俺の家に巫女がいる   作:南蛮うどん

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第十話 かつての出会い

 博麗との出会いは、半年前までに遡る。

 それは満月が夜空で、煌々と輝く深夜の出来事だった。

「今日も仕事、明日も仕事……休日出勤は嫌になるなぁ、本当に」

 仕事帰り。

 しかも、定時はとっくに過ぎていて、労働基準法に違反しちゃう労働時間をこなしてきたこれは、それはもう疲れ切っていた。

 なにせ、俺の仕事は荒事から雑務までなんでもござれの、ブラックを通り越してダークネスな企業だ。給料とか、福祉関係はそれなりに充実しているのだが、一か月に一度の割合で命の危機があるのはいただけないだろう。

「いやいや、それでもちゃんと給料入っているし、サービス残業じゃないんだし」

 必死で会社のいいところを探す俺。

 悪いところを探していたら切りが無い……というか、裏社会系の会社なので、どうしてもネガティブになってしまうのだ。

 だから、たまにこうやって自問自答をしながら、会社の良いところを挙げて行って、精神の安定を保っているのである。

「それに、あの人には恩があるしな」

 加えて、上司が戸籍上の父親なので、どの道逃げようがないという始末。

 まぁ、逃げませんけどね。

 どうせ俺の命なんて、そこら辺の石ころみたいなもんだし。

「あのお月様とは大違いですね、っと」

 同じ石ころでも、あの月は誰もが見上げる物だ。

 誰かに想われて、歌われて、記憶に残る存在だ。

 俺のような小さな石ころとは、格が違う。

「さて、俺はどんな死に方をするのやら」

 幻想に食われて死ぬのか。

 はたまた、交通事故にでもあって、あっさり死ぬのか。

 あるいは、通り魔にでも遭って死ぬのか。

「通り魔は嫌だな」

 さすがにそんな理不尽な死にざまは御免だ。もしも、通り魔に殺されそうになったら、理不尽さに対する怒りで、ついうっかりそいつを殺してしまうかもしれない。

「殺せれば、の話だけど」

 俺より強い奴が相手だったら、当然死ぬに決まっている。

 けれど、俺は許せないのだ。

 火事や事故。あるいは俺の業が招いた因果で死ぬならともかく、俺とはまったく関係ない理由で殺されるのは苛立つ。

 それこそ、殺してやりたいほどに。

「…………ん?」

 自分の死にざまについて思いふけっている最中、ふと気づく。

 頭上で輝く月。

 満月。

 有り得るはずもないが……その月になぜか、ヒビ、というより割れ目が走っているように見えたのだ。

「あれ?」

 両目をこすって、もう一度、月を見上げる。

 有り得ないはずのその現象。

 けれど、その割れ目は次第に広がって、まるで空間が割れていくようで――

 

『ミ・ツ・ケ・タ』

 その割れ目から無数の目がこちらを見た瞬間、俺は意識が強制的に遮断された。

 

 

●●●

 

 

「残念ながら、その人間は殺せないわ、八雲紫」

「どういうことかしら? レミリア・スカーレット」

「ここでこの人間を殺せば、この世界の幻想郷も崩壊する運命を辿るのよ」

「では、どこかで封印を施して監禁すれば?」

「無理ね。幻想郷の外に出た私たちには不可能よ。ほら、既に世界からの排斥が始まって、どんどん力が削られていくのがわかるでしょう?」

「私たちに無理なら、霊夢に望みを託すのはどう?」

「可能かもしれないけれど、運命を完全に改変するには心もとないわ。私たちはあの祟り神を下し、生き残った住民を避難させるのに力を使い過ぎた……」

「それでも、このまま放置するのはありえないわ」

 ぼんやりとした頭で、何も考えられない。

 目の前で起こっていることすら、何も。

 耳に入ってくる言葉も、何も。

「……全て、霊夢の判断に任せましょう。原因を作った私が、あの子に尻拭いをさせるのは忍びないけれど。もう、それしか手段が残っていない」

「そうね。それが一番マシな運命を引き上げる可能性があるわ……と、そろそろこの人間が所属する組織の奴らがやってくるわ」

「今の私たちでは駆逐するのは無理ね。いずれ私たちが消滅することと、いくらかの技術提供で凌がせてもらおうかしら」

「人間相手の交渉は任せるわ。吸血鬼である私には、そういうのは向いてないもの」

 会話は途切れた。

 しばらく静寂な時が流れて――

「起きなさい」

 気づくと、目の前に巫女がいた。

 白と赤を基調とした紅白の巫女服。

それを着ているのは、黒髪で勝気な瞳の女の子。

美しい女の子。

 けれど、俺は魅了されるよりもまず、恐怖が勝った。

「初めまして。アタシは博麗霊夢。今は無き楽園の素敵な巫女よ」

 黒い瞳の、冷たく、渇いた感情が込められた視線が、俺を射抜く。

 

「そして、アンタを殺す者でもあるわ。今日からよろしく」

 

 愛想の欠片も無い声と共に差し出された手を、俺は恐る恐る取った。

 冷たい手だった。

 

 

 これが、俺と博麗の出会いであり、奇妙な同居生活の始まりだった。

 

 


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