感。
神社という場所も相まって、より神聖さを感じる立ち姿。
「人の家の軒先で焚き火なんて、放火魔かなんか?」
御払い棒で肩をトントンと叩きながら、半眼で推し測るように男を見る巫女服の少女。
「あっ…いや、ごめん」
男は少し慌ててまだ煌々と火を灯していた焚き火を踏み消そうとする。
「ちょっと!危ないでしょ!少し待ってなさい」
それを静止して、神社の中に入って行き、すぐに鍋を持ってきてその中身を焚き火にぶちまける。
焚き火はあっという間に鎮火され、辺りは本当に闇に包まれる。
「…はぁ。あんた…外来人でしょ?暗いから上がっていきなさい」
「が、外来…人?」
あまり聞き覚えのない単語。
外国人ならまだしも、外来人?と男は首を傾げた。
「上がってから説明するわ、早くしなさい」
自分の歳の、おおよそ半分もいかないようなの少女にせっつかれながら、神社の中に足を踏み入れる。
男は、何故か風呂に入っていた。
昔懐かしい五右衛門風呂。大釜に満たされた湯から、もくもくと湯気が立ち上がる
昔懐かしいとは言っても、入るのは初めてなのだが。
「うわっ!あんた、きったな!!」
神社に入り、灯りをつけた途端に少女に言われた言葉である。
稼いだ日銭に余裕が出来たときに、銭湯にいく位であった。
何より工事現場でバイト、死闘、山歩きと一連に行ってきただけあってその汚れは相当なものであった。
人の家の風呂を借りた経験などなかった男は非常に戸惑ったが、少女の剣幕に圧されてすごすごと入浴と洒落混んでいる。
何度も体を擦り、しこたま汚れを落としてから肩まで湯に浸かると自然と口からため息が出る。
男の体はあちこちに内出血が目立ち、通常の色をしている皮膚のほうが珍しいという有り様だ。
だが、どうしたことだろう。
確実に癒えて来ている。
骨折も時折痛むが、動くのに支障がないくらいにまでは繋がってきている。
己の体を正確に理解している男であるから、その異常性に気付いた。
(やたら体が火照るのは…そのせいか?)
男は知らない事であるが、八雲紫が施した自己治癒促進状態であり、空腹感が強いのもそのせいである。
「此処に代わりの服置いとくから」
「えっ、あっはい」
不意に風呂場の外から声を掛けられ、すこし焦りながら答える男。
(俺用の服……?父親とかのか?そういや家族とか見なかったけど……)
あーでもないこーでもないと思考は巡るが、話を聞かなきゃ始まらないと、とりあえず風呂から上がる事にする。
「すんません…お先いただきました」
多少申し訳なさそうに居間まで戻ってくる。
少女はなんでもないように居間で茶を啜っていた。
「……少し小さかった?」
少女が用意した服は、着流しの様な成人男性サイズの和服であったが、男の身長は180cmを越えるので裾から脛が見えてるし、男の過剰搭載された筋肉を包むには些か頼りない。
ミチミチと服を押し上げる筋肉。帯ではなくボタンであれば弾けとんでいただろう。
「いや…大丈夫……です」
恩がある手前、慣れない敬語で対応する。
「他に男物の服なんてなかったから、まぁ着れて良かったわ。はい」
机を挟んで少女の対面。そこに差し出された茶碗。
「出涸らしだけど」
いらない一言ではあるが、男には有り難かった。純粋な水分確保ができていなかった故に、果実で誤魔化していたが、出涸らしであろうと水分は水分だ。
男は少女の対面に座り、同じように茶を啜る。
「面倒だから簡単に説明するわ」
なんの前置きもなく少女は口を開く。
「此処は、幻想郷」
「げんそう…きょう?」
「そ。箱庭の世界、妖怪の楽園、非常識の内側。此処には妖怪も幽霊も妖精も、なんなら神様も閻魔様だっている。忘れ去られた存在の理想郷。現代で貴方のように神隠しされ、この地に来るのが外来人…って呼ばれている」
妖怪、という言葉にドクンッと男の胸が高鳴った。
「まぁ、信じないならそれでいいし、疑っても別に構わないわ。怪しいと思って逃げ出してもいいし。私を害そうものなら…ブッ飛ばすけど」
男の頭には、最早少女の言葉は半分も届いていない。
八雲紫の様な妖怪が、此処には、幻想郷にはいる。ゾクゾクと震える背筋。沸き上がる闘志。
「運良く貴方は、妖怪のご飯になることなく此処まで辿り着けた。明日には紫に話つけて送り返してもらうわ。今日は泊まっていきなさい」
聞き逃せない人名が出てくると、男の反応は劇的だった。
「紫……!?八雲紫…さんの事っすか?」
「……何?知り合いなの?」
「知り合い……つーか、闘った…いや。ボコられた……仲?」
「……は?あんた、紫と闘ったの?」
心底理解できないかのように首を傾げる。
「いや…まぁ。手も足も出なかったけど…」
「……馬鹿なの?死にたいの?」
「いやぁ……」
頭を掻いて照れる男。
「いや、褒めてないわよ。……というか、本当に紫?あの出不精で仕事以外だと穀潰しの紫?」
「いや…それは知らないけど……金髪で紫色のすげぇ格好して…なんか変な所から出てきた」
「ついでに胡散臭くなかった?」
「……多少」
「なら間違いないわね。人間相手になにやってるんだか…」
少女は腕を組み、呆れた様な表情で溜め息をついた。
「あの……さ」
「ん?何?すぐに食べられるような物ならないわよ。レミリアのところにタカり……ご馳走になってきたところだし」
「(麗美理亜……?って…誰だ?)……いや、聞きたいこと…あってさ」
「何?分かることなら構わないわ」
「妖怪って……沢山いるのか?」
「小物なら有象無象、百鬼夜行で売るほどいるわ。この辺りは私が大体懲らしめるか退治したから大人しいけど、人里辺りはまだまだ夜は活発よ」
少女の言葉に一つ引っ掛かりを覚える。
「退治って…君が?」
「一応ね、巫女だし」
自分の半分も満たない少女が、男がしこたま痛め付けられた妖怪を退治するという事実に驚愕を隠せない。
(巫女ってつえーんだなぁ……全然そんな気配なかった…。もしかして漫画みたいな力とか持ってんのか?そういやさっき空から降りてきたっけ…)
闘ってみたい、と男の悪癖が顔を出す。
「……ちょっと勘違いしていない?紫クラスの大妖怪なら私も手こずるわよ?簡単にはいかない」
「手こずるだけ…って。すげぇんだな」
一方的にやられないだけ、男にとって羨望だ。
「そうかしら?まぁ博麗の巫女なら代々それくらい出来ないと調停者として役に立たないからね」
男と少女では闘うの定義が隔絶していることに、両者とも気づかない。
男は純粋な戦闘力による闘いを前提としているが、少女はスペルカードルールを前提としている。
無論、先代の博麗の巫女達はスペルカードルールというものが存在しない内から妖怪退治をしていたのだから、強いのは明白だ。
そして当代の博麗の巫女、博麗霊夢も並大抵ではない実力を持っている。スペルカードルールを抜きにしても実力者であることには変わりない。
勝負勘と度胸、類い稀な霊力量、見切りの鋭さ、そして彼女の“空を飛ぶ程度の能力”。それらが博麗の巫女の中でも天才と呼ばれるほど卓越した実力を支えている。
そんな少女を前にして
「な、なぁ……」
男は欲望に忠実だった。
年端もいかない少女に、大の大人が喧嘩を売ろうとしている。普通に犯罪である。
「嫌よ」
「えっ……まだなにも言って……」
「嫌。なんかあんたから鬼みたいな気配がする。戦闘狂で欲望に忠実。残念ながら、あんたと私じゃ勝負にならないわ」
「……そっか」
男は実力差で勝負にならないと解釈したが、少女は言った意味はまるで違う。
単純に闘いの舞台が違うと言いたかったのだ。
肉弾戦となれば少女に勝ち目はないし、なんでもありならば男に勝ち目はない。
チェスの世界チャンピオンとボクシングの世界チャンピオンが、編み物で決着を付ける様なものである。
少女は無意味な闘いをしたくはないし、興味もない。人間の男と争うつもりなど毛頭無い。
そして男は男で無意味な闘いを望んでいる訳ではない。昔は問答無用と闘うこともあったが、それはあくまでも闘いになっていたからだ。強くなってからはあくまでも同意の上で闘っていた。無鉄砲に闘うには、男は歳をとりすぎたのもある。
あっさりと男は引き下がった。
それよりも、男には気になる言葉があったからだ。
「鬼って……本当にいるのか?」
「ええ、いるわよ。いつもなら此処にも住み着いているんだけど…最近なんの異変もないから暇潰しに地底にでも行ってるんじゃない?」
異変、地底。
男にはピンと来ない単語が端々にあるが、それよりも男にとって重要なのは、鬼がいる、ということだ。
「そっか…」
子供の頃に見た、絵本。
物語にしかいなかった存在が、いる。
男の口許が緩む。
筋骨隆々、人を襲い、喰らう。
どんだけ強いんだ…と。
自分では歯が立たない様な、強敵。
妖怪も巫女も鬼もいる。もしかしたら、他にも何かいるかも…いや。いるに違いないと確信にも似た思いが過る。
男にはこの幻想郷に、平原を満たすようなご馳走の山を、降り積もる財宝のような夢想した。
「……なんか変なこと考えていない?顔、気持ち悪いわよ?」
「えっ、……あぁ、いや、その…ね」
少女からの暴言と言っても過言ではない指摘。
ワクワクと心踊っている男には効果はない。
「ま、なんにせよ、夜が明けたら紫に頼んで元の場所に……」「いや、それはいい」
男は少女の言葉を遮って断る。
「……いいの?折角拾った命よ?」
「あぁ。もう死んでいたようなもんだし…。此処で生きてみたいんだ」
八雲紫に半殺しにされたことではない。
生を消費するだけの人生。
退屈で退屈で、死ぬほど退屈だった。
最早死んでいたと言っても過言ではない退屈な日々。
神の思し召しか、悪魔の誘いか。
この幻想郷へ招かれた。
男の力は異端だった。
異端故の孤独。
孤独故の寂寥。
男は、寂しかった。
頂から見回しても、何もなかった。達成感も満足感も。
愚痴を言う相手も、一緒に騒ぐ相手も。
なにも、なかった。
「何よりも…此処には俺が求めていた物があるかも知れないんだ」
「……あっそ。じゃあそうしなさい」
少女は素っ気なくそう言うだけで、ずずっと茶を啜る。引き留めることも、嘲るわけでもなく、淡々と。
元からこの少女は、如何なる物からも浮いている。
冷たい性格という訳でもなければ、全てに興味がない訳でもない。
能力故なのか個人の資質なのかは分からないが、人間からも妖怪からも浮いた存在。
全てを受け入れる幻想郷。
その世界と申し合わせたような、超然とした巫女。
男を見捨てた訳ではなく、その意思を受け入れただけ。
諸行無常を体現したようなその姿は、男に不思議と安心感を与えた。
「……有り難う」
「お礼言われる筋合いはないわね。余計な手間が省けただけよ」
そう言って空になった茶碗を流しへ片付け始める。
「あとそこに布団入ってるから、勝手に使って」
そう言ってさっさと奥へ引っ込んで行こうとする少女。
無用心というよりは、自己の実力への自信でもあり、単純に慣れている様な態度。事実、結構な頻度で催される宴会で、酔い潰れて泊まっていく友人達が多い為にそれなりの数の布団が用意されている。
「えっ、あ、有り難う」
そんな少女の背中に頭を下げる男。
少女は男を一瞥もしないまま、ヒラヒラと手を振り襖を閉めて出ていった。
「あれ…」
その姿を見送って、男はふと思い出す。
「そういや、あの子の名前……聞いてなかったわ」
お互い自己紹介すらせずにいたことに漸く気づく。
まぁ明日聞けばいいかと思い直し、いそいそと布団を敷き、明かりを消して布団へ潜り込む。
男が布団に潜り込むとキチンと干された布団の匂いに混じり、なんとも言い難い、甘い匂いに居心地の悪さを感じる。
居心地の悪さもそうだが、男は童心に返ったかのようにワクワクして眠れなかった。
男は強敵との邂逅を夢に、やがて眠りに落ちていった。
自分が急に幻想郷に行ったらまず帰りたい。というか間違いなく帰る。
というか、霊夢のキャラがよくわからない。二次創作と原作の中間みたいになりそう。
次回
旅立つあたりまで