それでも糸は紡がれ続ける—女傑達の英雄遺文— 作:護人ベリアス
日は昇り始めた。
フィーナを王都からの脱出に導いた私は川沿いに上っていき、二日かけて向かったのは木々の茂る山奥。
そこはラクリオス王国の南部に位置する辺境。王国がもはや防衛を放棄しつつある地。
そこに私が今滞在する集落であるナクソスがあった。
その集落の貧相な門を警護する集落の方に声を掛けると、そばに備え付けられた鐘が鳴らされる。それと共に門が開かれていった。
「王女様。お帰りなさいませ。皆があなた様のご帰還をお待ちしておりました」
そう礼を尽くして告げてくださる警備の方の言葉を受け取ると、私はフィーナと共に開かれた門の中に足を踏み入れた。
「アリア様!お怪我はありませんか?」
「ご無事で何よりです。王女様。そちらの方が例の?あっ…まさかお怪我を?」
「アリア様。エルフの御仁。お二人ともお疲れでしょう?準備はご指示を頂ければすぐにでも。まずはお医者様をすぐにでもお呼びしましょうか?」
「王女様。王都の様子は如何でしたか?お供出来ず申し訳ありません…」
門の中に足を踏み入れたと共に出迎えてくださったのは集落の方々。
鐘が鳴らされたばかりと言うのに門の周囲には早々に人垣が築かれていた。その人垣は段々と家々から出てきてくださる方々によってさらに大きくなっていく。
そして私の元に届くのは、様々な心優しい声。
私の無事の帰還を喜んでくださる声。
私が救出してきたフィーナを心配して下さる声。
フィーナだけでなく私の疲れまでも心配してくださる声。
私が一人で王都に向かってしまったことへの少々の自責の念の籠った声。
あっという間に私とフィーナは人々に囲まれていた。
隣のフィーナはその光景に呆気に取られている様子。ただ私は寄せられた数々の言葉に応えることが優先と考える他なく、その言葉一つ一つに答えを返した。
「ユリア。私は大丈夫です。ご心配ありがとうございます」
「その通りです。マルス。こちらが以前お話しした私の大切な友人フィーナです。怪我はフィーナに確認します」
「ルナ。フィーナのためにまず部屋の準備を。それと温かい食事とお医者様もお願いします。それと身体を清める風呂もお願いします」
「王都の事は後程お話しします。デキウス。まずはフィーナの看病を優先させてください。それとこれは私の我儘です。危険な潜入に私は皆さんを巻き込みたくありませんでした。私の我儘を許してくださったこと。感謝いたします」
「あ、フィーナ?どこか怪我はありませんか?もしあるならば、今すぐにでもお医者様に診て頂かなければ。…フィーナ?」
返答を矢次早に返した最後にフィーナへの質問を飛ばす私であったが、フィーナはなぜか茫然と立ち尽くしたまま。その真意の読めない私はフィーナの名をもう一度呼んでいた。
その呼びかけにハッと体を震わせたフィーナは慌てるように私の質問に答えた。
「…あっ…ちょっと体が弱ってるだけで怪我とかはないです。ありがとうございます」
「そうですか。それは何よりです。ルナ。お医者様は結構です。あとはお頼みした通り手筈を」
「はい!承知しました!」
フィーナの怪我がない答えに安堵すると共に指示を飛ばす。その様子を茫然と眺め続けるフィーナ。その様子に違和感を感じずにはいられなかった。
だがフィーナに怪我がないと言えど獄中での過酷な生活に二日間の逃避行が終えたばかり。
フィーナが茫然としているかのように気が抜けている原因は、ようやく安寧の地に辿り着けたことにあると推測した私はフィーナのためにひとまず静かな環境を提供するのが優先だと判断した。
「皆さん!二日ぶりに私が戻ったので私とて皆さんとお話ししたいことがあるのは山々です!ですがどうか今は私の友人であるフィーナのためにお時間をください!苦しい生活をようやく脱却したフィーナには安らかな時が必要なのです!」
そう申し訳なさも込めつつ声を上げると、皆さんは私の在所に向かうための道を素直に空けてくださる。それに私は笑みを浮かべて礼を告げると、フィーナに手招きをして人垣の間を移動し始めた。
私の求めに応じてくださる皆さんの気遣いに感謝を覚えながらもそれよりも私はフィーナの様子の違和感を無視したままではいられない。
そしてその違和感の答えはフィーナの呟きによって導き出された。
「…3年で本当に変わられたのですね。お姉様は…」
「…え?」
フィーナの呟きに私は思わず隣で歩くフィーナを凝視する。
私が変わった。それは一体どういう意味か?
「だって…私達を出迎えてくださった方々は本当にお姉様を慕っているように見えました。…お姉様が3年前以上に王女様なんだって実感させられました。この3年でお姉様はすっごく遠くに行っちゃったのかなぁ…って思っちゃいまして」
「フィーナ…」
「やっぱりお姉様は私なんかよりずっとずっと凄いんだなって…私は改めてお姉様を深く尊敬しました。流石です。お姉様。いつかはお姉様を追いつきたいなって…でも私じゃ無理ですかね?」
フィーナが卑屈が篭っているかにも見える笑顔でそう言う。
その言葉が本心からの私への誉め言葉であると。私には分かる。
私を本心から尊敬し、尊敬する、皆から慕われるように『見える』私のようになれたらいい。そう思っていることは伝わってくる。
フィーナは本心から私の事を姉と慕い尊敬してくれているのは、その表情と口調からはっきりと分かるから。
だが私はそんな慕われる資格はない。
フィーナはこの3年私が何をしてきたか、いや、如何に何もしてこなかったか知らない。
私はフィーナに慕われるような資格はない。
私はフィーナだけでなくここに住む皆さんに慕われるような資格はない。
この3年間。
王女を名乗り、王女として慕われ、王女として振舞い続けた。
それはアルがそばにいた頃と同じように。
だが王女としての責務を全うできていない。
それはそもそもアルといた頃以外は王女としての責務をほとんど果たせていなかったことに原因があるのかもしれない。
だから私は王女として、国を守る責任がある者として、力が全く及んでいない。
私は否応がなく責務を果たすことができなかった王女アリアドネの3年間に思いを馳せずにはいられなかった。
☆
それは3年前の事。
アルゴノゥトはラクリオス王国の王都において凶悪な魔物ミノタウロスを討ち果たした。
そうしてこれまでミノタウロスの強大な力によって国を守り国の権力を望むがままにしていた私の父ラクリオス王と貴族たちは力を失った。
代わりに力を握ったのはミノタウロスを討ち果たし英雄と呼ばれるようになったアルゴノゥト…アル。
そして王女としてラクリオス王国の正統な後継者として国を治める資格を持つ私アリアドネ。
アルと私はフィーナを始めとした周囲の力を借りつつアルの望んだ『英雄神話』を私達の手で始めるはずだったのだ。
だが私達は油断していた。
私の父や貴族たちがミノタウロスを失い失意に沈んでいると思い込んでいた。
まさか人類を守るべく立ち上がった私達の背中を刺すような真似をするとは思っていなかった。
彼らの望んでいたのは自身の権力の護持。人類の存続ではなかったのだ。
アル達が王都を留守にした隙にクーデターは起きた。
王宮にいた私はそれでも逃げ延びた。王女として生き延びなければならない。そう確信していた。
だが失ったものがあまりに多すぎた。
フィーナは追手を防ぐために王都に残り捕えられた。
それでも尚追ってくる追手を避けるために私を慕ってくださる方々が囮になった。私は彼ら彼女らがどうなってしまったか知ることができていない。
そしてその過程でオルナさえも囮を買って出て、そして私の前から姿を消した。
私は救いだ出したフィーナに嘘をついた。オルナとははぐれたわけではない。オルナ自身の意志で私の囮となったのだ。
私の命は彼ら彼女らのお陰で生き永らえている。
そうまでして生き延びたのはアルの率いる軍勢と合流するため。
合流すれば、王都の奪還も容易。もし仮に捕えられていたならば、私を守ってくださった方々も救い出すことができる。
そう思い込んでいた。
だが私の向かった先。アルの率いる軍勢の野営地、いや野営地の『跡』にあったのは…
野ざらしにされた遺体の山であった。
アルの軍勢は魔物によって壊滅していたのである。
実際のところは、この時の私はまさかアルの軍勢が私の父の送った軍勢に投降した者も一部いたとは思わず、魔物によるものと思い込んでいただけであったが。
軍勢は消え失せ、遺体の中にアルに付き従っていたはずの兵士の見知った顔を見出した時は胸が張り裂けそうな思いだった。
アルの、私達の大義に賛同してくださった方々が命を落としてしまったという事実は私の心に深々と突き刺さった。
だがその遺体の中にアルと共にいたはずのエルミナやユーリ、ガルムスの姿はなかった。
そしてアルの姿も。
だから希望が完全に消え去ったとはその時の私は考えなかった。
だがアル達をあてもなく探し放浪する中で偶然出会った旅の商人に聞いてしまったのだ。
アルが死んでしまった、と。王都にいる父が正式にそう布告を出した、と。
私の目の前は真っ暗になった。
希望は消えた。
もうどうすることもできない。
私を支えてくれた方々が命を墜とした今国を救う、人類を救う、人々の笑顔を取り戻す。
そんな高尚な夢は遠い遠いものだと考えざるを得なかった。
希望を失った今私は自身の無力を肌で感じずにはいられなかった。
希望が消えた今もう私の為せることはない一瞬はそうも思った。
だがそんな考えすぐに消え失せた。
今遺っているのは私一人。
なら誰がアルの願いを引き継ぐ?誰が人々の笑顔を取り戻す?
私は逃げるわけにはいかなかった。
私は今は耐える時、時が廻ってくるのを待つ時。そう判断した。
私は埋伏を選んだ。
私は王都から遠く離れ父からの追手が迫らぬ王国の辺境を埋伏の地に選んだ。
私には知らないことが多すぎた。
何せ直前まで王宮の外さえも碌に知らない深窓の無知蒙昧な姫だった私はまず途絶してしまった世界を知ることが何よりも必要だった。
だから王都と言う整えられた環境を離れて、辺境を旅するということは私にとって必要なことだったと考えられる。何もすべてが不幸なわけではない。何事も塞翁が馬だ。
そして幸運だったのは、王都の父と貴族達が私の排除後に互いの小さな小さな権力と権益の争奪戦に突入してくれたお陰で辺境への統治さえも杜撰になっていたこと。
ただそれは同時に辺境一帯の安全保障が事実上放棄されたということ。アルがミノタウロスを討ち、私達が権力を失ったがために起きたこととも言えるため、胸は強く痛んだ。辺境の集落や都市が壊滅したという噂を耳にする度に自らの無力を呪いたくなった。
だが私はまだまだ無力。私にはあらゆるものが足りない。私は責任を負う前に責任を果たすための力が必要だと確信し、ひたすら耐えた。
街から街を移動する際に共にしてくださった旅の商人の方に剣術を僅かながら習った。
小さな辺境の都市で私塾を営む学者様に歴史を始め多くを学んだ。その学者様が所蔵する書物を読ませていただいた。
私は旅をして、辺境に生き、国の有様を見た。
そうして最終的に辿り着いたのがここナクソス。
辺境の山奥にある自給自足を旨とするような本当に小さな集落。周辺の集落とも交流は積極的ではなく閉鎖的。身を隠す必要がある私にとって最適な集落であった。
だが訪れてすぐに私の正体を見破られたときは本当に冷や汗をかいたものだった。だが私の正体をあえて告げたのは、その推測が事実か確認するためであったとすぐに教えてくださった。
どうやら私の容姿と言うのは傾国の美女として王国中に詳細な風貌の情報と共に広まっていたらしい。そう聞いてしまえば、お世話になった旅の商人の方も学者様も私の正体を知って、知恵を授けてくださったのでは…そう思えてならない。
そう思えたのは、私の正体を知った上での皆さんの反応のお陰であった。なぜか誰も彼も私を敬ってください、私を王女として扱ってくださったのだ。
それを最初のうちは私は断っていた。言うまでもなく今の私は王都を追い出され、志を共にする者達を失い力もないのだから。
だが私の拒絶があっても尚皆さんは敬意を払ってくださることをやめてくださらなかった。
曰く、私は英雄アルゴノゥトと共に王国だけでなく全ての民のために魔物を打ち払おうとしてくださったお方だと。
曰く、私は英雄アルゴノゥトが認め守り抜いた唯一無二の方、英雄アルゴノゥトに代わって救いを与えてくださるお方だと。
曰く、私がいつか王国の闇討ち払ってくださる、それまでの道のりを支えられるならば光栄の至りであろうと。
その言葉の数々を聞いた時。
私は一応は自らが身を隠さねばならぬ身であることを忘れることにした。
私への敬意はアルが与えてくれたもの。即ち私への敬意の否定はアルの敬意への否定ともなり得る。私はアルを汚すわけにはいかなかった。
だから私には不釣り合いで本来私が受けるべきではない敬意だと分かってその敬意を受け取ることにした。
死して尚アルは私の心を救ってくれた。
アルの存在は、アルの活躍は間違いなく人々の心に刻み込まれていたのだ。そして間違いなく人々に希望をもたらしていた。
その事実は私の心を奮い立たせた。
だが同時に私の背負う期待はあまりに重すぎた。
私は無力だ。どれだけ知識を蓄え僅かながらに剣術を身につけようともアルの願いを叶えるには力が足りなすぎる。
やはりその敬意は身に余る。そう思わずにはいられなかった。
だがそんな時に入ってきたのがフィーナが王都の獄中に未だ囚われているという事実。
気付けば私を慕う者で一杯になったナクソス。
私のことを知らずに偶然ナクソスを訪れた旅の方も故郷を失い難民としてナクソスに流れ着いた方々も元よりナクソスに住む方々も。みんなが私に敬意を払ってくださった。それは間違いなく感謝しても仕切れないほど。
そんな方々に囲まれ、生活していく中で偶然耳に入った事実。
お頼みしたわけでもないのに積極的に皆さんが父に反対する人々への反発を続ける人々の情報を集めてくださったお陰で偶然フィーナの情報が私の元に届いたのだ。
英雄アルゴノゥトの妹が未だ王宮の獄中に囚われている、と。
私はすぐさま決断した。共に王都に行くと言ってくださる方々の申し出を断り、一人王都に向かった。
その理由に私しか王都の細かい構造を把握できているのは私だけだという理由を付けた。
そして皆さんにもお話ししたが、それはフィーナを助けたいという私の純粋な思いからでもあった。
私にとってフィーナは私を守ってくださった大切な方。非力な私をお姉様と呼び慕ってくださった方。
どうしてそんな彼女を見捨てられようか?
だが正直に白状すればそれだけではない。
私はアルの死から3年を経て、ようやくその期待を正面から背負うための決心をする契機としたかったのだ。
アルは言った。まずは一を助ける。そしてようやく十を救う。それがいずれは百になる。
そしてアルは確かにその先を見ていたのだ。
百を救った先を。
アルの生き様が、物語が、百を救った後、千を救い、国を救い、人類を救う。
アルは今はいない。
なら私はその先を託されたのではないだろうか?
それができるのが王族なのではないだろうか?
それこそが王女アリアドネの果たすべきことなのではないだろうか?
フィーナの救出は始まりだ。
フィーナと言う私にとって大切な一を救う。
そうしてフィーナの力を借り、ナクソスの皆さんの力を借り、百を救い、千を救い、国を救い、いつかはアルの夢を実現する。
国の闇を打ち払い、人々の笑顔を取り戻すのだ。
これは私の再出発。
始まるのはアルと共には果たすことのできなかったアルの願いと大義を果たすための戦い。
私はアルに代わって希望となり、背負う期待に応えなければならない。
私は王女アリアドネ。
英雄アルゴノゥトに救われ、その大義を掲げ、その願いを命を懸けて果たす者。
私には未だ迷いがある。
私は未だ力不足を嘆かずにはいられない。
だが私の心にはアルゴノゥトの遺志が宿っている。
その遺志がある限り、私にはアルが付いている。
アル。
どうか私の進む道を見守っていてください。
フィーナ語りを前回で終え、今回はアリアドネにとってのアルゴノゥト亡き後の3年を触れました。
ただフィーナもアリアドネも真相のすべては知りません。
そろそろ消息を絶っている他の方々も登場の時が廻ってきそうです。
そして正直に言いましょう。
恐らくアル君はアリアドネがこのような道を進んで行くことを望むはずがありません。
誰よりもアリアドネが運命から解き放たれ、笑顔になれることのみを願っていたわけですから。
それでもアル君の願いを知った以上アリアドネはその願いを見過ごすことができない。アリアドネはアル君の願いをかなえようとしながらも実際のところアル君の願いと反する道をこれから進んで行くことになります。
今後作品を続けていく上で登場させる予定のオリキャラに関わるアンケートです。アリアドネとアイズさん、リュールゥさんとリューさん、と転生思想らしき構想が垣間見えますが、今作でそれを採用するのは違和感はありますか?その構想をどのように思われているでしょうか?
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転生なしでアルゴノゥトと原作は無関係
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転生と言うよりは容姿が似ているだけ
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転生思想あり。性格等での類似点がある
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転生でキャラ同士に因果があるほどの関係