それでも糸は紡がれ続ける—女傑達の英雄遺文—   作:護人ベリアス

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半妖精の元に舞い戻るは希望

「…っお姉様!!」

 

「…お忘れになっていなくて嬉しいです。フィーナ。本来なら久方ぶりの再会を素直に喜びたいところですが、時がありません。鉄格子から少々離れてください」

 

「え…?あっはい!」

 

 今すぐにでも抱き着いてしまいたくなるような歓喜を覚えつつお姉様に呼びかけるが、状況が状況。

 

 お姉様は冷静沈着のまま私になぜか鉄格子から離れるように告げる。

 

 なぜかは一瞬分からなかった私であったが、お姉様が剣を持ち換え鉄格子に付けられた錠前に突き付けたのを見て、その意図をすぐさま察した。

 

 お姉様はすぐさま錠前に剣を突き立て、金属音を大きく響かせると錠前は真っ二つに割れて床にカランと音を立てて落ちていった。

 

 …いつの間に錠前を即壊すという発想になるとは、上品だったはずのお姉様に一体何があったのだろうか…と思った私であった。

 

 だが考えてみれば、この3年。お姉様の身にも数えきれない災難が襲っていたであろうことは想像に難くない。

 

 何があったのか聞いてみたいとは思いはしたが、状況を考え控えるべきと私は即判断し、3年ぶりの出獄を果たすべく立ち上がろうとした。

 

 だが流石に3年と言う獄中生活は私の身体に酷い影響を与えていた。

 

「…っ!フィーナ!」

 

 立ち上がろうとしたものの脚に力が入らず、倒れかけた私をお姉様は心配な声を上げるだけでなく、あろうことかこの私を抱きとめてくれた。

 

 すぐにでも自分の脚できちんと立ち、お姉様にお礼を言いつつも迷惑をかけてはならにと強く心では思ったが、私の身体は言うことを聞いてくれなかった。

 

 というか初めての体験に私の身体は動かなくなっていた。

 

 私はお姉様に初めて抱きしめられている。

 

 

 …これがお姉様の…香り…

 

 

「…私もうこのまま死んでもいいかもしれません。こんな幸せなことがあるなんて…」

 

 あのお姉様に抱きしめてもらうなんて言う幸福に身を浸している私は思わずお姉様の腕の中でそう呟いていた。

 

 だがその呟きにお姉様は私を強く抱きしめると、静かに言った。

 

「…そのようなこと言わないでください。私が力及ぶ限り…あなたを絶対に死なせはしません。私はそのために助けに来たのですから。…フィーナまで旅立つなどと…言わないでください」

 

 その呟きは悲しみに満ちていた。

 

 それはお姉様もまた私と同じくらいに、いや、私以上に絶望と悲しみに触れていたということの現われだとすぐに分かってしまった。

 

 だって私でさえアル兄さんの死を知っているのだ。お姉様が知らないはずはない。だから『フィーナまで』と言ったのだ。

 

 そう分かった私はお姉様の腕から抜け出し、鉄格子を何とか支えにして自らの脚でようやく立ち、素直に私の浅はかな発言を謝罪した。

 

「すみません。お姉様。お姉様に初めて抱きしめてもらえたのがあまりに幸せすぎてつい言ってしまいました。もうこんなこと言いません。あ、でもこれからもまたお姉様に抱きしめてもらいたいというか何と言うか…」

 

 そう謝りつつ、思わず欲望を漏らしモゴモゴと言う私にお姉様は苦笑いか本当の笑顔か分らぬ笑みを浮かべる。

 

「何と言うか…あなた達は本当に相変わらずですね。こんな危機的状況でも私を笑顔にしてくれる。ええ。脱出した後ならいくらでも抱きしめましょう。だから必ず逃げ延びますよ。フィーナ」

 

「…!はい!もちろんです!」

 

 お姉様にまた抱きしめてもらえるという確約をもらった私の生への執着が倍加していく。

 

 それと同時にお姉様が『あなた達』と言ったことに深い意味合いを感じた私であったが、今はそこに触れるべきではないと考えて何かを言うのは止めた。

 

「ではあまり猶予はありません。フィーナ?歩けますか?もし無理なら…」

 

「大丈夫です。お姉様にご迷惑はおかけしません。この番人の遺体から骨をもぎ取って杖にしてでもお姉様に付いていきます!」

 

「それは…ともかく。大丈夫ならば、行きましょう」

 

 私のお姉様に迷惑を掛けたくないという強い強い思いにお姉様は複雑そうな表情を浮かべた。

 

 だが私の歩けるという強い言葉に納得してくれたお姉様は衰弱して早くは歩けぬ私に気を払いつつも私を連れて牢を出た。

 

「それでお姉様?どうやって脱出するのですか?ここの警備はかなり厳しいはずですが、何か手筈は整っているのですか?もしくは誰か一緒に来てくださって…」

 

「…手筈は特に考えていません。ただ来た道を引き返すだけです。それとここに来たのは私一人です」

 

「…え?お姉様一人…本当ですか?」

 

「ええ。私一人です」

 

 私はもうそれ以上聞かなかった。

 

 なぜお姉様が剣を扱えるようになっているのか。

 

 なぜお姉様がたった一人で私を助けに来てくれたのか。

 

 その理由を嫌でも察してしまったから。

 

 

 ユーリさんもガルムスさんもエルミナさんももうみんないないのかもしれない、と。

 

 

 だが私は挫けて、ここで生と希望を諦めるわけにはいかなかった。

 

 私はまだ生きている。

 

 お姉様と言う希望はまだ残っている。

 

 だから諦めるわけにはいかない。

 

 そう心に強く言い聞かせ、棒になって動かなくなりそうになる私の脚を奮い立たせた。

 

 そうしてお姉様に連れられて暗闇を進んで行くにつれて聞こえてくるのは喧騒。

 

 お姉様が潜入してきたことに気付いた王宮の兵が私達の脱出に気付く前にできるだけ遠くに移動しなければならない。

 

 そう強く思った結果、脚を無理矢理にでも早めようとしたその時お姉様は唐突に立ち止まった。

 

「着きました」

 

 そう言うとお姉様はその場にしゃがみ込む。何事かとお姉様のしゃがんだ方に視線を向けると、そこにあったのは排水路に繋がる鉄格子。お姉様が為そうとしていることはすぐに察した。

 

「ここから…逃げるんですね」

 

「ええ。…私では流石に王宮の近衛兵を全員蹴散らすことはできませんから。最低限の接触とできる限りの隠密行動を心掛けなければ、私にはあなた一人助ける力さえ未だにありません」

 

 そう淡々と答えるお姉様は、鉄格子を持ち上げると、私に入るように促す。

 

 当然清潔とは程遠い排水路だが、そんなこと3年も牢獄に留まれば言うほど気になりもしない。私はそそくさとその中に身を投じると、お姉様も後に続き最後に静かに鉄格子を元に戻した。

 

 そうして狭苦しい排水路を異臭の中這って進み始めるお姉様と私。

 

 するとお姉様は小さく息を吐いた。

 

「ここまで来れば恐らく問題はありません。王宮の兵が空の牢獄と獄番の遺体でフィーナの逃亡に気付いても恐らく夜明け。その時には私達はこの排水路の繋がる王都のそばに流れる川のほとりに辿り着いているでしょう。そこまで辿り着ければもう安心です」

 

 お姉様の溜息は安堵によるものだった。どうやら危機は過ぎ去った…そう考えてもいいらしい。

 

 一応は警戒を保ち、先を急ぎつつも少々の精神的余裕が生まれた私にはお姉様に問うことがあった。

 

「お姉様?まず助けに来て頂きありがとうございます。…誰かが助けに来てくれる…そう信じて待った甲斐がありました」

 

「…いえ。3年もお待たせしてしまい、申し訳ありません。…正直に言うとフィーナもダメかと思っていました。ですが以前王宮に勤めていた者に偶然出会い、フィーナが未だに牢獄に囚われていることを知りました。それで機を見計らい計画を立て、ようやく助けに来ることができました。間に合ってよかったです。そしてよくこの3年間生き延びてくれました。もしこのまま私達を守ってくださったフィーナまで喪ったら恩を返すことのできなかった私はどうすればいいかと…」

 

「恩なんてとんでもないです!お姉様!むしろ私なんかのために命を懸けて助けに来てくださるなんて…」

 

 私なんかに恩を感じ苦しそうにそう言うお姉様に私は自虐的に答える。だが私の言葉をお姉様は即座に遮った。

 

「フィーナ。そんなこと言わないでください。フィーナはその…私を姉と慕ってくださる大事な方です。どうして見捨てることなどできましょう?それにあなたはアルの妹で…」

 

 そうお姉様が言いかけた瞬間。お姉様の言葉は途切れた。

 

 お姉様に『大事な方』と言われて歓喜しかけていた私だったが、言葉を詰まらせたお姉様が心配になってくる。

 

 振り返ってみると、お姉様は苦悶で表情を歪めていた。

 

 その原因がアル兄さんの名が出たことにあるのは明らかだった。落ち着いて改めてその名が出ると私もお姉様も何も感じずにいることなどできなかったのだ。

 

 お姉様もアル兄さんのことを知っている。

 

 だがお姉様も当然アル兄さんのことを涼しい顔で受け流せるはずがない。

 

 アル兄さんの死をお姉様に告げさせるという辛い仕打ちをさせるわけにはいかない。

 

 そう思った私は口を閉ざしてしまったお姉様に代わって口を開いた。

 

「…知ってます。アル兄さんはアル兄さんらしく生き抜いて、旅立ってしまった…私はその最期を看取れたわけじゃない。…でも私はそうだったと信じています。アル兄さんはどこまでもアル兄さんらしくみんなを笑顔にするために戦い抜いた…違いますか?」

 

 それは願いだった。

 

 アル兄さんが決して無駄死にしたわけじゃないと思い込みたいという願い。

 

 その願いをお姉様にぶつけるのはおかしいかもしれない。

 

 お姉様はもっと残酷な現実を知っているのかもしれない。

 

 だけどぶつけずにはいられなかった。アル兄さんがもういないという事実を受け入れられてもその願いは潰えて欲しくなかったから。

 

 お姉様はしばらくの沈黙を続けたが、その沈黙を小さな声で破った。

 

「フィーナ…私はあなたに守られて王都を脱出した後、アルと合流できませんでした。なので…私もまたアルの最期を看取っていません。…ですがフィーナの言う通りアルはみんなを笑顔にするために戦い抜いた…そう思いたいです。…ですが私にはそうであったか確認するすべがありません。なぜならみんないなくなってしまったから…」

 

「おねえ…様?」

 

 その漏れた悲痛な呟きは私の心に突き刺さった。

 

 お姉様がアル兄さんのことを知りたくても知れない。そんな残酷な現実があることに気付いてしまったから。

 

 私はその残酷な現実を受け入れる覚悟を決める必要があった。

 

「…オルナや私達を慕って付いてきてくださった方々とは逃げる中ではぐれてしまいました…アルと共にいた軍勢も散り散りになっていました。…戦場跡に出向いてもあったのは数多の遺体のみ。…恐らくみんな…いなくなってしまった」

 

「…」

 

「…私は王女失格です。守る者を皆失ってしまった。守る力がなかった。それはただいくら少しばかりの剣技を身につけたところで何も変わりません。それでも…私は王家の血が流れる者として…アルの願いを知る者として…何もしないわけにはいかない」

 

「おねえ…様?」

 

 私は先程とは違う声色でお姉様を呼ぶ。

 

 先程のお姉様は苦しみで押しつぶされそうな声だった。

 

 だが今のお姉様の声は強い決意が見え隠れする思い響き。

 

 お姉様の抱く思いが変化したのは明らか。

 

 排水路の出口が近い。

 

 段々と暗闇が月明かりによって照らされていく。

 

 私とお姉様が排水路を這い出し、ようやく這うことから解放され立ち上がったその時。

 

 お姉様は決然と言い放った。

 

「私は…王女アリアドネです。ラクリオス王家の血を継ぎアルゴノゥトに命を救われ、一時は人々を笑顔にしたいという大義を共に背負いました。アルゴノゥトはもういない…ですがその大義は私の心に確かに残っています。私はこの大義を背負う責務と覚悟があります。私は…アルゴノゥトの大義を忘れない」

 

 それはお姉様の決意表明のようだった。

 

 それはアル兄さんへの誓いのようだった。

 

「私は一を救います。そして二を、三を、四を、そして百を救い、千を救い、国を救う…それだけのことを為す覚悟があります。私は一度それに失敗しました。ですが私はやり直し、アルゴノゥトと同じように一を救うことから始めたいと思います」

 

 お姉様は私のほうを向き直ると、続けた。

 

 それは私への思い。

 

「フィーナ。あなたは私の大切な大切な一です。私の再出発で最初に救う一です。フィーナ。あなたを救い出しすことができて本当に良かったです。あなたが私のそばにいてくださることほど今の私にとって心強いことはありませんから。あなたが生きていてくださって本当に良かった」

 

「お姉様…!そんなお褒めの言葉ばかり言われては…えへ…えへへへ…」

 

 お姉様の褒め殺しに愛の言葉にですっかり頬が緩み、感激が表情で隠し通せなくなる私。

 

 お姉様にここまで思われているとは思いもしなかった私は今すぐにでもお姉様に感謝の証として抱きつきたくなる。

 

 だがお姉様は真剣な表情そのもの。そんなことをしていい雰囲気ではない。

 

 私は表情を引き締めると、お姉様の真剣な言葉を受け止めるべくその続きを待った。

 

「だからフィーナ。非力な私に力を貸してください。私にはあなたの力が必要です。…私の道が茨の道になることは分かっています。…この3年間の獄中での生活以上の苦難が襲う可能性もあることも。それでも私は…!フィーナに!」

 

「分かってますよ。お姉様」

 

 もうお姉様の言葉の続きは聞く必要はなかった。

 

 なぜならお姉様が私に頼みたいことが何か分かっているから。

 

 そしてお姉様に贈る私の言葉は最初から決まっているから。

 

 私は笑みを浮かべて言った。

 

「私はどんな苦難があろうともお姉様を助けます。恩がどうとかそういうことではなく、私自身の願いとしてお姉様を支えたいです。私がお姉様の道を切り開きます。お姉様の邪魔者は何者であろうと焼き払います」

 

「フィーナ…!」

 

「そして私達の力で不甲斐ない馬鹿兄を見返してやるんです。あなたがやり遂げられなかったことを私達がやり遂げたって…!あなたの思いを忘れたりなんかしないって…!」

 

 私は語尾を強くしてそう言う。

 

 視界が曇り始めたのに気付かぬように。

 

 そんな曇り吹き飛ばしてやるために。

 

 私は笑顔だけ浮かべていればいい。

 

 私は涙など流してはいけないのだから。

 

 私は泣いてなんかいない。

 

 そう強がっているとお姉様は距離を縮めて優しく私を包み込む。

 

 そのお姉様が与えてくれる暖かみは私の無理を解きほぐしてくれる。

 

 そしてお姉様は私に静かに語りかけた。

 

「…フィーナ。今だけは…きっとアルも許してくれます。…だから今だけは…アルのために…」

 

 泣いてもいい。

 

 そう言おうとしてくれているのだと分かった。

 

 だが続きの言葉はとうとう紡がれなかった。

 

 お姉様がくれた優しい言葉。

 

 私にくれた免罪符。

 

 私はもう抑えられなかったから

 

 涙が止まらなくなったから。

 

 もう何も見えなくなった。

 

 お姉様もまた小さな嗚咽を漏らした。

 

 今だけはアル兄さんには許して欲しい。

 

 あなたの死を私達が悲しむことを。

 

 あなたのいない世界を寂しく思うことを。

 

 だけど私は、私達は今確かに誓ったのだ。

 

 私達がアル兄さんの願いと大義を引き継ぐ。

 

 私達がみんなを笑顔にする。

 

 お姉様の救った一がいつか二になり百になる日が来ると心から信じてる。

 

 希望はまだ残っている。

 

 アル兄さんの思いを忘れないお姉様と私がいる。

 

 だからまだ希望は消えていない。

 

 アル兄さん。

 

 どうか見守っていてください。

 

 

 私達があなたの思いをは果たすその姿を。




あっさり王宮の地下牢から脱出したアリアドネとフィーナ。
…実際問題アリアドネがどこぞのアイズさんではあるまいし、強くなるはずはなので戦闘は控えて脱出しました。アリアドネが敵兵を殺戮してたらなかなかにうーんですもんね…

さてフィーナを救ったものの、アリアドネに遺された物は少なく。
まだ何も始まっていませんねー

今後作品を続けていく上で登場させる予定のオリキャラに関わるアンケートです。アリアドネとアイズさん、リュールゥさんとリューさん、と転生思想らしき構想が垣間見えますが、今作でそれを採用するのは違和感はありますか?その構想をどのように思われているでしょうか?

  • 転生なしでアルゴノゥトと原作は無関係
  • 転生と言うよりは容姿が似ているだけ
  • 転生思想あり。性格等での類似点がある
  • 転生でキャラ同士に因果があるほどの関係
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