ボーイ8メンタルアウトアウト   作:真夜中のミネルヴァ

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番外編 常盤台中学修学旅行における部屋割り変更問題についての顛末

 

 

 真新しい檜の芳香も馥郁たる優雅な純日本風建築の本館大広間に集められた生徒たちの間には、生徒会議が始まる前から既に深刻な対立の気配が立ちこめていた。

 広間の上座に配された長テーブルには生徒会長を中心に会議議長を兼ねる副会長、そして各クラス委員三名の都合五名が並び、他六十余名の生徒は畳の上に体育座りをして、あるものは賛意の、またあるものは敵意の眼差しで正面に陣取る役員の生徒たちを見つめていた。

 引率教師の三名は、食蜂操祈を含めて会議の傍聴人として広間の奥から事態の成り行きを見守っている。名誉ある常盤台の伝統として、利発な生徒たちの自主的な意思決定を尊重しているためだった。

 事の発端は三十分ほど前に遡る。

 三クラス、都合三台のバスがそれぞれ定刻どおりに宿泊予定の旅館に無事到着したのまでは良かったのだが、その後、予期せぬ事態が発生したのだ。

 旅館側の説明によると、常盤台中学を女子校だと看做していたために特に問題なしと考えていたが、男子生徒が含まれていることに気づいた担当者が、本館の各部屋に鍵がつけられていない点についての確認を求めてきたのだ。

 当然、この予想外の事実は女子生徒からの猛烈な反発を呼んだ。教師たちの目を盗み、消灯後の夜間にも自由に徘徊する男子たちが多く居る現状、同一施設内の鍵のかからない部屋で一晩を過ごすなど「とんでもないっ!」という至極もっともな反応である。

 生徒会はその声を受けて旅館側と直ちに対策協議を開き、当初、全員を本館に宿泊させる予定であったものを、女子生徒のみということに変更し、男子生徒は同敷地内にある別棟の新館に配置替えを行うようにとの部屋割り変更案を手際良く取りまとめたのだ。

 それに対して、今度は男子生徒側から猛烈な抗議が起こり、生徒会はあらためて全体会議を設け、その場で部屋割り変更案についての説明を行い、決を採ることで常盤台中学としての最終意思決定としたいというのがこの緊急会議の目的だった。

 会議の冒頭、生徒会長の山崎碧子が立って部屋割り変更案とそれに付随する生徒会長提案の主旨説明を行った。

「議長っ」

「河内俊英くん」

 始めに質問に立ったのは三組の男子生徒で学園祭実行委員を務める顔役の一人である。現生徒会長と三度にわたって会長選挙を闘い、その都度、苦杯を喫しているものの男子生徒からの信の厚い論客である。

「会長にお尋ねします――」

 少年は、男子生徒たちが一様に抱いている疑問、すなわち何故に急に部屋替えとなったのか、それは果たして本当に必要なことなのか、仮に必要であるとした場合、何故、男子生徒のみが部屋替えの対象となるのかについて会長に説明を求めた。

 これに対して生徒会長は部屋割り変更にいたった経緯と変更事由についての主旨説明原稿を再び読み上げて理解を求めたが、

「ぜんぜんわかりません、会長が何をおっしゃっておられるのか私にはさっぱりわかりませんっ」

 と、少年は撥ね付け、広間を見回して賛意を求め、男子生徒からやんやの喝采を浴びる。

「だいたい、なぜ男子生徒だけが待遇の改悪を受け容れなければならないのか? 会長っ、全員にわかるように説明してくださいっ」

「山崎生徒会長っ」

 生徒会長は再び起立して、

「河内委員による、男子生徒のみが待遇改悪になるのではないかというご指摘でございますが、施設責任者に確認を求めたところ、そのような事実はないとの説明を受けました。したがって本件はそれにはあたらないと考えております」

 木で鼻を括ったような会長の回答に対しては「そんなバカな話があるかっ!」という男子生徒からの罵声の集中砲火が浴びせられた。

「ご静粛にっ、ご静粛にっ!……河内俊英君っ」

「だって、おかしいじゃないですか、女子のみが本館で、男子ばかりが新館ってのは、明らかに差別じゃないですかっ、会長っ」

 生徒会長は議長にひそひそと耳打ちをして、議長は頷く。

「えーと……これについては施設側担当者から直接、説明を受ける方が適切であるとのことで……参考人の……」

「訊いてない、訊いていません、私は会長に説明を求めているんですっ」

 質問者の意向を無視して、議長によって招かれた施設側担当者が説明に立った。

 それによると、本館と新館では部屋の広さにおいては差が無いどころか、新館の各部屋には個室風呂まであること。大浴場、露天風呂の利用についても、食事の内容についても一切、本館とは差が無いことを説明し、また遊戯施設に至っては卓球台が本館においては僅か3セットしか用意されていないのに対して、新館では4セットも用意されているということで、新館の設備の方がより充実していることを説明した。さらに新館は高台の斜面に立てられているために奈良市内を一望でき、景観という意味でも本館より恵まれており、利用客の多くが満足していることを具体的な数字を挙げて説明していったのだった。

 待遇格差だとする立論の根拠の多くを否定されて、男子生徒の間に動揺が広がっていく。

 ここまでの議事進行は完全に生徒会側の描いたシナリオどおりの展開になっていた。

 その後、部屋割りの変更は公平なくじ引きで行うべきとする提案を、手続きが煩雑であるとして速やかに却下、部屋割り変更不要、現行どうりであるべきとの主張も却下、女子生徒が新館に移るのはどうかという、もはや破れかぶれとしか言えないような提案もなされたが、全て粛々と否決された。

 ここに至り、質疑が十分に行われたとみた生徒会側は議長に採決を促したが、これに対して男子生徒は猛然と抗議し、さらに徹底抵抗を続ける構えを見せたのだ。というのも、採決に持ち込まれた場合、男子生徒側にはまず勝ち目がなかったからだ。

 男子生徒二十四名、これに対して女子生徒は四十七名。慣例により全体会議の採決には加わらないことになっている生徒会長、副会長、各クラス委員を除いても四十二名。男子生徒側にもしも時間があれば、女子生徒への個別的根回しと切り崩しによって否決の目も僅かにあったのかもしれなかったが、なにぶん急なことでその時間もなかった。

「ご異議はございませんか?」

 大広間は怒号と罵声に包まれる中、「異議あり!」の低い声は「異議なし!」の甲高い声にたちまちかき消されていった。

「異議なしと認めます。これをもって討論を終結いたします。引き続き採決をいたします」

「議長っ! 止めてください! 採決を止めてくださいっ!」

 質問者は遮るが、議長は容れず、これを見た一部の男子生徒が憤然とした様子もあらわに立上がった。

「まだ、審議はおわってないぞっ!」「採決強行反対っ!」「横暴だっ」「民主主義の不当な運用だ、断固拒否するっ!」

 さらに一人の男子生徒が上座へと押し掛けようとして、それをガタイの良い女子生徒数人がブロックして一旦は抑止した。が、体力に勝る男子生徒たちが加勢したために押し切られ、暴徒と化した数名が長テーブルに迫ってもみくちゃにされる中、議長の少女はメガホンを口にあて大声で採決文を読み上げた。

「……生徒会長提出によるっ、部屋割り変更案および消灯時間以降のみだりな外出に対する罰則の強化案について賛成の諸君の起立を求めますっ」

 体育座りをしていた少女たちが一斉に立ち上がった。

「起立多数っ、よって本案は原案通り可決されることに決定いたしましたっ」

 なおも騒然とする中、女子生徒からの拍手に、生徒会長は席から立ち上がると深々と頭を下げた。

「本日はこれにて散会としますっ」

 議長が宣言をして、臨時全体会議は終了した。

 開始からわずかに五十八分。必ず一時間以内に決着をつけるという生徒会側の狙い通りになっている。その手腕やお見事。

 広間の隅で操祈も思わずつられて拍手に加わってしまっていた。

 そして、つくづく民主主義は大人のゲームだと思うのだった。

 独裁、専制にくらべると手間暇かかるが、ひとつひとつ合意を取り付けて足下を固めていくやり方は、得られた結論に正当性と権威を付与する。この丁寧な手続きこそが重要であることを心得ている生徒会長は、だてに四期二年近くもの長きにわたり会長職の任にあったわけではないと、あらためて少女の能力の非凡さに感心してしまう。

 一方、憤懣やるかたないのは男子生徒の一団である。リーダー格の男子生徒の周りに集まり、みな一様に険しい表情で今後の対応を模索していた。

 この奈良での一泊は、修学旅行中の唯一の和風旅館での宿泊であり、畳とお布団の醸し出す開放的な雰囲気と修学旅行もいよいよ佳境に入ってなにかとガードが下がり加減になる女子たちに対して、日頃の鬱憤を晴らそうとこの時とばかりに不届きな計画を企む男子生徒たちにとっては、まさに絶好のチャンス、期間中の最大の山場だと見られていたからだ。

 もちろん標的の中には常盤台が誇る学園の女王、もとい、いまや学園都市の女神とまで囁かれる存在となった美師、食蜂操祈に対するものも当然含まれていた。

 既に彼らの配信する裏修学旅行通信では彼女のパジャマ姿を撮影したものが数枚アップされてあり、美人教師の夜はネグリジェ派かパジャマ派か、あるいはトレーナー派か、はたまた、教師としては実にけしからんボディに、ナンにも身につけないで寝てしまうケシカラン派か、などという長く続いた神学論争に終止符を打つという確かな成果を挙げていた。

 ちなみに、食蜂操祈パジャマ画像は既に数々のアクセス記録を塗り替えていて、専用サイトにおいて近年にない大ヒットとなっている。

 その上、お風呂上がりの浴衣姿の操祈先生の、もしやの胸許ポロリ画像などのお宝がGETできたとしたらっ!

 少年たちの夢は大きく膨らんでいたのだ。

 そこへもってきての、この事態の急変である。事実上の隔離をされる身となって、今や全ての計画は水泡に帰そうとしていた。

「委員っ、このような事態に陥ったことをどのようにお考えですかっ」

「まったく言語道断、許しがたい暴挙です。山崎生徒会長の長きにわたる独裁がこのような専横を許し、民主的とは名ばかりの数の暴力、蛮行がふるわれたことには強い憤りを覚えるとともに、たいへん残念に思います。会長はもう一度、民主主義というものを最初から勉強しなおした方がいい。民主主義の精神は少数派の意見をいかに汲みあげ多数派の意見に反映させるかにあるはずで、ただ数が多いからといって少数意見を圧殺するというのは、会議の進め方としてはあまりにも拙劣です。このようなことを認めてしまえば、やがては民主主義そのものの否定につながっていってしまう。われわれはこの決定には断固、反対します。そもそもわが常盤台は、かつて能力者たちによる、能力のない可哀想な人々への不当な差別によって生じた多くの悲劇の反省にたって、男女共学校として再出発しました。しかし今、現実におこなわれていることはどうですか? 女子生徒による男子生徒への不当な差別と抑圧ではありませんか。山崎生徒会長と生徒会は新たな差別の助長に加担しました。その責任はたいへん重いと言わざるを得ません。このようなことを続けていれば我が校は近隣校からの信頼を失い、ひいては地域社会からの孤立を招くことにもなりかねません。まことに由々しき事態だと思います。われわれは――」

 少年たちはアジテーションに聴きいり、演者が語気を強めるたびにその都度、我が意を得たりとばかりに「そうだっ!」と怪気炎があがり、拍手が巻き起こっていた。

 

 十五分後――。

 薄ネズミ色のコンクリの壁に縦横に走る補強の跡も生々しい実用的で殺風景なビルを、口をへの字に結んで見上げる二十四の顔があった。

 

 

 

 

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