少しでも青春を思い返してくれればな、と思います。
少年の心というのは忘れたくないものである。
何かに夢中になり、その結果で一喜一憂する。
高校生活という、青春の一番濃い時を全力で過ごす。
だが、俺にそれは許されていない。
何かに夢中になり、全力になることやその全てが。
あの時、彼女を助けられなかった俺には絶対に許されないのだ。
本当に少年の心というのは忘れたくないものである。
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「なぁー小田ー、頼むからさー生徒会長選挙手伝ってくれよー」
肩を揺らされながら俺は、クラスの男子生徒にそう頼まれる。しかし、それを受けることはできない。
俺、小田進一は、こういう青春まがいなものはしないと決めているのだ。
「だから、無理っつってんだろ。だいたい、細河。生徒会長になろうとしてるやつが、こんなの一人で出来ないでどうすんだよ」
そう言われて急に引き下がるこいつは、細河勇一。このクラスでは、結構中心的なやつだ。
じゃあ、なんでそいつが、いつもクラスの端にいる俺に話しかけているかと言うと、選挙の推薦人を受けてくれる人がみつからないから、らしい。
まぁ、当たり前だ。勉強も出来ないし、先生からも大して好かれていない。これが生徒会長選挙に出ても落ちるに決まっている。そりゃみんな負ける勝負はしたくないだろう。よって取りつく島がなくなったためカースト最下層の俺の元に来たようだ。
「なあ、細河。お前はなんで選挙に出たいんだ?そこにちゃんとした理由あるのか?」
「いや、それはよ....」
「ないんだろ?それならなおさら無理だ」
そう言い捨てると俺は、席を立つ。
まぁ、どうせあいつのことだから面白半分で立候補しただけだろう。それなら俺が助けてやる義理なんて微塵もない。
それに、俺にはそんなことは許されていない。
そして俺は、学校の前の小さな県道に沿って、とある大きな病院へと足を運ぶ。
夕暮れ、病室のドアを開ける。
その病室は、一人用のもので中央のベッドには、一人の少女が腰掛けている。
「よぉ、遥香」
そう言われると彼女、竹田遥香は、ゆっくりと俺の方を向く。
「あ、進一。今日も来てくれたんだ」
彼女は、キレイな純黒のロングヘアーで、顔はどこかハーフめいた端正な顔立ちをしている。
彼女とは、幼なじみというやつで、もうその顔は見慣れたものだ。
そしてその他に彼女の特徴を挙げるとするならば。
彼女は心臓に重い疾患を抱えている。
あれは、俺らが五歳の時。
その日、俺らはいつもと変わらず近所の公園で遊んでいた。
すると俺らは、その公園の横を何台も何台も通りすぎていく消防車を見つけた。
当時、そういう車に興味があった俺は彼女を誘って、あの車を追おう!、と言い出したんだ。
でも、当然追い付けるはずもなくて、もう諦めて俺が彼女を家まで送っていくと、消防車たちはそこに止まっていた。
つまり、彼女の家は、火事になっていたんだ。
彼女は顔を真っ白にしたかと思うと俺の手を振りほどき、なおも燃え盛る家へと飛び込んでいった。
恐らく両親を助けようとしたんだろう。でも、消防の人の話によるともうそのときすでに、両親は亡くなっていたらしい。
ここからは彼女、遥香の話なんだけど、彼女は火の海の中、両親を外に出そうと奮闘してたらしい。
だが、子どもの力では死体なんて運べるはずもなくてその場を右往左往してると彼女の胸に降ってきたんだとか。
踊るように燃える柱が。
もうそこからは覚えていないらしいが、目が覚めるとこの病室に居たらしい。
そう、彼女の心臓の疾患はこの時にできたんだ。
以来、両親をなくして、しかも心臓に疾走を抱えた彼女は当時から今までおよそ12年間。この病院の中で過ごしている。
そのとき俺は、何をしていたか?
ずっと動けなかったんだ。一歩も。
火事の恐怖。初めて直面する「人の死」。どれもが俺の体を縛り付けていた。
あの時、俺が彼女を止めていれば、彼女は少なくともこの病院で12年間過ごして、貴重な青春を無駄にすることはなかっただろう。
つまり、俺が彼女の青春を奪ったも同然なんだ。
だから、彼女が一人で病院で過ごしているなか、俺だけが青春をすることは許されない。
何かに夢中になっては決していけない。
その翌年ぐらいから俺は、こうしてよく遥香のもとへと来ている。
もちろん贖罪というのもあるが、恐らくそれ以外の理由もあるのだと思う。
「ほら、これ。この芸人が今流行ってるんだよ」
といっても今の流行りとか外のことを教えたりするだけなんだが。
「えぇ、ちょっと面白くなさそう....進一、これ面白いと思う?」
「いや、めちゃくちゃ面白いぞ。面白過ぎて俺がこのネタしても受けると思う。それぐらい面白い。まじで」
「ははっ。なにそれ」
そう言って彼女は気さくに笑う。
たぶん、遥香の笑顔は人を幸せにする効果があるのだろう。見てるだけでこっちも笑えてくる。100人の男が見たら100人惚れるとかそういうレベルだ。
だから、この笑顔だけは嘘ではないと思いたい。
いつも気丈にふるまう彼女の姿が演技ではなく、正真正銘の健康体であると信じたい。
そして時刻は六時半を過ぎ、もう帰ろうかというところ。
いつも俺が部屋を出ていくときは、無言で手を振ってくれる彼女が今日は珍しく俺を呼び止めた。
「ねえ、進一?」
「ん?なんだ?」
一拍おいて彼女は口を開く。
「明日も来てくれる....よね?」
そのどこか不安げな顔は、あの時を連想させ直視できない。
「.....当たり前だろ。なに言ってんだよ」
そう笑いつつ病室を出る。
だが、病室を出た後は笑う気ではいられなかった。
大丈夫。遥香は健康だ。何を不安になってるんだ。
翌日、今日も今日とて遥香の病室へと向かっていると、鞄の中のスマホが震える。
見てみると母からで、なにやら今日の晩御飯のことを聞いているようだ。
それに短く返信をして、スマホを鞄に入れようとすると、鞄の底に一通の手紙が入っていることに気が付く。
誰からだ....?と、不信感を抱きつつもその手紙を手に取るとその中央には大きな字で「小田進一へ。細河より」
と書かれてある。
細河から、俺宛に?この前の選挙のことをまだ根に持ってるのか?
全然なにも理解できていないがとりあえずその手紙を広げてみる。....手紙なんて細河も乙女だなぁ。
小田進一へ
この前お前は俺が選挙に出る理由を聞いてきたな?
で、答えられなかったから手伝わないと言ったな?
なら、ここでその理由を書く。あの時はみんながいて
恥ずかったからな!
お前、俺の家のこと知らないだろ?実はな、俺の家 シングルマザーで超貧乏なんだ。
で、母さんを楽させたいけど俺、頭悪いだろ?そしたら良い大学とか行けないじゃん?
でも諦めれないから仕方なく先生に相談したら、言われたんだよ。今度の選挙で生徒会長になって、指定校推薦狙えってさ。ほら、ウチの高校無駄に指定校になってるとこ多いだろ?
だから、俺が選挙に出る理由は、母さんを助けるため。これだけだ。次に登校したときに返事くれ。
細河勇一
読み終えるとその手紙をそっと閉じる。
その手紙は、少し頭の悪い内容ではあったが確かに細河の母を思う気持ちは伝わってくる。
あいつにはあいつなりの事情があるのか....
だが、細河。すまないが俺は手伝えない。
正直、すごく助けてやりたい。
が、俺は友達のために選挙を手伝う。なんて青春じみたことはしないと決めているんだ。
こんなのクズだと思われてもしょうがない。でも、そんなことはどうでもいい。回りから迫害されようとも俺には俺の決意がある。
そんなことを考えているといつの間にか病院へと着いていたようだ。
俺は、その手紙を鞄の中に戻すと早足で病院の階段を駆け上がって行く。
やはり、今日も彼女の様子はいつもと少し違っていて、俺が椅子に腰かけるやいなやすぐに話しかけてくる。
「ねぇ、進一って今彼女とかいないの?」
「ん?は!?」
虚をつかれたせいか、座りたての椅子から立ち上がってしまう。
「え!?な、なに聞いてんのお前!?い、いるはずないだろ?クラスの影だぞ!?俺!」
「いや、なにその慌てかた。逆に居そうなんだけど」
彼女はケタケタ笑いながら俺を艶かしく見つめてくる。
「....じゃあ、好きな人は?」
この幾ばくの間でもいくらか耐性がついたのか、今度は少し冷静に対応できる。
「まぁ、居るって言われれば居る?的な?」
「へぇ居るんだ」
「いや、居る的な、だから!つか、なんで本心読めるんだよ!」
「ほら、居るんでしょ」
「あ....」
魔性すぎる!なにこいつ魔性すぎる!今の引っかけ方はプロの域越えてるレベルやって!こんなんできひんやん普通!遥香半端ないって!
「まぁ、そうだな。居るよ。俺にも好きな人が」
「....うん。そうだよね」
彼女のその相づちはなんのことだか俺にはサッパリでなんのことかと聞こうとするとすかさず彼女がしゃべり初めてしまう。
「私ね。時々思うんだ。あの時事故にあってないで今ものびのびと生活できたらなって」
その話に弱い俺は、またも目線をそらすことしか出来ない。
「学校で友達と恋ばなして、勉強で分からないところを教えあったりして、帰りにはオシャレなカフェに入ったり。で、休日はバイトしたりね。....そんな絵に描いたような青春をこの病室のベッドの上で妄想してる」
そんな彼女の話を聞くたびに俺は、自責の念に刈られる。
俺が。俺が、あの時動かなかったから。
こんな思いを彼女にさせているんだ。
本当に情けない。もうそれ以上に表すことが出来ない。
「でもね。実は私、今の生活も結構気にいってるんだ」
瞬間、俺の思いとは裏腹に彼女は煌めくような笑顔であっさりと俺に告げてくる。
「だって進一が私の病室に来てくれるからね」
計らずも、その真意は分かっているのに彼女につい聞いてしまう。
「え、それってどういう....」
しかし、現実とはいつも上手くいかないもので、その時、ガラガラという音とともに病室のドアが開かれる。
「あ、小田くん。来ていたのか」
そしてそのドアから入ってきたのは白衣のメガネ。つまりお医者さんである。
「そうか....なら....」
その医者はそんな意味深な言葉を発すると俺に声をかけてくる。
「小田くん。少し時間貰えるかな」
「え、あぁはい....じゃあ、またな。遥香」
「....うん。またね」
そして促されるままに俺は鞄をつかみ病室を後にする。
だが、俺は見逃せなかった。
彼女のその明らかに作ったようでどこか不安げなその笑顔が。
また、あの笑顔を見ることは出来るのだろうか。
病室を出た後俺は、ただ機械的にその医者の後ろをついていく。
この医者は、済加さんという人で五年ほど前から遥香を担当している先生だ。
なのでもちろん遥香の病室に頻繁に来ている俺とも顔見知りになっているというわけだ。
「あの、済加さん。なんで俺を呼び出したんですかね?」
「まぁ、とりあえずここに入ってから聞くから」
済加さんはどこか優しすぎる声音でその部屋のドアを開ける。
その部屋には「特別相談室」と書かれてある。
形にならない不安を覚えながらもその部屋に入っていく。
「じゃあ、小田くんはこっちに」
そう言われるがままに俺は、済加さんとは反対の椅子に座る。
「小田くんもずいぶん男らしくなったね」
それは俺が想定していた話題とは、あまりにも駆け離れていたためつい拍子抜けしてしまう。
「え?まぁ、そうですね。もう17ですからね」
「うんうん。ウチの娘も今17だけど、ずいぶんと大人びてきたからねぇ」
「今日なんか、もううるさい!ほんとウザイ!、とか言われちゃったしね」
....ただそれは俺の疑いすぎか、済加さんがなにか話題をそらしているようにしか見えない。
「済加さん。なにが言いたいんですか?」
その直球な質問に済加さんは少し困ったような顔になる。
「いや、困ったなぁ。本当に....」
「済加さん」
「うん。ごめん小田くん。それなら本題に入るよ。でも、ちょっと覚悟がいるかもよ?」
そう言いつつ済加さんはずっと持っていたファイルから二枚の資料を取り出す。
自分から言い出したもののなかなか覚悟が決まらない。
しかし、時間はただ無情に過ぎていく。
そしてそんな俺の気持ちを置いていくように、済加さんはその資料について説明し始める。
「これはどちらとも、竹田さんの心臓の動き等をデータ化したものなんだけど」
....やっぱり遥香のことだ。
「これが一昨年。で、こっちが先週のもの」
だが、素人の俺にはそんなデータなんて、一つも理解できない。
「ごめんね。たぶん分からないと思う」
「だから、僕が代わりに説明すると....」
その時、比較的柔和だった済加さんの顔が真剣なものになる。
「遥香さんはもう短い。断言する」
明るかったその部屋がその時だけは急に真っ暗になったような気がした。
その「短い」がなにを表すかなんてことは聞く気にもなれない。
薄々わかってはいた。年月がたつに連れて遥香は病室にこもることが多くなってきたし、飲む薬の量も増えていっていた。
「もってあと二週間....いや、十日ってところだと思う」
だが、まだ理解なんてできるはずがない。
「いや、そんなはずはないでしょ。現に遥香は今さっきまで元気にしてたし」
その問いに済加さんは答えずらそうに口を開く。
「きっと無理をしてたんだと思う。僕が見ても小田くんがいるといないのじゃ、竹田さんの様子が全然ちがっていたしね」
無理を、していたのか....
「なら、なにか処置出来ないんですか?手術でも、なんでも」
「すまないが今の医療じゃ竹田さんは難しい。それに、もし奇跡的に成功したとしても今より不自由な生活になるかもしれない」
そう、極めて現実的で残酷な宣告がされる。
「そんな、そんなので、理解なんてできませんよ....それに、だいたいなんで俺にそんなことを伝えたんですか」
見当ちがいだと知りながらもつい済加さんに当たってしまう。
「これはね。僕の勝手なエゴなんだけどね....」
「小田くんにだけは、竹田さんから目を背けてほしくなかったんだ。いや、竹田さんだけじゃなくて小田くん自身にも」
なんだよそれ....そんなので理解出来るかよ。
いや、きっとどんな理由があろうと理解なんて出来ないのだ。
17年来の幼なじみが死のうとしているのだから。
なんで、遥香なんだよ....
出てくるのはそんな後悔ばかり。
「....遥香は、その事を知ってるんですか?」
「いや、まだ竹田さんには伝えてない」
「そうですか。失礼します」
そう言ってその部屋を後にする。
やはりその部屋を出ても先立ってくるのは後悔。
俺が動かなかったから、遥香は青春をすることなく死んでしまう。
むしろ俺が殺したといっても過言ではないだろう。
こんな気持ちは初めてで、すごく悲しいはずなのに素直に悲しいと思えない。
俺は、大切な幼なじみの人生を奪ってしまった。
こんな俺に、なにができるというのだろうか。
しかしそんな気持ちが渦巻くなか、済加さんの最後の言葉は頭から離れてはくれなかった。
ああ、ちょっと今日の私は大胆だったな。
さっきも済加さんが来てくれたから良かったけどあのまま続いていたら私、おかしくなってたかも。
と、そこで先程まで進一が座っていた椅子の下に一通の手紙が落ちていることに気づく。
ああー!やっぱ進一、彼女いるんじゃん!なによ!居ないとか言ってたくせに!
その勢いのまま、その手紙を拾いあげて、中身を見てみる。
しかし、存外に手紙の差出人には細河勇一と男性らしき名前が書いてある。
ああ、なんだ男友達か....いや!もしかしてBLパターン!?どうしよう!ちょっと見たい!
まぁそんなことはさておき、失礼と分かりながらもその手紙をつい読んでしまう。
ただ、その内容は読んでみてもサッパリでなんのことだか分からない。
その中で分かることは一つだけ。
きっと進一は、これを受けない。
もう17年、幼なじみをしている。これぐらいのことなら本人が居ないでもわかってしまう。
だって進一は、青春をわざと避けている節があるからなぁ。
高一の文化祭の時も準備そっちのけで私のところに来てくれてたし。
まぁ、きっと進一のことだ。どうせあの事故のことをまだ気にして、自分だけ抜け駆けできない、とか思ってるんだろう。
「っっくぅ....いったぁ....」
そのとき、不意に胸の痛みが襲う。
最近は、この痛みが来ることが多くなっている。
まぁ、きっとそれはそういうことだ。
なら、私は。
その日もいつもと変わらない朝であった。
相変わらず俺の寝起きは悪いし、目覚まし時計もけたましく鳴っている。
もちろん昨日のことも夢などではない。
今日は土曜日だが遥香のところに行くか。
正直まだ受け止めきれていない。
17年間幼なじみをしてきたのだ。
そう簡単に理解なんてできない。
だが、それにきちんと向き会わないといけないのも事実である。
ならば、俺が最後に彼女にしてあげられることとは。
それはもう一つしかないだろう。
それにそもそも俺にできることなんて精々、これくらいだ。
俺が遥香の12年間、そして人生を奪ってしまった。
だから、俺はなんでも。なんでも遥香のしたいことを叶えてあげよう。
そう決意してあの病室の扉を開ける。
今日は珍しく「いつもの遥香」といった感じだった。
まぁ、「珍しくいつもの遥香」というのもおかしな話なんだが。
「あ、そういえば。この前進一が教えてくれた芸人?あの人、今思い返すとめっちゃ面白かったよね」
「....そうだろ。なんたって俺のオススメだからな。おもしろくないはずがない」
そうやって昔のように他愛のない話をする。
ああ、この時間がずっと続けばいいのに。なんて柄にもない、どこかのお姫様みたいなことを考えてしまう。
しかしふれ合えばふれ合うほど、本当に余命宣告をされている患者とはとても思えない。
もしかして、あの宣告すら嘘なんじゃないかとも、勘違いさせてくる。
「ねぇ、なにか学校で特別なことなかったの?」
あまりにも現実味のないことを考えていたためか遥香のその質問に返すのに少し間があいてしまう。
「....え?あ、ああ。別に学校の方はなんもねぇな。
あ、生徒会選挙があるぐらいか」
「へえ!そうなの!誰か知り合い出ないの?もしくは進一自身とか?」
そう、からかうように彼女は俺に問うてくる。
「知り合いはそもそも居ないし、俺はそういうのはしないって決めてるんだよ」
「へぇ、そっか....」
答えが気に入らなかったのかどこかうつむきがちに彼女は応える。
と、思うとすぐさま俺の方を向き直し、子犬のように詰めよると聞いてくる。
「....なんで進一はこんなに私の病室に来てくれてるの?」
「なんでって....幼なじみだからだよ。それだけだ」
そんな真意が溢れかえってるほどに分かりやすい質問にさえ正直に答えられない。
ここで昨日の済加さんの言葉を借りるなら。
きっと俺は、自分の心から逃げている。
分からないのだ。こんな俺がそれを手にしてもいいのかを。
「....なぁ、ところで」
「お前が今一番したいことってなんだ?」
ここに来てからいつか言おうと思っていた言葉は案外あっさり出てきてくれた。
俺は、彼女の答えをせめて最後に叶えるだけだ。
こんな俺にできることなんてこれだけなのだから。
「お前が今一番したいことってなんだ?」
彼の質問に一瞬、体を強ばらせてしまう。
「え、ええ?なんでそんなこと聞くの?」
....なんて質問しながらもそんなこと分かりきっている。
本当にめんどくさい女だ。私は。
「いや、なんとなくだよ。それやりなんでもいいから言ってみろよ」
きっと進一は、もう私の体のことを知っている。
私自身、済加さんから言われたわけではないが自分のことはなんとなく分かっているつもりだ。
だとするならば、私は。
昨日の決意を口にするだけだ。
進一は私への贖罪として、自ら青春を絶ちきるような生活をしている。
だが、進一は知らない。
それが私の足枷になっていることを。
私だって幼なじみには自由に青春をしてほしいのだ。
それに第一私は、この12年間を辛いと思ったことなんてない。
だって進一がいつもそばにいてくれたのだから。
私にとって大切な、より大切な「幼なじみ」がそばに居てくれたのだから。
それなら、私が思い描いていた、安い青春なんていらない。
「....それじゃあね」
だから進一には、自由に青春をしてほしい。
そして、今始めるのだ。
私と彼の終わらない青春を。
「見てみたいな。青春してる進一を」
たとえ、そこに私がいなくとも。
「見てみたいな。青春してる進一を」
彼女の発した言葉は、完全に予想外で一瞬思考が止まってしまう。
「それが私のしたいこと。いや、してほしいこと」
その言葉でようやく思考が戻ってきたような気がする。
ただ、それでも彼女の言葉はいまだ理解できない。
俺に青春してほしい?
俺が遥香の青春を奪ったのに?
しかし、その思いはつい口に出て言葉になっていたらしく、彼女が数拍おいてから応える。
「やっぱりね。そんなこと考えてたんだ」
「え、やっぱりって....」
「気づいてたよ。当たり前でしょ。何年幼なじみやって来たと思ってるの」
気づかれてたのか....自分の情けなさを再認識してしまい、再び思考が止まりそうになる。
「もぅ、なんでそんなこと気にするかなぁ」
「いやそりゃお前、俺があの時....」
その時、反論しようとするおれを制すように遥香はズン、と前に出てくる。
もう、あと少し顔を寄せればくっつきそうな距離だ。
「うるさい!それに私は、青春出来なかったからって全然イヤじゃなかったしね!」
「え....?」
すると彼女は軽く咳払いをすると、俺と生対刷るような形で座り、そしてあの笑顔をしてみせる。
「だって、進一が居てくれたしね!」
そう言う彼女は、やはり少し気恥ずかしかったのか少し顔を赤らめながらも、確かにその気持ちを伝えてくれる。
ははっ。なんだよそれ....
....流石にそこまで真意をストレートにぶつけられるともう逃げることはできない。
急に、今の今までこの気持ちから逃げていた自分がバカらしくなってくる。
その恥ずかしさをまぎらわすためか、彼女は追い討ちをかけるように喋り出す。
「だ、だから絶対に青春してきてよ!....ほら!あの生徒会長選挙とかさ!進一がしたくないなら他の人のを手伝うだけでもいいし!」
きっと彼女は自分の体のことを知っている。
そうでもないと、今こんなことは言わないはずだ。
本当に彼女は。今になっても....
「....本当に良いんだな?俺が青春しても」
「だ、か、ら!言ってんじゃん!青春してきてよ!」
だから、今確認せずにはいられない。
「お前、選挙終わるまで待てるか?」
そうやって冗談めいて言って見せる。
そして案の定、あの笑顔と共に帰ってきた答えは。
「当たり前じゃん!私は、あと100年生きるからね」
本当に彼女は変わらない。
いつでも自分の死を省みず誰かを救おうとする。
何一つかわってない。
「そうか。じゃ今日は時間だから」
もうここに名残惜しさはない。
彼女からもらった決意を胸に病室を出ようとすると、呼び止められる。
「進一!....私、多分まだここにいるから。だから、選挙が終わってから、ここにその成果を見せにきて。そして、聞かせて。....進一の答えを」
「分かった。絶対に居ろよ」
そして完全に病室を出て扉を占める。
今度はもう振り向かないようにして。
何の答えだ?なんて無粋なことはもう聞かない。
すでに俺のやることは決まった。
遥香のために。
細河を、生徒会長に....
そしてそのありったけの青春を、見せつけるのだ。
そして迎えた月曜日。
「細河。手伝ってやるよ。選挙」
「....え!マジか!ありがと!推薦人がいなくてマジでこまってたんだよ!そうかそうか....あの手紙を読んでくれたんだな。俺のために」
「いや、お前のためじゃないからな」
「え、」
そんな顔されても。実際、お前のためじゃないしな。
「まぁ、いいや。じゃ、放課後図書室な!」
そう言い捨てて彼は、クラスを出ていく。
あと二分で授業始まるんだけど?細河さん?
そんなこんなで、どうやら今始まったらしい。
俺の青春は。
さあ、どうするものか。
放課後、図書室へと向かう途中の廊下で一人、俺は熟考していた。
問題は二点。
1、期日
2、細河がバカであること だ。
まぁ、期日はなんとかなるにしても細河自身のことがなぁ。
俺は、なんとしても細河を生徒会長にしなければならない。
そう考えてるうちに図書室に着いてしまった。
しょうがない。あとは二人で考えよう。
しかし、まだ細河は来ていなかった。
なにしてんだよ!!!!
結局、細河が来たのは俺が図書室に入ってから20分がたってからだった。
「あ、わりぃ。遅れた」
彼は、それだけ言うと俺の真正面の席に座る。
ただ、今文句を言っても話が進まなさそうなのでここはグッとこらえておく。
「....いいか。細河。状況を整理するぞ」
「おう!なんかそれっぽいな」
「はあ。....まず、もう立候補はしてるんだよな?」
「ああ!バッチリしておいたぜ!」
彼がクラスの中心たる所以だろうか。
彼のその弾けるような笑顔はどこか憎めない。
「なら....今日が月曜で....水曜が本選挙だから....期限は二日だ。お前なにか、「これをする!」みたいなの決めてるのか?決めてないなら、だいぶピンチだぞ?」
すると彼はチッチッと舌打ちをして、 一枚の紙を見せてくる。
「これが俺の政策だ!」
俺は、その紙を手に取りその内容を確認する。
一瞬、細河がちゃんとそういう準備をしてたことに感動したが、その内容は有り体なもので、どれも独創的なものではなかった。
しかし、今さら政策を変えることはできないので、次の確認に移る。
「で、他の立候補者は?」
「えーと、たしかなぁ....B組の松長と、D組の本田だな」
え?マジ?お前、無理やん。
いや、俺がこう思ってしまうのも無理はないのである。
松長と本田といえばいつも定期考査で各科目トップツーを張っている超秀才たちだ。
「マジかぁ」
不意にため息と共にそんな言葉がでてくる。
「あー、やっぱムズい?」
「ああ。だいぶな」
ですよねーとか呟いてるやつは、ほっとくにしてもどうしたものか。
期限は明後日。
細河は頭が良くなく、先生からも対して好かれていない。
加えて、相手は超秀才。
そんな八方塞がりな状況からか、ついどうでもいいことを聞いてしまう。
「てか、細河。お前なにしてて遅れたんだよ」
「え?あ、いや友達と遊んでた的な?」
はぁ、友達とねぇ。
もう俺もそういうところは割りきってるつもりなのであえてつっこまない。
が、皮肉ぐらいは言わせてもらう。
「そうだな。友達とは呼べない知り合いみたいなのがゴロゴロいるだろうな。お前には」
「え、そう思う?」
なに照れてんだよ。褒めてねぇよ。
ほんとにそういうやつがお前にはいっぱいいるんだな。いっぱい....いっぱい...
....え?そういうやつがいっぱい?
「そうだ!」
その俺の大声が図書室中に響きわたる。
しまった。つい大声を出してしまった。
「お、おい。どうしたんだよ。なにか思い付いたのか?」
完璧だ。これで恐らく....
「ああ。思いついた。さしあたって細河。お前は演説の練習でもしてろ。俺が推薦人演説で決めてやるから」
「は?ちょ、小田!どういうことだよ!」
しかし、俺はそんな声を無視して図書室を出ていく。
そうだ。これでいい。俺が今、青春していたとしても手段まで、ジャンプよろしく青春風にする必要はないのだ。
結して青春とは呼べないやり方で俺は青春する。
その日は、県道沿いを歩くことはなく彼女を信じ、家へと直帰した。
ああ。やっべぇ。めっちゃ緊張する。
俺は一人、壇上に置かれた椅子に座りただ自分の番を待っていた。
そう。今日は本選挙の日。
一日の授業がなく、選挙だけ。そして半日で終わるという、選挙に関わらない人からしたらおよそ最高の日だ。
だがしかし、俺は関わってしまっている。
一昨日は、あんなに息巻いていたが、いまになると本当に成功するのか少し不安になってきた。
でもやっぱり時間は待ってくれることなどなく、次は俺の演説の番だ。
今、演説しているのは細河。言われたとおり練習してきたのだろう。なかなかスラスラといけている。
「次は細河くんの推薦人、小田くんの演説です」
....なんとしてでも俺は細河を、生徒会長にしなければならない。
きっと彼女はまだ待っているはずだ。
予想はしていたが俺が壇上に立った時のみんなの反応はあまり良くない。
所々、誰あれ....?とか、転校生?とか聞こえてくる。
そこの、誰?とか言ってる子!去年も同じクラスでしたよ!
しかし、それは逆に俺にとっては好都合だ。
「こんにちは。細河くんの代理人の小田です」
「....それに何より細河くんの良いところはここです」
やはり、前半部分だけではみんなの気を引くことすらできない。
「それは、友達が多い。ということです」
その、小学生が書いた作文のような口調、理由を聞いた生徒たちはもう興味すらなくしたのか、友達と遊んでいるやつも中にはいる。
だが、俺が一昨日思いついた一手はここからだ。
これが刺さればきっと勝てる。
「選挙にあたって、僕が生徒会という言葉を今一度辞書で引いてみると、そこには【生徒による自治組織】と書いていました」
「そう。つまり生徒会は、この学校の全員で運営していくものとなりますよね。そしてもちろん生徒会長というのはそれのリーダーです」
「だからリーダーたるもの、生徒の自治組織である以上、多くの生徒の考えを知っているべきだ、と思いました」
まだ、内容が届いてないのだろう。どういうこと?と困惑している人も見受けられる。
「まぁ、つまりストレートに言ってしまうとですね」
「いつも休み時間、テキストをしている松長さんや本田くんより」
「いつも活発に友達と交流している細河くんの方が適任だと思ったわけですよ」
「みんなの考えを知っている細河くんなら、みんなの願いをなんでも叶えてくれるかもしれませんね....以上です」
やはりというか、みんな、何一つしゃべることなく、ただ単純に軽蔑の眼差しで俺をみている。
当たり前だ。普通、公平性を謳われる選挙では相手を侮蔑することなどあり得ないからだ。
しかも内容は、
「松長、本田、ボッチ。細河、人気者。みんなどっちがいい?」
これだけだ。
そりゃ軽蔑されるわな。
そして席に戻ると、細河から声をかけられる。
「おい、お前....」
その目は、心配意外の何者でもなかったためそれを軽く受け流す。
「大丈夫だ。心配するな」
遥香。お前は、信じられないかもしれないがこれが俺の青春だ。
あとは、天のみが知ること。公示は明日。それまで待つだけである。
「生徒会長当選者は、細河勇一....」
放課後その放送だけ聞き終えると俺は、すぐに学校を出てあの場所へ向かう。
どうやら吉と出てくれたようだ。
済加さんのいうことを信じるならばまだ遥香はいるはず。
まだ待っているはず。
正直あのやり方で良かったのかは分からない。
....いや、違うな。きっと遥香は....
そんな不安とも期待とも、されど悲壮ともつかない気持ちで病院へと入っていく。
いつもなんとも思っていなかったこの階段が、今日ばかりはとても長く感じる。
そして遥香のいる階へつくと足早に目的地へ向かう。
頼む。まだ居てくれ。いや、まだいるはずだ.....!
もうほとんど願望になっていたその気持ちを振り払うようにその病室の扉を開ける。
「遥香!」
その声に応える者はもうこの部屋にはいなかった。
その病室にいるのは、一人用のベッドの上で静かに寝ている一人の少女と、白衣の男性のみである。
「....遥香?」
その現実を結して信じまいとするように、そのベッドの近くまでよると何度も彼女を呼びかける。
「おい、遥香。答えろって。おい....おい!遥香!」
しかしいつまでたっても答えは返ってこない。
「小田くん。竹田さんは今日の早朝に....でも、最後は本当に眠るように旅立ったよ」
は、は?なんだよそれ。いや嘘だろ?
な、なんで?まだ土曜は元気だっただろ?
それにまだ十日なんてたってないし、
え?遥香?嘘だよな?
....もうとっくに気づいているはずなのに。
そして覚悟は決めたはずだったのに。
全然心は、理解してくれようとしない。
嗚咽混じりの声で呼び掛けようにも声が上手く出てくれない。
なんでだよ....100年生きるって言ってたじゃねぇかよ
待ってるって言ってたじゃねぇか....
せっかくお前の望む青春をしてきたのに....
これからお前と青春できると思ってたのに....
濡れた目は、回りの視界は遮るくせにその遥香の顔だけはハッキリと写している。
くそ、なんでそんな笑顔なんだよ....
あの時とまったく変わらない、見る人を幸せにするあの煌めく笑顔だ。
....もうこの感情や涙は止まりそうにない。
その後、俺が病室でただうなだれていると済加さんから声をかけられる。
「小田くん。この手紙は生前の竹田さんから預かったものだから。....小田くん、目を背けるなよ」
俺に手紙を渡すと済加さんは病室から出ていく。
....手紙か。やっぱり遥香のやつ、知ってたんじゃねぇか。
その手紙を過去の記憶一つ一つをなぞるようにして、優しく開けていく。
横長の封を開けると、そこには「小田進一様」とだけ書かれてある。
なんで、改まってんだよ。幼なじみだろ。俺ら。
つい癖の軽いツッコミをいれることにすら、哀愁を感じてしまう。それほどに大切な存在だったのだ。
そしてその表面に目を向ける。
進一へ
多分これを進一が見るとき、私はもう進一のそばには居ないと思う。....本当にごめんね。
私ね。なんであんなことお願いしたと思う?
それはね....
私は何かに夢中な進一に恋をしたからだよ。
だから、何かに夢中な....青春している進一を見たかったんだ。
で、どうかな?ちゃんと選挙勝った? 進一のことだからまた、変なやり方したんだろうけど笑
あまり長くなったら収まりそうにないから最後に。
ずっとずっと進一が大好きでした。
幼なじみでありがとう。
一緒にいてくれてありがとう。
きっと二人は離れないから。
遥香
....やはりこの涙は、止まってくれそうにない。
本当に彼女は変わらない。
いつも人のことを考えてるとても優しい子だ。
きっと俺もそういうところに惚れたんだと思う。
「俺も大好きだっつーの....」
その想いは誰に伝わるわけでもないのに。
声に出さずにはいられなかった。
今、かざす掌には遥香の想いが乗っている。
「遥香ぁ....」
そして。
俺の震える手と彼女の冷えきった手がふれるとき。
確かに俺の胸は焦がれるのだった。
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少年の心というのは忘たくないものである。
対して、
忘れてはいけない青春というものがある。
それは大人になろうと
いつかどこかです幸せになっても
無いものにしてはいけないのである。
そこにはその青春に関わって一人一人の想いが
厚く熱く積もっているのだから。
本当に青春というのは忘れてはいけないものである。