シャワーブースで操祈は、背後からひたと肌を接して若い恋人に抱かれていた。
「先生……ごめんなさい……ボク、ひどいことをばかりして……」
操祈の手の甲に掌を重ね、指と指とを絡めながら少年は耳許で囁く。
操祈は「うん……」とだけ応えたが、鏡の中で視線が重なると彼女はすぐに少年のひたむきな黒い瞳からのがれて顔を背けてしまうのだった。
恥ずかしくてとても相手の顔が見られなかった。
「先生の体……ボクに洗わせて下さい……ボクが汚してしまったのだから……」
シャワーノズルを握ったレイは、操祈の体を撫でつけながら、水流をしぼって勢いの弱い湯を注ぎかけ始めた。指先から腕へ、遠位から近位へ、末梢から体幹へと。
つい今し方まで、あんなにも大胆に女の心と体とを犯しておきながら、鏡に映るレイの表情は穏やかで、操祈の体に添えられる手の温もりは情愛に溢れている。女の体を無慈悲に苛んだ時とは違う、傷ついた牝を慰める雄のやさしさで、いたわりを感じる丹念な動きで。
深く情を結んだ男の手の温もりが女の肌にじんわりとつたわってくる。
それが泣きたくなるくらい嬉しくて、そして恨めしい。
あともう少し、少年が気持ちをのせてくれば、たちまち操祈の体にはまた火がついてしまうことだろう。けれどもそうはならないぎりぎりのところで少年は留まっている。
それは女の体に情欲の火を点そうとする時のものではなく、思いを伝えようとする時のやりかただった。
「お湯、熱くはありませんか?」
「うん……」
操祈はいたいけな少女がするように、こっくり頷いた。
かいがいしく手をとり足をとりする少年に操祈は従順に身を任せて、若い恋人の望むままになっている。
この子からはもう逃れられない――。
そう思いながら。
レイは、女が不安に感じるような強い愛撫、例えば乳房を強くにぎったり、荒々しく揉んだりするようなことはけしてしなかった。いつでもそっと触れたり、くすぐるように
女の体を壊れ物をあつかうように、大切にしようとする。
けれどもそのやさしさに安心していると、寄せては返す官能の波打ち際に居て少しずつ潮が満ちてくるように、気づいた時には身動きが取れなくなるほどの深みへと流されているのだ。
いつも最後には操祈の思いに反して――あるいは密かに願っていたのかもしれなかったが――とても濃厚な愛撫に身を任せることになってしまっていた。
他人目を忍んでの、正味にしてわずか半時ほどの束の間のデート。
その時間的制約も企みのひとつだったのかしら、と今は思う。部屋を訪れた操祈には、そもそもその時点でもう何かを拒むという選択など与えられていなかったからだ。
住宅街にひっそりと佇む奇妙なホテルの一室で、奇怪な椅子に座ることを求められ、
愛している――という百の言葉よりも重い、たった一つの口づけを、女にとってこの上もなく恥ずかしい姿になって受け続けることで。
情が深いはずの少年が残酷だったのは、彼女に悦楽の海へと逃げ込むことを許してくれなかったことだ。
成熟したカップルにとっては刺激的な性戯のひとつにすぎないことを、少年は操祈との絆を深めるためのとりわけ特別な愛情表現に変質させてしまっていた。
それには件の椅子も一役買っていたのだった。
仮に同じようなことを試みても、ベッドでは両手を使うことができずに、ほんのアクセント程度にしかならなかったことが、その椅子を使えばとても容易く、そして手加減することなく執拗にできるようになるからだった。
だから操祈が愛撫に我を失いかけると、レイはここぞとばかりに舌と唇と、それに両手の手指とを駆使して、どんなタブーももう二人の間にはないことを思い知らせてきたのだ。
操祈に、彼女がどんなに罪深く罰当たりなことをしているのかを思い出させて、また羞恥の嘆きへとつれもどしたのだった。
年下の恋人に、これ以上ないほど自身の醜い姿をさらして、女の誇りをすっかり奪われて、傷ついた女がすがりつけるものは、ただ自分の心と相手への信頼、それしか残されてはいなかった。
操祈に許されたたった一つの逃げ場所は、愛しているから――と、自分の心に強く言い聞かせることだけなのだった。
今日は6月8日ということで
それにちなんだタイトルの挿話を今日と明日の2回に分けて上げる予定です
メインストリームのお話とも絡んでいます
お読みいただいていることに感謝いたします