ⅩⅩⅦ
「なんかさー、俺たちにおにぎり二個って少なくね?」
「とりあえずおかずに鳥カラいれときゃいいってのも安易すぎだよな」
「あんだけ歴史ある旅館なんだからさ、弁当、もちっと期待してたんだけどなあ」
池の見える木陰で支給された弁当を囲んで、あぶれた男子六名が車座になっていた。
「まー予算の都合ということで、昨夜の飯は良かったから許してやるけど」
彼らはめいめいが手にしたおにぎりをひと齧りして、一人を除くと、コイツも悪くないか、という表情に変わった。
「俺の梅干しだぜ、ちっくしょーハズレかよぉ」
「俺は鮭と鱈子だからあたり?」
「二個目は辛し明太子、俺の勝ちっ!」
「うーん、俺のもう一個は昆布か……まぁいいか……」
男子中学生たちは健啖ぶりを発揮して、またたく間に昼食の弁当を平らげ、それぞれが持参の水筒の茶を飲み始めた。
「なんかなー、京都も奈良もいたるところ観光客ばっかしで飽きてきたな、チーバーにフラポでコーラにネトゲって生活が恋しいわ」
「俺ももう帰りてぇよ……毎日毎日、仏さまばっかり拝んでって、俺、クリスチャンなんだぜ」
「嘘をつくな嘘をっ、マコトんちは代々、日蓮宗だろっ」
「だってさー操祈ちゃんにもあんまりカラメなかったし、こう期待外れが続くと戦意喪失っていうかさ」
「はっきり言って女どもの取巻きがじゃまだよな、特に篠原とか田野倉とかチョーうぜー」
「今夜はまたシティホテルだからなあ……露天風呂なんてねぇし……聞いた? 一組の特攻隊全滅ってハナシ」
「あー、昨夜なんかあったらしいな、勝俣だっけ? レベル1の」
「飛ばした四機の小型カメラ、ぜーんぶ途中で撃墜されたってよ。女湯に行くどころか飛ばした途端に叩き落されたって、被害額が1万越えたって、あいつら今朝会ったら、泣いてたぜ」
「念動力者なら女子にも居るからな……それも二人も……そっか、やっぱしダメだったか……」
「そーうまくいくとは思っちゃ居なかったけど、やっぱ露天風呂ってのはガード固ぇなぁ……」
「あーあ、人生ままならねぇことばっかだ……」
「ヤっさん、それが人生っつうもんでしょ」
一人が隣にいた男子の肩をポンポンと軽く叩きながら慰めた。
「これで今夜のメインがコロッケとアジフライだったら俺は怒るぜ、舐めんじゃねぇってな……おいっ! あっち行けよっ、おめぇらにくれてやるセンベイなんてねぇってばっ」
仲間からヤっさんと呼ばれていた少年は、近寄ってきた牝ジカに気がつくと手もとにあった小さな木切れを掴んで投げつけて追い払った。
「カワイソウだろ、あれはおまえに求愛してたんだぞ、ようやくおまえにもガールフレンドができるとこだったのに惜しいことをしたなぁ」
「うるせえよ、純平っ、オメーだって年齢イコール女日照りって意味じゃオレと同じだろうが」
「にしても、なんか始めはもの珍しかったけど、シカってウゼーよな、間近にするとぜんぜんかわいくねぇし、クセェし」
「でもシカの肉ってすごく美味しいらしいよ、ステーキにすると格別だって」
「お、さすが密森センセ、博識でいらっしゃる」
「いや、そんなんじゃないけど、アメリカに居る従弟がそんなこと言ってたのを思い出したから」
料理にまつわる雑談になって、自炊のできるレイがレンチンだけでできる簡単レシピを幾つか紹介して、
「コースケくん、料理男子は女のコにモテるんだぜ――」と、誰かの声真似をしてから
「根も葉もない都市伝説だけど」とつけ加えて、一同の賛意を得た。
「なー、ミツってさ、俺らとつるんでていいのか? おまえ、あんがい女子ウケいーじゃん、市ノ関とか杉浦とかと居たほうが美味しい思いできんじゃねぇかと思ってサ?」
「そうかな、ボクはコースケくんたちと居る方が楽しいけどな」
「そーか、そうだよなぁ、やっぱおまえイイ奴だよな、あいつらなんかと違って優等生なのにオレらを見下したりしネェし、付き合いだっていいし」
友人の夏上康祐に肩を組まれたレイは、刹那ちょっと複雑な顔をしていたのだったが、そのことに気がつく者は誰も居なかった。
というのも「おい、こっちに誰か来るぜ」という声に全員が促された方に視線を送ったからだった。
彼らの視界にあったのは、薄茶のニットベストにフレアースカート、ルーズソックスという特徴的な制服を身に着けた長い髪の少女の姿だった。
ミニスカートの健康的な脚が伸びやかに歩を運んでいる。
「あれ、誰?」
「
「なんだろ、俺らに用かな?」
「オイ、なんかやらかしたヤツいんのか?」
あぶれもんの
少女は男子グループのところまでやってくると、敗残兵のように疲れた顔ぶれを見回してレイの顔を見つけるや、
「密森くんにちょっとお話があるんだけど」
と声をかけてくる。
すると、とたんに残りの五人からレイに向けて、ヒューヒューという盛大に冷やかしの声があがるのだった。
「こんな状況で女の子が告白に来ると思ってる時点で、あなたたちの恋愛偏差値って低くすぎて殆ど障害者レベルね」
美少女からバッサリ斬り捨てられて二の句が継げず、残り一同、呆然とするばかりになる。
「ちょっと来てくれない?」
「舘野さん、ボクに何がご用ですか?」
用件を聞こうか――とワザと低い声を出しての
「聞きたいことがあるの」
「いいですよ」
「折り入って……」
「ここじゃダメなんですか?」
「今ので分ったでしょ、この人たちの前じゃまともなお話なんてできっこないってことが」
「なぁ、俺らってそんなにバカ?」
問われた美少女は大きな瞳をぐるっとさせて天を仰いだ。
「そんなに、バカじゃないわ」
そんなに――を、キツメに言って、語感としては“極めつけのバカね”と、言っているようにしか聞こえなかったが、男子生徒たちは美少女からの中途半端な返答を受けて、なんと反応するべきか分らず互いに顔を見合わせている。
「
「それならボクも既に自覚症状があるから、舘野さんも気をつけないといけないんじゃないですか? 適度な距離をとらないと感染っちゃうかもしれませんから」
レイが顔を貸すつもりがないと踏んだ少女は
「操祈先生のことなんだけど」
と、カードを切った。
「先生がどうかされたんですか?」
「今朝、先生と会ってたでしょ?」
「うん、会いましたよ」
レイは澱みなく反応していた。
聞きつけた他の男子が、驚いた様子で身を乗り出してくる。
「え、そうなのかっ!?」
「あれ、ボク言わなかったっけ? 今朝、散歩行こうって声かけたけど、みんなのってこなかったじゃない?」
「えーっ、操祈先生が居るってわかってりゃ、そりゃ俺らだって行くっていうに決まってんだろっ」
「そんなのボクも知らないよ、ただ庭を散歩してたら先生が居て、ちょっとすれ違っただけだよ。でも私服の先生、綺麗だったし、ポニテってのも初めて見たかも」
「なんだよーそれー、俺も行きゃよかったよぉ、おいミツ、なんでいっつもおまえだけなんだろうな、一人だけ羨ましー思いしやがってぇ」
残りの男子が大げさに地面を転げ回った。
「早起きは三文の得ってヤツかと」
レイは得意げに顎の先を持ち上げた。
「私も先生にお会いしたわ、運動部ってみんな朝が早いのに馴れてるから、あの時間に庭を散歩してた人って私の他にも何人か居たと思うけど」
「そうだったんですか、ボクは他に誰にも会わなかったな……」
「男子で外にいたのが密森くんだけだって分って、それで確かめたいことがあって来たの」
「うん、なんですか?」
「先生とはどのくらい一緒だったの?」
「さあ、せいぜい十分とか十五分かそこらじゃなかったかな……」
「ずいぶん長くお話してたみたいだったけど……少なくとも三十分以上……」
「うーん……このあいだの中間テストの三角方程式の問題でよく分らないところがあったので訊いたら、地面に図を書いて丁寧に教えてもらったりしてたから……でもそんなに長かったかなぁ……ボクは本館の方に向かっていたし、先生は新館の方に行かれるみたいだったから……」
「私も今朝は早く目が覚めて、それで外を見たらもうお庭を歩いている先生をお見かけしたの。随分早かったから、こんな時間に? って思って、それで、そのあと少ししてから私もトレーニングを兼ねて先生の後を追っかけてみたんだけど、結局、追いつかなかったの。ところが宿に戻ってもおられなくて、それで、おかしいなって、だって変でしょ? 一キロほどの周回コースよ、先生はいったいどこに消えちゃったの?」
「消えちゃったって大げさだよ、先生はただ脇道に入ってきちゃっただけだよ。桔梗を探して宿の人に言われたとおりに道なりに歩いてきたら、迷ちゃったわって言われてたから」
「うんわかってる。わたし、コースを逆回りもしてみたの、そうしたら脇道から出てくる先生とウチの男子生徒の姿が見えたから。遠かったからその時は密森くんとは分らなかったんだけど」
「それがどうかしたの?」
「ねぇ、密森くんはどうしてあんなところに居たの?」
「あんなところって言われても、うーん、どうしようかな……」
「なんだよ、ミツっち、おまえ、またナニか隠してんのか?」
「隠すほどじゃないんだけど……ただオカルト趣味かよってバカにされそうで……」
渋りながらもレイはスマホを取り出すと、パワースポットガイドなるサイトを開いてみせた。
「ボクのお目当てはコレ……」
画面には件の朽ち木の巨木の画像が映し出されていた。
「なにコレ?!」
「パワスポです。ここで日の出の時に願掛けすると叶うって言われてる、知る人ぞ知るマイナーパワースポット」
「パワースポット!?」
「そんな顔されるから言いたくなかったのに……操祈先生にも仕方なく話したら、やっぱり軽く笑われちゃった。みんなひどいですよね、問いつめた後は嗤うって」
「べつに私は嗤ってなんかいないけど……」
「訊きたかったことってそれだけですか?」
「………」
「何かあったんですか?」
「いえ……ねえ密森くん、何か先生の様子で変わったところ、なかった?」
「変わったところって言われても……服装とかは普段着だったから、そりゃいつもの先生とは違って見えましたけど……なんか先生っていうよりJKとかJDっぽいっていうか、親しみやすい感じに……舘野さんは何か気になることでもあるんですか?」
「いいえ、なんでもないわ、きっとただの思い過ごしね……」
少女が立ち去った後、少年は仲間の五人から質問攻めにあっていた。
一方、少女はひとり釈然としない面持ちできた道を引き返していた。
“見込み違い?……そもそもそんなことって、ありえない話よね……でも……やっぱり変だ……だってあの時……”
少女はジョギングの最中、操祈とすれ違った際のことを思い出していた。
自分がどうして担任であるはずの操祈をひと目見て、声を掛けづらいと感じたのか? 事実、少女は操祈に軽く会釈をしただけで通り過ぎてしまっていた。
着ているものが違うからそう見えただけなのか――?
少女は自らに問いかけ、首をふった。
ちがう――。
あの時の食蜂操祈は、あきらかにいつもと様子が違っていた。
そして、密森黎太郎の話から感じた違和感……。
もっともらしく筋が通っていながら、終始、しっくりこないと感じていた理由。
それは――。
“あの時、操祈先生は密森くんが言うような数学教師の顔なんかしてなかった……あれは……女の顔……”
少女自身が男を知っているからわかる、操祈から感じる濃厚な女の匂い、直後の雰囲気だった。
しかし、そこから先、思考停止してしまう。
まるで異なるパズルのピースが混ざっているように、いかに組み合わせても全体像を結ばないのだ。
少女は振り返り、子犬のように愚かに揉みあっている六人を見遣った。一人の手足に残りの五人がじゃれついてそれぞれプロレスの技をかけていた。「ギブ、ギブっ!」の悲鳴とも笑いともつかない声は無視され、次々と別の技が掛けられているようだった。
「密森くん、死なないでね……でももしも死んじゃったら、お花ぐらいは供えてあげるわ」
誤植の訂正をしました。
申し訳ありませんでした。