アズールレーン ─メイドインアビス─ 作:志生野柱
夢を見ている。
甘く明るく賑やかで、冷たく静かで昏い夢を。
ここではなく、何処でもなく、今ではなく、いつでもない、切り捨てられてしまった枝に連なる
ふわふわとした非現実感に揺られ、大樹に連なる無数の枝先を彷徨う。
まるで──風に吹かれる蝶のように。
◇
がくり、と、頭が揺れる感覚に引かれて意識が浮上する。
眠っていた……否、いま、起きた。
「信濃さん、いま寝てましたか?」
「ん、すまない……」
『寝ていた』という過去が作られるのに合わせ、眠気が襲ってくる。
「そんなに怖い顔をしないでくれ、大鳳」
彼女が、というか、レッドアクシズに属するほぼ全てのKAN-SENが絶対の忠誠を捧げる指揮官の前で居眠りとは自殺行為だが、
「信濃は帰ってきたばかりですからね。報告は明日でも構いませんよ。今日はゆっくりと身体を休めてください」
穏やかながら芯を感じさせる声。大鳳の怒りを一声で霧散させることができるのは、このレッドアクシズでも彼だけだろう。
I字に発光する仮面が動き、妾の隣に立つ幼子に視線が向く。
「二人でも大丈夫とは思っていましたが、期待以上の成果でした。素晴らしい活躍でしたよ、信濃、シグニット」
称賛の言葉に頬を染め、舞い上がった様子で礼を口にする銀髪の幼子。
シグニット……はて、レッドアクシズに──これまでの枝に、斯様なKAN-SENがいただろうか。
「では、退出してください」
一区切りついたと判断して、大鳳が指示を出す。
一礼して部屋を──あぁ。
「そうだ、指揮官」
言い忘れていた。えっと、確か。
「バートランド・ラッセルは正しい」
唐突な言葉に、シグニットが小首を傾げているのが視界の端に見える。
大鳳が困惑を浮かべて指揮官の方を伺うが、その表情は仮面によって伺い知れない。
「……分かりました。ありがとうございます」
「あ、あの、信濃さん、さっきのは……?」
今度こそ一礼して部屋を出ると、シグニットが不思議そうに見上げてきた。
強化鋼製の扉は防音性能も高く、部屋のすぐ前で話しても中に迷惑になることは無い。尤も、KAN-SENの知覚能力であれば、集中すればその程度の遮音に意味はないが。
「合言葉……否、目覚めの挨拶のようなものだ」
「不思議な挨拶ですね……あ、そろそろ夕食の時間ですね。い、一緒にどうですか?」
「ん……妾と、か?」
薄っすらとだが、記憶はある。
シグニットとは指揮官の元に合流してからの付き合いで、よく共に編成され任務に当たってきた。
練度120というのは然して珍しくもないが、彼女はレッドアクシズでも唯一の『旧式強化艦』。しかも実験段階の強化技術で最大強化された、悍ましき
実験体から正式所属へのし上がった──当時、指揮官の直属であった鉄血艦たちが貢献を認めた、特別なKAN-SEN。
戦闘能力に目を瞠るものはない。
所詮はドロップした低レア艦。装甲は薄く、火力も低い。回避能力は素晴らしいが、セイレーンは回避不可の光線兵装を有し、大鳳やグラーフ・ツェッペリンといった空母であれば雲の如き艦載機群から面攻撃を降らせることも可能。
これらに対する最も有効で単純な対抗策──撃たれる前に殺す──を取れない以上、戦闘能力評価は落ちる。
だが機転は効くし、何より忠誠心に篤い。
彼女は大鳳に似ている。指揮官の為であれば、彼女は殺す敵の数に拘らない。指揮官の為であれば、彼女は味方を殺すことを躊躇わない。敵か味方かではなく、指揮官にとって利か害か。
あの赤城をも慄かせる
大鳳のように表層の性格まで壊れているという訳ではなく、むしろ気弱で、温厚で、気遣いのできる善い子だ。それが尚の事狂気を感じさせる。
戦場に在っては特に。
おどおどと、まるで初実戦の新兵のように身体を縮こませて。しかし、歴戦の戦士ですら躊躇うような濃密な死線を楽々と潜り抜け、必要に応じて必要な分だけ攻撃し、的確に敵を殺す。そうすることで指揮官の利益が最大になるのなら、味方を背後から撃つことも躊躇わない。
彼女の判断では絶対に殺されない、明確に指揮官が重用している陣営最強のKAN-SENたち。
大鳳、赤城、天城、ビスマルク、フリードリヒ・デア・グローセと、他数名。妾も含めたこの辺りの面子でなければ、何かのはずみで背後から撃たれかねない。だから……か。
少なくとも指揮官が命令するまで、背後から撃つ必要のない者に懐いている。
「あぁ……そうしようか」
今までに見たことのないKAN-SENだ。
これはまた随分と──奇妙なカケラを引き当てたものよ。