ボーイ8メンタルアウトアウト   作:真夜中のミネルヴァ

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栃織紅音2

 

 

          ⅩⅡ

 

 

 

 宿舎となっている旅館の個室に落ちついて、束の間ひとりになった操祈は広縁の籐椅子に座り、開いた窓の外の中庭を見下ろしながら来客の訪れを待っていた。

 栃織紅音――を。

 時刻は間もなく九時になるところ。

 消灯時間まではまだ二時間ほどあるが、引率する側としてはその後も生徒たちが寝静まるのを見届けなくてはならず、気を抜けない状態が続く。

 スケジュール通りであれば十一時過ぎからは他の教師二人とのミーティングが十五分ほどあって、その後、入浴、何ごとも無ければ十二時ごろには就寝できる筈なのだが、そんなイー感じになったことはこの三日間で一度も無かった。

 レイとの密やかなデートを終えてしまった今、操祈には残り二日というのが長くて煩わしくも思えてくる。

 その上いま、新たな難題が降り掛かろうとしていて気持ちはさらに沈みがちになっていた。

“あーあ、お酒、飲みたいな……”

 飲酒癖があるわけではなかったが、心にちょっと檄を入れたい気分。もちろん酒類など携行していなかったし、仮に持っていたとしても子供たちをあずかるものとして飲めるわけは無かったが。

“あの子、いったい何を考えているのかしら……”

 結局、バスの中での紅音との件は、車内での別トラブルの発生のために水入りとなり、今夜、再び仕切り直しをすることになっていた。

 その分、考える余裕ができたが、さりとて名案ひとつ浮かんだわけでもない。

 学園都市では精神系の有能力者はレベル1から5までの五段階にカテゴライズされている。

 レベル1は無指向性の受動的テレパスで、ラジオの混信のように多くの人の心の声がノイズのように聞こえてしまう状態である。以前は統合失調症と一緒くたにされて、不必要かつ有害な投薬治療が行われていた例も少なからずあったというが、学園都市では表向き、積極的に能力伸長を行うことで『患者』の社会適合を目指していた。

 レベル2は受動的テレパスではあるが指向性があり、意識的に特定の個人の心の声を聴くことができる状態で、一般的にはこのレベルの能力者以上のものをテレパス、テレパシストと呼ぶ。

 レベル3は、能動的に特定の個人の心の中に侵入して情報を取り出せる能力とされ、レベル2と較べると発生頻度が極端に下がり世界的にもほんの数名程度しか確認されていなかった。

 現在、能力者のほとんどは各国諜報機関等での特殊任務にあたっていると推定されるが、非公表であるため実態は不明である。

 このレベルの能力者に対しては特殊な訓練を受けていない普通の人間は、まず相手を偽ることができない。

 レベル4になると、さらに個人の心に直接作用して記憶情報の制御まで可能となるが、これまで公式に確認された例は緩衝期にあった操祈を除いてはひとつも無かった。そしてレベル5、最強の精神系能力者になると、レベル4の能力をさらに拡張し、広範囲多数の人間に対して心理掌握を行いうるようになる。十二歳から十六歳半ばまでの間の食蜂操祈が唯一の例だ。

 最盛期の操祈は、外部増幅装置(エクステリア)を使わなくても視界に入る人間であれば感情まで制御することができた。

 まさにやりたい放題の状態だったが、操祈の唯一の慰めは、圧倒的ともいえる自らの能力の行使について彼女なりに慎重であり続けたということだ。

 しかし――。

 能力を失って、操祈はいま弱者として若い能力者との対峙を迫られている。

“これも因果応報ということなの?……まぁいいけど……ここはオトナ力でなんとかするしかないわね、とは言ってもねぇ……”

 もし栃織紅音がレベル3以上の能力者であれば、操祈に殆ど勝機は無かった。操祈とレイの二人が行ってきた用心深い行動の一切は無駄になったといえる。操祈はともかくも、レイの心を浸食することは紅音には容易いにちがいないからだ。なによりその機会はこれまでいくらでもあった。

 紅音はレイのクラスメートなのだから。

 仮にそうなってしまった場合に、失点をどこまで抑えられるか?

 リスク管理の問題となるが、操祈に特に目算があるわけではない。

 まさに出たとこ勝負。

 教職を辞することになるのは覚悟している。ただ、大人としてレイだけは守らないといけないと思っていたが、代わりに何かを差し出さなければならないとしたら……はたして自分にはなにができるのだろうか……?

「こっちの手札が平札ばっかりって、なんの冗談なのよぉ……」

 つい愚痴が口からこぼれ、ほっそりと長い指の白い両手に視線を落とした。

「いつからだったかしらね……私がおバカなイブニンググローブをしなくなったのは……」

 ひとりごちる。

 ガラ、ガラ、ガラ、ガラ……。

 躊躇いがちに外の引き戸が開かれる音がして、操祈は柱の掛け時計に目を遣った。

 九時――。

 約束通りの時間だった。

 

 

 

 

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