それでも糸は紡がれ続ける—女傑達の英雄遺文—   作:護人ベリアス

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反撃の狼煙、レムノスに上がる

 こうして砦陥落の最大の危機は乗り切った。

 

 ガルムス達ドワーフの戦士達の協力により皆が連日続いた戦いの疲れを癒す機会に恵まれたわけだが、私を含めた一部の者はそうはいかず。

 

 ガイウスを指揮官として動ける方々で偵察部隊を編成し、レムノス一帯の魔物の動きを調べるように指示して送り出した。

 

 戦線に復帰できる者には早々に復帰を強いることになった。

 

 そして私達もまたその報告が如何様になるかに期待を抱きつつ、魔物の襲撃がないか警戒を解けぬまま過ごすことになる。

 

 そうして数日が過ぎていったが、まるでガルムスの言葉が真実であったかのように魔物の襲撃は先日を契機にぱたりと止んでいた。

 

 そのお陰もあり、ガルムス達と共同とは言え到着当時と同じとは決して言えないまでも大差ない監視体制の構築に成功した。これでようやく防備も整ったと、この時には私もようやく一息を吐くことができた。

 

 そんな中ガイウスから送られてきた伝令の方による第一報は精神的余裕を抱きつつあった私達に歓喜をもたらした。

 

 

『七日に及ぶ偵察の間で魔物の群れとは一度も遭遇せず。レムノス一帯からは魔物は壊滅した可能性高し。』

 

 

 この第一報はガルムスの言葉とガイウス自身の目による報告が完全に一致したことを意味していた。

 

 これは私達の反撃が成功したことを証明する事実であった。

 

 …とは言っても魔物の群れと遭遇しなかったということは、単独か少数で行動する魔物とは遭遇しているということであり、さらに言うとレムノスの城内は未だ確認が取れていないとのことであり、まだまだ完全に気を抜いて良いわけではない。

 

 よってデキウスの進言を受け、ガイウス達偵察部隊に援軍を送りレムノスの城内にいる可能性がある魔物を撃滅することに決まった。

 

 即ちレムノスの地ならしを完璧な形で終えた上で私が整然と入城するという『形』を整えようという意図である。

 

 その決定に基づき援軍が早急に送り出されたと同時に後続として私も出立すべく準備が始まる。

 

 そうしてさらに数日が過ぎ、レムノス城内の魔物の掃討がほぼ完了したという第二報を受けた時。

 

 私は兵達と民を引き連れて砦を出立した。

 

 

 反撃の狼煙をレムノスにおいて上げるために。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 聳え立つ城壁が見えてくる。

 

 レムノスの城壁だ。

 

 王都ラクリオスには高さでも美しさでも規模でも到底及ばない。

 

 だが私達の血と汗で奪還したという喜びがそんな事実はどうでもいいと私に思わせた。

 

 今の私にはレムノスはとうとう辿り着くことができた楽園のようにまで思える。

 

 そして療養期間を経てすっかり傷を癒したデキウスは、今はリュールゥの進言通り私の隣に馬を並べてレムノスへと進んでいた。

 

 そのデキウスは喜びを露にするわけでもなく感激で涙を流すわけでもなくただ無表情に城壁を見上げるのみ。

 

 守るべき場所を失い、果たすべき雪辱を抱えるデキウスと私。

 

 だが当然私よりもその守るべき場所を背負ってきた圧倒的に長く思い入れも確実に私の王都ラクリオスへの思い入れよりもデキウスのレムノスへの思い入れの方が上であろう。

 

 だから理解した振りをして、声を掛けるのも不遜に思えた私はデキウスに声を掛けることはなかった。

 

 一度は魔物に自らの城を奪われた雪辱をようやく果たしたデキウスは私以上に思う所は多々あることであろうから。

 

 無表情にレムノスを眺めるデキウスを横目で見守りつつ、私は一団の先頭をデキウスと共に進んでいく。

 

 そうしてレムノスにさらに近づくにつれて見えてきたのは、門の前で隊列を組んで私達を出迎えるべく待つガイウス達の姿であった。

 

「王女様!お待ちしておりました!」

 

 私の姿を認めて、そう声を張り上げるガイウス。

 

 それに私は続いてくる皆さんに手を挙げて行軍を止めて頂くと同時にその声に応じた。

 

「ガイウス。偵察の任を見事果たしてくださり、ありがとうございました。それでレムノスの城内の状況は?」

 

「以前の報告通りレムノス城内の魔物は撃滅済みです。そして城内の街の状況は流石に何年も人が住まず放置されていた以上芳しくないです。ですが野営よりはマシでしょう。何よりこの城壁は頼りになります」

 

「大体分かりました。立ち話も変ですし、詳細は城に入った後で。ではこれより私達も入城します!」

 

 ガイウスに簡単な説明を受けた私は手短に話を打ち切り、ここで皆さんを待たせるのも忍びないと入城するとの宣言を発する。

 

 その言葉に私の前で隊列を組んでいたガイウス達は二つに割れて、門への道が作り出される。

 

 それを確認した私は馬に鞭を入れ、すぐにでも入城しようとする。

 

 だがそれを引き留めたのは私の後ろに控えていたリュールゥであった。

 

「アリア殿!少々お待ちを。せっかくですから、お言葉を頂けませんかな?」

 

 リュールゥの引き留めに進めかけた馬首を返し、反転させる。

 

 そうして向き直ってみると、皆さんがまるで私に期待するかのような眼差しを向けているのに気付いた。

 

 …これはリュールゥに言われずとも皆さんが私の言葉を待っている…ということか?

 

「リュールゥ殿の仰る通りかと。是非お言葉を賜りたいですな。」

 

「いつも王女様は戦いの後はお言葉をくださらないですからな。たまには頂きたいと思いはします。」

 

 リュールゥの提案にデキウスとゴヴァンも援護射撃を発する。さらに周囲の皆さんもまるで私の言葉を待つかのように私をじっと見つめてくる。

 

 逃れられる雰囲気ではない…

 

 本当は何かを言うつもりはなかった。

 

 確かにレムノスの奪還は反撃の狼煙であり、私達にとって重大な勝利である。

 

 だが同時に犠牲は過去最悪の多さだった。

 

 ナクソスを発つ時は5000人を越える方々がいたのに、今は4000人を下回りかけている。

 

 ガイウスの報告を待つ間に集計を取ったところ命を落とした方々の数は1000人を超えた。

 

 非戦闘員が3000人近くを占めていたことを考えると、戦いに身を投じた方々の命の半分以上と引き換えにした勝利である。

 

 いくら目標を達成したとしても手放しに喜べないといつも以上に思う自分がいた。

 

 これだけの犠牲と引き換えに得たレムノスを奪還したという事実が役に立つのか僅かに疑う自分もいた。

 

 だが皆さんは私の言葉を待っている。

 

 それは勝利したという実感が欲しいからか。

 

 それとも命を落とした友人や家族の死に意味が欲しいからか。

 

 それは個人の問題である以上、そこまでは分からない。

 

 だが私の言葉は必要とされている。

 

 私の言葉が皆さんのために何かしら役に立つ。

 

 ならば私に戸惑う理由はないだろう。

 

 大きく息を吸い準備を整えた私は皆さんの期待に応え、声を張り上げ言葉を紡ぎ始めた。

 

「長い長い戦いが終わりました。ナクソスを発ってから一か月。よくぞ皆さんは戦い抜いてくれました。これまでで一番の勇姿を皆さんは見せてくださったと確信します。この戦いは『ウィーシェ』によって世界に届けられます。世界に名高い吟遊詩人集団『ウィーシェ』によって皆さんの勇姿が届けられることは何にも代えがたい私達の誇りと名誉となることでしょう。それだけのことを私達は成し遂げたのです!私達の勇姿は必ずや世界中の人々に勇気を与えることでしょう!」

 

『ウィーシェ』への言及にリュールゥは微笑みと共に頷く。

 

 レムノスの奪還が世界の希望となるにはその事実が世界に届けられる必要がある。

 

 それを果たすのがリュールゥ達『ウィーシェ』である。

 

 私達は歌の題材を提供した。だから今度は彼女達がその歌を世界に届ける番である。

 

 レムノス奪還が本当に世界に希望をもたらすか否かはまさにリュールゥ達の手に掛かっており、その活躍に私達は委ねるしかない。

 

 その活躍が世界に希望を届けることを願いつつ私は話を次の段階に移していく。

 

「私達の勇姿は示しました。世界中の人々が私達の戦いぶりを模範とし、自信を得ることでしょう。ですがこれは始まりに過ぎないことは忘れてはなりません。なぜならレムノスの奪還はあくまで反撃の礎に過ぎないからです。」

 

 そしてリュールゥ達に歌の題材を提供したからと、私達の役割が終わった訳では当然ない。

 

 むしろこれからにこそ私達に重大な役割が課せられていると言えるということを皆さんに改めて伝え、気を引き締めて頂かなければならないのである。

 

「確かにレムノスは奪還されました。ですが魔物に奪われていたことによる荒廃の復興は不可欠。皆さんの生活の場を整え、防備体制を完璧のものとしなければ、これまでに流してきた血と汗と涙が無駄になることでしょう。それだけは決してあってはいけない。なので私達の本当の戦いは今から始まると言っても過言ではありません。恐らくこれまでと同等…あるいはそれ以上の苦難が私達を襲うかもしれません。」

 

 気を引き締めて頂くためにあえて厳しい言葉を並べる私に少々沈んだ表情に変わってしまう者も見受けられる。

 

 だがそんな沈んだことばかり述べては、皆さんが私の言葉を求めてくださった理由に沿わない。だから当然私はすぐに明るい話題に転換していく。

 

「ですがその苦難を乗り越えた先に生まれるのは強固な礎です。このレムノスは私達の努力によって必ずや生まれ変わることでしょう。まずはレムノスは魔物に奪われし地から魔物から初めて奪還された地に生まれ変わりました。そしてこれからのこのレムノスは魔物に再び奪われた地にも魔物に脅かされぬ平和な地にも生まれ変わる余地があります。それは私達の努力次第なのです!そして私は、私達はその努力を易々と絶やしたりはしない!そうこれまでの戦いで示してきました!だから私達が抱いた志、私達こそが世界の希望になるという志を忘れさえしなければ、何一つ不可能などないのです!」

 

 そう。

 

 全てはこれからなのだ。

 

 大業の礎はまだ脆弱のまま。むしろこれからこそ肝要である。

 

 …正直に言えば、三年前は一度目の大業の礎を築いた後に失敗したと言っても過言ではない。

 

 失敗により喪った三年という月日はあまりに重い。

 

 アルゴノゥトの失敗は継続の必要性を私の心に強く訴えかけていた。

 

 だからこそ『これから』を強調せずにはいられない。

 

 ただ『これから』のことは気を引き締めるために少し話すぐらいに留めて、皆さんが求めているであろうことを最後に話さなければならない。

 

 

 それは反撃の狼煙が上がったという勝利宣言である。

 

 

「今日私達は再びその志が不屈であることを示しました!私達の志はここに世界に示されたのです!」

 

 私はそう言い終えるとともに腰に差した剣を引き抜き頭上に掲げると共に叫ぶ。

 

 

「王女アリアドネはここに宣言します!レムノスは魔物から私達人類のもとに奪還された!私達は世界の希望となり得る一つの偉業を成し遂げた!これは人類の反撃の始まりを記念する重大な勝利!この勝利を以って今ここに!反撃の狼煙を上がったのです!!」」

 

 

「「わぁぁぁぁぁぁ!!!!」」

 

 私が話を締め括るとともに皆さんは地が割れんばかりに大歓声を上げる。

 

 みんな笑顔を浮かべて、勝利の喜びを共有し合っている。

 

 その様子に私もつい表情を綻ばせる。

 

 

 見ていますか?アル?

 

 あなたがくださった希望が私達に反撃の狼煙を上げさせました。

 

 そしてその反撃の狼煙を上げることができたという事実が私達に笑顔をもたらしています。

 

 それ即ちアルが私達に笑顔にしてくれているということに相違ないと思います。

 

 アルは今尚私達に笑顔をくださる。

 

 これからも私達の反撃を見守っていてください。アル。

 

 あなたの遺志を成し遂げるための戦いはまだ始まったばかりですから。

 

 

 

 ⭐︎

 

 

 

 魔物に奪われし地レムノスにて上がるは反撃の狼煙。

 

 道化によりて作られし希望はここに再臨す。

 

 この希望決して絶やしてはならぬものなり。

 

 集え!志士達よ!惑うな!迷いし仔羊達よ!

 

 惑う時はもう終わった。

 

 一人の女傑とその周囲を固めし志士によりて反撃の礎はここに築かれる。

 

 その礎の下に皆集うべし。

 

 魔物によりて蹂躙される時代を終わらせるために。

 

 人類の醜悪な四分五裂の時代を終わらせるために。

 

 一人の女傑の元、人類は再び暗黒の時代を終わらせるための戦いを始めん!




当初の予定ではここから物語が佳境に入る…はずだったのですが、長期的に連載継続が厳しくなってきました。
そしてここで一区切りを付けないと次の区切りのタイミングがプロット上凄く先になることが作者の中ではっきりしています。

…よって今作の連載を今話にて打ち切り、とさせて頂きます。

アリアドネ達の今後の活躍を楽しみにしてくださっていた方々には大変申し訳ありません。
約3ヶ月間お読み頂きありがとうございました。
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