BLEACH ユーハバッハ打倒RTA 作:アタランテは一臨が至高
――嗚呼。君は、止まりたかったのだな。自覚しているのかいないのか、その傷を癒さぬままにいるのだから。
「惣右介。後は私に任せるといい」
一体いつから止まりたがっていたのだろう。友を見捨てた時か、理想のために犠牲を容認した時か。
「虚化だ。やってくれ」
不甲斐無い。
君が最後まで手を出さなかったこと。人で、死神であり続けるために拒絶していたことにまで手を出させてしまうとは。
既に我らは敗者となった。もう一度獣に堕ちてまで抗うことはないというのに、君はまだ止まれない。
一体いつから止まれなくなったのだろう。友を見捨てた時か、理想のために犠牲を容認した時か。
君はいつだって私の先を行っていた。世界の歪みを正そうと、本来世界があるべき姿を常に君は描いていた。
もしかすれば。私は君に、憧れを抱いていたのかもしれない。
君が語ってくれる理想の世界を夢見ていた。
だからだろうか。君を止めることは出来なかった。君の心が軋んでいることはわかっても、君と共に新しい世界を作ることを考えれば止まることなど出来はしなかった。
君が彼を見殺しにした時だって、君に関わった人々を利用した時だって、君は心の中で泣いていた。
――嗚呼、良かった。こうなることを予想してか、気紛れだったかは最早わからないが、生かしておいた彼はきっと君を止めてくれる。
どうか、我が友よ。願わくば、君に生きていて欲しい――
それは、余りに意外な来訪者の姿であった。
かつて黒崎一護とグリムジョーをその霊圧だけで圧倒した姿は見る影も無く、大小様々な傷に覆われた体は痛々しいの一言に尽きる。
特に股下から肩にかけての斬り傷に至っては、常人であれば明らかに致命傷となるものであった。
「…黒崎サン、少し退がってて下さい。アタシがやりましょう」
浦原喜助がそう言って一護の前に出る。
しかし、一護は最早戦う必要すらないのではないかとすら思わせる剣人の姿に追い討ちをかけることを戸惑っていた。
そんな中ついに、藍染の姿が完全に消えて空中には更木剣人一人が立つのみとなる。
「剣人サン、終わりです。藍染は打倒され、虚圏も死神側が制覇しました。それにその傷、卍解も難しいんじゃないですか? 例えアタシを倒したところで、零番隊にはもう届かないとわかっているでしょう」
そう浦原が更木剣人に話しかけて、初めて彼は一護と浦原の方を向く。
「――舐めるな」
霊圧。虚化によって強化されたそれは、死にかけの敵という認識を一挙に覆すものであった。
その虚化は
仮面はその表情を隠し、世界そのものに対し果てしなく怒っているような荒ぶる模様を描き出している。
両腕と両足は白い鎧の様なものに包まれているが、対比されるかのように体の傷はその存在を露わにしていた。
その力は事ここに至ってまで底が見えず。
抜き身の刀を構え、まさに一護たちへ襲い掛からんとし――
「おう、まあ待てよ剣人。そう焦んなって」
黒腔から現れ、声で剣人の動きを止めた人物は一護に良く似た死神だった。
「海燕……!?」
更木剣人はその人物を見て動きが完全に止まる。
「ああ、海燕だ。元気してたか…つっても、ずっと俺はアーロニーロとしてお前と関わってたんだけどな」
「どういう、ことだ! 海燕は確かに死んだ筈…!」
「単純だよ。藍染が何でか知んねーけど俺と都を生かしてたワケ。それで虚圏から藍染がいなくなったからよ、やっとお前を止めれるってヤミーのヤツを急いで倒してここに来たっつーことだ」
黒腔より現れた死神、志波海燕はあっけらかんとそう言い放った。
それに対して更木剣人は明らかに動揺している。
そんな剣人に対して海燕は今度は真剣な表情で語りかける。
「なあ、剣人。もう止まろうぜ? お前のしでかしたことはそんな簡単には許されねーだろうけどさ。これ以上やったって無駄に傷つけあうだけだと思わねえか?」
海燕がそう提案した直後、剣人の動きがピタリと止まる。
そして何処か悲しげな声で言葉を紡ぎ始めた。
「…もう、無理なのだ海燕」
「何?」
「私は、止まれない」
更木剣人は顔の仮面を押さえながら、鞘伏を腰に構える。
その仮面を押さえる手は、どこか震えていた。
「私は、既に師を、友を、仲間を、部下を、全てを捨ててきた! 今更止まる訳にはゆかぬのだ!!!」
暴風のような霊圧を放ちながら叫び声をあげる。
その吹き荒れる嵐の中、ボロボロと崩れていく顔の仮面はまるで流れ落ちる涙のようであった。
「そうか…じゃあしょうがねえ、ぶっ飛ばしてでもお前を止めてやるよ。
――行くぜメタスタシア、虚化だ」
その言葉と共に右手を顔の前にかざし、現れるは虚の仮面。
目の前の友に呼応するかの如く霊圧を解き放つ。
更木剣人が取るは我流の構え。
今まで数々の敵を屠ってきた必殺の一撃を繰り出すための構えである。
「『韋駄天』」
それは神速の一撃。回避防御不可能、絶死の一撃が海燕に襲い掛かり――
「……何……だと……」
必殺の一撃は空振り、海燕の姿は消える。
先程まで目の前に立っていた海燕。
それは奇しくも、藍染惣右介がかつて自身の能力だと偽っていた水の乱反射による幻影であった。
で、あれば。海燕の本体は一体何処に―――
それは四大元素の一を纏いし刀。
刀身より湧き出る清らかな水流は見る者全てに美しいという想いを抱かせた。
卍解。ごく一部、限られた死神のみが可能とする斬魄刀の二段階目の解放。
五大貴族が一、天賦の才を持つ男は遂にその奥義を解き放った。
しかして目の前にいるのはかの初代剣八に剣を習い、戦場を紅に染め上げた伝説の剣士。
敵の卍解に目を見開くも全く翳りを見せないその剣閃は鋭く海燕に襲い掛かる。
対する海燕が取る構え。
それは火の構えとも称される上段とは対称的な中段、水の構え。
その一撃は天を衝く月の牙。
それは一匹の憐れな獣を飲み込んで――
ここに戦いは決着した。
とある獣が人間たちに討伐された、それだけの結果である。
――しかして人間たちは、獣の小さな小さな感謝の言葉を、聞いたのでした。
「水月」
・水と月。派生して人柄の良く、清らかな人のたとえ。
・水面に映る月。実体の無い幻。「鏡花水月」