その柱、鬼子につき。   作:瑠璃色砂糖月

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2話「鬼柱・日向 旭」

「玄弥、これを日向(ひなた) (あさひ)という柱の屋敷まで持っていってくれるか?」

「え」

 

 突然、悲鳴嶼(ひめじま)さんからおつかい(?)を頼まれた。どっしりと重い風呂敷に少しよろけたが、別に持てない程でもない。中身を見ると新鮮な野菜や甘味が入っていた。

 一体なんなんだ、と悲鳴嶼さんを見上げると、悲鳴嶼さんはジャラジャラと数珠を鳴らしながら涙を溢していた。……いつも通りの光景だ。

 

「出来れば私も付き添いたかったのだが……急用ができていけなくなった」

「はあ…。それはいいんですけど、どうしてこんなに……」

「先日、その人と合同任務があってな、その際に色々と世話になったのだ」

 

 それは珍しい、と俺は思わず目を見開いた。

 鬼殺隊の柱でも頂点に立つ実力の持ち主である悲鳴嶋さんが助けられた……にわかに信じがたい話だった。

 ……ん? 待てよ。

 

「……柱って言いました?」

「? ……ああ。日向 旭。柱だ」

 

 嘘だろ。柱って確か最高でも9名までしか居なかったような……。

 俺の微妙な疑問めいた気持ちが伝わったのだろう。悲鳴嶼さんは告げる。

 

「少し、特殊な者なのだ。私達柱やお館様以外でその者を知る者はほとんどいない……」

「あの、その人のこと俺に話して良かったんですか?」

 

 不安になるんだが。良いのか、本当に。

 

 

 

*****

 

 

 

 悲鳴嶼さんに渡された地図に従って道を歩く。

 いや……道なのか? 途中で山の獣道に入ったり、かと思えば町の大通りに出たり……。一体どこを歩かされているんだろうか、と思うくらい地図に従って歩いていくと、屋敷が見えた。

 ……随分とこぢんまりとした屋敷だった。

 藤の花が沢山植えられているみたいで、屋敷を囲う壁の向こう側に藤色が見える。余程鬼を警戒しているのだろうか。

 門は勿論閉ざされている。……ここからでも声は届くのか不安だが、悲鳴嶼さんに頼まれた手前、やり遂げなければ。

 

「す、すいません!」

「どちら様?」

「!」

 

 背後から声をかけられて肩が跳ね上がる。

 気配も何も感じないから驚いた。

 

「あ、あの、この屋敷の」

 

 振り向いて固まる。

 捻れた癖のある髪、柘榴のような真っ赤な瞳、白く皺一つない柔肌。すらりとしつつも凹凸のある体つき。質素で色褪せた着流しだが、それでも充分美しいと思う。

 買い物帰りだろうか、大きな袋を提げた彼女(・・)は首を傾けて不思議そうな顔をした。

 

「この屋敷に何か」

「……し」

「し?」

「し、……し、しつっ! 失礼しましたぁ!!」

 

 勢いよく頭を下げてその場からすぐさま離れる。

 顔が熱い。これでもかというほど熱い。血が沸騰してるみたいだ。心臓が有り得ないほどバクバクしてる。

 

 ……悲鳴嶼さん。

 女の人が居るなんて聞いてねぇぞ!?

 

 

 

*****

 

 

 

「……で、のこのこ帰ってきたと」

「そうだけどお前に言われるとなんか腹立つな……」

「なんでだよお前ほんと俺のこと嫌いだよな!?」

 

 ……と、ぎゃんぎゃんと喚く善逸(ぜんいつ)。うるさい。ひたすらにうるさい。

 

「というか美女を目の前にして顔真っ赤にして黙り込む思春期野郎にそんなこと言われる筋合い無いと思うんだけど!」

「なんだとてめぇ……!」

「あ"ーーーっ!(汚い高音) ほらそういうとこぉ! そーいうところだよお前さぁぁあ! すぐ手が出るとこあのおっさんとおんなじだよ血は争えないなぁぁぁああ!!」

「兄貴はおっさんなんかじゃねぇ!」

「痛いっ!!」

 

 殴れば悲鳴をあげる。そして泣いて炭治郎(たんじろう)にすがりつく。

 炭治郎は困ったように笑って腰にすがりついた善逸を撫でながら言った。

 

「今のは善逸が悪いが、暴力も駄目だぞ玄弥」

「炭治郎はどっちの味方なの!? ねぇ!?」

「俺は2人の味方だからな!」

 

 要するに中立ってことだろう。まあ、らしいと言えばらしいが……。

 

「猪突猛進!」

「ごふっ!?」

「伊之助ーー!?」

 

 背中から衝撃が走って前のめりに倒れる。背中を押さえて痛みに悶えていると、「大丈夫か玄弥!」と炭治郎が背中を擦ってくれた。

 背後からは「馬鹿かお前何やってんの!?」という善逸の声と高笑いしている野太い声が聞こえた。

 声でも誰か分かったが、首だけで振り向いてみればやはり、あいつだ。特徴的なあの猪頭半裸野郎なんて、伊之助(いのすけ)以外有り得ない。

 

「がははははは! 俺様最強!」

「いやまじで何やらかしてんの!? なんで頭突いたのお前馬鹿じゃないの!?」

「ハァーン!? 殴り合いしてたじゃねぇか!? 親分を抜かしててめぇらだけで訓練するなんざ100年早ぇんだよぉ!」

 

 どうやら俺が善逸を殴った所を見て組み手でもしていると勘違いしているらしい。でも、だからと言って背中に突進してくる奴があるか……?

 

「違うぞ伊之助! 今のは組み手ではなく玄弥の癇癪だ!」

「炭治郎テメェも喧嘩売ってんのかァ」

 

 善逸の気持ちが分からなくもない。お前はどっちの味方だ、炭治郎。現在進行形で油を注いでいるぞ、俺に。

 

 

 

*****

 

 

 

 で、なんやかんやで俺は炭治郎達と一緒にあの屋敷の前に立っている。事情を話して頼んだら快く頷いて了承してくれた。

 ……まあ、友達だから、なんてこっ恥ずかしい理由なのは炭治郎だけなんだけどな。

 

「にしても、柱の日向さんかぁ……。柱合会議でもそれらしい人は見たことないぞ?」

「特別な立ち位置らしいと悲鳴嶼さんは言っていたけど、やっぱりおかしいよなぁ……」

 

 炭治郎も会ったことは無いらしい。炭治郎には悪いけど、お前も結構立ち位置特殊だからな。鬼の妹と一緒に鬼殺してるなんて聞いたことないからな。前例も無いし。

 

「うひひ、秘密の柱に仕えているであろう美女かぁ……楽しみぃ……でゅふふ」

 

 ……善逸は俺と会った女の人が気になってついてきた。俺と交わした短い会話(会話とも言えないが)でこの屋敷に住んでいることは分かるからな。

 

「気持ち悪ぃ笑い方すんな、紋逸」

 

 同感。右に同じ。

 

「はああ!? これから美女と会うんだよ!? 女の人と会うんだよ!? 馬っ鹿じゃないの!? それでも男なのお前ら!?」

「善逸、気持ち悪いぞ」

「やめて炭治郎その目で見るの!! 俺が悪かったからさぁぁああ!!」

 

 どこまでも気持ち悪い善逸を得体の知れないものを見る目で見る炭治郎。……炭治郎、お前そんな顔出来たんだな。俺、びっくりしたよ。

 

「んで? そのハシラって奴はどこにいやがんだ!?」

 

 心なしかそわそわして周りを見渡しているのが伊之助。こいつは単純に「ハシラって強いんだろ!?」という……闘争本能(?)でついてきた。ってか、こいつ俺の話ちゃんと聞いていたのか? 俺はため息を吐いてもう一度軽く説明した。

 

「この屋敷の主だって言っただろ? 俺はこの風呂敷の中身を日向さん……に渡さなきゃいけないんだ」

「猪突猛進!!」

「聞けよテメェ! 人が話してんだろうが!! しかも2度目だぞ!?」

 

 この野郎、折角説明してやったのに門に頭突きしやがって!

 ……ん? 門に頭突き?

 

「伊之助、何やっているんだ! 他所様の家だぞ!?」

「おら出てきやがれハシラとやらのビー玉 朝子ぉぉお!!」

「誰なんだそれはぁ!? ちょっ、伊之助待て! 頼むから頭突きだけは()めてくれ!」

「おまっ、馬鹿! 騒がしくするなよ!」

「ハァーン!? お前知らねぇのか? 馬鹿って言った方が馬鹿なんだぜ!?」

「誰が馬鹿だ猪頭!! 喧嘩売ってんのかちょぉっと顔が良いくらいで!! 表でろ! 表出やがれ斬ってやる!」

「ちょっ、おい! まずいって騒いだら……!」

 

 ぎゃいぎゃいと一瞬で騒がしくなった。収集がつかなくなっておろおろしていると、固く閉ざされていたはずの門が開いた。

 

「すいません。さっきから人の屋敷の前でうるさいのですが……あ?」

 

 ひょこ、と頭を出したのは黒髪の青年だった。首から勾玉の首飾りを提げている、鋭い目付きの男。

 

「や、あの……すいませ」

「獪岳ぅぅぅうーーー!?」

 

 事情を説明しようとすれば、後ろから悲鳴があがる。ぎょっとして振り向けば、善逸が目玉を落とさんばかりに目を見開いていた。

 ……善逸の知り合いか? この人。その割にはこの人の眉間の皺が凄いが。そのうえ、殺気やら嫌悪やらが漏れている。……とてもじゃないが、仲が良いようには見えない。

 

「えっ、はぁ!? うぇええ!? 待って待って待って獪岳!? なんでこんなところに居るのよおかしくない!? 美女は!? 女の人は!? あんた本当に獪岳!?」

「うるせぇカスが。とっととくたばりやがれなんで生きてんだ。ピーピー喚きやがって。迷惑だ。帰れ」

「あれ獪岳だ本物!? 嘘でしょ!? 嘘過ぎない!? あの獪岳が美女とお知り合いとか嘘過ぎない!?」

「迷惑だっつってんだろうが! 死ね!」

「うぶべっ!?」

 

 スパァン、と善逸の顔面に手拭きが投げつけられた。善逸は倒れてそのままピクリとも動かなくなった。あ、いや、微妙に痙攣はしている。死んではいない。

 ……怖ぇ。容赦ねぇな、この人。

 かいがくと呼ばれた男はシィィィ、と独特の呼吸音を響かせながら深呼吸をすると、ギロリと俺達を睨みつけた。

 

「で、何か用でも?」

「え?」

「……わざわざこの屋敷の前で意味なく騒ぐなんて余程の気狂いしかしないでしょう。この屋敷に用があるのでは? 俺がここに住んでますから用件があるなら聞きますけど」

「あ……」

 

 そうだ、すっかり忘れてた。俺は慌てて背負っていた風呂敷を外して差し出す。

 

「岩柱の悲鳴嶼さんから渡すように頼まれたので、渡しに来ました」

「岩柱様から? 本人が来る予定だと俺は聞いておりましたが」

「あ。悲鳴嶼さんは急用が入ったみたいで……」

 

 彼は怪訝そうな、疑り深そうな顔つきで風呂敷を見た。……受け取ろうとはしてくれない。

 

「……失礼ですが、屋敷の主人に確認を取ってもよろしいですか?」

 

 まあそりゃあそうなるよな。

 俺が頷くと同時に門が開いた。彼1人分ではなく、……というより、彼以外の誰かが更に門を押し開いたという……か……。

 

「獪岳、それ受け取っても大丈夫だ。ついさっき悲鳴嶼さんから烏が……ん?」

 

 あの、女の人だった。

 切れ長な赤い瞳が俺を捉えて、つい後ろに下がる。正直に言うと、あまり見ないでほしい。

 

「君、さっきの男児か」

「うえっ?」

「さっきは気づかずに悪かったな。てっきり悲鳴嶼さんが来ると思っていた」

「っえ、と……あの、別に……」

 

 こっちこそ顔見た瞬間逃げてすいません、と謝ろうとした時、首根っこを掴まれて後ろに引っ張られた。

 なんだ、と引っ張った人……炭治郎を見れば、何やら驚いたような顔をして冷や汗を流していた。

 そして、ぽつりと呟いた。

 

 

鬼舞辻(きぶつじ) 無惨(むざん)……?」

 

 

「……は?」

 

 ……なんで、今鬼の大将の名前が出てくるんだ?

 意味が分からず俺は固まるくらいしか出来なくて、そっと女の人達の方を見た。

 

 ドギャッ!!

 

「がっ!?」

「ぅお!?」

 

 凄まじい音がして隣にいたはずの炭治郎がいなくなった。慌てて周りを見渡すと、遥か後ろで仰向けになって倒れている炭治郎がいた。

 たんじろう。

 そう言おうとしたはずなのに声は出ていなくて、はくはくと口は開閉しただけだった。

 いやいや、何が起こったんだ、何されたんだ。一体何が? 鬼? 鬼か? 鬼がいるのか?

 フシィィィィ、と鋭い呼気が聞こえて、肩を跳ね上げる。おそるおそる振り返って体が固まった。

 

 ……ものすごく恐ろしい顔をしていた。

 

 血管が浮き上がって目は血走って、全身から怒気とも殺気とも取れない気配が吹き出ている。なまじ顔が整っているせいか、背筋に悪寒がするほど怖い。

 彼女と付き合いも長いであろうかいがくさんとやらも、冷や汗をかいている。

 ……美人が怒ると怖いってこういうことなんだな、と場違いなことを考えた。

 

「……あー」

 

 数度鋭い音がする深呼吸をした後、女の人は頬を掻いた。

 

「……風呂敷の男児」

「はいっ!?」

 

 俺のことだよな!?

 

「あの……誰だ、あのー…私が吹っ飛ばした男児」

「炭治郎です!」

「その男児を屋敷に寝かせてやってくれるかい? 手当てくらいできるし、殴ってしまったし」

 

 やっぱあんたがやったのか! え、というか殴っ……え!? 威力おかしくねぇか!? 柱怖っ!?

 

「……ついでにそっちの黄色頭も」

「いえ、そいつは別にいいと思います」

「獪岳がやったんだろ? 手拭き見れば分かる。いいから連れてこい」

「……はい」

 

 納得行かないという顔をするかいがくさんを横目に、俺は炭治郎の元に駆け寄って体を起こす。背中に背負っている箱が邪魔だ。かりかり音がしてるから中にいる禰豆子(ねずこ)は無事みたいでホッとする。周りを見渡せば、伊之助がいた。

 

「おい、伊之助。ちょっと箱を持ってて……」

「勝負だ!」

「はあ!?」

「……あ?」

 

 先程まで呆然としていた猪頭が動く。

 両腕を上げているのは威嚇の構えなんだろうか……なんて悠長なこと考えてられねぇ! 女の人が呆けている間になんとかしねぇと……!

 

「いや、お前馬鹿か!? 今炭治郎がどうなったか見てただろうが!」

「権八郎よりか強ぇ! ……ってことが証明されたな!」

「こっ……」

「つまり、あいつを倒せば俺の方が強いってことだ! 俺様天才!」

 

 

 こいつはそうだ、こういう奴だった……!

 

 

 思わず項垂(うなだ)れてしまった。駄目だ、こうなったら力ずくでどうにかしねぇと人の話は聞きゃしねぇ……。

 

「勝負だビー玉女!」

「誰がビー玉女だ、半裸野郎。日向 旭様だボケが」

 

 かいがくさんが腰に提げている刀の鯉口を切る。ピキピキと顔面に青筋が浮かんでいる。

 

「2度と間違えねぇようにその毛深い頭に刻み込んでやろうか? あ"?」

「誰だテメェ! お前に用はねぇんだよ退きやがれ!」

 

 一触即発、という言葉が脳裏をよぎる。

 もう頼むから下手に煽らないでくれお互いに。

 

「獪岳」

「! はい」

「私は黄色頭を屋敷に入れろ、と言った。あの猪頭は私が相手するから」

「……はい」

 

 門を開いて、伊之助へと歩み寄る女の人。彼女はゴキゴキと首を回して鳴らしながら告げる。

 

「で、君は勝負で良いんだな?」

「おう!」

「それじゃ、おいでな」

「よっしゃぁぁあ!」

 

 伊之助が勢いよく女の人に突っ込んでいく。

 

 ドゴォッ!!

 

「げぶぉっ!?」

 

 ……腹部に1発でノサれた。

 

「獪岳、こいつも運べ」

「御意」

 

 かいがくさんは善逸の襟元と伊之助の首根っこを引っ掴んで引きずった。

 

「風呂敷の男児、君も早くしろ」

「……はい」

 

 ……俺も従うしかなかった。

 

 

 

*****

 

 

 

 不死川(しなずがわ) 玄弥(げんや)は落ち着かない様子で出されたお茶を見つめていた。

 それはもう緊張していた。

 目の前には緩んだ顔で悲鳴嶼が送った甘味を頬張る美人こと日向 旭がいるし、その隣では玄弥を睨みつける獪岳がいるしで。ちなみに昏倒した3人は別室で寝かせられている。助っ人として呼んだ、自身以外の3人が纏めてお陀仏とはどういうことだ。何のための助っ人だ。

 

「んで、風呂敷の男児。名前は聞いてもよろしいか」

 

 お茶を飲んでほう、と一息ついたところで、そう問われた。

 

「し、不死川 玄弥……です」

「ああ、やっぱり。あいつの弟か」

「! 兄貴がそう言ってたんですか?」

「いや。肉質が似てるからそう思っただけ」

「肉質……」

 

 少しばかり期待していた分、落とされてがくりと肩が落ちる。しかも、肉質とはどういうことだ。

 

「まあ、その肉もなんだか人間離れしている気がするが……。どちらかというと鬼に近い」

 

 じ、と旭が玄弥を見つめる。玄弥はその視線から逃げるように少し体を仰け反らせたが、それまで。

 

「君は鬼を喰ってるな?」

「っ……」

「図星か」

 

 玄弥が体を硬直させる。それを見て肯定だと取った。

 

「な、なんで……」

「何百年か前に鬼喰いしてた隊士が居たと聞いたことがある。産屋敷邸から貸し出して頂いた本に書いてあった」

 

 もきゅ、と団子を頬張った後、彼女は言った。

 

「まあ、好きにすれば?」

「は?」

「なんだったら私の継子になるといい」

「は!?」

 

 まさかの言葉に玄弥は前のめりになった。ついでに獪岳もギョッとしていた。

 

「いや、あの……怒らないんですか?」

「何を?」

「……鬼を喰って、鬼殺をしてること、とか」

「……んー」

 

 旭は目線を逸らし、考えるように唸っていたが、すぐに顔を元の位置に戻した。

 

「君が人間に戻れるのならいいと思う」

「!」

「強いて助言するならば、私みたいな鬼とも人とも取れない生き物にはならない方がいいなぁ」

「……それって、あなたも鬼喰いしてるってことですか?」

 

 玄弥が呟くように問いかけると、旭は目をぱちくりとさせた。

 

(え? なんか違った? いやでも、そういうことだろ?)

 

 お館様の書物で鬼喰いについて調べて、鬼と似た再生力なども持っているような口振りだった……と思う。

 玄弥が何を言えば良いのかとわたわたしていると、旭は眉を寄せて問いかけた。

 

「……風呂敷くん。君、悲鳴嶼さんから私のことなんて聞いた」

「え?」

 

 玄弥もきょとんとして悲鳴嶼の言動を思い返す。

 

「……柱の1人で、柱とお館様以外で知っている人はいない特殊な立場の人だと聞きました」

 

 答えると、旭は怪訝そうな顔をした。

 

「……それだけ?」

「それだけです」

「本当に?」

「本当です」

 

 一体何の確認なのだろうか。玄弥が眉を寄せて首をかしげると、旭も眉を寄せて「じゃあどこから聞いたんだ、あの赫灼の男児……」と呟いている。

 

「あの……」

「うがーーー!」

「おっ…!?」

 

 何の話ですか、と問おうとした瞬間、玄弥の背後から雄叫びが聞こえた。肩を跳ね上げて振り向く。旭も目の前の(ふすま)を見る。獪岳はそれに加えて舌打ちをした。

 一瞬の静寂。

 直後、ドタドタと慌ただしい足音と共に襖が踏み倒された。

 そして、現れたのは気絶していた3人である。

 

「勝負! 勝負ぅーー!」

「伊之助! 人様の家で暴れるんじゃない!」

「うるせぇ止めるな権八郎! ビー玉女はどこ行きやがった紋逸!」

「善逸な!? いつになったら覚えるの!?」

 

「……また随分と元気そうだな。心配不要だったか」

「……すいません」

 

 呟く旭に玄弥は冷や汗をだらだら流しながら縮こまるしかなかった。

 

 

 

*****

 

 

 

 ダン、と湯呑みを机に叩きつけるように置かれた。

 その湯呑みの前にいた善逸はびくりと肩を跳ね上げてガタガタと震え始める。

 

「……粗茶ですが」

「ど、どうも……」

「あ"?」

「ひいっ!?」

「獪岳」

「……ちっ。とっとと飲んで帰れ。雑魚カスが」

 

 底冷えするような声での敬語は、善逸には恐怖ものだった。茶を運んだ獪岳は旭に諫められ、不機嫌そうに舌打ちをして言葉を吐き捨てる。それに善逸が首を縦にぶんぶんと振れば、再び舌打ちして旭に「そいつらが帰ったら稽古つけてください」と一礼して部屋から出ていった。善逸と同じ空間に居るのも嫌らしい。

 その嫌いっぷりには炭治郎も苦笑いするばかり。

 

「善逸の兄弟子は気難しい人なんだな」

「どこがだよ怖いわぁぁぁ!! なんか嫉妬やら嫌悪やらやばい執着の音ばっかするしぃぃ!! だけどあの美女に尊敬やら心配とかそんな不安っぽい音させてるしなんなのどうなってんのぉ!? あの人本当にあの獪岳なの!? 逆に心配なんだけど!?」

(どんだけ嫌いなんだ、あの人……)

「おい、ビー玉 朝子! もっとこの甘いやつ持ってこい!」

「誰だそれは。私は日向 旭。これが饅頭」

「マンジュー持ってこい!」

「私のやるから大人しくしてくれ。猪頭」

「お前いい奴だな! 子分にしてやる! 俺様のことは親分と呼べ、いいな!」

「はいはい、親分」

 

 一通りわちゃわちゃした後、ようやく真剣な雰囲気になる。

 

「赫灼の男児」

「はい! 竈門(かまど) 炭治郎(たんじろう)です!」

「ああ、そう。日向 旭だ」

 

 はきはきとした応答に煉獄の姿が重なったが、すぐさま消去する。

 

「で、君は誰から聞いた。柱の誰だ、それともお館様か」

「? 何の話ですか?」

「は?」

 

 炭治郎が本当に不思議そうに見つめてくるため、旭の眉間に皺が寄る。

 

「……じゃあ、何故初対面で私が鬼舞辻 無惨だと?」

「……はい?」

「え」

「お」

「ん?」

 

 旭以外の全員が固まり、直後戦闘態勢に入った。

 

「鬼舞辻 無惨って鬼の大将でしょ!? 頂点でしょ!? いやーーーー!! なんっで鬼殺隊にいるんだよぉ!? なんで誰も気づいてないの!? 獪岳も獪岳で馬鹿すぎない!?」

「こいつ倒せばいいのか!? 首を斬りゃあいいんだな!?」

「ま、まさか本当にあの鬼舞辻 無惨なのか……!?」

「匂いがなんとなく似ている気がしたからもしかしたらと思ったけど……! いやでも、この人は……」

 

 善逸は刀を構えてガタガタ震えながら一番後ろに下がり、伊之助は鼻息荒くして両手に刃溢れが酷い刀を。玄弥は片手に銃を、炭治郎は半信半疑のように刀を構えている。

 それを見て旭は頭を抱えて待ったをかける。

 どうやら誤解しているようだ。今の言い方では彼女が鬼舞辻 無惨だとも聞こえてしまう。

 

「あー、待て待て。今のは私の言い方が悪かった」

「問答無用だこのボケカスがぁぁぁあ!! その首叩き斬ってやる!!」

「待て伊之助!」

「ああん!?」

 

 伊之助は叫び散らしながら刀を振り上げた。炭治郎が止めれば不満そうに叫ぶ。

 

「なんで止めるんだ炭治郎! こいつが鬼の中で一番偉いやつなんだろ!?」

「この人は違うんだ! 俺は鬼舞辻に会ってるから分かる! この人からは鬼舞辻の匂いが、何よりも血の匂いがしない!」

 

 炭治郎は他者と比べて鼻が利く。そのうえ、鬼舞辻と1度遭遇している。

 彼女が鬼舞辻本人だとは思っていなかった。

 

「じゃあなんで鬼舞辻だっつったんだ!?」

「髪質と目と雰囲気がちょっと似ていた!! 誤解させてすまない!!」

「癖っ毛なんだ。ほっとけ」

「すいません!!」

 

 ゴツン、と机に頭を叩きつけるほど頭を下げて非礼を詫びる炭治郎に、旭はため息を吐いた。そのため息をどう捉えたのか、炭治郎は冷や汗をだらだら溢して顔を青ざめながら謝った。

 

「嫌……でしたよね! そりゃそうですよね!? すいません! 本っ当に申し訳ない! いくら似ているとはいえ鬼を作り出す元凶と似ているなんて……!」

「いや、むしろ似てて当然だと思う」

「……へ?」

「血の繋がりがあるからな」

 

 あっけらかんと告げる旭に、再び旭以外の全員が固まる。

 

「………それは、どういう」

 

 なんとか言葉を絞り出した炭治郎に、旭はどこか自嘲気味に口を開いた。

 

 

「鬼舞辻 無惨は私の父であり、私は鬼舞辻 無惨の娘なんだ」

 

 

 どうだ、気持ち悪いだろう。

 そう言って旭は笑った。

 

「少し……私の話をしようか。首を斬りたいと言うのなら別に避けもしないし、話を聞きたくないと言うのなら帰ればいいし」

 

 4人は顔を見合わせると元の位置に座った。

 

 

 

*****

 

 

 

 先程とは違う、どこか神妙な雰囲気。もう誰も騒いではいない。あの伊之助も大人しく座っていた。旭は口を開いた。

 

「さっきも言ったけど、私は鬼舞辻 無惨の娘だ。鬼と人間の女から産まれた子供」

「でも……鬼ってそもそも子供は作れるんですか?」

「体組織は違うだろうが、元々鬼は人なんだから作ろうと思えば作れるんじゃないか? しかも、鬼を作り出すことができる鬼舞辻 無惨が父親だからねぇ。他の鬼とは根本的に違うだろうし」

 

 鬼とは元人間。それを考えればあり得ない話ではない。にわかに信じがたいが、それでも目の前にはその“事実”が存在している。

 

「えっと……じゃあ、日向さんは……人間、なんですか?」

 

 手を挙げておそるおそる質問するのは善逸。

 

「……いや」

「ひっ、やっぱり鬼!?」

「それがどちらとも言えないんだ」

 

 旭は怠そうにため息を吐く。

 

「精液は血液から出来ているというのは知ってるか?」

「んグっ」

「うん?」

「あ、気にしないでください。ウブなだけなんで」

 

 玄弥が空気を喉につっかえさせた。善逸がさりげなく話を進めるように促した。

 

「……まあ、簡潔に言うとだ。鬼の血を継いでいることには変わりないんだ。そのせいで五感は他者より優れているし体の再生力や身体能力も並外れている。欠損や内臓破裂も時間が経てば元通りに戻る。でも……だからと言って、人肉や血を好むかと言えば食べないし、日光に当たっても死にはしない」

「……だから、鬼とも人とも取れないって」

「そういうこと」

 

 鬼と人の間の、中途半端な生き物。

 鬼かと問われれば違うと言える。かといって、人間かと問われても違うと言える。

 

「しかも、鬼舞辻の血を引いてるせいで鬼には狙われやすいし……知ってるかい? 強い鬼ほど鬼舞辻の血を多く体に含んでいる。つまり、体の半分は鬼舞辻の血である私を一囓りでも鬼にされたら……」

「鬼がすげぇ強くなるってことか!」

 

 なんとも面倒な体質を持ってしまったものだ。稀血の中でも更に特殊な稀血。しかも、鬼舞辻の血を継いでいるせいで1滴でも鬼に血を渡せば増強させてしまう。

 

「だからこうして鬼殺隊に入って自己防衛してるって訳なんだけども……お館様から“鬼柱(おにばしら)”なんて仰々しい称号というか地位まで頂いて……申し訳なさしかない」

「? それの何がいけないんですか? お館様ですから不公平なことはしていないと思いますけど」

 

 平等公平、慈愛の権化とも呼べるお館様こと産屋敷(うぶやしき) 輝哉(かがや)。そのカリスマ性や人を纏める才能は群を抜いている。

 炭治郎にはお館様は鬼である禰豆子を公に認めてもらった恩がある。そんな心が広く寛容な彼が「鬼舞辻 無惨の血を引いているから」と言って、旭を差別するとは思わなかった。

 

「……実力があることは証明できようが、私が鬼舞辻の傘下ではないという証明は出来ないだろう」

「……あ」

「鬼舞辻が自分の血を引いた人間の子供を使って鬼滅隊を壊滅させようとしていたらどうする? もしくは内部偵察をしているとか、だ」

 

 それもまた、有り得る話だ。零とは言い切れない。

 旭は嗤う。自らを嘲るように。

 

「鬼舞辻の娘だからと首を斬られても文句は言わないし恨まない。そもそも人間を恨むような立場ではない。私の存在自体が罪。償うにはより多くの鬼を斬り、人間から罵倒を浴びるくらいだろうし。私のような人間擬きが人間に認められているということが、奇跡に等しい」

 

 しかし、炭治郎達は何故かそれを否定した。

 

「そんなことないです! だってあなたは嘘の匂いがしない! 鬼舞辻みたいな嫌な匂いはしない!」

「誠実な音がするし……それに、鬼舞辻に従うならそんな優しい音はさせてないと思い……ます」

「お前はなんか嫌じゃねぇし、お前は俺様の子分だろうが!」

「お前だけ趣旨ずれてんだろ。そこはこの人が裏切らないから大丈夫だ、でいいんだよ」

「だから、大丈夫です! 信じます! あなたが頑張ったから柱として認められたんでしょう? それを否定しないでください。悪いのは鬼舞辻なんだから!」

 

 匂いで、音で、感覚で……。何より、彼女は鬼舞辻の間者だとは思えなかった。

 初対面で鬼舞辻と間違えた炭治郎を殴り飛ばすほどには憎悪していることは分かる。鬼舞辻の血を、鬼殺隊の憎悪と嫌悪の矛先である鬼舞辻の血を引いている自分を侮蔑していることは分かる。

 4人が“人間”だからと尊重して、丁寧に扱ってくれる所に彼女の優しさを感じたのだ。鬼舞辻の配下であるわけがない。

 一方で旭はぽかんとしていた。ぱちぱち、と2度瞬きするとぎこちなく頷いた。

 

「……そこまで人間の君達に言ってもらえると非常に光栄だが、信用されても困る」

「どうしてですか?」

「私が鬼舞辻の血族だから」

「だからそれは……」

「まあ聞け、赫灼の男児」

「炭治郎です!」

 

 炭治郎が不服そうな顔をしているのを見て、旭は息を吐いた。

 

「君達の言い分も分からないではないが、鬼舞辻は仮にも鬼の大将なんだ。私自身も用心しなければならない」

 

 いくら鬼舞辻の配下ではないとはいえ、血を継いでいるのは事実。自身の知らない所で、彼の掌の上で遊ばれているかもしれない、と危惧するのは悪いことではない。

 

糞親父(きぶつじ)の血は鬼を作り出す元凶そのもの。その血を継ぐ私にどのような呪いがかけられているか分からない。私の行動や言動が鬼殺隊全体の命に関わることになるかもしれない」

 

 だからこそ慎重に、できる限り己のことを知っていかなければならない。

 

「だから、私は柱であっても柱合会議でお館様の屋敷には絶対行かないし、自ら柱だと言い広めるつもりもない」

「なんでお館様の屋敷に行かないんですか?」

「鬼舞辻が何らかの血鬼術で私の位置を把握していたら困るだろうが。私に何かしら仕込んであったらどうする。責任が取れないだろう」

 

 ごもっともである。

 鬼舞辻の呪いを目の前で見たことがある炭治郎は生唾を飲み込んだ。

 旭は何度目かも分からないため息を吐いた。

 

「それでも私に関わってくる阿呆がいるから困るんだが……」

「?」

「ああ、いや……こっちの話だ。気にするな」

 

 はあ、と再び息を吐いて旭はぬるくなった茶を飲んだ。

 

「つまらない話を聞いてもらってすまない。そろそろ帰らないと日が沈む」

「え? あ、本当だ!」

 

 旭が外を見れば夕焼けが目に映る。思っていたよりも時間が経つのが早かった。

 彼女は「玄関まで送ろう」と立ち上がった。

 

 

 

*****

 

 

 

「道は分かるか?」

「はい! お菓子までくださってありがとうございます!」

 

 炭治郎が代表して感謝を述べた。

 1人1つずつ金平糖の入った袋を渡したのだ。

 

「日向さん、甘いものが好きなんですねぇ! 今度一緒においしい甘味処行きません?」

「ビー玉女! 次は必ず勝ってやるからな! 覚えとけ!」

「考えとくよ。ああ、それと……風呂敷くん」

「! ……何ですか」

 

 旭は顔をだるだるに緩ませている善逸と人差し指を立てて宣言する伊之助を見た後、玄弥に目を向けた。

 もう“風呂敷くん”で固定されているのだろうか。旭は少し微笑んで告げる。

 

「継子の件、その気になったら来なよ」

「へ?」

 

 玄弥は少しの間ぽかんとしていたが、慌てて口を開く。

 

「で、でも俺、その……呼吸が使えなくて」

「ああ、そうなの」

「っ……」

 

 どこか驚いたような旭の相槌に唇を噛み締める玄弥。しかし、次の言葉に衝撃を受けた。

 

「まあ、大丈夫だろ」

「……はい?」

「私が扱うのは鬼の呼吸。私が、私による、私のための呼吸法」

 

 旭は淡々と言う。

 

「君は鬼喰いをしているなら、鬼の状態で使える(・・・・・・・・)()を作ればいいだけで、別に呼吸が使えずとも問題ないと思う」

 

 目をぱちくりさせていた玄弥をしっかりと見据えて言う旭。彼にはどうやらそんな発想は無かったらしい。

 鬼になることを前提で新たな流派を作る……旭だからこそ考えることができる、新たな道だった。

 

「お、俺でも使えるんですか!? その、鬼の呼吸ってやつ!」

「呼吸法は無理かもしれないけど、型なら教えられると思う。なんだったら君に合わせて作っても構わない」

「……」

「どうする?」

 

 考えたこともなかった。自身が、呼吸の才能のない自分が、呼吸を扱えるかもしれないということを。

 矛盾しているかもしれないが、その好機が今、目の前にぶら下がっている。ここで逃すようなことはしたくなかった。

 でも……。

 

「でも、その……悲鳴嶼さんが……」

 

 今までお世話になった悲鳴嶼のことが気にかかる。曲がりなりにも彼の弟子なのだ。真面目な玄弥が悩んでいると、旭はくっ、と吹き出した。

 

「なぁに、別に住み込みが決定している訳でも今すぐ決めろと言っている訳でもない。必ずしも1人の継子であれという隊律もない。悲鳴嶼さんと話し合って後日、稽古を受けるかどうか決めてもらって構わない」

「そ、そうですか……。分かりました」

 

 ほっ、と胸を撫で下ろす玄弥に炭治郎が笑顔が言った。

 

「やったな、玄弥! 修行、頑張るんだぞ!」

「え、あ……そ、そうだな……?」

「てんめぇふざけんな! こんな美女に手取り足取り教えてもらうなんて羨ましい! ずるい! 俺と獪岳入れ換えてもらいたい!!」

「なんだ? 良いことなのか?」

 

 わいわいと賑やかになる4人を慈愛のこもった目で見つめる旭。

 

「それじゃあ、失礼します!」

「また来ますね! 日向さぁぁん!」

「次はぜってぇ勝つからな!」

「ありがとうございました……」 

 

 4人が走り去っていくのを、旭は見つめた後屋敷へと戻る。獪岳が稽古場で待っているだろう。首や肩周りを回して、彼女はそこへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 後日談、其の壱。

 

***

 

「日向ぁぁぁぁ!!」

「うおっ!?」

 

 ドギャッ!! という凄まじい音がして門が蹴り開けられた。衝撃で壊れてしまい、ギイギイと風に揺られて動いている。

 庭の掃除をしていた獪岳がぎょっとして箒の柄を握り潰した。……後で買いに行かなければ。

 現れたのはいつもに増して凶悪面をした風柱の不死川(しなずがわ) 実弥(さねみ)である。

 彼は血走った目で周りを見渡した後、獪岳を発見。彼へと近寄っていく。

 

「テメェ、あいつの継子だったなァ。あの馬鹿はどこにいる」

「……旭さんなら岩柱の所へ行きましたが」

「チィッ。どこかですれ違ったなあの腐れアマ。……邪魔したなァ」

 

 そう言うと、すぐさま消えた風柱。

 まさに局所的な嵐が過ぎ去ったごとくである。

 獪岳は壊れた門と箒を見つめて、ビキリと額に青筋を浮かべた。

 

「……後でしこたま請求してやる助平柱……!」

 

 師範を馬鹿にした風柱に、密かに殺意を抱いた獪岳であった。

 ちなみにこの後、実弥に追いかけ回されることを鬼柱は知らない。

 

 

 

*****

 

 後日談、其の弐。

 

***

 

「南無……。私の弟子が迷惑をかける……」

「別に」

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」

(え、俺死ぬのか……?)

 

 岩柱の屋敷……と言うより、大きい小屋と言った方がしっくり来る場所にて。

 岩柱こと悲鳴嶼(ひめじま) 行冥(ぎょうめい)の眼前には2人の人物。

 1人は癖のある捻れた黒髪の女、鬼柱こと日向 旭。

 そして、両側頭部を刈り込んだ特徴的な髪型をした青少年、不死川 玄弥である。

 

「じゃあ、これからは私が岩柱邸に来た時に稽古をつけるということでよろしいか?」

「問題ない……」

 

 玄弥は旭の継子になることを決意。しかし、悲鳴嶼にも恩があるため、それを返すためにも岩柱邸から通うことにした。

 ……のだが、鬼舞辻や他の鬼に己の位置を悟らせないために旭の屋敷は複数あり、色々と面倒だった。

 そのため、旭が岩柱邸に赴き、訓練をするという方向に収まったのだった。

 

「すいません、俺の都合に合わせてもらって……」

「子供は大人に面倒をかけるもんだし、風呂敷くんが気にすることはない」

「旭、そろそろ名前で呼んでやれ……」

「んあ?」

 

 旭は初対面の人を名前で呼ばず、特徴や第一印象で決める癖があった。本人がそう呼んでくれと頼めば、勿論名前で呼ぶが。

 

「……呼んでいいのかい?」

「あっ……は、はい。そっちの方がいい、です」

 

 何よりかは、とは言わない。

 

「玄弥」

「んン"っ…!(胸を押さえる)」

「……玄弥? どうした」

「い、いえ、気にしないで、ください……」

 

 思ったよりも破壊力抜群だった。

 名前呼びは思春期には少し早かったのかもしれない。

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