ⅩⅢ
「……私、操祈先生が恋をされていることには、ずっと以前から気がついていました……私、色でわかるんです……」
操祈は紅音と広縁の椅子にテーブルを挟んで向かい合って座り、少女の話に耳を傾けていた。
いきなり少女は気になることを口にしていた。
色――と。
普通、低位のテレパスは相手の心の中を『声』として感じることはあっても、色として感じることは無かった。それだけでも少女の能力が非凡なものであることが伺えるように思う。
「……そして、そのお相手が近くに、もしかしたら学内に居るのかもしれないってことも、うすうす感じていました。というのは、ときどき先生から女の子が好きな人に逢った時にだけ現れる特有の反応が見えることがあったので……真っ白に輝く幸せの色です……でも、それらしいお相手がなかなかわからなくて……外部からやってくる非常勤の先生たちの中にお知り合いの方が居られるのかなって、様子を窺ってたりしていたんですけど、全部、ハズレで……でもあることがきっかけで、そのお相手が、もしかしたら密森くんかもしれないってことに気づいたんです。あれは……夏休みに入る前でした。先生が音楽室の入口の前に立って中の様子をごらんになっていて……その時、とても白くキラキラ光って見えて……」
「………」
「……操祈先生はすぐにその場を立ち去さられましたけれど、でも私にはとても不可解で、そのあと音楽室に行って中を覗いてみたんです。そうしたら密森くんが一人で椅子に座って楽器の後片付けをしていました。金管楽器をひとつひとつ丁寧に磨きながら……きっと田辺先生から言われてそうしているんだなって、私、彼が最後の授業の終わりに罰ゲームの籤に当たっていたのを知っていましたから……でも、不思議だったのは先生の反応です。些細なことなのに、どうしてあんなに輝いて見えたのか、わけが分りませんでした。もしかしたら私の見え方が変わってきたのかなとか、夏休みの間もいろいろ考えたりしていて……けれどその後も……夏休みを明けて新学期になってからも同じように妙なことがあって……それで……初めはそんなことありえない、私の感じ方がおかしいからだって打ち消していたんです……だって密森くんって先生のタイプにはとても見えなかったから……たしかに密森くんはやさしいし、とってもいい人ですよ。パッと見、冴えないし、ボーッとして見えるけど、でも本当はしっかりしているし。あれでなかなか女子たちの間でも人気があるんですよ。私も大好きですから……私が相談すると、いつも、うんうん、て話をよく聞いてくれて、アドバイスも的確で……」
少女の話には幾つも気になる点があった。
自分の行動が密かにスパイされていたと知るのは、それがたとえ教え子からであったとしても気持ちのいいものではなかったし、話の中味にも女心の琴線に触れることが当然、含まれていた。
敏感である筈の操祈が少女の視線に気がつかなかったのは、恐らく性的な興味や害意といった邪なものがなかったからだろう。
「でも、はっきり確信したのは、さっきです……今日の午後……バスに乗る時……」
操祈の見つめる視線に気づいて、気圧されたように少女は下を向いてしまった。
「心を、覗いたの? あの子の……?」
少女は首を横にふった。
「先生は、きっと勘違いされているんです。私、嘘はついていませんから……私の能力のレベルはせいぜいゼロと1の間程度のささやかなものです」
「でも、あなたには“見える”んでしょ? 他人の心が」
「……見えるというのではなくて……ただ、色として感じる、それだけです……私が分るのは、たぶんその人が持っている感情なんだと思います……」
「あなたメンタリストなの? でもそれはおかしいわ。優れたメンタリストの中には、人の仕草や表情から漏れてくる感情を色として受けとる共感覚者が居るというのは知っているけど。でも、それは能力というより技能に近いものよ。トレーニングによって精度を上げることはできても、人が深く内に秘めた思いにまでは届かない。まして精神系の能力者が必死で隠そうとしているものは……私にはもう殆ど力は残っていないけど、でも私のガードはメンタリストにはもちろん、レベル1の能力者にもこじ開けられない筈のものなの……あなたが高位の能力者でもない限り……」
「私が……私に見えているのは、たぶん、その人の、オーラ……オーラを感じているんだと思います」
「――?!」
少女の告白を聞いて、驚きとともに漸く合点がいった操祈は、籐椅子の背に頭をあずけて眼を閉じた。小さく息を吐く。
安堵と悔恨、そして諦観……さまざまな思いのこもった大人の女のため息を。
喉許を無防備に大きく露わにして、骨細の鎖骨の線が清楚な白無地のブラウスの襟から覗いている。肌はブラウスよりもさらに白く、犯しがたい清潔感をたたえていた。
それを目の当たりにした少女は、まるで見てはいけないものを目にしてしまったようにまた俯いた。
「……紅音さんは精神系の能力者じゃなかったのね……入学時の評価者の判定が間違っていたということかしら……あなたは物理系の能力者よ。人の体から出ているとても微弱な電磁波や化学物質による空間への干渉を、あなたの視覚……恐らく視覚だけじゃなくて五感から得た情報を色に置き換えて感じとっている……」
「……よく、わかりません……ただ昔から、勘がいいとか、人の心を読む気持ちの悪い子だって言われてきたので……母が心理系の能力者だと思いこんでしまったのかもしれません……」
「あなたを前にメンタルガードなんて何の意味も無かったのね……BC兵器を相手に堡塁の壁を強化していたようなものか……そもそも紅音さんには私たちの記憶は見えていなかった……」
操祈はうっかり、私たち――と言ってしまってから自分の迂闊さを責めたが、もう今更、というなかば捨て鉢な気分でもいるのだった。