ⅩⅩⅣ
消灯後の点呼を済ませ、部屋に戻った操祈は早めに床についた。
いろいろなことが一度にあったせいで、心身ともに疲労感を覚えていたからだった。
床の中で、またレイの反省文を読み返しては感心してしまう。
まるで好きな男の子からもらったラヴレターを何度も読み返してしまう少女のようね――。
そんなことを思って、実際、そのとおりなのかもしれない、と、操祈はひとり含み笑いになった。
そこには彼の自由時間中の行動が記されていたのだが、もちろんホテルでのデートについてなどが記されている筈も無く、少年が散策したと
詳しくなりすぎず、さりとて大雑把でもなく、ほどよい加減で誰が読んでもリアリティを感じさせる内容になっている。
恐らく操祈との密会をカモフラージュするために、あらかじめ入念なアリバイを用意していたのだろう、周到な少年らしい緻密さだった。
本当に賢い子だ――。
それが操祈にはすこし不安に感じられるくらいに。
教え子の十四歳の男の子にセックスの手ほどきを受ける二十二歳の女教師って、これじゃ立場が逆よね……。
普通なら――それも許されないことには違いないが――教師の方が自分に思いを寄せてくる思春期の生徒に性の世界への案内役を果たすべきところ、それなのに……。
少年の、性的なコミュニケーション能力の高さに、
これまでにも、いろんな女の子とお
そんなことを考えてしまったこともあったが、レイはそれをはっきり否定していた。
今の操祈は彼の言葉を寸毫も疑っては居なかった。
むしろ自分に向けられる愛情の濃密さにたじろぎを覚えるほど、少年の強い思いを感じている。
心でも体でも……。
また午後のことを思い出してしまう。
あんなにいけないことをして……。
どうして、あんなこと……するのかな……。
思い出すとまた体の芯が熱く潤んで、女の肉が綻んできそうになってしまうのだった。
操祈は切ない吐息をついて、布団の中でころんと身を返すと両膝を抱えるようにして丸くなった。
パジャマの上から両手で下腹部をおさえて目を閉じる。
まるで乳飲み子がお乳を欲しがるように、操祈の体を一心に求めていた少年――。
飴色のヘアの向うで、幸せそうにしているレイの顔が脳裏に甦って、操祈は、はぁーっと、すっかり熱を含んだ息を吐いた。
伏し目がちの黒い睫が、彼女の不安な視線に気がつくとそこから顔を上げて、やわらかな表情で頬笑みかけていた。一途に澄んだ瞳の輝きで。
愛おしげにヘアを撫でる指の動きがどこまでもやさしい。
男と女の間で交わされる最も親密で、愛情深いいとなみ。
心と体と魂とで為される、命の会話――。
彼女への憧れを、レイは言葉だけでなく行為でも訴えていた。
だから、操祈には拒めなかったのだった。たとえどんなに非道いことを求められても、少年が望むとおりに大胆に体を開いて受け容れてしまっていた。
逢いたいな……彼に……。
“逢ってどうするっていうの――?”
もうひとりの自分が問いかけていた。
“あらぁ、こんどは、あなたからおねだりするつもりなのぉ――あんなことや、こんなことを――?”
違うわ……。
ただ、おなじお布団で一緒に休めたら、素敵だろうなって……。
もっとレイくんとお話がしたいから……。
“本当にそれだけかしら――?”
それだけよ……。
“嘘つきね――でも女の体は嘘をつけないものなんだゾ――”
嘘なんかついていないわ……。
おそるおそる肌着の中に手を忍ばせた操祈は、そこが既にすっかりしどけなくなって、肌着まで汚しているのがわかって泣きたくなった。
なにやってるんだろう……わたし……。
ほんの少し
うっかりすると寝衣どころか、シーツまで汚してしまいそうで、操祈はすぐに布団から起きると手洗い場に向かった。
このまま悶々として夜を過ごすくらいなら、いっそ自分を慰めてしまおうかとも思ったが、やはり教師の矜持としてそれはできなかった。
なにより、自分の体はもう自分一人のものではない、そんな思いが操祈をとどまらせたのだった。
用を足し、
代わりに導眠剤を服用しようかと迷う。
ひどいな、レイくん……。
もう後戻り、できないじゃないのよぉ……。
わたしをこんなにして……。
心の中で恨み言をひとくさり。
けれどもそれに応えたのは、やはりもうひとりの自分だった。
“ふしだらなオンナは男のコからキラわれちゃうんだゾっ――”
それはイヤっ……ぜったいにイヤよ……。
“じゃあどうするつもり――?”
どうもしないわ……どうもしない……いままでどおりに普通にしているだけよ……普通に……。
“どうかしらねぇ、あの子、賢いからとっくにあなたがアバズレだってことに気がついてるんじゃないのかしら? 淫らなオバサンなんて、大方すぐに用済みね――”
そんなことないわ、とても心のやさしい人だから……。
操祈はもう一人の自分の声を断固として追い払った。
あの人に限って、そんなこと、あるはずがないから、と自分に何度も言い聞かせる。
暗くなるとまたイヤな声が聞こえてきそうだったが、だからといって一晩中、灯りを点けっ放しにしておくこともできず、操祈は読書灯を消そうと枕元に手を伸ばした。
すると、また視界に例の反省文の書かれたコピー用紙が目に入ってきたのだった。操祈は読みかえそうとしかけて、その手を止めた。
自分のしていることが、まるで年増女の執着のように思えてしまったからだ。
そのまま用紙を伏せる。と、紙の裏に筆算の消し忘れがあるのに気がついて、怪訝そうに形の良い眉を寄せるのだった。
紙の隅に目立たない感じで、まるで落書きでもしていたように並んだ数字が三段、加算法になっていたのだ。
ところが計算結果が正しくなかった。数学の教員でなくても、誰でもすぐに気がつく間違い。
慎重な性格の少年が提出物の裏にうっかり落書きをすることも、それを消し忘れることも、そして簡単な加法の計算間違いをすることも、どれもありえないことだった。
どうして――? と、思う。
一段目は五つの数字が並び、二段目は十一文字、三段目も十一文字……。
もしかして、パズル――!?
操祈はうつ伏せになると枕の上に顎をのせ、用紙に向き合うと謎解きに挑んでみた。試しに飛ばし文字として、数字にある数のとおりに、表の反省文の文字を拾ってみることにした。
するとほどなく、意味のある一文が浮き上がってきたのだ。
あさろくじ
ちくりんのほこらでまつ
ぷりーつすかーとできて
それは間違いなくレイからのデートの誘いなのだった。