ⅩⅠ
少女のスマートフォンにはレイとしか思えない顔が映し出されていた。眼鏡のフレームまでもがはっきり見覚えのあるものだったのだ。ツーポイントでブリッジの部分が太さの違う二本のワイヤーで編まれた特徴的なデザイン。
ほんの一時ほど前には、それが傍らのベッドの上に丁寧に折り畳まれて置かれていたのを、操祈は繰り返し圧しよせるうねりに弄ばれながら幾度も目にしていたのだった。心と体が散り散りになってしまいそうになるのを堪えるための最後のよすがとして、必死の視線を送っていた先にあった、その眼鏡――。
見紛うはずもなく間違いなくレイのものだ。
「……密森……くん……? でもそんな筈はないわ……だって八年も前にあの子がそこに居る筈がないから……」
「そうですよね、だから私も始めはフェイクじゃないかって、それで学校のオリジナルデータをあたってみたんですけれど、改竄の痕跡は見つからなかったので……」
他人のそら似――とやり過ごせないほど、レイ本人に酷似している、というより、本人以外にはありえないとすでに操祈自身が認めてしまっていた。
「顔認証にもかけてみたんですけど、結果は同一人物との判定が出てしまって……」
「ねぇ、このこと、もう誰かに話してしまった? 他にも知ってる人は居るの?」
「いいえ、誰よりも先生にお伝えしなければいけないと思ったので」
「そう……」
真っ先に思うのは事態のコントロール。妙なうわさ話となって尾ひれがついて拡散するのだけは避けたかった。
「ねぇ紅音さん、この件、私にあずからせてもらえないかしら? 本人にも直接、話を聞きたいし……理由が分ったら、なーんだってことになるかもしれないでしょ? もちろん私が調べて分ったことは、密森くんのプライバシーを侵害しない範囲であなたにもちゃんとお話するわ……どう?」
「私などが立ち入ることではないので、先生にお任せします」
「ありがとう、助かるわ」
操祈は少女に爽やかな笑みを向けたものの、さいぜんからの会話に妙な行き違いを感じていて、少女の顔をまんじりと見つめてしまった。
少女は少し前の自信なげな時とは違って屈託のない様子になっている。
「私、操祈先生のお役に立てて嬉しいです。きっと先生にはとても大切な問題になると思ったので」
「……?」
操祈が怪訝そうにしていることで自身の発した失言に気づいたのか、少女はさっと表情を一変させると、また殻に籠るような顔に戻ってしまった。
「だって……密森くんのことだから……」
俯いて囁くような小声で言い、それを耳にして操祈の顔色も白んでいった。
「どういうことかしら?……私が彼を依怙贔屓しているとか、そう思っているの?」
と胸を衝かれたかたちになって操祈の声はかすれている。
「わたし……」
迫られた少女は目を泳がせながら言った。
「そんなこと……思ってません……ただ……あの……」
「……あなた……いったいなにを……」
「信じてください、私、どんなことがあっても先生たちの味方ですから……」
少女からの予期せぬ物言いに、操祈は足許を掬われたような衝撃を受けていた。
何か誤解をしているのか、それともこちらにカマをかけている?
あるいは自分が早とちりをして相手の言葉の意味をとり違えているのかとも思ったが、怯えのにじむ少女の真剣な眼差しが訴えていた。
私は秘密を知っている――と。
どうして――!? という不条理を呪う感情が突如、胸の中で渦巻いた。
そのショックから立ちなおって、操祈の頭はまためまぐるしく動き始めた。
ならばいったいなぜ、どうやってこの少女は知りえたのか?
レイも、そして操祈自身も慎重にも慎重を期してひっそりと関係を重ねていたはずなのに。今日のことでもレイは何週間も前から綿密な計画をねりあげて実現させていた。互いにサーバーにログが残るメールや電話などは一切使わず、古いスパイ映画のようにメモや符牒を駆使して連絡をとりあって。
まどろこしいが安全には変えられない、というレイの考えには操祈も納得していたのだ。
だからレイ本人がセキュリティホールになっている可能性はまっさきにネグった。
では、この少女に学外でレイと二人だけで居るところを目撃されたりしていたのだろうか?
それもありえなかった。尾行などされていれば必ず気がつくからだ。たとえメンタルアウトの能力は失われても操祈は今でも他人の視線には敏感で、半ブロック離れていても気配を感じる自信がある。
透視や盗聴、盗撮についても同様で、操祈の目を欺くことは難しい。
メンタルガード――。
これもレベル4以上の高位の能力者を相手にする場合を除けば、鉄壁のはず。
自分の心が他人に侵される可能性は、高位能力者どころかレベル2の能力者さえほとんど居なくなった今ではゼロに近い、否、ゼロだ。
と、頭を整理したところで思考が硬直した。
レベル4以上……。
操祈は悄然となる。
「紅音さん……あなたまさか……」