リリカルなのはStrikerS ~悪魔と魔王と罪の記憶~ 作:台風一過
「……ふぅ」
ナンパ野郎たちがいなくなったのを確認して少年はホッとしたのか一息つく。
「大変、失礼しました!痛いとか、そういうのはありませんか?」
そして、彼は謝罪をした。
「大丈夫だよ。それこそジルヴェスくん、ありがとね。実はどうすればいいのか分からなかったんだ…」
えへ、と、なのはは照れたように笑いかけながら感謝を述べる。
「え?」
対して少年、もといジルヴェスは自分の名前を知られているということに驚きを
「でも、ホントにびっくりしたなぁ。急に現れたのもだけど、ジルヴェスくんは他人と触れ合うのが怖いんだと思ってたから」
「…………」
「あれっ?違った?」
ジルヴェスは名前だけではなく自分のちょっとした人間性まで知られていることに言葉を失っていた。それをなのはは無言の否定に感じたのかあわあわし出していた。
「いえ……高町空尉ほどの方が自分のようないち訓練生のことを知っているとは思いもしなかったので」
ジルヴェスは答えるか迷い、結局答えることを選んだ。どうして答える気になったのか、それは彼には分からないことだった。
けれど、理由が何であろうと、秘密主義で自分のことを他人に明かそうとはしないジルヴェスに、それなりの本音というものを初対面で言わせたなのはは、不思議な魅力を持っているのかもしれない。
もっとも彼女にそんな自覚は全くないのだが。ただ、そこがまた彼女の良いところであるのだろう。
「うん、ちょっとね。この前仕事で訓練校に行ったんだけど、そのときにジルヴェスくんを見てほっとけないって思っちゃったんだ。勝手にだけどね」
そして、ジルヴェスは気付けばなのはの話に反応していたが、やはり彼女の話を聞きながら、これからどうしようかということを思案してもいた。
その時、なのはの口から彼の動揺を誘うに十分な言葉が聞こえた。
「ジルヴェスくんさ、今も私と話してるのが怖いでしょ?」
「なんで、それを…?」
話をするのが怖い、そしてそれは要は話をしたくないということ。けれど、それは失礼になるから分からないように我慢していたはずなのにバレてしまってジルヴェスはさらに混乱していた。
「なんとなく分かる、としか言えないかな。でさ、上手く言えないかもしれないんだけど、ジルヴェスくんが怖いのは私じゃなくて自分なんでしょ?」
「!」
またも言い当てられてジルヴェスは目を見開いた。
「君は優しいんだね」
「……俺が優しいですか?そんな人間じゃないですよ、俺は。空尉の方がよほど優しいと思いますが」
なのはの言葉を真っ向から否定する。
そして、彼のその言葉には自分に対する軽蔑のようなものが感じられた。
なのははそれを悲しいことだと思った。
自分で自分を否定するような言葉は、必ずその人を不幸にすると彼女は考えていたからだ。
「ううん、君は私なんかよりもずっとずっと他人に優しいよ。……ねぇ、どうして人と触れ合うのが怖いのか教えてくれないかな」
だから、何が、彼に彼自身を否定するような言葉を吐かせているのかが気になった。
「どうして訊くんですか?」
ジルヴェスはある種の拒絶の色を言葉に含ませて、逆になのはに訊いた。
「私が知りたいから。君の助けになりたいから。それじゃだめかな?」
「失礼ですが、それはただの自己満足に過ぎないものだ。そんなつまらないもののために俺を利用しないでくれ」
「でも、君の本心はそれだけじゃないでしょ?」
ジルヴェスの明らかな拒絶を受けても尚、なのはは食い下がる。
「しつこいですよ?」
そんななのはの態度にジルヴェスはいい加減イラついていた。
「しつこくてもいい。君に嫌われてしまっても構わない」
「そりゃそうでしょう。俺なんかが、あなたを好きだろうと嫌いだろうと、あなたにとっては何でもないことでしょうから」
ジルヴェスは見事にひねくれた物言いをする。
「そんなことない!」
しかしそれを聞いたなのはは、思いきりジルヴェスのその考えを否定した。
「私はここで嫌われないで、いつくるのかすら分からない、そんな『いつか』を待って、君の話を聞けるくらいなら、嫌われることを覚悟してでも、今、無理矢理にだって聞き出すことを選ぶよ。今、聞かなかったら意味がないんだよ……今、君の支えになれなかったら私は後悔するから……君だってきっと今よりずっとずっと辛くなるはずだから」
なのははジルヴェスの目をまっすぐに見据えてに詰め寄る。
きっと、フェイトであればジルヴェスの拒絶を受けて素直に食い下がったのだろう。
実際先日会ったときにはあっさりと引いたのだから。
けれど、彼女は、なのははそうはしなかった。自分の手が届くのに、助けになれない辛さは人一倍分かっているつもりだったから。だから彼女は一歩も引く気はなかった。
「…………」
ジルヴェスは言葉を失っているのか、無視を決めているのか、無言を続けていた。
「ねぇ、私ってそんなに頼りなく見えるかな……?」
無言に耐えきれなくなったのかなのはは寂しそうな顔をしてそう問った。
「………やめてくださいよ、そんな風に言われたら甘えたくなっちゃうじゃないですか……!頼りたくなっちゃうじゃないですか。やめてくださいよ……あなたは俺のこと何も知らないから……だからそんなことが言えるんだ……俺には優しくしてもらう価値なんてないんです……本当に、放っておいてくださいよ…………」
ジルヴェスは今にも泣き出しそうな顔をして懇願する。
その今にも溢れそうな涙はどんな感情からくるものであるのか、見ているだけのなのはにはまったく分からなかった。でも、それでもきっと今、この状態のジルヴェスでないと追い討ちをかけられないと感じた。
「頼りたかったら頼っていいんだよ。甘えたかったら甘えてよ」
だからそう言って、なのははジルヴェスを────
────抱き締めた。
「っ!放してください」
「嫌だよ」
ジルヴェスは抵抗したが、なのはの力は思いの
「私は君が何者であっても、何を抱えていたとしても、全部受け止めるから。私を信じてよ……それに、私がジルヴェスくんのことをほとんど知らないのは当たり前だよ。でも、知らないなら、これから知っていけばいいんだよ。だから……」
「っ!」
なのはの言葉を聞いたジルヴェスは頭を抑えながら
その表情は何かに苦しむように歪んでいた。
「どうしたの?」
ジルヴェスの変化になのはは気付き、心配そうに彼を見ながらそのことについて訊ねた。
「…………いえ。何でもないです…………けど、少しだけ話を聞いてもらえますか?」
しかし、ジルヴェスは軽くはぐらかし、けれどそう言って話し始めた。何が彼にスイッチを入れたのかなのはには分からなかったが、ここで水をさせば、ジルヴェスがせっかく話してくれようとしているのに、話してくれなくなってしまう気がして黙って頷いた。
「…………俺は怖いんですよ。誰かを傷付けてしまうのが。触れ合ったら相手を傷付けてしまうかもしれない。だったらいっそ誰とも関わりを持たなければいい、そう思ってきました」
「………やっと話してくれたね」
そして、なのははそれだけポツリと言って、ジルヴェスから離れ、話を促した。
「───俺、子供のときに暴走しちゃったことがあるんですよ。そのときに、大切だった女の子を傷付けて、それ以来その娘に顔向けも出来なくて……そのときのことを忘れられなくて、また暴走してしまうんじゃないか、また大切な誰かを失ってしまうんじゃないかって思ったら怖くて…」
「……そうなんだ。でもね、そのときのことはきっと、ううん絶対に、忘れちゃいけないことなんだよ。それが分かってるからこそジルヴェスくんはそのことを忘れられないし、そのことに苦しんでいるんだと思うの。だけど、いつまでもそうしてはいられないよね?」
「……はい。分かってます。でも、恐怖が
ジルヴェスの表情からは葛藤が窺える。ずっと他人と関わらずにいるなんてこと出来るわけがないことくらい十分分かっていた。けれど、どうすることが正解なのか今の彼には分からなかった。
「うん、それが分かってるなら大丈夫。ただ一つだけ。私の前では素直なジルヴェスくんでいてほしいの。初めはやっぱり、人と関わるのが怖いと思うんだ。だから私の前だけでもいいから頑張ってみて。私は何があっても絶対に傷付かないから。君に傷付けさせたりしないから。だから、安心して私に向かって来てほしいんだ」
強い意志の籠ったまっすぐな瞳でなのはは話をする。そんな真剣ななのはに、ジルヴェスは引き込まれていた。
「………分かりました。なのはさんって呼ばせてもらってもいいですか?」
「あ………うんっ。私もジルヴェス、って呼ばせてもらうね。ジルヴェスよろしくね!」
なのはは、心を開いてくれた嬉しさで表情が華やいだ。
「はい。きっと、なのはさんたちになら素の自分で向き合えると思います」
「その意気だよ。……そう言えば、ジルヴェスはこれからどうするつもりなの?」
「そろそろ、クラナガンに帰ろうかと思ってましたけど……」
そう言うジルヴェスはまだ悩んでいるような様子だった。
「じゃあさ、私
「へ?」
ジルヴェスは内心、逆ナンみたいだなぁ、などと
「私ね、もっとジルヴェスと仲良くなりたいの。だから、もしよかったらこの街なら案内するよ?それに、友達も何人か会うつもりだから楽しいと思うし。ダメかな?」
なのはは上目遣いに頼み込んでくる。
「なのはさん、それは反則です」
「???」
ジルヴェスの言っている意味がなのはには分かっていなかった。というか、自覚がなかった。
「是非ご一緒させてください。きっと俺、今普通に帰ったら変われないままだと思います。今の俺には荒療治が必要なんですよ」
ジルヴェスはそう言ってなのはの誘いを受けた。
「良かった。とりあえず、喫茶店に戻ろう。もうみんな来てるかもしれないから」
「喫茶店ってどこのですか?」
「さっきジルヴェス[翠屋]にいたよね?」
「確かそうです」
「でもどうしてそこに?」と訊こうとしたところでなのはが答えを述べた。
「その店、私の実家なんだ」
「え?えーっ!」
ジルヴェスはその事実にとても驚いたけれど、なるほど、どうしてなのはがウェイトレスなんぞをやっていたのかに合点がいった。
「でも、なるほど、そういうことですか…」
「あ、ジルヴェス!」
「な、何ですか?」
急に大声を上げたなのはに戸惑いつつ訊く。
「私がウェイトレスしてたのは内緒にしてね?」
またしても上目遣いに頼み込んできた。ジルヴェスは分かっていてやっているんじゃないかとも思ったが、その目を見て、「ああ、天然なんだな」と納得してしまっていた。
「まぁ、状況に
「…………ごめん」
ジルヴェスの、ネタのつもりの自虐に本気でなのはは謝っていた。
「いや、冗談ですから」
「ホントに?良かった。でも内緒にしてよね」
「分かりましたよ。それでお店に行くんでしたよね?」
ジルヴェスが確認すると、なのははうなずいて歩き出した。ジルヴェスも慌てて追いかけ、なのはの横に並んで店を目指した。
ここまで読んでいただきありがとうございます。