その柱、鬼子につき。   作:瑠璃色砂糖月

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4話「蝶屋敷でお茶会開催」

 旭は蝶屋敷の前に居た。

 先日約束した診察と不死川の1件のお礼でやってきたのだ。手には先程和菓子屋で買った和菓子と玉露、そして獪岳お手製のお菓子の入った重箱があった。

 最近、継子の料理能力が限界突破している。試食として最初に摘まんだ時、あまりの美味しさに目を剥いた。継子の顔を二度見したら「気持ち悪い顔しないでください」と冷めた目で見られた。

 ……彼は料理店でも開くつもりなのだろうか。そうならば間違いなく常連客になるのだが。

 

「ごめんください」

「どなたですか!」

 

 玄関から呼び掛ければ、ハキハキとした声の女子が現れた。

 蝶の髪飾りで二つ結びをしている、青い瞳の女子だ。着ているのは鬼殺隊の隊服である。

 蝶屋敷で働いている者の1人、神埼(かんざき) アオイである。

 彼女は旭の姿を見ると目を見開いて一瞬頬を緩めたが、すぐさまきりりと顔を引き締めた。ついでに「こほん」と1度咳をして旭に会釈する。

 

「日向さん、こんにちは」

「こんにちは。忙しい中申し訳ない。胡蝶 カナエ殿はいらっしゃいますか」

「はい。話はカナエ様から聞いています。どうぞあがってください」

「では、失礼して」

 

 形式的なやり取りをして、旭は玄関をあがる。

 先立つアオイの後ろを旭が追っていく。そこで旭は不思議そうに目の前に立つアオイを見つめた。

 

「……神埼」

「っ、はい。何か」

「君はどうしてそこまで緊張しているんだ」

 

 旭の五感は並外れている。

 心音や筋肉、関節などの動きによる音は勿論聞こえている。本人の体調や感情によって少しずつ体臭も違う。

 アオイから感じ取れるのは緊張と不安である。

 それを問えば、アオイの体が硬直する。

 

「それは、あなたが……っ」

「私が?」

「っ! …っいえ、なんでもありません。お気になさらずとも結構です!」

「? ……そうか」

 

 アオイの言葉と態度に旭は首を捻りつつも気にすることではないと判断してそれ以上聞かなかった。

 ただ、心音が太鼓のごとく鳴っているのが気になった。……動悸だろうか。こころなしか体温も上昇している。……病気だろうか。

 

(……び、びっくりした……!!)

 

 一方でアオイは、旭の心配をよそに、必死に顔の火照りを静めようとしていた。

 熱い。とにかく顔が熱い。汗がだらだら出ている。

 

(まさか、日向さんから声をかけられるなんて……!)

 

 この女、旭のファンであった。

 胡蝶姉妹達に向ける感情が感謝や尊敬と呼ばれるものならば、旭に向ける感情は羨望と憧れである。

 冷静沈着でどこか影のある美人。冨岡とはまた別の、あの謎めいた雰囲気がとても色っぽくて、つい見惚れてしまう。……失礼、比べる相手が悪かった。天と地ほどの差があった。

 閑話休題。

 とにかく、アオイの身の回りに居る女性でも、彼女だけがとても輝いて見えたのだ。おそらくそれは、身の回りに旭のような女性が居なかったからだろう。

 旭は胡蝶姉妹のように常に微笑んでいる訳ではないし、甘露寺のように明るく接しやすい人柄でもない。

 それが新鮮だったのだ。

 カナエやしのぶとはまた違う、あの大人びた冷たい鉄のような女性らしさ。

 甘露寺とは全然違う、暗くて孤独な影のある雰囲気。

 なのに時折見せるあの笑みが、いや時折だからこそあの微笑みがとてつもなく極上で……! しかもなんか他者から向けられる感情に鈍くて理解できていないあの感じがなんか可愛らしくて……!

 そこが妙にアオイのツボに嵌まってしまった。

 

「ああ、そうだ。甘味を持ってきたから後で蝶屋敷の女性陣で食べると良い」

「ありがとうございます」

「神埼達も毎日隊士達を看病していて凄いな」

「いえ。私はこれくらいしか出来ませんので」

「だとしても、だ。これだけ大勢の怪我人の治療をして大変だろうに……冗談抜きで私は君達を尊敬している」

(あれ、今日は私の命日でしたっけ……?)

 

 なんのご褒美だろうか。憧れの人にこんなに褒められるなんて……。

 

(……夢でも見ているのかしら)

 

 アオイは頬をつねった。痛かったので現実だと理解した。

 

「………。……~~~~っ!!?」

 

 途端にアオイの顔がボフン、という擬音が似合うほど赤色に染まる。更に言葉にならない悲鳴をあげそうになって、必死で口の中に押し留めた。

 

「!? ど、どうした? 突然立ち止まって……何か叫ばなかったか?」

「い、いえ……空耳ではっ……?」

「は? いや、今のは確実に……」

「つ、着きました! 中でカナエ様がお待ちですので! 私はまだやることがありますので! これで失礼させていただきます!」

 

 1つの部屋……カナエの自室に案内したアオイは顔を見られないように……何より、憧れの彼女にこれ以上醜態を晒さないように立ち去ることを即断。体を90度に曲げて綺麗な一礼をしてみせた。

 アオイの惚れ惚れするお辞儀に気圧されるように後退(あとずさ)った旭。アオイはそのまま立ち去ろうとしたが、そうはいかない。

 旭はアオイの手を取ると、ぐい、と引き寄せて、もう片方の手でするりと後頭部を撫でた。

 

「はぇ? ……え"っ?」

「……熱があるな。瞳も通常より少し……脈も速い」

 

 アオイの目の前に旭の顔があった。しかも、額同士が触れ合っている。旭の赤い、柘榴のような濃い色の瞳にアオイの顔が映っているのがはっきりと分かった。更に、後頭部を覆っていた大きくて白い手が頚に添えられ、頸動脈辺りを押さえている。

 

「~~~!? っ~!? っあ……!? (触れ……え、触れ!? 顔近いしいい匂いするし肌もすべすべでちょっと低温なのが気持ちいい! え、これが現実? 都合がいい幻じゃなくて? え、ええぇえぇぇええ?)」

「具合が悪いなら無理して働く必要はないだろう。言えた身では無いが、まずは自己管理をしなければ怪我人を預かる身としては……」

「い……」

「い?」

「いやあああああああ!!」

「ぶっ!?」

 

 アオイ、キャパオーバー。

 耐えきれず旭の顔面に張り手を炸裂させた。

 直後、逃走。

 後に残ったのは顔にじんじんと痛む紅葉を貼りつけた旭だけである。アオイは鬼殺をしていないと言えども、藤襲山での最終選別を突破した女子である。その辺の女子より筋力は高い。

 旭が呆けていると、すぐ傍の扉が荒く開かれる。カナエの自室の扉である。

 現れたのは黒の長髪をツインテールにしている儚い雰囲気を醸し出す、長身の女性。

 元花柱の胡蝶(こちょう) カナエである。

 

「ど、どうしたの!? 今、アオイの悲鳴、が……。……あら?」

「……カナエか」

 

 ゆっくりとカナエの方を振り向く旭はどこか気が沈んでいるように見えた。

 それを見て、カナエは何かを察すると、ころころと可愛らしく笑った。

 

「あらあら、アオイったら、旭さんの天然男前行動にびっくりしちゃったのね」

「言っている意味がよく分からないのだが」

「うふふ、こっちの話よ。さっ、今日は1日屋敷に居てくれるのよね? 沢山お話しましょっ♪」

「いやでも……神埼は大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。あの子、あなたの言動行動に慣れてなくて照れてるだけだから♪」

「? ……はあ」

 

 花が咲くような笑みを浮かべたカナエは、旭の腕を引いて自室へと誘う。旭は終始納得のいかないような顔をしていたが、渋々部屋の中に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう駄目……。嫌われた、絶対に嫌われた。もう2度と私の名前を呼んでくれない……」

「だ、大丈夫ですよ! 旭さんはすごく優しいですから!」

「そうですよ! 素直に謝ったらいつもみたいに頭なでてくれますから!」

「おいしいお菓子もきっとくれます!」

「それはそれで3人が羨ましい……。うぅ、私にはそんな上級なことが出来るはずがない……」

「「「ええっ!?」」」

 

 厨房まで駆けた直後落ち込むアオイ。事情を聞いたすみ・きよ・なほの3人娘が必死に彼女を元気づけていた。ここまであからさまに落ち込むアオイの姿なんて滅多に見たことがないため、かなり不安だったのだ。そして、励ました結果更に泣かれるという悪循環。

 これには3人娘もたじたじである。

 

 

「あらあら、何か面白そうなお話をしていますね」

 

 

 そこへ現れたのは現柱の1人である、蟲柱の胡蝶(こちょう) しのぶ。

 彼女は天女を思わせる慈愛の微笑みを浮かべながら、4人の元へやってきた。

 3人娘がパァッと顔を輝かせて、しのぶに状況を説明した。それを「ふむふむ」と頷きながら聞く彼女。

 そして、人差し指を立ててにっこりと笑った。

 

「そういうことなら、私でもお力になれそうです」

「「「本当ですか!?」」」

「ええ。うふふ……♪」

 

 ……何やら旭にとって面倒事が起きそうである。

 

 

 

*****

 

 

 

「それでね、旭さんっ、あの時カナヲがね!」

「そうだな……」

 

 カナエの話というのは、大抵がカナヲやしのぶ、そしてアオイ達の日常生活のことだった。血生臭い仕事をしている中で、これほど暖かい日常を垣間見ることができるというのはある意味奇跡なのかもしれない。

 旭も初めこそ固くなってカナエの話を聞いていたのだが、どこか微笑ましい話を聞いている内に表情が緩んでいき、自身の継子である獪岳の話も少しばかり提供するようになった。

 女子会、と言うよりはお互いの日常を教え合っているだけの会話である。それだけでも旭もカナエも満たされた。

 

「しのぶも知ってるでしょ? カナヲってあんなに可愛かったのよねぇ!」

「そうですね、姉さん。カナヲも少しずつ自分の思いを言えるようになってきて嬉しいばかりです」

「旭さん、差し入れありがとうございます」

「大事に食べますねっ」

「旭さん、お茶のお代わりいかがですか?」

「ああ、ありがとう……」

 

 ……しのぶ達が来るまでは。

 

 会話がある程度進んだ時、しのぶ並びにアオイと3人娘がカナエの部屋に乱入してきたのだ。

 

『……しのぶ』

『旭さん、こんにちは。姉さん、私達も一緒にお話しても?』

『は? 私()だと?』

『ええ、勿論!』

『え"っ』

『あら、何かいけなかった?』

『……いや、大丈夫だ』

『うふふ、それじゃあ失礼しますね♪ 許可が出ましたよ。皆もおいで』

『『『失礼します!』』』

『……失礼します』

『あらあら、沢山来たわねぇ。人数分、椅子はあったかしら?』

『大丈夫ですよ。ちゃんと持参しましたから』

『しのぶったら、最初からこうするつもりだったのねぇ』

『うふふふふ♪』

 

「……さん。…さひさん。旭さんっ」

「はえっ?」

 

 腕をちょんちょんとつつかれて、びくりとして肩を揺らす旭。見れば、隣に座っていたすみが心配そうに彼女を見ていた。

 先程の一連の流れを思い出している内に深いところまで思考が飛んでいたようだ。旭はパチパチと2度瞬きして、ぎこちなく口元を緩めた。

 

「……どうした?」

「しのぶ様が旭さんに質問を……」

「そうですよ、旭さん」

 

 カナエの隣に座っていたしのぶがにっこりと笑う。旭はその笑みに何か得体の知れない悪寒を感じて、お茶が注がれた湯呑みに手を伸ばす。

 

「……すまない。聞いていなかったから、もう一度言って貰ってよろしいか」

「先日、不死川さんと逢い引きしていたそうですね」

「ぶっ!?」

「えっ!? 不死川君と!? なになにその話! お願い詳しく聞かせて!」

「げぇっほ! えほっ、ごほっ!」

「だ、大丈夫ですか? 日向さん」

 

 目をキラキラさせた乙女が身を乗り出し、旭の両肩をがっちり掴んだ。その間も噎せ込む旭をアオイがおそるおそる背中を擦る。

 

「いつの間に不死川君とそんなに仲良しになったの!? もう付き合ってる? 交際してる!?」

「ち、ちが、うぶ……待て、揺らすな。酔う。嘔吐()く」

「きゃっ、ごめんなさい!」

 

 ひゃっ、とカナエが元の位置に戻る。

 旭が口を手の甲で押さえて気分を落ち着かせながら、ちらりとカナエ達を見遣ると目を輝かせて今か今かと話を待っていた。心なしかうずうずしているように見える。

 こういう恋愛話を聞きたがる所は実に女らしいと思うのだが、話のネタが自分だと言うのが複雑な心境だ。

 ちなみに言い出しっぺのしのぶは人を食ったような笑みで旭を見ていた。

 それを見て悟る。

 

(……こいつ、わざとか)

「そんなに熱い目で見ないでくださいな。いくら私でも照れちゃいます」

「……」

 

 じとっとした非難めいた視線が熱いわけがない。どちらかと言うと冷めている。

 旭はため息を吐くと、先日の逢い引きの真相を話した。

 

「……任務の一環だ。別に交際している訳でもないし、好き合ってる訳でもない」

「え~? そうなの? 不死川君とくっつくと思ってドキドキしたのに……」

「不死川と私が? ……無いだろ」

「いや、充分有り得るわよ」

 

 カナエにきっぱりと言われて、旭は気圧されたように黙る。

 旭も一応実弥と恋仲の場面を考えたが……やはり、全く想像つかなかった。自身よりももっと良い女性は居るだろうと思うし、そこまで好かれているとも思っていなかった。

 

「……精々(せいぜい)同僚程度の仲だろ。いつも言い争っているのを見たことがないのか」

「見てるわよ! ずっと夫婦喧嘩みたいでこっちが恥ずかしいわ!」

「は?」

「ん~、なんて言うのかしら? その……喧嘩っぷるってやつよ! あなた達の関係!」

 

 そんなつもりはさらさらない。

 向こうが隊服をきちんと着ないからそれを注意しているだけだ。それに実弥も言い返してくるから言い返しているだけで……最終的には「表出ろやァ!」と刀を抜き刃を交わすことになる。

 

 ……それが夫婦喧嘩?

 

「……カナエ、しのぶに目を見てもらった方が良いのでは?」

「あ、姉さんの目は正常ですよ。旭さんの感覚がおかしいだけです」

「今日は何時(いつ)にも増して毒舌だな」

「いつも言えないことを言ってるだけですけど」

 

 にこにこと非常に、とてつもなく楽しそうに笑いながら毒を吐くしのぶに、旭の口の端が引き攣った。

 鬱憤でも溜まっているのだろうか……いや、溜まっているのだろう。旭は怪我の手当てを独自で行い、蝶屋敷に全く来ない人物の1人だ。助けたいのに助けられないというこの焦れったさを旭は知らないのだ。

 

 ならば今、その報いを受けさせてもいいのでは?

 

 しのぶは楽しそうに笑いながら(2度目)旭をからかっていた。

 

「そういえば宇随さんや煉獄さんにも求婚されているんですよね? 色好い返事は出来たんですか?」

「しのぶ、お前……!」

「あっ、そういえばそうじゃない! 2人とは何か進展はあったの? まさかもう2人で逢瀬なんて……」

「してないやってないする気もないし断ってる」

「えぇ~……」

「何故そんなに残念そうな顔をする。やめてくれ」

 

 旭は顔をげんなりさせる。

 今彼女の脳裏には「嫁に来い!」と迫ってくる2人の姿が浮かんでいる。

 

「宇随とは任務だろうが何だろうが、絶対に2人で出掛けないと心に決めている。既婚者から求婚されるなんてあの3人の嫁に失礼だろう。下手せずとも浮気だと思われる。私のせいであの4人の仲が悪くなるなど私はごめんだ」

「あそこはもう1人くらいお嫁さんが増えても誰も文句は言わないと思うけれど……」

「カナエの口からそんな言葉が出るとは思わなんだが」

 

 さらっと言われた重婚を認める言葉に旭がギョッとした。

 どうしたカナエ、いつの間に彼らに絆されている。何か弱みでも握られたのか。それとも買収されたのか。

 

「だって宇随さん達は仲良いじゃない? 宇随さんも甲斐性あるから先に結婚したとか後に結婚したとか関係なく全員愛してくれるわよ」

「いや、まあ……宇随達が器量が良いのは認めるが」

 

 1度宇随に誘われて、彼の屋敷にお邪魔したことがある。「嫁達に悪いから」と断ったのだが、その嫁達から「気にしませんから~」と言われて屋敷に渋々あがらせてもらったのだ。

 実際、彼らの醸し出す雰囲気は旭にとっても心地良いものだったし、嫁達も旭のことを受け入れてくれた。

 帰りの際にその嫁達に別れを惜しまれたくらいだ。旭ももう少しこの日溜まりのような感覚に身を委ねたいと思ったが、それだと宇随達に迷惑をかけると己を律してその場を後にした。

 

「しかしやはり、夫が他の女に夢中になるのは駄目だろう」

「固いわねぇ」

「いや、この御時世で一夫多妻制は認められてないだろう」

「あら、でも明治くらいまでは一夫多妻でも認められてたじゃない」

「それまでは、な。今は違う」

 

 今度は旭がきっぱりと言い切る番だった。カナエはむう、と頬を膨らませていたが、すぐに微笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、煉獄君は? 彼は独り身だし好青年だし、旭さんのことを本気で好きだって言ってるじゃない!」

 

 そう簡単にはカナエを躱すことはできなかった。旭はうんざりしていたが、それでも答えようと口を開く辺り、人が良いのだろう。押しに弱いとも言えるが。

 

「彼は私のような人擬きの女と一緒になるような人じゃないだろう。彼にも彼の家族にも迷惑だ」

「そんなこと無いわよ。もう、旭さんはいっつも自己評価低いわよね」

「? 普通だろう」

「いーえっ。旭さんはもっと自分のことを評価しなきゃ駄目よ。旭さんは自分を卑下するの癖になっちゃってるわ」

「……はあ」

 

 今度はぷんぷんと怒り始めるカナエ。

 旭は意味が分からず生返事を返すことしか出来ない。強いて言うならば感情豊かなのは良いことだ、と思うくらいで。

 

(……こういう女子を高嶺の花、と言うんだろうな)

 

 笑顔も怒り顔も素敵な女性だからな。

 そんなことを考えながら、旭は茶を啜り茶菓子を口に放り込んだ───

 

「そうだわ! 私達で旭さんの良いところを教えてあげる!」

「は?」

 

 ───所で、突拍子もないことを言い出すカナエに旭は固まった。

 彼女は「名案だわ!」と両手を合わせてまさに花のような笑顔を浮かべている。

 ……名案、というよりは()案だと思ったのは旭だけだろうか。どうなればそうなるのだろう。

 

(……そういえば、いつかの不死川が言っていたな。「胡蝶姉の頭の中はお花畑だ」と)

「ん~、そうねぇ。どういう順番で言うべきなのかしら。やっぱり初めは私からの方がいい?」

「こっ恥ずかしいからやめてくれ」

「では、私から言いましょうか?」

「しのぶお前聞いていたか?」

 

 しのぶはにこにこ笑いながら言う。

 

「旭さんは凄く頑張り屋さんです。私がいくら休めと言っても必ず屋敷から抜け出して刀を振り、監視用の鴉を使っても必ず撒いて山に籠ったりと……頑張り過ぎてちょっと不安になるくらいです」

「最早良いところではなく愚痴だよな」

 

 最初からかなりどぎつい毒が放たれた。

 旭がつい声を出すと、しのぶは笑顔のまま少しばかり首を傾ける。

 

「あら、そう聞こえました? それは失礼を。でも、本当に感心しているんですよ? あなたを心配しているからこそ、消毒したり包帯を巻いたりしてあげたいのに、全然蝶屋敷に来ないんですから。頑固さは柱随一なのかもしれませんね」

 

 褒められているのか、それとも「もっと休んでもっと蝶屋敷に来て怪我の手当てをさせろ」と言われているのか、旭には分からなかった。

 

「……善処はする」

「はい、お待ちしています。じゃあ次、言いたい人は?」

「「「はい!」」」

「はい、どうぞ」

 

 ピシッと手を上げたのはすみ・きよ・なほの3人娘である。……3人で1人判定なのだろうか。それでも違和感がないことに少し驚いた。

 

「旭さんの手はとても優しくて大好きです! すべすべしてて白くて柔らかくてとってもきれいです!」

「いつもほめたりねぎらったりしてくれます! お菓子もたくさんくれます!」

「私達では手が届かないものでもいやな顔せずとってくれますし、お手伝いもしてくれます! この間も頼んだらぎゅってしてもらったし撫でてもらいました! 面倒見が良くて大好きです!」

 

 全力で旭を殺しに来ているのだろうか。

 人だから首が斬れないし純粋だから嘘をついていないため、ある意味鬼より強敵だった。物理的に黙らせることができない。だから、言葉を聞き流そうと努力するしかできない。

 旭が顔を掌で覆うように隠すが、赤くなった耳は隠れきっていない。

 この女、褒められ慣れていないためか、結構照れている。

 

「はい! じゃあ次は私ね!」

 

 間髪いれずにカナエが声をあげる。

 

「旭さんって凄くかっこいいしかわいいわ。鬼殺の時は凛としてて、冷静だけどどこか熱い感じなのに、休みの時は甘味を幸せそうに食べるしちょっと抜けてるところとか鈍感な所があるの。その……ギャップって言うのかしら? そことか私、大好きなの! 公私混同とかしない感じがとっても好き! それにね、平気で男前な言動をするじゃない? 同じ女性なのについ恋愛的に好きになっちゃいそうで……!」

 

 もうそろそろやめてやらないと。旭が瀕死寸前である。羞恥で。精神的にそろそろ死ぬのではないだろうか。これが所謂(いわゆる)恥ずか死ぬというやつか。

 

「姉さん、そろそろアオイに……」

「あら、ごめんなさいね。正直まだ言い足りてないんだけど……」

(あれでか!?)

 

 心の中で絶叫して目を剥く旭。

 もしカナエと2人きりでこの話題になってしまったら、旭はそれを延々と聞き続けることになったのだろうか。そこだけはしのぶの乱入に感謝した。

 

「ほら、アオイも旭さんの良いところを言ってあげて」

「あ、えぇと……あの、その~……。………うぅ」

「いつも思っていることをぶちまければ良いんですよ。今ならどんな言葉でも旭さんが受け止めてくれますから」

 

 旭が隣のアオイを横目で見れば、顔を赤くして体を縮ませていた。

 人の前で己の意見を言うのが苦手な子だっただろうか、と旭が内心不思議に思う。

 アオイはきびきびしていて働き者だし、相手が男だろうが隊士だろうが強気な態度を崩さない人間だ。勿論、個性が強い柱などの例外はあるが。

 

(……やはり、体調が悪いのでは?)

 

 憧れのお方の隣のうえに「その人の良いところを言え」と言われてとてつもなく緊張していることにはやっぱり気づいていない。

 

「……神埼。気分が悪いのなら自室に戻っても」

「いいえ。むしろ気分はとてつもなく良いです。お気遣いなく」

 

 食い気味に言われた言葉に旭は黙るしかない。アオイは覚悟を決めたように赤い顔をきりっとさせて、旭に向き直る。

 

「日向さん」

「あ、はい」

 

 旭もアオイに向き直り、元々伸びていた背筋を更にしゃんと伸ばす。

 

「……あなたはとても魅力的な女性です」

「……ありがとう、でいいのか?」

「気配り上手で優しくて褒め上手で、頼めば何でもやってくれるし、失敗しても怒りもしません」

「はあ……」

「料理も上手で掃除洗濯も完璧。きっと良いお嫁さんになるのでしょうね。羨ましい限りです」

「それは買い被りすぎだろう。そこまでできた生き物では……」

「冷静沈着でどこか闇があるような雰囲気も素敵です。冷徹に見えて、でも甘味を頬張って幸せそうに頬を緩めるお姿を見かけた時にはあまりの可愛らしさに身悶えしました」

「……うん?」

「癖のある黒髪も鮮血のような瞳も魔性の色香があってとても美しいです。白い陶磁器のような肌はすみも言っていたように綺麗ですし、どうすればそれほど調子を整えられるのか不思議で仕方ありません」

「神埼、どうした」

「あなたはよく御自分を卑下なさいますが、とんでもありません。もっと自信を持って堂々としてください」

「………」

「返事は」

「はい」

 

 気圧されて旭は少し身を引く。これほど饒舌なアオイは見たことがなかった。

 すると、アオイは立ち上がり、全員に向かって頭を下げた。

 

「私、やることがありますのでこれにて失礼させていただきます」

「そうですか。頑張ってくださいね」

「はい」

 

 カナエや3人娘もアオイの饒舌ぶりに驚いていたが、唯一しのぶは笑顔でアオイに応えた。

 アオイは心の中のものをほとんどぶちまけたことに対して羞恥を覚え、早くこの部屋から退出したかった。できることなら旭の顔も見たくない。きっと自身のことを「気持ち悪い」と思っているに違いない。言葉に出さずとも表情や目で分かってしまう。見たくなかった。

 

「あ、日向さん」

「はい」

 

 旭が反射的にアオイに返事をすると、アオイは少し頬を赤らめて、目を旭と合わせずに言う。

 

「……全て、本心です」

「……。あ、はい」

「それと先程、顔に平手打ちをしてしまいすいませんでした」

「?」

 

 アオイが旭に向かって頭を下げるので、彼女は首をかしげた。そして、カナエの部屋に入る前のことかと思い出す。

 

「謝ってもらわずとも結構だ。あれは私が何かを無意識にやらかしたのだろう。君に謝ってもらう必要はない」

「ですが……」

「くどいぞ」

 

 ぴしゃりと言った旭にアオイは息を飲む。

 旭は硬直したアオイの姿を見て、ため息を吐いた。

 

「なら、ここに座れ」

「は?」

 

 とんとん、と手で叩かれたのは先程までアオイが座っていた椅子である。アオイが困惑していると、旭は告げる。

 

「まだ茶会は終わっていないからな。最後まで付き合え」

「ですが用事が……」

「後で君の用事にも付き合ってやる。2人でやればすぐに終わるだろう。今は私の我が儘を聞いてはもらえないか」

「っ……」

 

 僅かに口の端を上げてほんのりと微笑む旭の頼みを聞けない女がどこに居ようか。居たら是非とも教えてくれ、この色気を無効化する(すべ)をご教授願いたい。

 アオイはそんなことを思いながら、ふらふらと操られるかのように腰を下ろした。

 

「ほんと、旭さんは天然たらしよねぇ」

「そうですよね。そこら辺の馬の骨より男前です。性別を間違えたんじゃないですか?」

「?」

 

 そういうところだぞ、旭。

 胡蝶姉妹はため息を吐く。旭は首をかしげる。

 

 女性だけの茶会は続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 後日談、其の壱。

 

***

 

 旭が蝶屋敷に行く前のことである。

 

「旭さん」

「んあ?」

 

 旭の継子である獪岳が師匠に声をかける。両手にはお盆、その盆の上には大福が2つ乗った皿と抹茶があった。

 旭は覚醒仕切っていない頭でそれを数秒ほど眺め、獪岳に目を向ける。

 彼はそれに応えず、黙々と盆の上の皿と湯呑みを彼女の眼前の机に置いた。

 

「……獪岳?」

「今日は蝶屋敷に行かれると聞いていたので、茶菓子として大福を作りました」

「はあ……。待て、作った? これを?」

「試食を所望します。あと感想を」

 

 聞き流そうとした言葉を再度頭の中で噛み砕き、ギョッとした旭。

 目の前の大福……非常に出来映えがよく見えた。下手すれば店頭に並んでいてもおかしくない。

 旭が目の前の獪岳を見れば、至極真剣そうな顔で……いや、「早く食え」と言わんばかりの顔をしていた。

 旭はおそるおそる大福に手を伸ばす。

 

「……んっ」

 

 もっちりとした感触と中の餡の舌触りが絶妙だった。こしてある餡子もそこまで甘ったるくなく、どちらかと言えば控えめな甘さ。

 外の餅の層も固くなく柔らかい。作りたてだからだろうか、薄く伸ばされているのに弾力があってとても食べがいがある。

 旭が思わず獪岳と大福を見比べると、「気持ち悪い顔しないでください」とめちゃくちゃ冷めた目で見られた。

 1つ目の大福を2口で食べ終えると、抹茶に手を伸ばした。程よい苦味が口の中の甘さを取り払ってくれる。

 口の中の甘味を取り払った後、2つ目の大福に手を伸ばした。

 こちらは餅に抹茶が練り込まれていて、緑色の大福だった。ほんのりと苦味があって、中の餡と相性がいい。

 抹茶を飲み干した後、彼女はほう、と息を吐く。顔は幸せそうに緩んでおり、どこかうっとりとしていた。

 

「凄く美味しかった。店に出ていてもおかしくない」

「そうですか。なら味の方は大丈夫なようですね。持っていかれてください」

「分かった」

「一応店でも買っておいた方が良いですよ。出来る限り形の良いものは入れておきますけど、全て成功している訳でもないので」

「分かった」

 

 獪岳は台所に戻ると、早速重箱に手作りした大福を入れ始めた。

 

「それにしても……獪岳がそこまで料理が好きだとは思わなかった」

「は?」

「ん、違うのか?」

「……」

 

 獪岳は違う、と心の中で否定した。

 旭が自身の手料理を警戒なく、とても幸せそうに食べてくれるから、もっと美味しいものを提供したいと思っただけで。

 どうせなら、俺が作ったものだけしか受け入れられないようにしたいだけで。

 俺を、俺だけをもっと褒めてもらいたい、見ていてもらいたいだけで。

 

「……まあ、そんな所です」

 

 やっと見つけた、俺を認めてくれた人。

 

 ほんの少しばかり歪んだ、強烈な承認欲求を旭には直接告げずに、獪岳は黙々と茶菓子の準備をしていた。

 

 

 

*****

 

 後日談、其の弐。

 

***

 

 蝶屋敷にて。

 茶会が終わり、旭は縁側で夕焼け色の蝶がひらひらと舞っている所を眺めていた。

 その時、視界に1人の少女が入り込む。

 白い羽織、黒髪を1つに結っている見目麗しいが、顔に微笑みを貼りつけた女子である。

 

「ん、栗落花(つゆり)じゃないか」

「! ………」

 

 栗落花(つゆり) カナヲ。

 胡蝶姉妹の義妹(いもうと)であり、しのぶの継子でもある。

 ぺこりとカナヲが頭を下げる。

 旭も同じように会釈すると、ちょいちょいと手招きをした。

 それに従い、カナヲは旭の傍へとやって来る。

 とんとん、と隣を旭が叩けば、それに従いカナヲは縁側にちょこんと座る。

 

「任務か」

「……(頷く)」

「お疲れ様。大変だったろう」

「……♪」

 

 労いの言葉ににこにこと笑うカナヲ。それを見て旭も微笑んだ。

 カナヲは旭の傍に居ることが好きだった。

 会話を無理に行おうとはせずに、必要最低限の言葉だけで済ませ、後は何も言わずに、何もせずに寄り添ってくれる。

 それだけなのだが、安心感に包まれる。とても心地よい空間だった。

 

「旭さん!」

「!」

「アオイか」

「……!」

 

 そこへ乱入してきたのはアオイである。

 彼女は旭を見つけると駆け寄り、息を整えると頭を下げる。

 

「……先程は私事(わたくしごと)に付き合ってくださりありがとうございます。お陰で早く終わりました」

「気にするな。私も無理に茶会に誘ってすまなかった。アオイの予定を狂わせてしまっただろう」

「いえ、そんなことは……幸せでしたし」

「ん?」

「いえ、何も」

 

 ぼそりと呟かれた言葉。それもしっかり聞こえている旭だが、本人が素知らぬ顔をするなら特段気にするようなことでもないのだろう、と忘れることにした。

 アオイは頭を上げて、そこでようやくカナヲの存在に気づいた。

 

「カナヲ、任務お疲れ様。怪我はない?」

「……」

 

 首を縦に振るカナヲにホッとするアオイ。

 アオイは再度旭に向き直り、軽く頭を下げた。

 

「それでは、私はこれから夕食の準備がありますので」

「ああ、頑張れ」

「っ……失礼します」

「……」

 

 アオイは素早くその場から立ち去った。

 旭はそれを見て、そろそろ屋敷に戻ろうかと腰を上げた。

 

「それじゃあ、栗落花。私は……、ん?」

「………」

 

 カナヲはじぃ……、と旭を見ている。いや、見つめている。それに旭が首をかしげていると、カナヲはコインを取り出し、それを親指で跳ね上げた。

 パシッ、という音と共に手の甲で受け止め、その上から掌を乗せる。

 旭も見つめる中、そっとコインの上の掌を外す。

 

「……裏だな」

「………」

 

 呟いた旭。カナヲをそれを凝視した。

 直後、もう一度コインを弾く。

 何故もう一回、と旭が不思議そうにカナヲの行動を見ていると、今度のコインは表だった。

 

「……あの」

「? どうした」

「どうして、アオイのことをアオイって呼んでるの?」

「……ん?」

 

 どうやら、コインは話しかけるか否かのものだったらしい。おそらく表が“話す”で裏が“話さない”だったのだろう。

 それはおいといてだ。今の質問はいまいち掴めない。

 旭が首をかしげると、カナヲは更に言う。

 

「……前は、神埼って…呼んでた」

「……ああ」

 

 それでようやく質問の意味を理解する。

 旭は今までアオイのことを“神埼”と、苗字で呼んでいた。

 しかし、先程、旭はアオイのことを“アオイ”と名前で呼んでいた。

 それを不思議に思って、カナヲは今旭に問いかけたのだ。

 

「まあ……大した話では無いんだが……」

 

 茶会の際、アオイのことを苗字で呼んでいることを3人娘に問われたのだ。

 

『どうして、アオイさんを苗字で呼んでいるんですか?』

 

 特に理由という理由は無い。実際、宇随や不死川といった柱の人も苗字で呼んでいる。呼んでいないのは苗字が被っていて識別ができない兄弟姉妹や苗字を知らない者、勝手にあだ名を決めている者だけである。

 ただ、強いて言うならば、距離感があるからだろうか。旭は自身が人間ではないと認識しているため、無意識的に距離を取ろうとする。

 そのため、苗字で呼んだり第一印象などからあだ名を決めたりするのである。

 とはいえ、その本人から頼まれたのならば別だ。名前で呼ぶし、そう呼んでほしいあだ名があるなら、余程変でなければそう呼ぶ。

 現に、伊之助のことは「親分」と呼んでいた。

 ちなみに3人娘は初めこそ苗字で呼んでいたが、「名前で呼んでほしいです」と言われたため呼んでいる。

 意外とすぐ呼び方は変えてくれるのだ。

 

「アオイから名前で呼ばれ慣れているから、そう呼んでほしいと言われてな」

「……」

 

 経緯を軽く説明した後、そう簡潔に纏めた旭。カナヲはそれを聞いた後、再び口を開く。

 

「……アオイも、旭さんって」

「本人からそう呼んでもいいかと問われた。だから了承した」

「……そう」

 

 カナヲは目を伏せる。

 何故だろう。蝶屋敷で唯一、自分だけが苗字で呼ばれている気がする。その事実に対して、とてつもない焦燥感が襲ってきた。

 自分だけ仲間外れにされている……そう思うと居ても立ってもいられなくなるような、そんな感情が胸に渦巻いた。

 

「……」

 

 コインで決める。

 “表”が出たら聞いてみる。“裏”が出たら……と、そこまで考えて、カナヲはコインを弾こうとする親指を止めた。

 ……これは、自分で決めなくては。

 いつまでもコインに、日向さんに甘えていたら駄目だ。

 これは、自分で言わないと。自分の意思で。

 いつかの炭治郎が言ってくれた言葉を勇気に、コインを握り締めた。

 

「あ、あのっ!」

「おっ?」

「なま、名前で、呼んでほしいっ」

「う、うん?」

「ぁ、旭さんって、呼びたい! ……です」

「……」

 

 目をきょとん、ぱちくりさせる旭を、カナヲは目を見開いて見つめていた。

 それを見たカナヲはもしかして迷惑だったのか、嫌なのか、と焦った。

 しかし、旭はすぐに表情を和らげ、「ふっ」と吹き出す。そのままくつくつと声を押し殺して肩を震わせた。

 

「……」

「ああ、いや……すまない。随分必死だと思ってな。いやなに、君を貶しているわけではない。可愛らしいと思っただけだ。他意はない」

 

 「頭に触れてもよろしいか」と旭が問うので、カナヲはこくこくと頷いた。

 旭はぽふ、とカナヲの頭を手を置くとそのまま優しく、壊れ物でも扱うように頭を撫で回す。

 

「カナヲ、だったか」

「!」

「アオイにも言ったが、旭と名を呼んでもらえるとは嬉しい限りだ。カナヲさえ良ければそう呼んでもらっても?」

「……あ、旭さん」

「んん……」

 

 旭が慈愛のこもった目をするので、カナヲが頬に朱を差す。

 

「それじゃあ、私も帰ることにする」

「! ……夕食、が、そろそろ、だから」

「悪いな。屋敷で私の弟子が夕餉を作って待っているんだ」

「……そう」

 

 しょんぼりと気を落ち込ませたカナヲに苦笑いしつつ、ぽんぽんと頭に手を置いた。

 

「邪魔や面倒でなければ、今度食事を共にしようか」

「!」

「勿論、蝶屋敷で。それでは駄目だろうか」

 

 ぶんぶんと首を横に振るカナヲ。全然邪魔じゃない。むしろ大歓迎だ。他の皆もきっと承諾してくれる。

 旭も可愛い子には弱いらしい。

 

 

 

 この後、カナヲは嬉しそうにしのぶに報告に行った。

 目が輝いているカナヲから、嬉しい報告を聞いたしのぶはくすくすと笑った。

 弟子の人間らしい成長の嬉しさとと旭の人の良さに対する微笑ましさがこもっていた。

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