BLEACH ユーハバッハ打倒RTA   作:アタランテは一臨が至高

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裏話5 VS剣八s

 出会いは遥か昔。

 

 獣同士、同じ場に立ち会ったのならば結論は一つ。

 お互いに動き出しは同時であった。

 

 横一文字。袈裟斬り。兜割り。逆袈裟。

 掌底。正拳。裏拳。回し蹴り。

 

 流れ出る血を啜り、肉を喰らい、眼前の敵の鼓動の音を止めるために剣を振るう。

 

 幸せであった。戦いの何たるかを知れた。

 勝敗、生死の見えぬ肉の喰らい合いがここまで心震わせられるものであったか。

 

 お互いに人より堕ちた獣同士。技など知らぬ。ただ己が本能に従ってその剣を、拳を眼前の敵に叩きつけるのみ。

 それだけで、幸せであった。その戦いに没頭できていた。

 

 

 しかし。その幸せな時間は、あまり長くは続かなかった。

 

 己が剣が敵の額を紅に染め、敵の拳が己が腹に突き刺さる。

 

 痛み分けだと思った。仕切り直しだと思った。このまま続ければどちらかが死ぬだろうとわかったが、俺にとっては問題ではなかった。

 

 少し距離が空いて一度息を整えようとした時、敵はその姿を消していた。

 

 

 納得がいかなかった。心の裡に燻るものがあった。それより三日三晩、まさしく獣の如くに吠えながら敵の姿を探した。

 己の心の空白を埋めてくれそうな存在を探し続けていた。やっと出会ったのだ。お前もそうでは無かったのか。

 

 …本当は、わかっていた。戦いに悦を見出している己こそが異端なのだと。

 きっと、あの敵は死の可能性を見出したために勝負を放り投げたのであろうと。そしてそれは、更木に生きる獣にとって何も不思議はない行動であると。

 

 

 嗚呼、だからこそ。瀞霊廷にて、腑抜けたヤツの姿を見るのは許せなかった。

 かつての獣性は消え、人として立派に輝いているその姿は見るに堪えなかった。

 

 俺のほうが可笑しいのだろう。戦いなど忌避するものなのであろう。

 それを理解していたからこそヤツにも、その手に八千の剣を修めたあの女にも手を出さなかった。

 

 

 ただ。今、この状況においては話は別である。

 

 

「久しぶりだなァ、剣人」

 

「…剣八」

 

 

 大逆の罪人となったその身は最早斬るのに何の躊躇いもなく。この場にて出会ったのならば結論は一つ。

 

 

「あん時の続きと、行こうじゃねえか」

 

 

 俺がそう言うと、アイツは一瞬目を見開いた後、少し笑って霊圧を放った。

 

 

「私の傷の疼きも、ようやく収まりそうだ」

 

 

 お互いに動き出しは同時であった。

 

 横一文字。袈裟斬り。兜割り。逆袈裟。

 掌底。正拳。裏拳。回し蹴り。

 

 かつての戦いをなぞるかのような動き。

 拳と剣の技無き応酬。あまりに暴力的なそれは、まさしく俺が求めていたものだった。

 

 敵の拳が己に突き刺さる度、己の剣が敵の肌を切り裂く度、心が満たされてゆく。

 

 嗚呼。嗚呼。これこそが獣同士の肉の喰らい合い。これこそが戦い。

 己が思考を全て敵の呼吸を止めるために費やし、その首を落とすためのみに剣を振るう。

 

 平突き。回転斬り。唐竹。左薙。

 踵落とし。肘打ち。貫手。跳び蹴り。

 

 

 幸せであった。この戦いは永遠に続くかのように感じられた。

 だからこそ、距離が取られた時にあの時の恐怖を思い出した。

 

 しかし。ヤツはこちらを見ていた。覚悟を決めた顔でこちらを見据え、その背の斬魄刀に手をかけていた。

 

 

「安心しろ、もう逃げはしないとも。ただ、私は獣では無くなったというだけの話だ。

 

 ――鞘伏」

 

 

 剣人の背から鬼道の光が消え、抜き身の刀がその身を晒す。

 

 それは全てを切り裂く究極の刃。

 その身を納める鞘など存在せず、故に失敗作と断じられた凶刃。

 どれだけの命を斬り捨ててきたのか。血の一滴もつかぬその刃からは何も読み取れない。

 

 その鞘伏を手に、剣人は語りかけてくる。

 

 

「あの時の続きだ、剣八」

 

「…良いぜ、やろうじゃねえか!!」

 

 

 俺が応えると、剣人は少しだけ笑ってその刀を自身の足へ向け、両足のバンドを切り裂いた。

 

 

「『韋駄天』」

 

 

 何が起きたのか、俺にはわからなかった。

 ただ、あの時の決着が、あの時以来ずっと俺の心の裡で燻っていたものが、全てが、この一撃で決したと、それだけを理解して俺は倒れ伏した。

 

 

「――有難う、剣八。私の心は満たされた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虚圏への侵入、及び怪我人の救護。

 それが私の使命であり任務。四番隊第三席虎徹勇音を連れてその任務を果たしていた。

 

 

「…! あの、卯ノ花隊長! 今の急激に膨れ上がった霊圧、剣人副隊長、の、じゃ……隊長?」

 

「…勇音。この場は任せました」

 

「隊長!? …卯ノ花隊長、行っちゃった…。私も、剣人副隊長に会いたいのに、な…」

 

 

 

 

 

 彼とはすぐに出会った。それはまさしく運命の如く。私たちは、剣によって堕ちた獣と剣によって救われた獣は、斬り合う運命にあるのだと言う様に。

 

 

 その深い傷は癒さないのか。何か覚悟が決まったようだ。最後に何か弁明はあるのか。

 

 掛けるべき言葉は幾らでもあった。

 しかして言葉は最早不要。互いに剣を抜き、それぞれの構えを取る。

 

 彼が取るは私が初めに教えた構え。

 八千が一つ、その構えは基礎にして万流の元祖。

 

 私が動くのに合わせて、彼も剣を振るいだす。

 激烈にして果敢、流麗でありながら荒々しさを感じさせるその剣筋は何度も向かい合い、慣れ親しんできたもの。私が教えた剣である。

 

 …ただ。彼は私を斬ろうとはしていなかった。

 

 彼は私の剣のみを狙い、まるで私の体を斬ろうとはしない。

 あえて隙を見せて誘っても、全く反応しないことから彼は私を殺す気が無いのがわかる。

 

 彼の剣の特性上受けることは出来ないため摺り上げ、躱し、一撃を返す。

 

 そんなことを繰り返し、何度か彼に一撃を与えたところで、怒りが湧いてきた。

 言葉は不要と思ったばかりだというのに、つい口を開いてしまった。

 

 

「…ふざけて、いるのですか。あなたが何を以って裏切ったのか、今更問いません。しかし、敵と相対したのならば考えることは敵の息の根を止めることのみ。今のあなたの戦い方は、最早侮辱に値する!」

 

 

 言葉を発すると共に彼に斬りかかる。

 受けることなど許さない。防御をさせず、流れるように剣閃を紡いでいく。

 

 

「……」

 

 

 彼は、黙って私の剣を躱し続ける。相も変わらず、私を斬る気はないようだ。

 しかし、また一撃を与えて一度距離を取ると彼は奇妙な構えを取った。私が教えたものではない。

 何だ、あの構えは――?

 

 

「『韋駄天』」

 

 

 瞬間、私の体は無意識に動いていた。

 

 交差は一瞬。その一撃で勝負は決まった。

 

 

 股下から肩にかけての傷に、半ばでその先を失っている剣。姿だけ見れば逆と判断されるであろうが、どちらが勝者であるかは明白であった。

 

 

「卯ノ花、隊長」

 

 

 最早動くのも辛いであろう傷を何故か彼は癒そうとしないで喋りだす。

 

 

「…すみません、私にあなたは斬れませんでした。私を人へ戻して頂いたあなたを斬ることが、どうしてもできなかったのです。許して、頂きたい。

 そしてどうか、あなたは剣の獣としてではなく、人を癒す者として生きて欲しい」

 

 

 彼はこちらを振り向き、話し続ける。

 

 

「この戦でも多くの人が傷つくでしょう。どうか、一人でもあなたに救って頂きたい。…私には、彼らを救う資格などもうないでしょうから」

 

 

 どこか震えた声で彼は言葉を紡ぐ。

 それは体に刻まれた傷のせいか、それとも――

 

 

「…獣を脱し、人となったかと思えましたが…人というのは案外、醜いものでした。

 さようなら、卯ノ花隊長。願わくば、あなたの心が美しくあり続けられますように」

 

 

 そう言うと、彼はその姿を消していった。

 

 

 

 …嗚呼、嗚呼。あなたは私が人となることを望むというのですか。

 獣の性というものはそう簡単に消えぬものであるというのに。今だって二本目の刀があるならば今すぐあなたを斬りに向かうというのに。

 

 あなたはその醜い人というものが許せずに我らを裏切ったのでしょう。

 ならばどうして、更に醜き獣如きを斬らずに進むというのですか。

 

 此処で死ぬれば良かった。此処で息絶えたのならば後悔は無かった。

 

 だと言うのに、醜くも生き残ってしまったのならば彼の言う通りに人を癒す責務を果たすしかないのであろう。

 それこそが私の人としての役目であるのだから。

 

 

 ただ、私がそうして救われたところで。一体彼は、どうなってしまうのだろう?

 

 彼は心の奥底では敗北を、いや、死を望んでいる。傷を癒そうともしなかったのがその証左。

 きっと、自身の罪と正義とで板挟みとなっているのであろう。

 

 

 ――嗚呼、醜き獣にも願うことが許されるのならば。

 どうか。人にも、獣にも絶望した彼に一時でも安らぎを。敗者である私には与えられなかった安らぎを。

 


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