ボーイ8メンタルアウトアウト   作:真夜中のミネルヴァ

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オーラリーダー

 

          ⅩⅣ

 

 

「それで、あなたにはいったい何が見えているの……?」

「それは……」

 少女は言うべきかどうか迷っている様子になって、操祈は

「かまわないわ、続けてちょうだい」

 と、話を促した。

「まず最初に、あっ、て思ったのは、今日のお昼、大食堂で三クラス合同の昼食を摂っていた時です。操祈先生からは、期待、不安、愛情、を示す色のオーラが平均よりも、かなり多く現れていたように感じました。周りに居た殆ど全ての人からは緑や黄色といった旅行者に特徴的なオーラが見られる中で、先生のオーラには赤やオレンジが混ざっていて、それに白くキラキラしていてとても目立ったんです。それで気になって密森くんを見てみたら、彼もまた他の人たちとは全然違っていて、先生と同じようになっていたので、ああ、やっぱりそうなのかって……」

「………」

「仲のいいカップルではそういうことってよくあるんです。オーラが共鳴するっていうのか……とくにデートの前になると。だからお二人は、午後の自由時間をご一緒に過ごされるおつもりなんだなと思いました」

「偶然、そう見えただけ、とは思わないの?」

「それはありえます……お二方が、それぞれ別の方とのデートを心待ちにしていた、と受け取ることもできますから」

 話を穏便な方向へ誘導しようとする試みは、すぐにあえなく潰されてしまう。

「デートって断定するのはどうして?」

「その……わたしには三歳年上の姉が居るんですけれど、姉を見ていたから判るんです」

「……?……」

「姉が彼氏とお泊まりデートするときは、私にはすぐにわかります。きまって友達の家で試験前の勉強会をするってイイワケして出かけて行きますが、赤や白やピンクのそれはそれは賑やかなオーラを振りまいていて、とても勉強するような感じになんてなっていませんでしたから。たぶん、母も気がついていたんだと思いますけど、でも何も言いませんでした。ウチは父親を昨年、亡くしていて、みんなどこかで心の隙間を埋め合わせるものを探していたと思うので……だから姉の行動もおおめに見られていたんじゃないかなって……私がネットで匿名の浮気調査の請負をするようになったのも、きっかけは父の死でしたから。自分の能力を使うことで、どうにか家計を助けようと思って……これまで二十件以上の顧客の要望に応じてきましたけれど、たぶん、みなさんそれなりに満足されていたと思っています……」

 初耳だった――。

 少女は自分の教え子だったが、まさか裏ではそのような仕事をしていたとは……。

 常盤台では生徒のアルバイトについて特に禁則が定められているわけではなかったが、たとえ匿名であったとしても、いきなり浮気調査というのは、あまりにも子供らしくない。

 要するに少女は、ミドルティーンにして既にこういった類いの問題――男女関係のアレコレについて――のプロ、セミプロ、ということらしい。

 控えめで地味な印象から軽視していたというのではなかったが、操祈は栃織紅音の評価についても、自分が見誤っていたことを認めるしかなかった。

“まったく、ちかごろの子供ときたらっ、大人を大人とも思っていないなんてっ……転がされてる方がわたしって、おかしいでしょっ、どうなってるのよぉ、ヒトのパラメーターの配分をしている連中の、頭のネジが跳んじゃったりしてないっ?”

 そう胸の中で毒づいてから、かつての自分自身がそうであったことを思い出して唇をグッと左右に引き結んだ。

「お話にはまだ続きがあるんでしょ?」

「はい……わたしがいちばん驚いたのは、戻って来られた先生を目にした時なんです。あれほど明るく強く輝いているオーラを見たのは初めてでしたから……だからとても幸せなデートだったんだろうなって……あんなのは姉でも見たことがありません……もっとも、姉の場合はボーイフレンドとは大抵あまり長続きしているようではないので、デートが上手くいって上機嫌でいる方が少なかったんですけど……でも先生は、本当に幸せな時間を過ごされていたんだな、良かったって、思いました。きっとあの後、操祈先生はいつも通りにふるまわれているおつもりだったんでしょう? 誰もそのことには気がついては居ないと思いますよ。でも私は嬉しかったんです……幸せそうな先生を見ていると、自分も幸せな気持ちになれるので……」

 操祈には、自分の感情がダダ漏れ状態であったことを思い知らされて、まためまいがしてくる。

 籐椅子の肘掛けに肘を置き、悩ましげに額に手をやって、じっと少女の話に耳を傾けていたのだが、操祈はおもむろに椅子からたちあがると卓袱台の上にあった急須にポットの湯を注ぎ、緑茶を煎れた湯のみを二つもって籐椅子に戻ってきた。

 茶托にのせた湯のみを二つ、テーブルの上に置くと、すっかり恐縮している様子の少女にも飲むように促し、自分も一口啜る。

 少女は長話をして喉が渇いていたのか湯のみに口をつけると、ぐいっと傾け、喉を鳴らして一気に飲み下した。

「あの……まだお話をつづけても大丈夫ですか……?」

「ええ……あなたにはどこまで見えてしまうのか、興味があるわ……だから続けて……」

 知らずに不安を抱えて過ごすよりも、まだマシ、と思ったからだったが、その判断が正しいかどうか、もう操祈にはどうでもよくなってきていた。どうあっても、この罠から抜け出せる道が無いと判った以上は足掻くよりも成り行きに任せるしかなかった。

「私に見えるオーラでは、白赤混色のピンクの明滅は強い恋愛感情を、そして単色のピンクは強い羞恥を意味しています。これは男性と性的な関係を結んだ後の女性によく現れる色で、どんなカップルでも、セックスをした後の女性からは大なり小なり羞恥、が見られるのが特徴です。でも女性同士のカップルの場合には滅多にあらわれません。先生の場合はどちらも強烈にあらわれていました。それと不安、哀しみ、当惑、罪悪感や後悔といったもの、それから感謝の思いも……。罪悪感や後悔といった反応は不倫関係の男女に良く見られるものですが、先生は独身ですので当てはまりません。妻子ある男性との関係の可能性もありますけど、この場合に女性が罪悪感を感じるケースはむしろ希なので、やっぱり先生の場合に当てはまるのは、生徒との関係になります……先生と生徒、ミドルティーンの少年との性関係、というのであれば、そこに教師として懸念を抱くのは当然ですから。だから、この時点で先生の恋人は密森くんしかありえないってことが分りました……」

 少女の口からセックス、性関係、というストレートな言葉が出てくるというのは、操祈には不自然で不健康なことのように思えるが、この世代の異性間交渉についての常識は、自分たちの世代とは少し違うのではないかという印象も感じ始めていた。

 性に関する知識はレイも尋常なものではなかったからだ。怖いことに、女体に関する知識は、女性である自分よりも通じているのではないかとさえ思ってしまう。

「私がそんなふうに喜んでいる最中、密森くんがひとり遅れて戻ってきたんです……案の定というか、もう有頂天に近いような幸福感の絶頂にあるオーラを放出しまくりで、眩しくて直視できないくらいでした。先生よりもさらに強烈に光り輝いて、マンガみたいにオーラパワーのインフレーションを見せつけられているようで……あのバスの中で幸福いっぱいでいる操祈先生と、それ以上に幸せの絶頂にいる密森くんを見ていて、私もお二人の幸せのお相伴にあずかれたようで、幸せだったんです。良かったな、ぜったいにお二人の幸せはお守りしないといけないなって……ただ……」

 少女は操祈の顔を見上げた。今度は視線をそらさずに操祈をまっすぐに見つめている。

「……ちょっと不思議だなって思ったことがあって……密森くんの幸せオーラが、ほぼフルスコア状態で、尊敬、憧れ、好奇心、探求、達成、勝利、支配といったとても男の子らしい反応があった一方で、先生の方からは、その……後悔や羞恥の他にも、嫌悪や恐れ、屈従というようなネガティブな感情がちらついていたことです。それで……」

 少女は一呼吸置いた。こちらの反応を見届けようとしているのだと操祈には感じられた。だからといって抗う術は、もはやなにも持たない。精神的には丸裸状態にされてしまっている。

「あの……もしかして先生……今日が初めてだったりしますか……?」

 完全にセクハラ質問だったが、相手が同性で、自分よりもはるかに年下の教え子となれば黙過するしかなかった。

 しかも、この少女に偽るのは無理であることを知っている。

 感情を読まれたかどうかはともかく、紅音はそれ以上、操祈を追いつめようというつもりはなかったらしく、

「……だって密森くんは先生にへんなことをするような男の子には見えないから……だから、先生の反応は経験の浅い女性の心の動きなんだと思うので……それに、誘ったのはきっと密森くんの方だったんじゃないかなって思っています……先生の方からじゃなくて……」

 ある点を除けば、ほとんど瑕疵のない正しい推論だった。

 

 

 

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