Ⅶ
「みんな揃ってるぅ? 戻ってきてない子は居ない?」
操祈は観光バスの前扉のステップにスラリとした長い足をかけて、車内を覗き込みながら既に席についている生徒たちに訊いた。
「レイがいませーん」
バスの中ほどから男子生徒たちの唱和する声がした。
「あら、密森くん? まだ戻ってきてないの?」
「まだでーす」
バス内はしばし控えめな罵声のざわめきにつつまれた。
「ハイ、みんな静かにぃ……困ったわねぇ、一号車はもう発車するみたいなのに……」
腕時計を確認してバスの外へ降りると、周囲を見回してレイの姿を探した。自分と別れた後でレイはひとりだけ遅れてくることになってはいたものの、それでも万が一のことを思うと心に漣が立ってしまう。
それは生徒の身を案じる教師のものか、それとも恋人を想う女のものなのか境界が曖昧になっていた。
紺のジャケットの背中に風にゆれるロングストレートのブロンドヘアが映えている。
スーツとお揃いのワンピース、ローヒールのパンプスというシックなコーディネートは洗練された知性と美貌、それに清潔感のある女らしさを醸し出していた。加えてわずかに眉宇を翳らせた憂いの表情には、常の操祈とは違う弱さがそこはかとなく漂っていて、特別な彼女をいっそう特別な存在にしているようだった。
それは車窓から操祈の姿を追う男子生徒たちの目を惹きつけずにはおかないものであり、そればかりか、その場に居合わせた多くの観光客の目も楽しませていたに違いない。
「先生、密森くんが来ましたっ」
少しして、バスを降りてきた女子生徒の一人が背後を指差しながら操祈に告げる。
操祈が車体の影になっていた側に回り込むと、視線の先、パーキングのトイレの方から走ってやってくるレイの姿が目に入った。
「すみません先生、遅くなりましたっ」
レイは息急き切ってそう言うと、扉の横に立つ操祈には視線を合わせることもなく、ぺこりと頭を下げただけでステップを駆け上がっていく。
ほんの三十分ほど前まで自分たちがしていたことを思うと、操祈の心はまた乱れて頬が火照ってしまうのがわかったが、少年の方にはそんな危うい兆しは微塵も窺えなかった。
どこから見ても無害で安全なイキモノへと見事に擬態している。その徹底ぶりはなにかしらの能力ではないかと疑いたくなるほど。
しかし、そうしたものではないことは操祈にもわかっていた。
もしこの事が露見したら……。
考えただけでも身がすくむほど恐ろしい。
教師と生徒のただならぬ関係は、たとえどんなに二人が愛しあっていようとも決して許されることはないのだ。操祈が児童虐待の責めを受けるのは火を見るよりも明らかだった。
そしてもう二度とレイと逢うことはできなくなるだろう。
それを思えば少年の行動は賢明だった。彼なりにできることを最大限にしてくれている。
二人きりの時の自分を無慈悲に、そしてどこまでもやさしく苛んだ彼と、今のレイのよそよそしいようすは、全く違うように見えて実は根は同じだとわかるのだった。
すべて、こちらの身を案じてのこと――だ、と。
操祈の胸がまた熱くときめいた。
“あーあ、あたしなにやってるんだか、この食蜂操祈が、あんな子供に振り回されてるなんて……”
操祈はひそかにため息をついて気持ちを整えると、教師の顔をつくってバスに乗り込んだ。
「全員、居るわね?」
主に男子生徒たちの声が、ハーイ、と応えた。
シート番号と生徒番号とが一致していて、全員乗車済みであることをチェックし、さらにいま一度、生徒が全員揃っているのを確認した後、操祈はバスの発車ボタンを押した。
パワーユニットが起動してドアが閉まり、無人バスはゆっくり動き始めた。
「えーと、これからの予定を確認しておくわよぉ――」
前節と本節との間のお話は18禁となりそうですので・・・