俺の家に巫女がいる   作:南蛮うどん

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二か月ほど入院してました、こんちくしょう。
暇だったので、完結まで書き進めましたとさ。
週刊ペースで予約投稿していく予定です。


第六話 たまの贅沢は心の栄養だ

 金に不自由しているわけではない俺だが、基本的には質素倹約を心がけている。

 人生は死ぬまでの暇つぶしが座右の銘の俺だが、別に早死にしたいわけではないので、贅沢はほどほどにしているのだ。幸いなことに、高価な物を揃える趣味も、美食にこだわる舌も持ち合わせていないので、毎日、テレビのバラエティを楽しみしながらスーパーの食材を上手くやりくりしているのだ。もちろん、バーゲンセールの時は積極的に利用している。

 しかし、だ。いつも質素倹約を心がけている俺だけれど、たまにはちょっと贅沢をして、心の栄養を補給しておきたい。例えば、ノー残業デイだったはずの水曜日が当然の如く残業になり、そこから徹夜で作業した後なんかは、ご褒美が欲しいのだ。美味い物を食べたいと思ってしまうのだ。

「そんなわけで今日のお昼はお取り寄せした醤油ラーメンです」

「……あの袋に入っていた?」

「そうですよ」

「インスタント?」

 そうだったら、次の瞬間にお前の両目を割り箸で突くという、無言のプレッシャーが博麗から放たれている。なんだよ、なんでそこまでインスタントを嫌うだよ。あれは人類の英知が込められた知的食品なのに。

「いえ、スープや麺などは予め作られているので調理こそ簡単ですが――」

「歯を食いしばりなさい」

「ですがっ! これは『お取り寄せ』です! 断じて、インスタントではありません!」

「…………お取り寄せって、あの?」

「ええ、博麗さんが最近気に入っている漫画にも取り上げられているアレです!」

「……とりあえず、味を見るまで保留ね」

 今日という日のために、あらかじめ博麗に『お寄り止せ』の知識を植え付けておいて本当に良かったと思う。基本、漫画から現世の知識を色々と学んでいる博麗なので、その影響力は馬鹿にできない。特に、バトル系の少年漫画を読んだ後だと、意思疎通に暴力手段が用いられることが多くなるので、本当に馬鹿にできない。

「っと、そろそろ麺が良さそうですね」

 袋に付属されていた説明書通りに調理し、後は付け合わせに作っていたチャーシューと、刻み葱、煮卵などをトッピングして完成である。

「どうです? なかなか美味そうじゃありませんか?」

「食べてみなければわからないわ」

「んじゃ、食べましょう、食べましょう」

 いざ、実食だ。

「…………」

「…………」

 しばし、俺と博麗は無言で麺を啜り続ける。大体、全体の三割ぐらいの麺を啜り終わった頃だろうか、俺はそっと器を置き、ため息を吐く。

「うまいですねぇ、これ」

 いや、本当に。

 それなりに人気があって、何か月も待たなくて大丈夫なお取り寄せの中から、適当に選んだこの醤油ラーメンだったが、かなりの当たりだ。魚介ベースの醤油スープが薫り高く、恐らく、アゴと呼ばれるトビウオの乾物から上手く出汁を取っているのだろう。生臭さがまったく感じられない上に、コクと飲み込んだ後の鼻から通るような風味が素晴らしい。加えて、この細麺事態にも味があり、啜ると、ちゅるちゅると気持ちよく口の中に入り込み、程よいコシで楽しませてくれる。

 まさにこれこそ、口福だ。

「確かに、ちょっとしたものね、これは」

「でしょう?」

 珍しく、博麗が驚いた様子でラーメンを褒めている。

「あっちにはこういうのは少なかったから、珍しいわ」

「へぇ、そういえば幻想郷って基本、和で統一された世界観でしたっけ?」

「そうでもないわ。泉の近くに真っ赤な屋敷があったりするもの」

「真っ赤なのか……趣味を疑いますねぇ」

 それともなんだろうか? 前衛的な芸術の類だったのだろうか? 幻想郷には、この世界から忘れらされようとしている幻想が行き着くというが、さて。

「もしも、このラーメンが人々の記憶から無くなったら……『この世界』の幻想郷に辿り着くかもしれないわね」

「そうですか、そりゃ、幻想郷の人には残念だ」

「……どうして?」

 首を傾げる博麗に、俺は告げる。

「こんなにおいしい物、なかなか忘れられませんよ、人間って。きっと、数百年先まで味を受け継いで……いや、もっと美味しくなっているかもしれませんね」

「数百年って…………いえ、案外大げさじゃないのかもね」

「でしょう? なにせ、うなぎ屋なんかは秘伝のタレを百年以上の歳月を経ても向上させ続けているらしいですからね」

「うなぎ……」

 ずるずるとラーメンを啜りながら、博麗は呟いた。

「次は鰻も食べたいわね」

「いいですね。今度贅沢する時はうなぎ屋にでも行きますか」

「…………ヤツメウナギも置いてあるといいのだけれど」

「ああ、とある妖怪がやってたっていう屋台のアレですか? まぁ、まずありません」

「……そう」

 俺に断言されて、若干、残念そうな博麗。

 いや、無いからな? 普通のうなぎ屋に、あんなグロテスクな存在は置いてないと思うのだよ。しかし、グロテスクと言っても、日本人って普通にタコ食うしなぁ。味は良かったりするのか?

「ヤツメウナギ自体なら、購入することもできますけど、やります? うなぎ料理」

「いいの?」

「構いませんよ、ツテはありますし」

「…………ただの感傷だと、笑わないの?」

 さぁ? 博麗にしては珍しくそうだと思ったが、別に何も笑いはしないし、おかしくも無い。

 だから、俺は尋ね返した。

「笑われるようなことだとでも?」

「いいえ」

「なら、いいじゃないですか、たまには」

 俺たちが贅沢品を食べるように、たまにだったら、らしくないことをしても。それが心の糧になるのなら、きっと間違いじゃない。

「…………ん」

 博麗は頷き、無言でラーメンを食べ進める。

 俺も、野暮なことは何も語らず、ラーメンを食べる。

「ご飯チンしてありますので、ラーメンライスにして食べます? 一応、ネギも刻みますよ?」

「ラー油を取って欲しいわね」

「了解です。次は餃子も作っておくとしましょう」

 結局、俺たちはラーメンのスープまで綺麗に平らげた。

「ご馳走様でした」

「ご馳走様」

 少しばかりの塩分過多な食事だが、後から水分を補給すればとんとんだろう。なんにせよ、成分表には載っていない、大切な心の栄養分を補給できたので何よりだ。

「ねぇ、アンタ」

「なんですか、博麗さん」

「ネットにうなぎのさばき方とか載っているかしら?」

「ありますよ。ついでにそのレシピが載っている料理漫画がありますので、買ってきましょう」

「……面白い? その漫画」

「少なくとも、連載開始から今まで、数十年間忘れられないくらいには」

「それは――期待できそうね」

 では、次の贅沢の日まで、ヤツメウナギの味を想像しながら、過ごすとしようか。

 


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