クリスマスイブの夕方。
誰もが一番大切な人と過ごす時間。
いつも傍で笑ってくれる姉のような彼女は今隣にいない。
孤独を紛らわすため、糸見沙耶香は一人、街に出かけた。
そこで出会ったのは、彼女を気遣うもう一人の姉のような存在だった。

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貴方と過ごしたい特別な日

 あちらこちらで流れるクリスマスソング。通りかかる店の店内にはサンタのコスプレをした店員の姿。行きかう人の群れの中にはカップルと思しき二人組も多く混じっている。

 そんなすっかりクリスマス一色に染まりきった街中を沙耶香はひとり歩いていた。

 口から漏れる白い息は凍てつくように冷たい。今日は日中から気温が低く、日も暮れた今の時間帯、冷え込みにさらに拍車が掛かっていた。

 寒いのは苦手ではない。ただこんな底冷えするような寒い日は少し昔のことを思い出す。あの人と出会った日のことを。

 

 その日も今日に負けないぐらい寒い日だった。道場でいつものように稽古する沙耶香をあの人――高津雪那はまるで雷にでも打たれたかのような顔で見つめていた。

 その日のうちに彼女の執務室に呼ばれ、雪那の現役刀使時代の愛刀・妙法村正を渡された。沙耶香が村正に選ばれたことを確認した時の雪那の喜びようといったらなかった。

 

「沙耶香……貴方は、この妙法村正に選ばれた……。つまり、私の理想の刀使となるのよ……」

 

 沙耶香の両肩に手を置いて涙を流しながら声を震わせるその姿を見て、沙耶香はこの人の期待に応えてあげたいと思った。

 一つは、沙耶香が何かをすることでここまで誰かに喜ばれたことがなかったから。もう一つは、ここで自分が拒否すれば彼女が可哀そうだと思ったから。

 その時は、この関係が致命的に間違ったものとなることなど知る由もなかった。

 

 物思いに耽るあまり足が止まっていることに気づく。歩道の真ん中で立ち止まる沙耶香を通行人たちは迷惑そうに避けていく。いけないいけないと沙耶香は足を踏み出しながら音楽プレーヤーの端末を弄った。

 こんな時は明るい曲を聞こうとタイトルの印象を頼りに選曲していると、イヤホンをしていてもはっきりとわかるぐらい張りのある大きな声が耳に届いた。

 

「ハーイ、サーヤじゃないデスか」

 

 沙耶香は聞き慣れた友人の声に気づくとイヤホンを外して振り返った。

 

「エレン」

「今日はマイマイと一緒じゃないんデスね」

「舞衣は今夜、家族とクリスマスパーティをするって実家に帰ってる。妹の為に腕によりをかけて料理を作らなきゃって張り切ってた」

「Oh、それは悪いことを聞きまシタね。ソーリー、ごめんなサイ」

 

 ジェスチャーをつけながら謝るエレンだったが、沙耶香は表情を変えることなく首を振る。

 

「気にしてない。エレンもひとり?」

「そうなんデスよ!いつもクリスマスは家族で集まることになってるんデスけど、今年は皆の予定が合わなくて……。ならばと薫に声を掛けたんデスけど任務で忙しいと。もう、やんなっちゃいマスネ!」

 

 エレンは沙耶香の目から見てもいささか大げさすぎるように思える勢いで手振り身振りを交えながら現況を嘆いた。

 

「薫はいつも忙しそう」

「すっかり紗南センセイのお気に入りになっちゃいマシタからね。まあ今までサボってた分あれでちょうど良いんでショウけど。それよりサーヤはどうして一人で街を出歩いてたんデスか?何か買い物でも?」

「ううん。特に用事はない」

「だったら尚更変デスね。今日は寒いし、お部屋でジャパニーズコタツでも出して暖まった方が良いと思いマスよ」

「最近ひとりで部屋に籠っているとなんだか寂しい気持ちになる」

「それで外出を?」

「うん。今の時期、外には沢山人がいるから。だから外に出れば、少しは寂しい気持ちも紛れると思った」

「な~るほど」

 

 エレンは口には出さなかったが、良い傾向だと思った。孤独の感じ方は人それぞれではあるが、任務と鍛錬以外ずっとひとりで引き籠っているよりは外に出て色々な刺激を受けた方が沙耶香にとっては良いだろうと。

 人通りの多い道の真ん中でいつまでも立ち止まって話すのも迷惑なので、場所を変えようと二人は並んで歩き出す。沙耶香は落ち着いて話せるところまで付けていていいかと断ってイヤホンを付け直してしまったので、なかなか話しかけづらい。聞いている曲がよほど気に入っているのだろうか。

 エレンが頭を寄せて耳を澄ますと、イヤホンから漏れた音が微かに聞こえてくる。なんとなく聞き覚えのある曲調、恐らくクリスマスソングの類だろう。

 見た目にはあまりわからないが沙耶香は以前よりもずっと周りの変化を気に留めるようになっている。見守る側のエレンとしては喜ばしいことだった。

 

「前にプレゼントにあげたプレーヤー、大切にしてくれているんデスね」

「うん。毎日、色々な曲を聴いてる」

「色々?お気に入りの曲とかないんデスか?」

「好きな曲、耳に残った曲はある。けどそればかり聞くのも良くない気がして」

 

 エレンが「どうして?」と聞くと、沙耶香は少し表情を強張らせた。

 

「何かを好きになりすぎて依存してしまうのは怖い。昔の高津学長と私の関係がそうだったから」

「ああ、だから今日はマイマイに甘えるのも我慢したんデスね」

「家族は大事。私にはよくわからないけど」

 

 寂しそうな表情の沙耶香を見てエレンはそれ以上詮索するのをやめた。「家族は大事」――エレンにとってそれは当たり前のことだが沙耶香にとってはそうではないのかもしれない。

 思えば沙耶香が自分の家族のことを話すのを聞いたことがなかった。たとえ周りの友人たちが家族の話題で盛り上がっていてもだ。だからきっと沙耶香にとっての家族は自分のとってのそれとは別物だろうし、たとえ尋ねたところでそれをきちんと理解できないだろう、そう思った。

 エレンはぶるんぶるんと首を振って気を取り直し、目一杯明るい顔を作って話しかける。

 

「じゃあ代わりにワタシがご一緒しまショウ」

「でも今日は好きな人と過ごす日だってみんな言ってた」

「ワタシはサーヤのこと大好きだから問題ありマセン。サーヤはワタシのこと嫌いですか?」

 

 エレンは答えは聞くまでもないとばかりに満面の笑みを浮かべ沙耶香の手を引いて歩き出した。

 

「ふふーん、ふふーん♪サーヤ、どこに寄りまショウか?ワタシはショッピングとかしたいデスね」

「エレンの好きなところでいい」

 

 エレンは上機嫌に鼻歌を歌いながら話かけるが、沙耶香はいまだ装着している片耳イヤホンから流れる曲に半分意識がいっているのか反応が鈍い。

 

「うーん、サーヤ。気に入って貰えてるのは嬉しいデスが、せっかくお出かけしてるんデスから今日は外の音をいっぱい聞きまショウ?」

 

 そう言ってエレンが横を歩く沙耶香の耳のイヤホンを取った。

 

「あ……」

「ふふふ、外の音もこれはこれで趣きがあると思いマスよ」

 

 沙耶香は促されるままに耳を澄ます。行き交う人々の談笑する声、街角に流れるクリスマスBGM、近くの駅に止まった電車の音。雑多で無秩序な音が沙耶香の刀使として研ぎ澄まされた鋭敏な耳に次々入ってくる。

 

「色々な音がする」

「不愉快に感じマスか?」

 

沙耶香はふるふると首を横に振って言った。

 

「今まで気にかけたことがなかったけど、街の音は不思議」

「What's?」

「楽しそうな音もするけど、寂しそうな音もする。色んな音がいっぱい混じってる」

「Oh、なるほどー」

 

 楽しい話をするとき、悲しそうな声で話す者はいない。

 暗いテーマの曲の中でいきなり明るいメロディーが流れることはない。

 沙耶香にとってはそれが「当たり前」のことなのだ。だからクリスマスの街が奏でる、性質の違うバラバラの音が整えられることもなく混ざり合った演奏曲が沙耶香には新鮮に聞こえたのだ。

 

「実にサーヤらしい感想ですね」

 

 今は沙耶香にとっては新鮮に感じられるこの雑多な音もそのうち慣れて当たり前のものになるのだろう。時と場合によっては耳障りに感じてしまうかもしれない。

 だが、それでいいのだ。沙耶香は育った環境のせいか、本人の性質のせいか(恐らく両方であろう)世間一般の人間と少しズレたところがある。沙耶香が精神的に成長するにつれ、そのズレのせいで生きるのが苦しいと感じることがあるかもしれない。

 だからズレをなるべく小さくするために、沙耶香に色々な「刺激」を体験させてあげたいとエレンは考えている。同じ刺激を重ねれば慣れになる。沢山の刺激を重ねて沢山のことに慣れれば、沙耶香も多くの人にとっての「普通」というものが何なのか理解できるようになるだろう。理解してそれでもその「普通」と自分がズレているならそこからズレとどう向き合うかは沙耶香本人の問題だ。ただ、理解するということは選択肢を増やすことだ。エレンは沙耶香にまだ知らない選択肢があるということを知ってほしかった。

 

「ところで今聞いた音の中でサーヤのお気に入りの音は何デス?」

 

 「うーん」と考え込む沙耶香のお腹が突然ぐーっとなる。少しの間沈黙が場を支配するが、エレンはとうとう我慢できずに噴き出してしまった。

 

「ぷーはっはっはっ!サーヤ、今のはナイスタイミングってやつデスね!」

 

「ごめん」

「じゃあ腹ぺこサーヤの為に何か食べるところでも探しまショウか」

 

 二人は手近なファーストフード店を見つけて中に入った。店内は混雑していたが、しばしの待ち時間の後、なんとか店の隅の席を確保することができた。注文してしばらくすると店員がフライドチキンを中心とするセットを二つ、エレンたちのテーブルに運んできた。

 

「ささやかかもしれマセンが、ちょっとはクリスマスらしいディナーになりマシタ!さあ、いただきショウ」

「うん」

 

 沙耶香は控え目な印象に反してよく食べる。舞衣になかなか会えない時に彼女のクッキーを恋しがっていた印象も合わせてエレンの中ですっかり腹ペコキャラのイメージが定着してしまった。

 黙々とチキンを食べ続けるその姿に、小柄なくせにかなりの大食いな相棒の姿が重なって思わず笑みが零れる。

 

「?」

「フフ、なんでもありマセンので、どうぞ気にしないで食べてくだサイ」

 

 沙耶香のトレイの上のものが軒並み胃袋に消えてしまったのを見計らい、エレンは問いかける。

 

「何故クリスマスは好きな人と一緒に過ごすということになっているのかわかりマスか?」

「調べたことがないからわからない」

 

 少し考えてそう答えた沙耶香は刀剣類管理局からの支給品である携帯端末を取り出し、ネット検索で調べようとし始めた。

 

「フフ、難しく考えることはありマセンよ。特別な日を、特別な人と過ごす。それだけで人は特別な気分になるものなんデス。それが楽しい時間なら言うことなしデスね」

「そういうもの?私にはよくわからない」

「まあ強いて言うなら誕生日とかと似ていマスかね」

 

 誕生日――以前は自分が生まれた日を特別な日だなどとは思いもしなかった。でもみんなに祝ってもらった誕生日パーティーは楽しかった。楽しいと感じたのは一緒にいたいと思える特別な人が自分にもできたからだ。

 沙耶香は納得できた様子で「そっか」と頷き、エレンに質問を返す。

 

「じゃあクリスマスも誕生日も口実?」

 

 身も蓋もない言い方にエレンは苦笑する。

 

「口実とまで言ってしまうと無粋デスね。……でも好きな人と過ごす時間に何か特別な意味があると考えると素敵じゃありマセンか?」

「……そうかもしれない」

 

 沙耶香は少し考えてそう答えた。さしずめ自分のことに置き換えて考えてみているのだろうか、好きな人は舞衣にでも置き換えたのだろうか、などとエレンは想像を膨らませてニヤニヤ笑う。

 

「そうなんデスよ。好きな人と一緒に過ごしたい。それは誰しも考える「普通」のことなんデス。……それを執着と考えるのは少々大げさだと思いマスよ?」

「……うん」

 

 エレンの指摘に沙耶香は暗い顔で頷いた。そんな顔をさせたくて言ってるんじゃないと口から出そうになるのを堪えてエレンはいつもの明るい調子で話を繋ぐ。

 

「だから、マイマイが帰ってきたら思いっきり甘えてやりまショウ!」

「……うん!」

 

 沙耶香の気持ちをきちんと理解できるのは沙耶香本人だけだ。ならば今の彼女に必要なのは彼女の抱く引け目を咎めるのではなく、許すことだ。

 

「……とはいえ家族の団欒に割り込むわけにもいきマセンから、今日はワタシがマイマイの代わりにサーヤのお姉さん役を頑張りマース!」

 

 そう言うとエレンは沙耶香の隣の席に移り、彼女の頭をぽんと撫でた。少し安心した様子の沙耶香の顔を見て、エレンも内心安堵した。

 

 食事が終わり二人で店を出ると、エレンは「言いこと思いつきマシタ!」と手の平をポンと叩くジェスチャーをした。

 

「サーヤ、寒くないデスか?」

「うん、大丈夫」

 

 部屋を出る時から寒いのはわかっていたので、しっかりとコートを着込み、手袋も付けている。なにより沙耶香は寒いのは別に苦手ではない。

 

「本当デ~ス~か?」

「ひゃっ!?」

 

 エレンはわざと手袋を外した冷たい手で沙耶香の顔以外で唯一露出しているところ、首筋を触った。これには流石の沙耶香も驚いて思わず声が出てしまった。

 

「ふふ、少し待っていてくだサイ!」

 

 そう言ってエレンはショッピングモールの中を人混みをかき分けて走っていった。

 待てと言われればどんなにいきなりであっても黙って待つのが沙耶香だ。エレンが自分を見失わないようその場から動かずに待つこと15分。エレンは息を切らしながら帰ってきた。

 

「はっ、はっ、はぁっ……。はい、これ。ワタシからのクリスマスプレゼントですよ」

 

 そう言ってエレンは沙耶香の首に白いマフラーを巻いた。

 

「本当ならクリスマスらしく綺麗に包装して渡したいところデスが、今日は寒いデスからね」

 

 首にかかったマフラーに手をかけ、生地の暖かみと感触を感じ取る。よく見ると生地にはこの時期らしく雪の結晶やトナカイの模様があしらわれている。

 

「ありがとう。でもこれ、貰っていいの」

「勿論デスよ!お姉さん役を頑張ると言ったもののワタシはサーヤの本当のお姉さんじゃありマセンから家族の温かみをプレゼントするのはVery Hardだと思ったんデスが、これなら体だけでも少しは暖まるデショウ?」

 

 沙耶香はエレンを見つめたままこくりと頷いた。胸の内側から温かい気持ちがこみ上げてくる。沙耶香はこの感情を知っている。今まで何度も体験したことがある。

 ――舞衣に初めてクッキーを貰ったとき。

 ――みんなが自分の誕生日にサプライズパーティーを開いてくれたとき。

 何度経験しても慣れることのない熱くて熱くて、でも温かい気持ち。

 いまだに沙耶香はこの気持ちをなんと言い表せればよいのかわからない。だからシンプルに、伝えられる言葉だけを紡ぐ。

 

「嬉しい。エレン、本当にありがとう」

「どういたしまして、デース!」

 

 改めて口に出した感謝の言葉に、エレンは満面の笑みで沙耶香を抱きしめることで応えた。

 

 そのまま二人はショッピングモール内で買い物をしていくことにした。

 

「マイマイの分のプレゼントも買っておきまショウ。マイマイのことデスから『遅れてごめんね』なんて言いながら明日プレゼントを用意してくる可能性が高いと思いマース!」

「だったらエレンの分も選ぶ。エレンから貰ったのに私はまだエレンにあげてない」

「ありがとございマース。でしたら選ぶのお付き合いしマスよ?ワタシ、ちょうど欲しいものがありマシて……。ああ、ついでに薫の分も用意しないといけマセンね」

「「ふふっ、ふふふっ」」

 

 声を揃えて笑う二人の姿はまるで仲の良い姉妹のようだった。

[newpage]

 次の朝、舞衣は鎌府女学院の寮に帰ってくると、一番に沙耶香の部屋に向かった。家族の為とはいえ、せっかくのクリスマスの日に沙耶香をひとりにしてしまったのを心苦しく思っていたからだ。




さやエレです。
エレンさんから沙耶香ちゃんへの音楽プレーヤープレゼントの話は円盤ブックレットのキャラインタビューが元ネタです。
ドラマCDで触れられてますが、エレンは姉になりたいと妹がいる舞衣を羨ましがってます。対して沙耶香ちゃんは妹キャラですけど、舞衣ちゃんには本物の妹がいる。
姉になりたい一人っ子と妹でいたい一人っ子同士、相性良さそうなカップリングですが、いかがでしょうかというところで楽しんでいただけたら幸い。


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