リリカルなのはStrikerS ~悪魔と魔王と罪の記憶~ 作:台風一過
「ティア、今、ちょっといい?」
夜になって、なのはがティアナのところにやって来た。
「はい……」
「じゃあ、着いて来て」
ティアナは居心地悪そうにしながらなのはについていく。
「……このあたりでいいかな」
しばらく無言のまま歩き、隊舎の外にある湾の堤防までやって来て、なのはが
「今日、ジルヴェスが話したとは思うんだけど、昔から私は無茶ばかりしてきたの。自分ではそれが必要で仕方なかったと思っているけど、それだけじゃなくて自分には力があるのにそれを使ってみんなの役に立てないことに耐えられないっていう気持ちもあって。もっと余裕があればあんなことにはならなかったと思う。だからね、あの事故を経験して私は決めたの。私みたいな辛い思いを私の教え子には絶対させないって。でも、ティアにはキツいことを言ったよね。ごめん」
なのはは、自分の言葉がティアナを傷つけた、とそう言って謝った。
「そんな!確かに怒られて落ち込みましたけど、今なら私が間違ってたって分かります。むしろ、なのはさんの思いを見ようともせず、そればかりか感情に任せて陰でなのはさんに失礼なこと言ってしまって。そのことでジルヴェスにすごく怒られました。だから、私の方こそすいませんでした」
ティアナはそのときジルヴェスに頬を叩かれたことを思い出していた。だから自分でも知らぬ間に彼女の手は、左の頬に伸びていた。
そして、そうしながら彼女はなのはに対して頭を下げた。
「……うん……それでさ、今日の模擬戦の最後に使った砲撃なんだけど……」
本題はこっち、という目をしてなのはは優しく語りかける。
「はい……」
「あれはさ、近いうちにティアに教えようと思ってたものだったんだ。私はね、魔法での戦いは、扱える魔法の規模とか魔法そのものの難度とか、そういうもので決まるとは思ってなくて、自分の使える、使いこなせる魔法をどう組み合わせるか、どう応用するかっていう、『使い方』が大切だと思うの。そして、ティアがさっき使ったのはその『使い方』の良い例だよ。それを自分で見付けたことは誇っていいと思う。だから、自信持ってね。それに、これから先、ティアが執務官として一人で戦うことも出てくると思うの。そのときに射撃しか出来ないのは私は不安で、ティアにもダガーみたいな近接用の武器があればって思ってたんだ。それで、みんなのデバイスにはリミットを掛けてあって何段階かのモードがあるのは知ってるよね?その中には近接用のモードもあるんだ。だから、今すぐじゃないけど、私の伝えられることは全て伝えて、必ず一人でも戦えるように私がするから、少し耐えてもらえないかな……?」
なのはは、申し訳なさそうに言った。
「………はいっ」
ティアナは、なのはの口から自分が間違っていないと言ってもらえたこと、そして、自分のことを将来まで見据えて考え、思ってくれていることを知って涙が溢れてきた。
さらに言えば、最難関とも言われる執務官にティアナならなれるという絶対的な確信をなのはが持っているということが、彼女の心を大きく揺さぶった。
「最後にもう一つだけ。ティアは自分に厳しいから分からないかもしれないけど、ティアは理想を十分実現出来てると私は思うな」
なのははそう言って微笑みかけた。
「……ありがとうございます」
なのはの言葉を聞いたティアナは涙を隠すことはしなかった。
そんな彼女の様子を見ながらなのははほっと、安堵のため息を吐いていた。
「ねぇ、ジルヴェス今大丈夫?」
なのはとの話が終わり、落ち着きを取り戻すとティアナはジルヴェスのところにやって来ていた。
「ああ。その前に、ティア、この前はごめん。ティアの言ったことが許せなくて手が出てしまった……」
ジルヴェスは頭を下げて謝る。
彼はここに来てようやく面と向かって謝ることが出来た。
「ううん、あたしは気にしないわ。むしろ、ジルヴェスのおかげで目が醒めたもの。ジルヴェスが居なかったらあたしはダメなままだった……」
「そうか。それで、話って何だ?」
「また、自主トレに付き合ってもらえないかしら」
「…………」
ジルヴェスはティアナの真意を図るようにティアナを見詰める。
そして、ティアナはそれに急かされるようなかたちで意図を語り出す。
「ジルヴェスとなのはさんの話を聞いて、あたしのやろうとしていたことが間違ってたんだって分かった。だけど、努力することそのものは間違いなんかじゃ決してない。あたしが間違ってたのは努力する方向性だと思うもの。それに、なのはさんに教導してもらうだけじゃダメだと思うの。それだけじゃ、きっと時間がかかっちゃう。だからあたしは自分でも努力をして早く強くなりたいの。そのためにジルヴェスにも協力してほしいって思うん…だけど……」
話を聞くジルヴェスの表情が芳しくないようにティアナには見えて尻すぼみに声が小さくなっていった。
「……分かった。俺でいいならやるよ」
だが、ジルヴェスはティアナの目を見て、その瞳が以前の後ろ向きな向上心ではなく前向きな向上心に輝いているのが見てとれて、以前とは変わったと確信した。
だから、ティアナの頼みを承けることにした。
「……ジルヴェス……うぅ……」
ありがとう、そう言ってティアナはジルヴェスに抱き着き、そして彼の胸に顔を埋めた。
ジルヴェスから直接ティアナの表情を窺い知ることは出来なかったが、泣いていることは、ティアナの声と震える肩から分かった。
だが、突然のことにジルヴェスは困惑してしまっていた。
「ティア、どうしたんだよ?」
だから、戸惑いながらジルヴェスはそう訊いた。
「……分からないわよ……この前みたいに断られたらどうしようってそう思って…でもあんたは協力してくれるって言ってくれた……それを聞いたら勝手に涙が流れてきたのよ!何、悪い!?」
最後の方は何故か逆ギレだったが、いつも勝ち気なティアナがジルヴェスに甘えようとするほどに彼女の心はすり減っていたのかもしれない。
しかも、先ほどまでなのはのもとで泣いていたにも拘わらず、涙は次々に溢れ出してくる。
「……いいよ。泣いたって構わない。ティアはいつも自分に厳しすぎるから。たまには自分に甘くなっても、誰かに甘えてもいいんじゃないのか?」
ジルヴェスは確認するように、提案するように、そして、諭すように、優しい声音で言葉をかけた。
さらに、ティアナを抱き締めるように腕を背中へと回し、彼女の頭をポンポンと優しく撫でる。
ティアナはしばらくそのままジルヴェスの腕の中で泣いていた。
どれくらい経っただろうか。ティアナは顔を俯かせたままジルヴェスから離れた。残念なことに、彼に彼女が今どんな表情をしているのか知ることは叶わなかった。
「………ごめん。ありがと…」
そしてそうとだけ言うとティアナは顔を見せずに走って自分の部屋に帰っていった。
ジルヴェスはそれをただ見ているだけだった。
ジルヴェスはティアナが部屋から出ていった後、少し涼もうと隊舎の外に行くことにした。
「………………」
そこで考えるのはもちろん先ほどのティアナのこと。
悪いことではないのだが、ティアナは何でも自分一人で背負って他人に甘えようとはしてこなかった。そういう意味でティアナとジルヴェスとは似た者同士かもしれない。
そんなティアナが普段なら決してしないであろう行動をとったことはジルヴェスの動揺を誘うには十分過ぎたのである。そして、彼はティアナの行動の理由たる彼女の心の裡を測りかねていた。
「あ、ジルヴェスだ。何をしてるの?」
しばらく考え込んでいると、そこになのはがやって来た。
「なのはさん、こんばんは。少し涼んでるだけですよ」
「そうなんだ」
後ろから来たなのはに振り向きながら答えた。
「そう言えば、なのはさん、ティアと話をしたんですね」
「うん。ティアも分かってくれたみたいで良かったよ」
なのははほっとした顔を見せる。
その表情にジルヴェスは不覚にもドキッとしまったのだが、それには当のなのはは気付いていない。
「……そうですね。ティアは変わったと思いますよ。ちょっと張り切りすぎな気もしますけど」
「そうだ。ティアと話して気になったんだけど、ジルヴェス、ティアに激怒したんだって?」
ジルヴェスって怒るんだね、となのはは笑う。
「激怒したというか……つい手を出してしまったというか。それに俺だって怒るときには怒りますよ、そりゃ」
「そ、そうなの?」
なのはは、ジルヴェスが怒っただけでなく手まで出したということに意外そうな表情をしていた。
「あ、もうそれについてはティアにも謝りましたし、後腐れはないはずです」
ジルヴェスは心配要らないですよ、と言って釘を刺す。
「でも、私ちょっと驚いたなぁ。ジルヴェスってそうやって熱くなるタイプだとは思ってなかったから」
何を言われたのか気になるよ、とも言った。
「そうですか?」
「うん。冷めてるってわけじゃないんだけどいつも冷静なイメージがあって」
「それはあれです。常に冷静でいようと意識してるからだと思いますよ。感情的になってしまえば取り返しの付かないミスをするかもしれない……俺はもう『失敗』したくないんです」
具体的に何について話をしているのか、それはなのはには分からなかったが、ジルヴェスと出会った頃に知った「トラウマ」から彼が完全には逃れられ切れていないのだということは分かった。
そもそも、彼の持つ「トラウマ」や「過去」の全てをなのはは知っているわけではないし、何より、今となっては無理矢理に聞き出してまで知りたいとは露ほども思っていない。
なのはにとってのジルヴェスは、今そこにいる「ジルヴェス」であり、それが全てなのだから。
そして、彼が過去にどんな経験をしてきたのかは彼の人間というものを評価する上で、なのはにとっては不要なものですらあるのだから。
だから、いつかジルヴェスが自分から話してくれるまでは気長に待とうと思っていた。とは言え、見るからに思い悩んでいたら遠慮なく聞き出そうとも考えていた。そして、その悩みを解決しようと。
「私は何があってもジルヴェスの味方で居続けるから。だから、悩んだりしたときは相談してほしいな」
だから、そう言った。
けれどなのはは、社交辞令でもきれい事でもなく、心からそう思っていた。それは、ただ、なのはがジルヴェスと居たいという純粋な想いの発露だったのかもしれないし、ただのお人好しな性格から出た言葉だったのかもしれない。
「……必要があったら頼ります」
それは分からなかったが、なのはの言葉に対するジルヴェスの答えは、彼と彼女の間にいくらかの距離を置き、壁を置いたものにも感じられた。
「……うん!私もジルヴェスのこと頼りにしてるからね。だから、私が困ってるときは助けてね」
けれど、なのははその距離から無理矢理に目を逸らし、見なかったことにした。
「はい」
そしてジルヴェスの返事を聞いてなのはは笑顔になった。
ここまで読んでいただきありがとうございますm(__)m