ボーイ8メンタルアウトアウト   作:真夜中のミネルヴァ

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コンディション2

 

 

 

          ⅩⅦ

 

 

 

「私には、貴方がどうして私たちに良くしようとしてくれるのかが分らないの……私は見返りになるようなものを何も持っていないのに……まさか進路についての便宜でも期待されているのかしらとも思ったのだけれど、成績優秀のあなたにそんなことは必要ないし、そもそも新米教師の私には何の権限もないから……」

「先生のことが大好きだから、というのは理由にはならないのでしょうか? 操祈先生のことを大切に想っているのは密森くんだけじゃないんですよ」

「そういうのって……」

 突然の告白をされたようで操祈は少したじろいだが、その反応に気がついた少女はすぐにそれを打ち消した。

「だからって私、性的マイノリティーではありませんから。先生のことは大好きですけれど性的にという意味ではありませんので」

 納得した操祈は、こくん、と小さく頷いた。

「私にとって操祈先生は、この世界でもっとも美しい女性で、ぜったい幸せになって欲しい人、幸せになってもらわなければならない人なんです。私は先生が傷ついたり悲しんだりする姿を見たくありませんので」

「……私はあなたが期待するような、そんな特別な人間じゃないわ……良くないことだっていっぱいしているし……」

「私、芸術家志望なので、これでも審美眼にはかなり自信があるんですけど、先生は特別ですよ。レベル5以上に出現頻度の稀な特別の中の特別……」

「………」

「はじめ先生は私をとても警戒しておられました。バスの中でも、私がここへ来た時も始めのうちは……そういうのってオーラなんかに頼らなくても感じられることです。きっと私が先生たちを破滅させることができる秘密を握っていると思われたからですよね?……そのことで怖がられられたとしても無理はないと思いますけど、でも私が先生を告発するなんて事は、万にひとつもありえないんです……そんな愚かなことをするなんてことは……」

 少女はきっぱりと宣言した。

「契約として書面にする必要がありますか?」

 操祈は首を振った。

 文書になっていようがいまいが、操祈は既に少女が自分に対して害意を持っていないことを信じている。

 他人を信じる――?

 きっと以前の自分が聞いたら、一笑に付して即座に拒否していたところだろう。

 恥知らずにも、人の心をこじ開けて覗き見るのがあたりまえだった頃の自分には、人を信じるということの意味も価値も全然わかっていなかった。

 喩えるならそれは解答集を見ながら問題集の空欄を埋めていくようなものだ。

 いったいそこにどんな面白さが、値打ちがあるというのだろう?

 物語を結末から読むことに、どんな楽しみがあるのだろうか?

 人は相手が何を思っているか分らないから信じようとするし、信じようとするからこそ胸を焦がすような経験ができる。

 人を想うことは生きていく上でもっとも貴重な体験となるものだ。

 あの愚かな小娘は何も知らず、知ろうとさえしなかったが故に、哀しいほど愚かだった。

 操祈は、もしも力を失わなければ、自分はあのまま生きていたのだろうかと想わずにはいられない。

 人を愛することも、人から愛されることも知らずに、生きて行く――。

 醜い力だけをふるって、人を支配するだけの一生――。

 考えただけでも怖くなってくる。

 操祈はレイに逢いたいと強く願うのだった。

「でも、あなたから受けとるだけで、何もお返しができないのは心苦しいわ……学校でのあなたを特別扱いすることは教師としてできないし……わたしは何をしてあなたに報いればいいのかしら?」

 操祈がそう言うと、紅音はまた視線をテーブルの上に落として、戸惑いの様子を見せるようになった。

 ビジネスウーマンが年相応の中学生の少女に戻ってしまっている。

「私には、ひとつだけ……叶えたい夢があります……」

「夢――?」

「先生にしか叶えられない夢です」

「あら、なぁに? 私にできることなら何でも言ってちょうだい」

 少女からは口にすべきかどうか迷っている様子が窺えた。操祈は小首を傾げて少女の言葉を待っていたが、ややあって、紅音は重い口を開いた。

「怒らないで聞いていただけますか?」

「ええ……」

「あらかじめお断りしておきますが、私の夢と今度のペントハウスの件は一切、関係無いと諒解して下さい。先生がノーと言われれば、この夢のお話はおしまいです。でも私が先生たちのデートの橋渡しをすることに全力をあげてお手伝いすることには、なんの影響もありません。もちろん、先生を告発したりすることもありません」

「わかったわ」

 操祈が首肯した後も、少女はなお、言うべきかどうか躊躇いを見せていたが、やがて

「一度だけでいいんです……わたし、この世でいちばん美しい女の人が、いちばん大切な人にだけ見せる、いちばん美しい姿を間近で見てみたいんです」

 操祈は驚きに大きな瞳をさらに大きくしていた。咄嗟に意味が取れなかったが、言われていることは確かに伝わっていた。

「それって……」

 操祈は出かかっていた言葉をのみこんだ。自分でもいったい何を言おうとしていたかわからぬままに。

「先生たちが愛しあっているところを見ていたいんです」

 

 

 

 

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