それでも糸は紡がれ続ける—女傑達の英雄遺文—   作:護人ベリアス

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レムノスを目前に

「大成功です!王女様!」

 

 喜びに満ち溢れたゴヴァンの声。

 

 それに安堵と喜びを含んだ皆さんの笑みが続く。

 

 場所はレムノスの南西の地。デキウスが設営地として見定めてくださった地である。

 

 そこはそばに小川が流れ飲料水の確保は容易で、森林に囲われているものの見晴らしが悪いわけではなく警戒を強めてさえいれば魔物の奇襲を見落とすことはないと考えられた。

 

 それは比較的高台に位置するためであり、そこにさらに柵を築き監視員を立てれば警戒は万全と考えることができる。

 

 そして何より見下ろした先には目的地で奪還を期したレムノスが見えている。

 

 ここから見えるレムノスは城壁しか見えず内部の全貌は掴めない。

 

 だがそこに目的地があり、希望がある。その事実こそが肝心だった。

 

 その証拠に今私の天幕に集い、軍議の場を囲んでいる8人の方々は皆一様に明るい表情を浮かべている。

 

 それはきっと目的地が目に見えていることが大きな意味を持っているのは間違いない。

 

 だが皆さんがいつになく喜びで溢れているのは当然それだけではなくゴヴァンの言った『大成功』も大きなかかわりを持っていた。

 

「いやはや…これほどまでに行軍が上手く運んでいくとは思いもしませんでしたなぁ…先発隊の被害は負傷者数名を除けば全くなかったことは知っておりますが、後続のゴヴァン殿と二アール殿率いる主力は如何でしたかな?」

 

「それは言うに及びません!リュールゥ殿!民の犠牲は当然なし!魔物と幾度か交戦することになりましたが、魔物は殲滅被害は僅か!これほど鮮やかな勝利は初めてでしたなぁ!やはり二アールの荷車を防壁とする策は凄い戦果を挙げてくれましたなぁ!」

 

 その『大成功』をリュールゥとゴヴァンが正しく代弁して下さった。

 

 

 四日に及んだ行軍で犠牲者がほとんど出なかったのである。

 

 

 先発の騎兵と行動を共にしていた私から見て、後続のために周囲一帯に跋扈する魔物の殲滅を意識していたにしては交戦回数が少なかったと正直思う。

 

 ただ本当に犠牲が少なかったのは確かなのである。それほど皆さんが知恵を振り絞って出してくださった数々の策が犠牲を減らすことに繋がっていた。皆さんには感謝してもしきれない。

 

 そもそも交戦回数も魔物の殲滅と言う意味では少ないのは考え物だが、目的は違う以上犠牲が減ることに繋がる交戦回数の少なさは喜ぶべきこと。

 

 目的はあくまで設営地に選定したこの地にできるだけ早く到着し、設営に迅速に取り掛かる事のみ。

 

 その途上で不必要に交戦して魔物を倒そうとも犠牲が出ては何の意味もない。

 

 何より非戦闘員である方々に犠牲が全く及ばなかったのは本当に喜ばしいことだった。

 

 だからこの場で皆さんとその喜びを共有できていることは素晴らしいことだと心から思う。

 

 だが今はあまり本当に素直に喜んでばかりいられる状況ではないのもまた事実だった。

 

「…ゴヴァン。そうは言うが、私の策が役に立つのもこれまで。本番はこれからではないか…?」

 

 喜びに湧く皆さんに私に代わって現実を口にしたのは、肝心な時に言葉をいつもくださる二アールであった。

 

 二アールの呟きに湧いていた場は一気に静まり、代わって冷静に物事を考える雰囲気がその場に戻ってきていた。

 

「確かに二アール殿の仰る通り。あくまでここまでの行軍は奪還の下準備に過ぎません。本題はこれから。如何に素早く堅牢な砦を築き上げ、如何にレムノス一帯の魔物を殲滅していくか、ですなぁ…」

 

「リュールゥの仰る通りです。犠牲が出なかったことの喜びを分かち合いたいのは山々ですが、本当に犠牲を避けられぬのはこれから。今はその犠牲を如何に減らしていくかを考えていかなければなりません」

 

 リュールゥと私の仕切り直しを兼ねた言葉に皆一様に頷く。その時からは過去の成功を喜ぶだけでなく未来の成功のための時間となった。

 

「ゴヴァン。二アール。後続の部隊には物資の輸送も頼んであったはずですが、如何様ですか?」

 

「はっ…民の協力のお陰で食料は切り詰めてではありますが、二か月分を輸送することに成功しております」

 

「…西に流れる小川で飲料水を。それと周囲の森からは果実がそれなりの足しにはなるかと」

 

「おう!流石二アール!切り出しの指揮を執って、周囲を歩いているからよく分かってるな!」

 

「してお二人?砦を築くための建築用材は如何なりましたかな?」

 

「私もその点は気になります。確かナクソスから木材などを輸送する余裕があったはずでは…」

 

「それに関してはこのデキウスがお答えを。確かにナクソスの防壁で用いていた木材を一部輸送するように申しつけましたが、少々柵を築かねばならぬ範囲が想定より広くせざるを得なくてですな…」

 

「確かに収容人数は5000人近く…致し方ありませんなぁ…」

 

 デキウスの言葉にリュールゥが応じる中、デキウスは斥候に行って頂いた際に書き上げたのであろう周辺の地図を広げて指で示していく。

 

「この範囲に柵を築くなれば、木材は明らかに足りませぬ。そのため二アール殿には周辺の木々の切り出しをお頼みしてあります。王女様にはご報告が遅れました。申し訳ありません」

 

「私からも…申し訳ありません」

 

「流石はデキウス殿。二アール殿。ご準備がお早い」

 

「いえ。デキウスも二アールも早い判断に越したことはありません。お二人ともよくぞ早めに行動を開始してくださいました」

 

「「はっ…」」

 

 デキウスと二アールが独断で動いたことを謝罪してきたが、リュールゥも私も当然に責める必要などなくむしろ称賛の言葉を贈り、お二人の判断を労った。

 

「それで工事はいつ頃終わるでしょうか?」

 

「昼夜を問わぬ工事で柵を立て終えるのに一週間。防備を万全に整えるのに追加で二日ほど。…残念ながら防備を整える以上のことを望むことは…」

 

「不必要な欲求である。それは皆も承知しているでしょう。二か月…いえ。一か月の辛抱です。それまでは少しばかりの不自由な生活は甘受する他ないでしょう。…皆さんも私と同じ考えであると信じています」

 

 工事の指揮を執っているデキウスの言葉を借りるまでもなく私達には余裕がない。

 

 砦を築き上げ、防備を整えることしか物資的にも労力的にも時間的にもできないのだ。

 

 お陰で私を含めて全員にテントでの生活を強要することになる。これは皆さんに甘受して頂く他ないと、事前に皆さんには伝えてあるため問題はないと考えていた。

 

 そして防備を整えるとは言っても魔物の襲撃の対策のために柵を築き、砦と為すだけ。これだけでもナクソスを防衛している時よりは万全とは言えないのだ。

 

 だがデキウスが事前に示してくださった設営予定図は、決して不安を呼ぶものでもない。

 

 柵の上に監視員を配置でき、数は多くはできないが監視塔も築くと言う。ナクソスを防衛してきた時と戦術は一切変える必要がなく、懸念点は突貫工事であるための堅牢さぐらい。逆に言えば砦自体が完成してしまえば懸念はそう多くないのだ。

 

 そのため懸念は他にあった。

 

「ただ柵を築き終え、防備が万全に整うまでは如何します?切り出しなどに人を設営地の外に出すにしても安全の確保は如何に?」

 

「まず設営地にはこれまで通り荷車での即興の防壁を張り巡らせます。仮に襲撃があれば、工事を中断しそこに籠れば対処できるかと考えとります。ただそれだけではやはり不安なのでできる限り素早く工事を終える必要があるかと」

 

「外に出す者に関してですが、今この時も出ている者はいますが、必ず複数名で行動し魔物を見つけたら確実に交戦を避けるように厳命してあります。不安は多いですが、現状を考えれば致し方ないかと」

 

 私の懸念にデキウスとニアールが即座に応じてくださる。

 

 それに不安は残ると思ったものの、今できることの中では最善と言う他ない。私は頷いて承認の意を示すと、代わってリュールゥが口を開く。

 

「砦が完成するまでも懸念は多いですが、本番は砦が完成してから」

 

「砦に籠り、魔物を意図的に誘き寄せては殲滅するを繰り返す…言葉では簡単なれど決して楽な戦いではありませんな…」

 

「…誘導のための罠の準備はどうです?」

 

「はっ…家畜の羊を連れてきているのでそれを砦の完成後に砦の外に罠とします。魔物達は必ずや血の匂いに引き寄せられることでしょう。罠は必ず役に立つことでしょうし、そして魔物を撃滅できるのもまた確実!」

 

 リュールゥの呟きを引き継いだマルスが複雑な表情で呟いた言葉への反応に窮した私は、罠の準備を頼んであるガイウスに問いかける。するとガイウスは自信に満ち溢れた声でマルスの懸念を叩き潰そうとするように言う。

 

 それに同意はできないという感情が僅かに表情から見えるマルスであったが、この反撃に同意している以上私達は知恵を出し合いマルスを説得するための策を編み出していた。

 

「…まぁ撃滅した魔物の骸を戦闘後に焼き、魔物除けに使いその時を休息の時にする…それならば長期戦も十分に可能。そう上手くいくかは不安はありますが、勝算は大いにあると考えております。なのでガイウス殿は妙な気を回さんでも宜しい。私はあくまで楽観的な発想のみが蔓延ることによる大敗北を望まぬだけのこと。この度の反撃の成功を誰よりも願っていることを勘違いせぬよう」

 

「ぬぅ…分かってますよ!マルス殿!」

 

「…ともかくマルスの言うようにどれだけ万全の準備と策を講じようと不測の事態はつきもの。その対処の策と臨機応変の対応は不可欠。それを皆さんにも心掛けていて頂きたいということです」

 

 マルスの懸念は私の懸念でもある。

 

 一歩間違えれば、犠牲が出るどころか全滅もあり得る危険な策に基づいて反撃を開始したのは確かなのである。

 

 だから先程までのように成功を喜んでばかりはいられず、常に最悪の事態において如何に犠牲をなくすかを考えなければならない。

 

 その役割がこの軍議に集い頭脳の役割を果たしている私達、そして最終的な判断を下す私に掛かっているのだから。

 

 私はマルスの懸念の言葉をありがたく受け取り、その言葉を借りて皆さんに注意を促した。

 

 その促しに頷いて同意を示してくれた皆さんに感謝を覚えつつ私は軍議の締めくくりに入りつつあった。

 

「それでは皆さんの役割を念のため確認を。まずデキウスは工事の総指揮をお願いします」

 

「承りました。最短の期間で最高の防備を整えることをお誓いしましょう」

 

「次にゴヴァンは設営地の防衛の総指揮を。可能ならばデキウスの工事の支援もお願いします」

 

「おう!お任せあれ!」

 

「二アールは切り出しなどの物資調達をお願いします。そして繰り返しますが、配下の皆さんには無理だけはせぬようにお伝えください」

 

「…承知」

 

「ガイウスは罠の配置する位置の選定と周辺の警戒を。それは…」

 

「我々『ウィーシェ』からアンドレイ達をお使いください。斥候や情報収集は得意中の得意なれば」

 

「ではガイウス。アンドレイと協力して、事に当たってください」

 

「「ははっ…」」

 

「リュールゥは私の下で指揮の補佐をお願いします」

 

「ええ。このリュールゥにお任せあれ」

 

「あとマルス達魔導士隊には…ゴヴァンと共に設営地の防衛をお願いします。魔導士隊の魔法は貴重ですが、いざとなれば惜しみなく用いるように」

 

「承知しました」

 

 一通り確認を終える中私は無意識にマルスへの確認を遅らせていた。

 

 それは隣にフィーナが座っていたから。

 

 この度の軍議でフィーナは沈黙を保ったまま。

 

 軍議が終わりそうになった段階でその事実に今更気付いてしまった私は何となくフィーナの方に視線を向けにくくなっていた。

 

 その理由は言うまでもない。

 

 この設営地に到着して以来未だ話をフィーナとしていないため、どうにも気まずいのだ。

 

 だが軍議を終えようとしている今フィーナを気にするよりも軍議を終える方が優先。

 

 そう考えた私はマルスとフィーナから視線を外し、皆さんに伝えるべきことを伝え始めた。

 

「皆さん。魔物との戦いはまだ始まったばかりです。各々の役割に最善を尽くし、必ずやこの反撃の第一歩を成功へと導きましょう。各々のご尽力を信じています。ではこの度の軍議は解散としましょう。各々それぞれの持ち場にお戻りください」

 

 私の締めくくりの言葉に皆さんはそれぞれバラバラに私に礼をするとすぐさま天幕を出ていく。

 

 そうして出ていく皆さんの姿を見送っていた私であったが、未だ天幕から出ない人物の姿を認めた。

 

 

 それはフィーナであった。

 

 

 天幕に残るのが私とフィーナだけになる中沈黙が続く。

 

 フィーナが残ったからには私に話すことがある。

 

 そして私もまたフィーナに話したいことがある。

 

 お互いに蟠りを残したままにするのは、望ましくない。

 

 そう分かっているからこの状況ができた。私はそう信じたい。

 

 だが私は上手く最初に切り出す言葉を見出せない。

 

 フィーナもまた私から視線を背けたままのため、もしかしたら私と同じ心境なのかもしれない。

 

 そう思った私は思い切って私が先に話し始めることにした。

 

「「フィーナ(お姉様)…!」」

 

 が、見事にフィーナと被ってしまった。お互いに視線を合わせるタイミングまでぴったりで、である。

 

 そうしてどちらが続きを話すか決めかね、視線を絡ませたまま硬直状態に陥ってしまう私とフィーナ。

 

 ただ硬直したままではいられないと分かっている私とフィーナのうち先に切り出したのはフィーナであった。

 

「えっと…お姉様。…先日はお姉様のお立場も考えずに反論してすみませんでした。…よく考えれば、私も無茶苦茶なことを言っていました…」

 

「そんなこと…ないです。フィーナは正しいことを仰っていました。それを私が頭に血が上って、それで…」

 

 フィーナとの距離ができてしまった。

 

 それが意見の食い違いによるものである以上決して異常な点があったとは思わない。とは言っても私は後悔せずにはいられなかった。

 

 だがフィーナは私の言葉を遮りつつ首を振った。

 

「もうそれはお気にならないでください。謝る必要もありません。それよりお姉様にはお気になさるべきことが多々あります。そして私にもまた役割があります。だからあの時のことは今は考え込むタイミングではありません。気が散っていては勝てる戦いにも勝てなくなってしまいます」

 

「…仰る通りです。フィーナ。今考えるべきことではないでしょう…」

 

 フィーナは私に今はあの時のことを蒸し返す必要がないと言った。

 

 それは終わったことだからでもあり、今はもっと重大なことが多く控えているからであった。

 

 だがフィーナは席を立ちつつ本当に言うべきことを忘れはしなかった。

 

「ただ…あの時の事は終わっても私とお姉様の意見が分かれてしまった問題の本質は何ら解決していません。だからいつかは解決しないといけない…今でもそう思っています。それは覚えていてくださると嬉しいです。…では私はマルスさんの元に行ってきます」

 

 フィーナはそう言い残すと、天幕を立ち去って行った。

 

 …フィーナの言う通り。

 

 問題の本質は何ら解決できていない。

 

 ナクソスを焼くことに関する私達の意見が割れてしまった問題の本質。

 

 

 それは百を救うために一の犠牲を甘受するか否か。

 

 

 私は、リュールゥやデキウスなどの皆さんは甘受すべきと判断した。

 

 だがフィーナだけは一の事を気遣う必要があると言った。

 

 確かにデキウスも理解はしても方法がないと一蹴した。

 

 だがその方法を見つける努力は欠いてはいけないと私には分かっていた。

 

 

 なぜならアルはその一を救うことを尊んでいたから。

 

 私はアルの遺志を継ぐと言いながらもアルの生前に示していた考えに沿っていないことを実行していた。フィーナは暗にそれを私に告げているのである。

 

 それに気付いているからこそ私はフィーナの反論が忘れられなかったのである。

 

 今はフィーナの言う通り優先すべきことがある以上今はそのことは頭から消し去る。

 

 今はレムノスを奪還し、反撃の第一歩を着実に踏み出すことが大事だ。

 

 だが…

 

 

 その問題をいつかは解決し、フィーナとの蟠りに決着を付けなければいけないのは自明の事であった。

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