それでも糸は紡がれ続ける—女傑達の英雄遺文— 作:護人ベリアス
励みになってます!
…先週は前日に添削の時間は取れず珍しく前書きと後書きがなくなってしまいました…
ま、後書きに書くことは今考えてもなかったんですけどね!
日はもう沈んでいた。
代わって私達を照らすのは、松明の灯り。
この野営地に設けられた仮設の治療所の天幕の中もまた松明の灯りによって照らされている。
その灯りは人がいる限り決して消えはしない。
だが人がいても。
治療に従事できる方がいても。
命の灯りが消えるのはだけは止めることができなかった。
私の耳に届く呻き声。
それが一つ消えるたびに私は実感するのだ。
私の判断が彼彼女を殺したのだ、と。
そんなこと自明のことである。他ならぬ私が決断し始められた反撃作戦なのだから。
だが何も感じないということはできなかった。
言葉にならない悔しさと無力感が私を襲った。
奪還を目指すレムノスの地は眼下に見えているにも関わらず遠い遠い地に感じられるほど。
レムノスへの道は私の想像よりはるかに険しかった。
☆
このレムノスの南西の地に着いてからもう27日。ほぼ一カ月が経過した。
デキウスの陣頭指揮と皆さんの協力のお陰でデキウスが立てていた日程よりも早く砦は完成し、出来得る限りの万全の防備は整えられた。
それまでの魔物の襲撃は散発的で危機感を抱くほどの襲撃もなく犠牲は全く出ずに事が進んでいった。
それが私達の僅かながらの油断に繋がった…いや魔物の真の力を私達は見誤っていたのかもしれない。
本当の戦いは砦を築くまでではなく砦を築いた以後に始まったと言っても過言ではなかったのだ。
ガイウスの指揮の下周囲に羊の遺骸を置き、血の臭いを以て魔物を砦に誘い込むという策を予定通り実施された。
そして策は見事に成就し、血の臭いに呼び込まれた魔物達は砦へと押し寄せてきたことにより予定通りのこの地における初戦は始まった。
その時は何ら問題なかったのだ。
これまで通り弓矢で魔物を射抜き、周辺から集めてきた石で地に沈め、槍で突き落とす。最後の掃討には魔法で薙ぎ払う。
初戦は大勝利だった。
犠牲も一度戦闘を交えれば致し方なしと思わなければならないと割り切らざるを得ない人数。
万全を期し魔物の残党狩りも行い、矢も石も再利用できるものは持ち帰るほどの余裕もあった。
そして手筈通り魔物の遺骸には火が灯され、そこから発せられる悪臭と炎と煙はしばらくの間の魔物除けに用いられた。
だがそこが誤算だった。
ただ魔物除けが効果を為さなかったわけではない。炎を魔物は確かに嫌っていた。だがそこから発せられる魔物の肉が焼ける悪臭が周辺一帯の魔物を想定以上に呼び寄せてしまっていたのだ。
そしてその魔物の襲撃は私達が予定していた長い休息の時間など到底与えることもなくその炎が消えると共に始まった。
激戦に次ぐ激戦。
魔物をいくら倒してもその倒した魔物の遺骸の悪臭に釣られてさらなる魔物が呼び寄せられる。
それは想定内であったはずだが、あまりに襲撃の周期が早すぎた。
疲労の蓄積は集中力の低下に繋がり、それは命を落とすことに繋がる。
休息の時間を確保できなければ、必要のない犠牲を生むことになる。
だが休息を優先すれば、外に人を出すことも叶わなくなり、万全の体制が取れなくなる。
その匙加減を私が考えあぐねているうちに事態は深刻化していた。
昼夜を問わぬ二日連続の襲撃を二度越えた後から流石にナクソスの精鋭を自負する私達でも限界が訪れたのである。
外に矢や石を回収する余裕を失ったために節約しながらの戦いが強いられた。
補給が叶わない魔導士隊の杖は消耗が激しく、魔導士の魔法は投入の機会が極度に制限された。
堅牢度において不安が当初からあった柵は破られかける個所も現われ始め、補強に人を割く必要も生まれた。
当然物資的問題だけではなく負傷者も死者も初戦から比べて大幅に増えた。
予備として危機に陥った各所に送る人員の確保は当然望めるはずもない。
あのリュールゥが弓を取って、前線に立つ他なくなったという事実がその余裕のなさの何よりの証拠となるだろう。
その事実は前線で戦える者が日に日に減ったことが影響もしているが、それだけではない。
激戦の最中指揮を執ってたデキウスが深手を負ったのである。
そのため砦の北の壁の指揮を執れる者を失い、リュールゥが代わって指揮を執らざるを得なくなったのである。
私はあくまでこの防衛の指揮の頭脳として安全な場所で報告を受け取り、全体の指揮を執り続けるしかなかった。
全体の指揮を執り、ぎりぎりの兵力バランスを取らなければならないほど戦況が悪化していたからである。
その事実は分かっていた。私の指揮が必要なことは。
そして私が前線に出ても万が一の時に守る余裕がないというリュールゥの冷徹な分析も理解した。
私は前線では結局皆さんに激励の言葉をかけることはできてもその手にある弓は飾りにしかならない。要は邪魔なのである。
私も前線で共に戦いたかった。共に血と汗を流し、共に戦い抜きたかった。
だが周囲も状況もそれを許さない。
だから私は代わりに寝る間も惜しんで治療所を慰問し、束の間に訪れた休息の間も監視を続けてくださる皆さんに声を掛けて回った。
それが前線で戦うことに代わって私にできることはそれくらいしかなかったから。
そして私がここ数日慰問の最後に決まって訪れるのは、深手を負ったものの命に別状はなかったデキウスの元であった。
☆
「…っ!おっ…王女様…」
「デキウス。毎度言っていることですが、あなたは怪我人です。礼などお気になさるよりも自らの傷をお気になさるべきです」
「そうは言われましても…」
デキウスの寝る天幕を訪れると、毎度デキウスは私への礼を慮って無理に起き上がろうとなさり、それを私が止めるというのを繰り返している。
デキウスの相変わらずの堅物具合には流石に苦笑いせざるを得ない。
私の言葉に毎度渋々と言う感じで床に横たわるデキウスの隣に椅子を寄せて私は座る。
そうすると、デキウスは早々に口を開く。
ここをわざわざ最後に訪れて時間に余裕を持たせているのも毎晩訪れるのもただただ慰問に来ているわけではないからである。
デキウスと私が今話すことはただ一つであった。
「それで王女様…今日の戦いは如何でしたか?」
「…今日の所は柵を抜かれた個所は一か所もありませんでした。監視の者以外は皆休ませてあります」
「それは何より補修に兵を割かなくてよくなったのは朗報ですな。私が抜けたせいでもしもがあれば如何に責任を取ろうかと難儀しておりましたが、本当に良かった」
デキウスさんはホッとした表情でそう呟く。
だが快い話ばかりしてはいられない現実が私の前には横たわっている。私はそれを話すのを避けるわけにはいかなかった。
「ただ武器の余裕がそろそろ…魔法の使用制限はデキウスも知ってのことですが、矢と石ももう一二戦耐えられるかと言ったところ」
「…何よりこれまでの休息の間も与えぬ魔物どもの襲撃はかなり厳しかったですな…ようやく休息の時が取れて何よりでした」
「仰る通りです。…ただその連戦の影響で犠牲も…」
「王女様!!」
私が話すのを遮るようにつんざくような声が天幕の中に響く。その声の主は天幕に飛び込んできたガイウスであった。
その表情から察するにただならぬ報告であったのは明らかであった。
「何事です!?ガイウス?」
ガイウスがその時告げられた事実は今聞くには最悪のものであった。
「西の方角に不穏な影が見られたとの報告!魔物の襲撃の可能性ありとのこと!」
「「なっ…」」
最悪の報告に私とデキウスの漏らした声が重なる。
まずい…
それが私達の心を駆け巡った共通の思いだったのは言うまでもない。
「兵は休ませたばかり…その上連戦…」
「ガイウス!皆を起こせ!鐘でも大声でも何でもいい!とにかく今すぐ叩き起こせ!」
「私の配下はもう配置に付くように指示が出してある!だが西以外の柵には…」
「…っ王女様!如何なさる!?」
最悪の事態に思考が止まりかける中、デキウスはガイウスに怒号を飛ばし、私の思考が止まった穴を埋める。
だが最終的な決断は私に掛かっている。
だからデキウスは私にも決断を促すべく声を張り上げた。
その声にハッと思考を再開させた私は何とかデキウスの声に応じガイウスへの指示をひねり出した。
「ガイウス。魔物の襲撃が一方のみで済んだことはほとんどありません。…今すぐ皆を起こし、配置に付くようにお伝えを」
「承知しました!!」
私の指示にガイウスは天幕を即座に飛び出す。
私も指揮のためにガイウスの後を追わなければ。そう考え席を外そうとする。
だがそれより先にデキウスが唐突に身体を起こしていて、その動きを止める他なくなってしまった。
デキウスに浮かぶ厳しい表情に嫌な予感がしてしまったからであった。
「デキウス!?一体何のつもりです!?まさかその身体で前線に出るつもりでは…」
そう言いかけたところで私の腕はデキウスの怪我を負っていようと変わらぬ屈強な力によって掴まれていた。まるでこの場から離さぬかと言うかのように。
緊急の時にそのような不可解なことをするデキウスに困惑を隠せない中、デキウスは重々しい口調で告げる。
「致し方ありません。今の王女様を前線に出すわけには参りませぬ。ならば総指揮は私が代わりに取る他ありますまい」
「はい…?一体どういう意味です?私が前線に出てはならないなど一体何を根拠に…」
意味の分からぬことを言うデキウスに言い募る私。
それを無視してデキウスが言ったのは、完全に私の心境を言い当てたものだった。
「動揺が顔に出ております」
「…っ!」
「王女様。よく聞いてくだされ。その表情を決して兵達の前でお見せなさるな。王女様のその表情からは戦いへの躊躇が見えまする」
デキウスは厳しい口調で私を咎める。
デキウスの仰る通り私の中には動揺のあまり厭戦気分が芽生え始めていた。
当然戦いを止めることなどできないし、目的を果たさずして退く場所は私の判断で消し去られている。
何よりこれまでに出た犠牲を完全に無駄にすることなど考えられない。
だが犠牲があまりにも多すぎた。
これまでの私が総指揮に立ったナクソスでの戦いでの犠牲の総計をそろそろ越えようとしているほど。
それを思うと戦わなければならないと分かっていても戦いたくないと思うことを止めることができなかったのだ。
だがその弱気をデキウスは咎める。
「王女様の躊躇は兵達の士気の低下に繋がります。兵達の士気の低下は犠牲に繋がります。どれだけ犠牲が出ようとも王女様は表情に出さず自らの判断に自信があることをその表情で示し続けなければなりません」
「分かって…います。分かってはいるのです…」
「ならば王女様は決然とした態度で戦に臨まなくては。これまでの戦いを思い出しなされ。この連日の戦いは犠牲も多いやもしれませんが、これまで以上に皆が一致団結しております。昼夜を問わずの連戦にも皆耐え抜き、兵達だけでなくこれまでであれば守られるだけであった者達も命を守るため、王女様のお示しになった道を守るために協力しております。武器を潤沢に使えた時よりも士気は高まり、疲労があろうとも獅子奮迅の働きを皆が果たしております。そうでなければ当の昔にこの砦は陥落しておりました」
「…その通りです。皆さんの奮闘のお陰で未だ戦い抜けているのは確か」
それは指揮を執るリュールゥやゴヴァン、皆から聞き及んでいることであり、私自身この目で見てきたことである。だから私はデキウスの言葉に賛同できた。
そしてそれに賛同した今デキウスに言われることも分かりきっていた。
「ならば躊躇なさいますな。皆がここまで奮闘できているのは、皆王女様のお示しになった道を信じているため。この戦いに勝利することが反撃の第一歩と信じているため。王女様は言うに及ばず私含めて皆の思いを背負っておるのです。ならば王女様のなさるべきことは一つ」
「…皆さんの思いを決して裏切らぬこと」
「然り」
デキウスは私の導いた答えに短く応じる。
もうこれ以上何かを言う必要はなかった。
私の出した答えは最初から自明であった。
デキウスの力強い言葉に思わず生まれてしまった躊躇を吹き飛ばしてもらえた。
その意を汲み取り私を強く戒めてくれたデキウスに感謝を覚えつつ、私は深く息を吸うと言った。
「…ありがとうございます。デキウス。少々弱気になっていました。あなたの戒めの言葉に感謝を」
「いえ…今の負傷した身ではこれくらいのお役目しか果たせぬのが口惜しく申し訳なき事。私などの言葉がお役に立てるならばいくらでも」
デキウスはそう言うと私の腕を離す。
私の表情に躊躇が消えた。そうデキウスに認めてもらうことができたのだ。
それに安堵を覚えつつ私は改めて席を立ち、天幕を出ようとする。そこで一度立ち止ると振り返って言った。
「この度もどれだけ条件が整っていなかろうと私は勝利に導きます。仮にデキウスがいなくとも、です。後程吉報をお持ちします。それまでごゆるりとお待ちください」
「…はっ。ご武運を。吉報をお待ちしております」
小さく自信を込めた笑みでそう言うと、デキウスもまた笑みと共に応じてくださる。
そのデキウスの笑みに力を頂きつつ、私は指揮所へと急いで舞い戻った。
☆
「各方角の壁に配置に付けました!ですが西側以外において襲撃はありません!」
「王女様!西側の防衛が厳しいです!至急増援を!」
「ガイウス様より増援なくば柵の突破を阻止しきれぬとのこと!」
指揮所に戻った私には当然時間の猶予などなかった。
次々と飛び込んで来る伝令。伝令の方達の報告はひとまずの応急の対応には成功したことを暗に告げる。
だが初動の遅れは否めず、伝令の方達の表情からは疲れが全く拭いきれていない。
…このタイミングでの襲撃はあまりにも手痛過ぎた。
休息で息をついた途端だったため、気が抜けて士気が落ちてしまっているのだ。
高い士気で何とか戦況の悪さを打開してきたにも関わらず士気まで失えば戦況は悪化では済まなくなる。
その証拠と言わんばかりに襲撃を現在受けている西側の戦況は悪化の一途を辿り、危機的状況にまで陥り始めていた。
その一方で他の方面は妙なことに襲撃が開始されていなかった。
全方角の壁に防備に兵をいつも通り置いたのは失敗だったかもしれないと一瞬頭によぎる。
西側の戦況の悪化の早さの原因が単に士気や疲労の都合ではなく魔物の襲撃が一方角に集中しているかにも感じられたのである。
だが根拠はない。
襲撃は他の方角でも始まるかもしれない。よって兵を西側に集中させている間に他の方角で襲撃を受ければ一巻の終わりとも考えられる。
だが何も手を打たなければ、西側が終わる。
他の方角の防備を手薄にしてでも援軍を出すか。
それとも西側には耐えてもらうか。
私にはまたも決断に迫られていた。
そしてその決断まで残された猶予はほとんどなかった。
私は博打にもほど近い決断を叫ぼうとしたその時。
遠くから角笛の音が鳴り響いた。
聞き覚えもない角笛の音。
私達は角笛を用いていない。だから決して私達の合図か何かではないことが分かった。
だが確かに角笛の音が今も鳴り響いている。私の耳元に届いている。
魔物が角笛と同じ音など到底出せるはずもない。
ならば…
援軍?
厳しい現実がもたらした幻聴かとも一瞬思った。援軍など呼んでいるはずもないからである。
だが私は自分の耳を疑うより前に周囲の伝令で詰めている方々の表情を見る。そしてその表情は緊迫した状況によって切迫した表情から何かに興味を引かれているかのような表情に変わっていた。
なら幻聴ではない。
そう確信した所で新たに飛び込んできた伝令がその真偽を示す情報をもたらした。
「ガイウス様より伝令!遠方に数多の松明の影あり!姿は暗闇で認められぬが、援軍の可能性もあるとのこと!」
先に言うとデキウスさんは妙にアリアドネに重用されてますけど、結婚させようとかそう言う意図はありません。あくまで壮年の経験豊富な武人に信頼を置き、その実力を頼りにしているだけです。
年齢設定とか重視しないので特に触れたことはありませんでしたが、デキウスさんは大体50代くらい。アリアドネは18歳。…まぁこの年齢差で芽生える感情にはお察しが付く所ではあります。
さて危機的状況におけるある意味お約束の援軍到来。大事なのは誰が援軍を率いてきたか、でしょう。
さてさてアリアドネやリュールゥさん、フィーナの窮地を救うイケメンの座は誰に…