供養です。一旦落ち着いたら続き書くかも。

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亡国の英霊

 初夏の爽やかな風が執務室の窓際につるされた硝子細工の風鈴をゆらし、儚げな音を響かせた。 それはもはや還らぬ部屋の主を未練がましくも健気に呼び続ける。鈴の軽やかでありながら耳にのこる音色は、今この時も少しずつ風化するように人のぬくもりを失ってゆく、誰もいない執務室のどこかへと消え去っていった。

 

 

 

 〈皇国〉軍 リンガ泊地守備隊 特殊水兵部──俗に艦娘と呼ばれる少女たちにより構成された、対深海棲艦戦を一手に引き受ける部隊──その第四代目提督、大里 宏生(おおさと ひろき) 少将が戦死したのは 皇紀895年7月31日のことであった。

 戦力や物資をあますことなく、前線のどこへとどう分配するかについて天才的な手腕を誇った彼がブルネイ泊地から新たに資源・艦娘をせしめた後に、その輸送船団と護衛もろごと海の藻屑にさせられたのは彼に関係する者らにとってまさに寝耳に水といってよかった。

 

 そして、〈皇国〉陸海軍総合司令部“大本営”はこの事件に対しある疑念をいだくこととなる。

 通信が途絶した地点──襲撃を受けたのであろう海域がマレー半島と、ブルネイ泊地が位置するボルネオ島にはさまれた大ナトゥナ諸島周辺であることが、その疑念の出発点であった。 

 いまや南方方面の前線はリンガ、タウイタウイ、パラオ、ラバウルにまで進出しており、カリマータ海峡、マカッサル海峡、バンダ海にて艦娘たちは深海棲艦と毎日のように死闘を繰り広げている。その一戦一戦が凄まじいことはもはや〈皇国〉軍内でなく民衆までもが知っている。

 

 そうだというのに、その戦線の後方にまで敵の有力な艦隊が入り込んでいるというのはあってはならぬことであった。もし背後からの彼らによる匐撃と、正面からの姫級率いる大攻勢を同時に受ければ戦線は耐えきることはできない。過程はどうあれ、最終的には崩壊する。

 

 そこから繰り広げられるのは一方的な戦闘──つまりは虐殺じみた陰惨きわまりない撤退戦である。

 南洋諸島は二度と取り戻せない地へと化す。深海棲艦の進撃はもはや止められない。人類敗北、滅亡への血生臭い序章というわけだ。

 

 嗚呼 何故、敵の艦隊──それも、リンガ・ブルネイ泊地守備隊の艦娘による護衛艦隊を撃滅できるほどの戦力を有する艦隊が突如出現したのだろうか。そいつらは今、どこで何をしているのだろうか。もしや深海棲艦の大攻勢、その先鋒なのではないのか。

 軍人として、少なくとも戦術を担当する人間としてなら考えて当然のことであった。

 だが、彼らが考察に考察をかさね、最新の偵察情報と照らし合わしてだした結論はこうだった──出現した敵艦隊はおそらく陽動。むしろ攻勢があるとすればこれからである。

 偵察によって敵の主力はいまだインド半島沖西方にあるセイロン島、モルティブ諸島周辺にあることが報告されていたことからも、確かにこれは的をいた意見だった。(もし襲撃した輩がその気でいたとすれば、これ以上の被害が多数出て当然であり、またその増援も送られてくるはずである。だが同様の被害、もしくは敵艦隊との遭遇を報告する事象は他になく、マレー半島に建設されていた敵前線物資集積地にもそのような艦隊が出入りしていなかった)

 

 だが実際問題、放置しているわけにもいかない。後方に敵の有力な戦力がいるなら可及的速やかに撃破せねばならず、これからおこるという敵大攻勢にも何らかの対策を施さねばならない。

 

 こうして、大本営は同諸島周辺海域、ならびに前線における哨戒を強化すると同時に佐世保、呉鎮守府へ主力艦隊の出撃を要請し、ボルネオ島南方に位置するジャワ海、その攻略作戦の決行を通達した。

 本土の二大鎮守府はそれを承諾し、ブルネイ、タウイタウイ泊地、及びパラオ、ラバウル鎮守府に支援するようにもとめた。かくして、南方海域攻略作戦、及び敵主戦力急襲作戦 は同年8月25日午前1時より実行されたのである。

 

 

 そして、それが成果以上の犠牲を出し、これまでに数多の兵士、艦娘たちの血潮を代償に得たものを打ち捨てねばならぬほどの打撃を人類に──とりわけ〈皇国〉にあたえたというのも、補足しておかねばならない。

 

 

 深海棲艦群、その太平洋南洋諸島において指揮者的な役割を担っていたのは 護衛独還姫 、そう後によばれる幼い女児の姿をした、たった今息絶えた屍を思わすほどに白い肌と、悪魔を連想させるような艶やかでおぞましい漆黒のツノを頭から一本はやした姫級であった。

 

 彼女はバリ島沖の通商破壊部隊が、陸にはこびる毛無し猿(にんげん)ども、その艦娘(いぬ)たちに恐ろしい勢いで駆逐されつつあると知った途端、自身の指揮下にある同族たちに、彼ら自身すら予期すらしていなかった大攻勢──南方方面全海域における、全戦力を投入した総攻撃をかけるよう下命した。

 それは亡き大里少将も惚れ惚れとするであろうほどに容赦のないものだった。予備戦力や訓練兵、後備役ですらも全て前線へ叩き込み、護衛独還姫自身もその身を戦渦へと投じた。

 対して、今や人類の存続という当人たち以外が得をせず、だからこそ凄まじく重要なそれを双肩に担う〈皇国〉大本営はこれを異常事態とみなし本土の全鎮守府へ緊急命令──本土防衛の為に必要最小限の戦力を残した上での全力出撃強制令を実行した。攻略作戦は既に中止されていた。

 

 南方海域において、太平洋に通じる海峡では激しい、野蛮じみた戦闘が繰り広げられた。始まりの砲声が響いてから実に半日ほどが経過していた。そのあいだに〈皇国〉は七十名以上の艦娘を失っていた。大破、中破を含めれば百名をも越しただろう。小破であっても修復せず、補給のみで再び出撃することが当たり前のように行われた。そうせざるを得なかった。

 戦線は全方位から包み込まんといわんばかりの攻撃を受けていた。総力戦であった。味方も敵も、己のだせる駒全てを用いて凄絶きわまりない地獄をつくりだしていた。

 もはや戦争ではなく、生物としての闘争がそこにはあった。生存競争というルールなどなく、ただただ殺しあい、殺し尽くすのみの自然界にありふれたそれは、当然のように不条理な死を艦娘らと深海棲艦らの双方に区別なく与えつづけた。

 

 

 艦娘たちが自分らの勝利を確信したのは深海棲艦どもの侵攻部隊、その主力においても最高の存在たる姫。彼女が護衛たちを肉壁として戦線を単独で突破し、〈皇国〉南方方面艦隊司令部のあるブルネイに突入しようとしたのをその寸前で見事討ち取った時であった。

 これで、この悪夢のような戦闘も終わる──誰もがそう思い、気合を入れ直し、再び前に向き直ろうとした。

 

 けれども、深海棲艦の攻勢は止むことがなかった。

 

 セイロン島、モルティブ諸島にあった深海棲艦主力戦力──本来の作戦における〈皇国〉艦娘、その艦隊の襲撃目標であったはずの彼らが全戦力をもってマラッカ海峡へ突入し、封鎖行動のついでに集積地を攻撃していた艦娘らを手早く排除してから、無防備に背後をさらしていた敵の防衛線へと突撃したのだった。

 

 海峡出口に位置していたリンガ泊地は煉獄へと化した。遂に戦線は崩壊した。前方の敵に手一杯であった前線の艦娘たちは包囲されて文字通り叩き潰され、そこから深海棲艦たちが雪崩(なだ)れこんだ。

 

 

 

 いたるところで聞こえていた砲声が何時(いつ)しか、一方からしか聞こえなくなったのは、空に最新鋭の零戦がつむ栄発動機の音が聞こえなくなったのは、艦娘たちの勇ましい声が悲鳴や怒号となり、波の音にかきけされ、そうして化け物の不気味な吼哮のみが海に木霊(こだま)するようになったのは、何時のことだったか。

 

 

 

 海は血と油を着飾り、その美しい群青色の海面に浮く腕や足の欠片(かけら)、砲弾で爆砕されるまで生きて呼吸をしていた誰かのものだった肉片や内臓、黄色い脂肪に細く滑らかでくだけてしまった白い骨──そういったものを全て、貪欲に呑み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして〈皇国〉は南方地域から撤退することを余儀なくされた。生き残った艦娘たちと提督が取り残された陸軍部隊、海軍陸戦隊の救出を多数の犠牲をはらいながらもやり遂げたことも付け加えておこう。

 

 そして、この救出された陸軍軍人らのなかにある一人の男──まだ大尉になったばかりの中年男がいたことも。

 

 彼、平島(ひらじま) 幸一(こういち)はこの一連の戦闘で本土に帰還したあと、“提督”の素質を認められる。

 

 そうして、大本営直轄機関──つまり陸海軍合同運営の組織である、提督の素質がある者と、その指揮下にある艦娘たちにより構成された〈皇国〉において深海棲艦に唯一対抗できる部隊であり、今回の敗北によって深い傷を負った特殊水兵部(とくしゅすいへいぶ)に配属されることとなったのであった。

 

 

 


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