俺の家に巫女がいる   作:南蛮うどん

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第二話 カレーの万能さよ

「飽きた」

 同居生活の一週間を過ぎた頃、博麗がぽつりと言った。

 昼ご飯である二日目のカレーライスを完食した後に、淀んだ瞳で俺を見据えて。

「飽きたって何がですか? この生活に?」

「食生活に」

「えー、ちゃんと俺が全部作っているじゃないですかー」

「…………全部カレーじゃない」

 じゃきん、とスプーンを博麗は俺の目の前に突き出す。

 これはあれですね。下手なことを言ったら、そのまま眼球を刳り貫かれるとか、そういう感じの脅しでしょう。

「待って。確かに俺はここ一週間、全てカレー料理だった。しかし、レパートリーは工夫し、時に甘口、中辛、激辛と、味のバリエーションを――」

「でも、全部カレーじゃない」

 はい、カレーです。

 なんで俺がこんなにカレー料理ばかり作っているかというと、ちゃんとした理由がある。それは……ぶっちゃけ、俺はカレー料理以外の料理はまともに作れないのだ。それというのも、母親が重度のカレー中毒で、家庭料理の思い出はほとんどカレー色に染まっているからである。当然、母親からしか料理を習ったことのない俺は、カレー関連以外の料理は作れない。頑張って、レシピを見ながら作ったとしても、出来は小学生の『初めてのお料理以下』だろうさ。

「わかった、博麗さん。君の要求は正当だ、考慮しよう」

 なので、これは仕方がない判断だ。

 俺は物置から、とっておきの秘密兵器を取り出し、テーブルの上に置く。

「これから三食の間に、カップラーメンをはさも――――」

 ひゅがっ!!

 なんか物凄い音がしたかと思うと、カップラーメンの容器にスプーンが刺さっていた。いや、よく見ると、俺の手前ぐらいの位置で、テーブルの表面が何かによって刳り貫かれている。おいおい、マジかよ。

「料理は手作り。妥協は許さないわ」

「せめて、外食とコンビニ弁当はありにしてくれませんかねぇ!?」

「前者は許す。後者は許さない」

「うぐぐぐ……全国の独身男性を支えているのに、コンビニ弁当……」

 どうやら、博麗は大量生産品を許さない主義らしい。多分、幻想郷とやらでは、三食全部手料理みたいな生活をしていたのだろう。だから、ただお湯を注いで終わり、とか、レンジで温めて、はいお食べ、みたいな食事に違和感を持っているのだ。

 けれど、よく考えてみれば、それは正当な感性だ。

 生き物を食材にして、食材を料理にして、それを食べるという行為は非常に面倒である。そして、その面倒さこそ、生きているという行為そのものだ、多分。

「わかった、わかったよ、博麗さん。博麗さんもなんだかんだできちんと食費を入れてくれているし……ほんと、どうやって手に入れた金か分からないけど、ちゃんと貰っているし……これからはカレー以外も作ることにするよ」

「……そう」

「その代わり!」

 ぐい、と俺はテーブルに身を乗り出して博麗に言う。

「博麗さんが俺に料理を教えてよ」

「なんでそうなるのよ?」

 博麗は冷たい視線を俺に突き刺してくるが、ここは怯まない。あちらが正当な要求をするのなら、こちらは正当な応答をするだけだ。

「あれ? 博麗さんって料理はできるよね? 幻想郷では基本、自分のご飯は自分で作っていたって聞いたんだけど……紫さんに」

「……だから?」

「俺が作る料理に文句があるのなら、納得する腕になるまで君が教えればいい」

 俺の提案に、博麗さんは一瞬呆気に取られたように目を丸くしたけれど、直ぐにその目つきは鋭く戻った。

「冗談にしては、悪趣味ね」

「同居を先に提案したのは博麗さんだ。悪趣味を始めたのは君だ。なら、最後まで悪趣味である責任があるんじゃないですか?」

「…………」

 無言で数秒間、博麗さんは僕を見つめた。

 眼球から、腹の底まで見透かすような、容赦なく、冷たい目をしていた。

「わかったわ」

 返答はため息と共に吐き出される。

「ただし、アタシは和食しか教えられないわよ」

「十分。カレー料理とローテーションすれば、それなりに充実した食生活になります」

「人に物を教えるのなんて滅多にしないから。わかりづらくても文句は言わないこと」

「もちろんですとも」

「……ねぇ」

「はい?」

「アンタ、なんでそんなに嬉しそうなの?」

 博麗にジト目で尋ねられて、俺は気づく。

 そういえば、俺は今、笑っているのだと。自分でも不思議だ。この場面は横暴な同居人からやっと妥協を引き出したところで、まだ勝ち誇れる段階でもないのに。では、安堵か? それも違う。博麗と共に暮らしている限り、俺に安堵の時間なんてありえない。

 ならば、何だ?

「…………ああ」

 ふと、湧き上がるように幼い頃の思い出が脳裏に過った。

 まだ楽しかった頃。

 父親が居て、母親が居て、両方とも普通に笑えていたころに、俺は料理を初めて習った。初めの料理は、カレー。食材は不揃いで不格好だらけだったけれど、カレールーは偉大だった。そんな下手くそな料理人が揃えた食材でも、食える味にしてくれる。

 きっと、だからなんだ。

「博麗さん。俺が嬉しそうだと思うのならきっと、楽しみだからですよ」

「料理を教えられるのが? アンタ、料理が好きなの?」

「いいえ」

 自分でも今気づいたところだけれど。

「俺はどうやら、誰かに料理を教えてもらうのが好きみたいなんですよ」

「…………アンタは――」

 博麗は何かを言いかけて、止める。

 そして、呆れたような口調で、こう言い換えた。

「アンタは幸せ者ね」

 少なくとも、俺にそんなことを言える博麗よりは……なーんて、口が裂けて言えるわけがない。だから、曖昧に笑って答えるだけにした。

 

 

●●●

 

 

 夕食の買い出しのついでに、少しばかり野暮用を済ませることにした。

 場所は、町から少し外れた県立病院。そこの入院病棟。最近は風邪が流行っているらしいので、マスクをきちんと着けて、受付のお姉さんにご挨拶。

「親戚のお姉さんの見舞いです」

 適当に嘘を吐いて、俺は階段を上がっていく。

 エレベーターは嫌いだから乗らない。あの浮遊感が、どうしても俺は気に入らないのだ。だから、どんなに面倒でも、時間がかかっても、俺は階段で上るようにしている。

 見舞い品は、白玉餡蜜や、桃のゼリーなど、食べやすい物数点。まぁ、定期的に来るようにしているのだし。あまり高い物を押し付けるのも良くないはずだ。

「さて」

 目当ての病室の前に着いた。

 個室だ。

 名札のところには『八雲紫』と書かれている。

 ドアを軽くノックすると、しばらくして「どうぞ」と、鈴の音の鳴るような声が返ってきた。

「やぁ、八雲さん、こんにちは。お見舞いに来ました」

「あらあら、それは申し訳ないわねぇ」

 病室のベッドの上には、金髪の女性が体を起こしていた。

 病院服の上からでもわかる豊満なプロポーションと、妖しい美貌。微笑を向けるだけで、世の男どもの心を、いともたやすく弄ぶことが可能だろう、この人なら。

 まぁ、正確には人ではないらしいのだけれど。

「食べやすい物を選んで買ってきました。食欲ある時にでもどうぞ」

「ありがとう。でも、面倒ではないかしら? 霊夢の家事もやっているのでしょう?」

「あっはっは。一週間もすれば慣れますってば」

 朗らかに談笑を交わす、俺と紫さん。

 いやぁ、出会った当初は殺し合いを繰り広げた仲とは思いませんなぁ、まったく。

「ご加減の方はどうです?」

「どうにもならないわ。このままだと、緩やかに死んでいくだけね」

「こっちにいるのが辛いのなら、能力を使って、どこかの世界軸の幻想郷で休憩してくればいいじゃないですか」

 博麗から聞いた、紫さんの能力なら、それが可能なはずだ。

 けれど、紫さんは静かに首を横に振る。

「もう無理なの。元々力の強い妖怪の分だけ、こちらでは制限を受けるみたいね。ろくに境界を弄ることもできないわ」

「そりゃ残念」

「…………私がこの調子なら、ほかの生き残りはどうなっているのかしらね?」

 首を傾げて、紫さんは弱々しく微笑んだ。

 その微笑みで、俺は思い出す。俺がここに来た野暮用を。

 

「そういえば、吸血鬼さんは死んだみたいですよ」

 

「……えっ」

 目を丸めて、唖然とする紫さん。

 珍しいな、この人がこんな表情をするなんて。

「知り合いが、『レミリア・スカーレット』の死亡を確認しました。吸血鬼らしく、最後は灰になって死んだみたいです。とりあえず、その灰は保管しているので、後で持ってきますよ」

 旧知の仲間が死んだ所為か、紫さんの視線が泳いでいる。

 まさか、でも、やはり、どうして、ぶつぶつと何かを小さくつぶやいた後、

「わかったわ、教えてくれてありがとう」

 仮面のように美しい笑顔を被り、俺に応えた。

「どうしたしまして」

 俺も笑い返す。

 笑顔はコミュニケーションの基本らしいから。

「ねぇ?」

「なんです?」

 紫さんは、唇を三日月に歪めて俺に告げる。

「貴方が生まれてこなければよかったのに」

 妖しく笑っている癖に、今にも泣きそうな声で告げる。

「俺もそう思っていますよ」

 多分、生まれた瞬間から、この時までずっと。

 

 

 


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