Ⅷ
「あ、そうだ、忘れてた」
生徒たちへの伝達、確認など、ひと仕事を終えていちばん前の座席に落ちついていた操祈は、また、つ、とシートから立上がると通路の奥に向かって呼びかけた。
「密森くん、あなたには遅刻したペナルティをあげるわ。理由を書いて後で持ってらっしゃい。反省文よ」
レイはキョトンとした顔をしていたが、周りの男子にひやかされて頭をかきかき立上がると、素直に「ハイ」と返事をして頭をさげた。
操祈は自分の視線が、なお少年の様子を追いかけようとしているのを意識的に抑えて席に戻った。
用心しないと、と言い聞かせて。
#ちなだが、バカレイ、オマエどこ行ってたんだよぉ?#
#トイレに行ってて遅れるなんて、おまぇマスでもカイてたんじゃねぇのかっ、え、おい、白状しろっ#
#そんなワケないよ、コースケ君と一緒にしないでくれるかな#
生徒たちの話し声の合間にレイの声が聞こえてきて、操祈は座席の背に身をもたせたまま耳をそばだてていた。
レイはこの旅行期間中、主に男子六名ほどのグループで行動しているらしかった。
#みんなに置いていかれて……後を追っかけたんだけどみつからなくて、ねえ、みんなはどこ行ってたの?#
#俺らは予定通りだよ、ダンゴ食って、舞子はーんの写真を撮りまくって、それから操祈ちゃんを探したんだけど見つかンなくてサ、それで土産物を買いにぶらついたりして……オマエこそどこほっつき歩いてたんだよ#
#ボクはみんなとはぐれてから、あちこち探したんだけど、あんまり観光客が多かったから諦めちゃった……だってさあ、他所の学校の修学旅行と幾つもかち合ってたみたいで、どこもかしこも似たようなのがいっぱい居たから……#
少年の頭の中では、きっと観光客の多いことまで計算に入っていたのだろうと操祈は思う。
利発な少年が知略を巡らして、自分と二人だけになる時間を作り出してくれた……。
学園都市では、生徒には殆どと言っていいほど行動のプライバシーは与えられていないのだ。市外に出るのさえ許可がないと認められていなかった。
まして――。
思い出すと、強い羞恥が甦って操祈はすぐに窓の外に視線を転じた。スーツの胸もとを大きく起伏させて熱を帯びかけた呼吸を整える。
体の芯にはまだ愛情の余韻が熾となって残っていて、ちょっと油断をするとまた燃え拡がってしまいそうな、そんな危うい感じにされている。
あんなに烈しい情熱をぶつけてくるなんて……。
レイがとても情の深い子だというのを分っていたつもりだったが……それでも……。
操祈はスカートの中で両脚をきつく閉じ合わせ、腿の間に両手を添えて寄せてくる熱をやりすごそうとしていた。生徒たちの熱気がただよう観光バスの中で、人知れずプライベートな闘いを演じながら、もう逃げられない、覚悟を決めるしかないとも思ってしまう。
何もかも燃やし尽くすまで、この恋からはのがれられない、と。
潔癖なミドルティーンの少年の面前に、歓びを貪欲に求めて、これ以上ないほど自身の寝乱れた姿を晒けだしてしまった。
その後悔と不安とで身も心も萎みかけていた操祈に、レイは肌を接して温もりと思いを伝えようとしてくれたのだ。
男のやさしさが女の肌に沁みた。
いちばん欲しい時に、いちばん欲しいものを与えて慰めてくれた彼。
「先生はボクの夢だから……」
その言葉を思い出し、また目頭が熱くなってくる。
ずるいゾ――。
あんなことの後で、そんなことを言われたら……もう女は……。
恥ずかしい椅子の上で操祈は、体だけでなく心の中までも含めて全て、女の秘密を分かち合うしかなかったのだった。
前の説までで、いくつかみつかったミスを修正しました