ⅩⅩⅠ
露天風呂は差し渡しが長い所で二十メートル以上はあろうかという広々とした岩風呂だったが、なぜか操祈の周りの人口密度が異様に高くなってしまっている。十数名の少女たちが、なんとなーく操祈の周りに集まっていて、中には栃織紅音の顔も混じっていた。操祈と目が合うと紅音は小さく頷いて会釈をする。少女は眼鏡をしていなかったが、操祈の方でも少女の能力のことはもうあまり気にならなくなっていた。
「ねー、みんなどうしてそんなに狭苦しくしてるの? もっと散らばってゆったり温まればいいのに」
「だって、せっかく操祈先生と一緒なのに、もったいないじゃないですか」
操祈は、もう何がもったいないのか無理に考えるのを止めることにした。
そもそも人気のある操祈が生徒から群がられるのはそんなに珍しいことではない。特に試験前になると男子女子ともに操祈の周りには質問に集まる生徒が一気に増え、授業後には教卓の周りに幾重にも人垣ができるのが常なのだった。
中には質問にかこつけてデートを迫る生徒まであらわれるが、いつも操祈は「テストで百点満点取ったらね」と約束して上手に躱していた。試験問題の中にはこっそりキラー問題を配置してあるので、これまで約束の履行を求められたことは一度としてなかった。
結果、あまりの難攻不落ぶりに、男子の一部からは不満タラタラ、恨み節まがいの『不沈空母みさき』というありがたい通り名を冠されてしまったりもしているが、操祈の教室運営は概ね順調だった。
教壇に立つようになって2年余り――。
自分のようなものに多感な思春期の子供たちを教導することなんて、果たしてできるのだろうかと思っていたが、いざ取り組んでみると存外、自分に合っているかもしれないとも思えるようになっていた。
教えることと学ぶことは表裏一体。
それは教科についてばかりでない。操祈自身が半ば素通りしてしまった思春期の追体験というような意味もあるようだった。
男の子に出逢って、恋をして、胸を焦がす――。
そんな普通の少女のするような経験を、始めは間接的に、そして今では実際のものとして重ねている。
「操祈先生って昔、ウチのガッコの女王様だったんですよね……」
少女の一人が、操祈の様子をさぐりさぐり訊いてきた。
「そんなふうに言われていたこともあったわね……恥ずかしい話よ……」
紅音の手前だからというわけではなく、操祈は子供たちに偽るつもりはなかった。
「えー、どうして恥ずかしい話なんですか? 凄いことなのに。レベル5の能力者ですっごい美人って、もうそれだけでどんだけーって……」
「わたしは……たくさんの人たちを傷つけてしまったの……」
「先生、それ、違うと思いますっ」
別の一人が生真面目な顔で反論する。少女は、自身が常盤台時代の食蜂操祈について調べた結果、明らかになったことをみんなの前で披瀝した。それによると、操祈が責を問われるようなことは何もない、との確たる結論が得られたと言う。
少女が語った内容はある面では正しかったが、ある面では間違っていた。ただ、操祈にはそれを少女たちと論じるつもりはなかった。
折よく、
男湯の方に男子たちがゾロゾロと群れてやってきたのが気配でわかった。
#チックショー、せっかく奈良くんだりまで来たっていうのによぉ、俺たちをあんなビジネスホテルみたいなところへ押しこめやがって、生徒会のヤツら、おぼえてろよぉ#
誰かのボヤキが聞こえてくる。ボヤキというにはあまりにも大声だったので女湯の方まで筒抜けになっていたが、向こう側ではまだそれには気がついていないらしかった。女子たちは息をひそめて男子生徒の話し声に耳を傾けている。
#あーあ、操祈ちゃんの浴衣姿、見たかったなぁ……#
#なぁ密森、おまえ操祈先生に反省文書いて渡した?#
#いや、もう九時以降には男子は本館には立ち入りできないから、村脇先生に渡しておいたけど、なんで?#
レイの声が聞こえてきて反射的に顔をあげてしまった操祈は、紅音と目が合うとまた視線をしずしずと湯面に戻した。
#え、なんで操祈ちゃんの部屋まで行って直に渡そうとしないのよ、俺ならぜったいそうするのにサ#
#ミツっちって、操祈ちゃんには淡白だよな、おまえの趣味ってロリだったりすンのか?#
#そーいうんじゃないけど、やっぱり先生だし……#
#だって操祈先生って、ぜったいイーじゃん……あんな美人、そうそういないぜ、顔はスッゲーカワイイのにスタイル良くって胸はおっきいって、エロゲならラスボスレベルじゃん……クラスの他の奴らなんかみーんなザコのモブばっかなのにサ……#
多くの賛同する声が聞こえてくる。
#俺なんかまわり見回して、入学早々退学したくなったからなぁ。はっきり言って操祈先生が着任してくんなきゃ、常盤台なんてただの動物園、なにがお嬢様学校だった、カッコ過去形、だよ、霊長類のお嬢様ばっか集めていったいナニ始めるおつもりだったんですかぁって#
時ならず耳にする少年たちの本音はことのほか辛辣で、操祈も思わず噴き出しそうになってしまったが、少女たちの手前、さすがにそれは出来ずに笑いを堪えていた。
#でも山崎はいいじゃん、頭いいし美人だし、スタイルもいいし#
#山崎は一組だろ、あそこは別、一組は一部リーグ、三組は二部リーグ、残念ながらウチらのいる二組は女のコのレベルだけでいうなら、ウチらだけサッカーじゃなくて独りカバディやってるようなもんなのっ、もー見た目からして意味不明なヤツばっかしだし#
黙って聴いていた少女たちだったが、とうとう一人が忍耐と我慢の限界を迎えてしまったようである。少女は湯船から立ち上がり葦簀の前まで行くと、怒りを爆発させた。
「ナニがカバディだっ!」