ボーイ8メンタルアウトアウト   作:真夜中のミネルヴァ

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大露天風呂で

 

 

          ⅩⅨ

 

 

 

 外の引き戸がガラリと鳴って「お床は如何為さいますか」という中年の女の声がふすま越しに聞こえた。「ハイ」と操祈が応じると、五十がらみの仲居が一人、部屋の中に入ってきた。操祈を目にするなり「おやまぁ」と吃驚したような顔をする。操祈が怪訝な顔をしていると「いえ、じつは二階の藤の間にとっても可愛らしいお嬢さんがお泊まりになっていると周りで噂になっていたので」と素朴な笑顔を向けてきた。

 押し入れを開けて「あら、ここはお布団は一組だけ?」

「はい……?」

「他の部屋はみんな四組あったんですけど……そうですか……」

「はあ……?」

 仲居はそそくさと台拭きで卓袱台を拭きながら、窓際に立つ操祈に話しかけてくる。

「お庭、きれいでしょ? ウチはね、温泉もそうなんだけど、お庭の方も自慢なのよ。まだ桔梗は終わってないと思うから、明日の朝にでも散策してみたらどう? すぐ下の中庭にでて、そこから小径に沿って歩いていくと、飛び石づたいに池を渡るところがあるから、そこから離れの渡り廊下の下を潜って……そうね若い人の早足なら十分くらい、ゆっくり散策しながらだと二十分くらいでひと回りすることができるわよ」

「素敵ですね……是非そうさせていただきます……」

 一人でお散歩するのも楽しそうだったが、時間をつくるにはその分、早起きしないとならない。早起きするためには早寝をしないとならない。

 また引き戸がガラガラガラっと派手な音を立て、「みさきせんせーい、おられますかぁ」という黄色い声が唱和して響くと、操祈が応えるより先に襖が一尺ほど開いて、教え子の少女たちの三つの顔が縦に並んだ。

「ワー、先生のお部屋広ーい、ここを一人でなんて寂しくないですか?」

「先生、私たちこれから露天風呂に行くんですけど、先生も一緒に行きませんか?」

 少女たちが騒々しく上がり込んできて、仲居の顔がキョトンとなって操祈の方を仰いでいる。

「あら、お嬢さん、先生さまだったんですか?」

「え、まぁ……」

 操祈は苦笑する。仲居のどこか馴れた口調に感じていた違和感の理由が分かった気がした。それにしても、さすがにそれは無いだろうと思う。

「これは失礼いたしました、てっきり生徒さんだとばかり思ってしまって」

 仲居が驚いた顔で操祈に謝すると、

「生徒さんにしてはずいぶん発育がいいなとは思いましたけど、でも最近の子はみんなりっぱなもんだから……ヤですよ、そうならそうとすぐに言って下さればいいのにぃ、年寄りをからかってぇ、だってフツーこんなに可愛らしい先生がいるなんて思いませんから」

「そんな、わたしは別に……」

「仲居さん、こちらはクラスメートの操祈ちゃんでーす。ご覧の通りのスッゴイ美人でみんなの憧れなんですよぉ」

 一人の少女が操祈に抱きついてきて腕に自分の腕を絡めてくる。

「ねぇ操祈ちゃん、一緒にお風呂行こー」

 別の少女も悪のりに加わってきた。

「コラコラあなたたち、私たち職員はあなたたちが消灯してからじゃないと解放されないのはわかってるでしょ」

「そんなこと言わないで付き合って下さいよー、私たち、みーんな先生と一緒に入りたいんですから、それにこっちには男どもは一匹も居ないンです。風呂場を覗こうとする不届きものなんか気にせずに、ゆったり安心して入れるんですよ」

 総檜作りに改築されたばかりの純和風の本館は女子のみに振り分けられ、男子生徒は全員、新館とは名ばかりの古いコンクリの建物の方に収容されていた。もともとは全員が本館に泊まることになっていたのだが、宿に到着した際に復古仕様の本館の客室には鍵がないことが判明し、急遽、そうした変更が行われたのだった。

 施設側が常盤台が女子校から共学校になったことを確認しなかったことによる単純なミスだったが、当然のことながら、変更の際にはひと悶着があった。

 が、賢明な生徒たちが自主性を発揮して冷静に民主的手続きをもって事態の収拾にあたってくれたおかげで、操祈も今夜だけは夜中のピンポンダッシュに眠りを妨げられることは無さそうだと、この決定を歓迎していたのだ。

「みんな今夜こそ、いつまでも枕投げなんかしていないでオトナしく早く休んでちょうだい。引率でお疲れの先生たちにいーかんじにたっぷり羽を伸ばす時間を用意するんだゾ」

 少女たちはハーイと良い返事をするが、六つの目が既に期待にキラキラと輝いていて、ヤレヤレと思う。とはいえ少女たちのガールズトークのお付き合いまでさせられるのは勘弁だった。

「あの、先生、お床を伸べさせていただいても宜しいですか?」

 仲居が訊いて、うっかり部屋の中ほどで立ちつくしていた操祈は、何度も大きく頷きながらそこから小走りになって動いた。

「先生、お布団敷くのにジャマだって言われてますよっ、さ、お風呂に行きましょっ、すごい露天風呂なんだそうですよっ」

 三人の少女が操祈の背中を押してくる。

「ちょ、ちょっと、あなたたちっ」

「大丈夫ですよ、お布団ちゃんと敷いておきますから、ゆっくり浸かってらして下さい。うちのお湯は弱アルカリ性でお肌にもとっても良いんですよ。美人の湯って言われてるくらい。先生も綺麗な肌にさらに磨きをかけてきてくださいましね」

「ほら先生、仲居さんもああ言っておられますし」

 結局、操祈は少女たちに手を引かれ、浴場にまで連れてこられてしまった。

 宿が貸し切りということで脱衣所に居たのもみな女子生徒たちで、操祈を見かけるなり、きゃあ、っという歓声があがる。

「ワーイ、操祈先生だぁ!」

 中のひとりがさっそく仲間に知らせようと浴場へと駆け出して行き「操祈先生ご降臨っ」との声に、大浴場の方からもワーッというが歓声あがった。

 少女たちの誘いに流されるままに浴室へと来てしまったが、早々、操祈は自身の過ちに気づいて後悔するのだった。

 

 

 

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