一本の大きなケヤキのほうから、犬の鳴き声が聞こえた。

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子犬の恩返し

 

 

 

 ある小さな村に、野菜を作りながらほそぼそと暮らす、じいさんとばあさんがおった。

 

 子はなかったが、仲むつまじく暮らしておったそうじゃ。

 

 

 

 そんなある日、じいさんが町まで野菜を売りに行った帰りのことじゃ。

 

「クンクン……」

 

 犬のような鳴き声が聞こえて、

 

「……ん?」

 

 じいさんがあたりをキョロキヨロすると、

 

「……クン」

 

 草むらに一本立った大きなケヤキのほうから聞こえてきた。

 

 じいさんが急いで草むらに入ると、小さな穴があった。覗いてみると、そこにいたのは白い子犬じゃった。

 

 子犬は、悲しそうな顔でじいさんを見上げておった。

 

「こりゃこりゃ、穴に落ちてしまったんじゃな。よしよし、いま、出してやるからな」

 

 じいさんは穴に両手を入れると、ゆっくりと子犬を取り出した。

 

「ほら、出られたぞ。もう、大丈夫じゃ。どうじゃ、歩けるかの?」

 

「……クン」

 

 子犬はじいさんを見つめると、礼を言うかのように一声鳴いた。

 

「ほれほれ、早く母さんのとこに帰りなされ。母さんが心配しとるぞ」

 

「クン……」

 

 子犬はもう一度、じいさんに振り返ると、走って行った。

 

 

 

 ばあさんが作った夕飯を食べながら、じいさんがその話をすると、

 

「まあ、そうでしたか。母さんとはぐれたんでしょうか。それにしても、けががなくてよかったですね。おじいさんに助けてもらって、子犬も感謝してますよ」

 

 ばあさんは、芋の煮っころがしを食べながら、目を細めておった。

 

「そうならうれしいの。それにしても、めんこい子犬じゃった。もし、親のない子じゃったら拾って育てたかったのう。……あんな子がわが子じゃったら、どんなにいいじゃろう」

 

 じいさんは味噌汁をすすりながら、子犬の顔を思い出しておった。

 

「……おじいさん」

 

 

 

 それから間もない寒い朝じゃった。

 

「おぎゃー、おぎゃー」

 

 外から赤子の泣き声が聞こえたんじゃ。

 

 ばあさんが急いで戸を開けると、そこにおったのは白い布に包まれた赤子じゃった。

 

「こりゃこりゃ、寒かったじゃろ。よしよし」

 

 ばあさんは、赤子を抱くと辺りを見回した。だが、人の姿はどこにもなかった。

 

「よしよし」

 

 ばあさんが抱いてあやすと赤子は泣き止んだ。

 

 やかんを吊るした囲炉裏のそばで、しばらく温めてやると、赤子は笑顔でばあさんを見ておった。

 

「おう、かわいいのう。どれどれ、温まったかの?」

 

 確かめるかのように布を広げてみると、胸元に手紙が入っておった。それには、

 

〈体が弱くて育てることができません どうか育ててやってください お願いします〉

 

 と書いてあった。

 

「おじいさんや、おじいさん」

 

 ばあさんは急いでじいさんを起こした。

 

「……どうしたんじゃ」

 

「外で泣いておりました」

 

「おう、なんとめんこい子じゃ」

 

 じいさんは嬉しそうに、赤子の手を握った。

 

「男の子ですよ」

 

 ばあさんも嬉しそうに、赤子のほっぺをつんつんしておった。

 

 

 そして、手紙を読んだじいさんが言った。

 

「わしたちに子がないのを知って、誰かが授けてくれたんじゃろか……」

 

「そうかもしれませんねぇ」

 

「……うれしいのう」

 

 じいさんは涙ぐんだ。

 

 いつの間にか、赤子はすやすやと眠っておった。

 

 

 赤子との毎日は、それはそれは幸せじゃった。

 

 

 

 それは雪解けのころじゃ。野菜を売りに行った帰り、じいさんは大きなケヤキのそばで、死んでいる白い子犬を見つけた。

 

 ……もしかしてこの子犬は、わしが助けたあの子犬ではないじゃろか。命と引き換えにわしらに子を授けてくれたのではなかろうか。

 

 じいさんはふとそう思い、子犬を抱いた。

 

「……ありがとの。わしに恩返しをしてくれたんじゃな」

 

 じいさんはそう言って涙ぐむと、子犬を抱えて家に帰った。

 

 

 そして、庭の梅の木のそばに埋めてやった。

 

 

 

 

 

 男の子は元気にすくすく育ち、畑仕事を手伝っておった。するとどうじゃろ、野菜がいっぱい売れて暮らしが豊かになった。そして、いつまでも幸せに暮らしたそうじゃ。――

 

 

 

 

 

 おわり



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