ボーイ8メンタルアウトアウト   作:真夜中のミネルヴァ

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反省文

         ⅩⅩⅢ

 

 

 浴衣に袖を通した操祈は少女たちとともに露天風呂の脱衣所から出てきた。

 大浴場まで続く長くまっすぐな廊下を本館建家へと歩いていると、これから湯浴みに向かう他の女子たちのグループの何組かとすれ違った。

 少女たちは操祈の姿に気がつくやその都度、一緒に入浴できなかったことを残念がり、中にはもう一度一緒に入りましょうと操祈の袖を引くものまで現れる。

「操祈先生、すっごく綺麗だったよ、びっくりするくらいステキだった」

 一緒に居た少女の一人が自慢げに言うと、

「あーあ、私たちももうちょっと早く来れば良かったな……操祈先生のオールヌード、見てみたかった……ねぇ、操祈先生、もう一度、私たちと――」

「イヤよ」

 操祈はくもりの無い笑顔で、言下に拒否した。

 これ以上の個人情報の漏洩は教師生命の危機にもつながってしまいそうなのだった。

 そんなやりとりを繰り返しながら玄関ロビーまでやってきた時、折悪しくというべきか、ちょうど新館の方から戻ってきた先輩教師の村脇女史と鉢合わせをしてしまったのだ。

 操祈はちょっと後ろめたい気分になった。

 生徒たちと入浴を共にすること自体は特に問題にはならなかったものの、若輩ものが先に済ませてしまったことに気が咎めたのだ。

 本来であれば消灯時間以降が引率教師たちの正規のフリータイムだった。

 四十代後半の村脇は、もと寮監だったキャリアを持つベテランで、厳格な面差しに眼鏡をキリリとさせた痩身の女性である。

 彼女の姿を見るなり、それまで一緒に居た少女たちは蜘蛛の子を散らすようにその場に操祈だけを残して逃げ去ってしまった。

 今回の旅行の最高責任者であり、学内では教務担当主任でもある村脇は、怖いもの知らずの少女たちにとっても畏怖の対象なのだ。

 操祈にすれば、“なによぉ、さっきまでの態度とはまるでちがうじゃないのよぉ、この裏切り者ぉー”と逃げた少女たちを(なじ)りたいところだったが、しおらしく頭を垂れて村脇女史と対峙した。年齢差もあって、まるで叱られた生徒のようになっている。

 実際、村脇は中高時代の操祈の恩師の一人でもあったのだ。

「食蜂先生、お疲れさま」

 この状況で村脇女史から“お疲れさま”と声をかけられると、居心地が悪い。

「新館の男子は海藤先生にお任せしてきたから、今夜はあなたもゆっくりできそうね」

「はい……」

 どうやら深夜のピンポンダッシュの件は村脇女史の耳にも届いていたようである。

「ですから本日のミーティングはお休みにします」

「わかりました……」

 村脇は、ヤレヤレ、とでも言うように大きなため息をひとつつくと、

「あのメンタルアウトの食蜂操祈が変われば変わるものね……」

 眼鏡の奥の眼差しが柔らかくなって操祈を見上げていた。

「もうしわけありません……」

「あなたがあんなに多くの生徒たちから慕われているなんて、嬉しい驚きよ。昔のあなたの荒れようを知るものとしては……」

「………」

「ごめんなさい、イヤミを言うつもりはなかったのよ、気に触ったら謝るわ」

「いえ、そんな……わたしは……」

「正直に言うとね……」

 村脇はロビーに(たむろ)してスマートフォンを弄っている少女たちを見やりながら

「あのぐらいの頃のあなたは苦手だったわ……あなたの持っていた特別な能力はともかくとして、あなたのひとをナメたような態度や言葉遣い、大人を大人とも思わない鼻持ちならない振る舞いも……嫌いだった……」

「……その節は……たいへん、ご迷惑をおかけいたしました……」

 操祈は恥じ入るばかりで深く頭を下げた。

「違うの、違うのよ、食蜂先生……わたしね、あなたに出会えたことを神さまに感謝しているの……こんなステキな子に引き合わせてくれてありがとうって」

「……?……」

「メンタルアウトがメンタルアウトではなくなって、あなたが本当の自分を見つけるまでの間と、その後のあなた……真の奇跡は、あんなつまらない能力なんかじゃなかったのよ……」

 操祈はすなおに頷いた。

「あの時のわたしは、日々変わっていくあなたを見ていて、まるで名花の開花にすぐそばで立ち合っているような幸運を感じていたの、とても大きな花がゆっくりと開いていくのを間近で見ているような気分だったわ……本当の奇跡はね……あなたの今のその姿は、きっと神様からの贈り物、魂にふさわしい姿なんだと思うの……」

「わたしは……」

 村脇女史の言葉は操祈には重たく感じられてしまう。

 振り返ると、ただ失ったものを取り返そうとあがいていただけで、褒められるようなことなど何一つしていた自覚はなかったからだ。今の自分と当時の自分を較べて、いったいどれほど違いがあるかのわからない。今もあの時のように愚かで幼いままの気がする。

 違いがあるとすれば――。

 人を愛することを知ってしまったことだが、それは教師としては許されない行為であるばかりか、人の道も踏み外した後ろ暗いことだった。

「これ、生徒からあずかっていたの、お渡しするわ」

 村脇は、手にしたファイルの中から一枚のコピー用紙を抜き出すと、手書きの文面にざっと目を走らせて操祈に手渡した。

「遅刻した男子生徒の反省文のようね……」

 操祈は一瞬、ドキっとしたが、レイに限って万が一にも手抜かりなどあるはずがなく、確かめるまでもないのは村脇女史の様子からも窺えた。

 村岡はきびすを返しかけ、

「ああ、そうだった、食蜂先生にはひとつお小言があるんだったわ」

 ふりかえった村脇に操祈はまた恐懼(きょうく)する。

「食べ物の好き嫌いはもう少しナントカならない? あなたのお皿に食べ残しがあったりすると男子たちがさわぐのよ。意味はわかるわね? まだ中学生といっても中味はもう大人と変わらない。綺麗な女の先生に(よこしま)な興味、恋愛感情をもつ子だって居るの、だから注意してね」

「はい、気をつけます……」

「椎茸が苦手って、何かトラウマでもあるの? 生椎茸をグリルして粗塩をふって食べたらとても美味しいと思うんだけど……」

 

 

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