傭兵たちの後日談(アフターストーリー)   作:踊り虫

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TIPS
・魔王
 本来は魔族と呼ばれる種族が統治していた国家イルスターニャを治める王の名だが、ここでは一世紀前に異界の怪物、魔物を引き連れて突如世界へ侵攻を始めた先代魔王、クライア・カトル・エルケニスの事を指す。

 クライア王は民を慈しみ、臣下を大事にしていたことから元は歴代最高の賢王と呼ばれ愛されていた。
 しかし一世紀前に突如異界の怪物、魔物を引き連れて全国へと侵攻を開始したのである。魔族は魔王一派――のちに魔王四天王と呼ばれる魔族とその配下――を除き、乱心した魔王を止めるべく武器を取るも敗北、極僅かな生き残りが各国に散り張り、魔王の乱心を訴えた。
 大陸最大の国家であったブリタニア帝国が落ちたことで各国は同盟を締結、連合によって魔王軍に対処するも、際限なく湧き出る魔物を前に惨敗。それ以降人類は『勇者』が召喚されるまで劣勢を強いられることになる。

 最終的には、勇者とその仲間たち、そして連合軍との総力戦の果てに討ち取られることとなった。この戦いを『魔王討伐戦役』と呼ぶ


傭兵たちの始まり、その1

 木々の間を潜り抜けるように、2つの人影が駆けていく。

 

 昼間には木漏れ日によって明るくなっていた森も、黄昏時の今では薄暗く、既に禍時(まがとき)の様相を示し、動物たちの声も風で鳴る葉音もなし。

 

 あるのは人の吐く息とこすれあう鎧の音――そしてそれを追う大きな足音が複数。

 

「トラヴィス!あとどれくらいだ!?」

 

 2つの人影の一つ。騎士鎧を身に纏った男が前を走る耳の長い青年に声を掛けた。

 ――良く見ると騎士鎧の男は脇に黒い肌と左右の耳で長さが違う小柄な少年を抱えながら駆けている。

 

「無駄口を叩く暇があったら走れ!」

 

 呼びかけられた黒装束の青年は手に持つ短弓に矢を番えると、後ろに向けて矢を放つ。

 その矢は追跡者の一体に当たった。

 

 「■ォォォ……」

 

 ドスン、と倒れる音がした。

 どうやら当たり所が良かった(クリティカルヒットした)らしい。足を止めずに横目で窺うと脳天に矢が刺さっている。走りながらでよく当てた物だ。

 

「マジかよお前!?すげぇなオイ!」

「褒めてる場合か!」

「驚いてんだよ!」

「同じだたわけ!走るのに集中しろ!」

 

 余裕なんだか、そうでないのかわからないやり取りをしながら走る二人――ふと、男が小脇に抱えていた少年が口を開いた。

 

『枷に繋ぐは悪逆の徒。影よ、掴め。夜よ、呑みこめ。闇よ、染まれ。御神は汝の魂を断罪する――』

 

 それは詠唱――魔法を発動させる秘伝の口訣。

 闇の女神、司法の番人であり、夜の化身たるミナス神の恩恵は、闇の中でより力を増す。

 

『――刑罰執行、冥府に落とすも生温い!闇へと葬れ【獄卒の(かいな)】』

 

 瞬間、追跡者の影が二つ消えた。

 否、地面から伸びる黒い腕に闇の中へ引き吊り込まれたのだ。

 

 ――【獄卒の(かいな)

 無数の腕が対象を肉を腐らせ魂を朽ちらせるどことも知れぬ闇の中に引き吊り込むミドルスペル(中級魔法)。少年の()()()()()()()()()()()()()だった。

 

「やるな息子!」

「誰が息子だっ!ボクの方が年上だって言ってるでしょうがっ!というか二体取り逃がした悔しい!」

「……息子が反抗期でつらいんだけど、トラヴィスどうすれば良い?」

 

 黒装束の青年、トラヴィスは無視した。

 男はしょんぼりした。

 

「――あ、見えました!あそこです!」

 

 少年が叫んで、指差した。男はその方向に目を向けた。

 彼らの右前方、木々の切れ間に森の中にしては()()()()()()()()()がわずかに見えたのだ。

 ――もしも少年が気付かなかったら誤ってそのまま横を通過していたかもしれない。

 

「でかした!クルース!」

「え、えへへへへ!」

 

 クルースと呼ばれた少年が見た目相応の照れ笑いをしていた。

 

「そこに向かうぞ――危ない!」

 

 青年の声を耳にしながら、男は「あ」とマヌケな声を上げて前のめりになる。

 木の根だ。地面の上に出てきていた木の根に足を引っ掛け、体勢を崩したのだ。

 ――男の行動は迅速だった。

 

「トラヴィス!受け取れ!」

「うわぁぁぁ!?」

 

 小脇に抱えていた少年を青年に向けて放り投げる――がトラヴィスは難なく受け止めて走り出す。

 男は背に預けていた大剣の柄に手を掛けて――

 

「ウラァッ!」

 

 豪快に背後へと振り返り様に薙ぎ払う。

 血飛沫が飛び、背後に迫っていた影が断末魔すら上げずに倒れ伏す。

 ――大剣の軌跡は追跡者の胴体を綺麗に捉えていた。

 

 返り血を浴びながら、男はすぐに踵を返して二人を追いかけ、追いつく。鎧を着ているとは思えない速度だ。

 

「イヤァッホゥ!オレも捨てたモンじゃねぇなぁ!そうは思わねぇかクルース!?」

「そうじゃないでしょ!ボクを放り投げるとか危ないじゃないですか!というか自分でも驚いてるのばればれなんですよ!――あ、トラヴィスさんありがとうございます」

「まぐれ当たりだって立派な当たりってな!」

「走ることに集中しろこのバカ親子!」

 

 トラヴィスが怒鳴るのを男は豪快に笑い流しつつ、また背後を見やる。

 少し離れたところを追跡者たちはまだ追いかけて来ていた。その足は俊敏で、事を起こす前に()()()()()が施した脚力強化の魔法が無ければ追いつかれていたに違いない。

 男はほくそ笑んだ。

 

「作戦通り、ってね」

 

 

◇◇◇

 

 

 男達が見つけた明かりの先は拓けた広場になっていた。

 あちこちに切り株がまだ残っており、その切り口も新しい。しかも中央には人が隠れられる塹壕まで掘ってある。

 

 その中から、一人の可愛らしい獣人(ライカン)の少女が顔を出した。濡れ羽色の髪を左右に分けて結っており、その頭には丸い獣の耳――大陸東の国、ヤマトにのみ存在する狸という獣の物――が髪の間から生えている。

 二重瞼から覗く金色の垂れ目や全体的に丸みがある顔立ちは、彼女の穏やかな気性を表しているようで愛らしく可愛らしい少女だった。

 しかし、そんな彼女の唇は一文字に引き結ばれて、眉間にも少しばかり皺が寄っていて彼女の緊張感を示している。

 頭に付いた丸い耳をぴょこぴょこと動かし、鼻もすんすん、と動かしてなにやら窺うと、少女は手元にある()()()()()に声を吹き込んだ。

 

「左前方10時ん方向から来はるなぁ、陣形をちびっと(少し)変えましょか」

 

 『はいっす!』と筒の中から声があった。良く見るとその筒に底板があり、そこに付けられたワイヤーが伸ばされている。

 今で言う『糸電話』だ。

 

 伸ばされた先は自身の背後の茂みの裏に続いている。

 

 がさり、とそれが動いた。

 

 ――がさりがさりがさり。

 

 自然の茂みが動くなどありえない。よくよく耳を澄ませば、ひそひそとした話し声も聞こえてくる。そして動いている茂みもよく見ると葉の茂った木の枝が大量に付けられた木の板だ。

 

 ふと、筒から声が聞こえた。

 

『これで大丈夫っすかね?』

おんおん、ほしてええよ(うんうん、それでいいよ)

『……え?ほす?』

「あ……それでいいよって言いたかったんよ。かんにんなぁ(ごめんね)

『かん?……あ、はいっす』

 

 その返事を聞いて、少女――アズサは唇を尖らせた。

 アズサの話す言葉はヤマトの一部の地域で使われていた強い訛りがある。

 お陰で慣れている仲間内以外ではあまり伝わらない。

 

「むぅ、なして(なんで)クルースを連れていかはったんや……うち、標準語しゃべれんて(話せないって)言うた(言った)のにぃ」

 

 そんな少女の独り言染みた愚痴に、返事があった。

 

「策敵、必須」

 

 こちらも獣人(ライカン)の少女だった。表情こそ乏しいが、艶のある紅色の髪は長く伸ばされ、顔立ちも美しい。夜闇で金色に輝くその眼は爬虫類の物に近しいが、しかし同時に放たれる威圧感は彼女が上位の捕食者であることをはっきりと示しており、その証拠に左腕をまるで鎧のような鱗で覆われ、首元を覆う鱗の中には一枚だけ()()()()が見て取れた。

 

 ――竜のライカン、竜人である。

 

 今は亡き大国において高貴な身分にあった種族であり、その血統からか、服装こそ長旅用の少々薄汚れた外套と皮鎧という物であったが、その高貴さを打ち消すには至らない。

 

 そんな少女が口にしたのは簡潔な単語を二つだけという物だったが、アズサにも言いたいことは伝わっていた。

 アズサは獣人だ。嗅覚も聴覚も人と比べたら数段上であるため策敵役に最も相応しい。しかし、仲間には自分よりもそれが上手い人が居る。

 

「ほんならトラヴィスはんを残せば何も問題あらへんがな(問題無いでしょうが)

「……経験不足」

 

 キーッ!とアズサはへぞをかんだ。事実であるだけに反論しようが無いあたりが一番悔しい。

 自分はどちらかと言えば腰に帯びている刀を振るう方が性に合っていることも理解しているし、それにまだ15の小娘では経験もそれを補う知識も足りていない。今回の作戦を磐石にするための配置だと言われ渋々了承したのが今朝のこと。

 

 だが、それならまだ会話が出来るクルースを置いて行って、隣にいる()()()()()()()を連れて行って欲しかったものである。

 

「……大丈夫?」

よういわんわ(よく言うよ)あんさん(あんた)が代わりに言うてくれればいいだけやのに(言ってくれればいいだけなのに)!」

「……?」

「あかん、伝わっとらんわ」

 

 アズサは空を仰いだ――空は黄昏から、禍時へと移り変わろうとしていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 事の発端は4日前、道中の魔物を追い払ったりしながらルミナス王国領の山中にある村に辿り着き、宿を探していたのを親切な村の若者の計らいで泊めてもらうことにした夜のことであった。

 

 その村――サンパ村は石造りの家屋に暮らしており、床は良く磨かれた木の板で作られていた。

 また裸足になるのが一般的なようで、靴を脱ぐと熱いお湯を桶に持ってきて足を洗い、乾いた布で水気を拭ってから上がるのが一般的なようだった。

 ヤマトの様式に近かったこともあって出身者のアズサは「足湯や!」とはしゃぎ、トラヴィスは興味深げに麻布で足を磨いていた。

 

 閑話休題。

 

「魔物が増えた?」

 

 彼らを家に招いた村の若者、アインと名乗った青年は、男の言葉に頷いてみせた。

 

「はいっス。この村はなんの特産品も無い場所っスけど、2年くらい前まで魔物が寄って来ないぐらい平和な村でした。だから被害があるとしても野生の獣、それこそ野犬とか猪が畑を荒らしたりってぐらいで、まだ大丈夫だったんスよ」

 

 だろうな、と男は思った。

 魔王の侵攻が最も遅かったルミナス王国は、ダンジョンが現れるようになった三年前まで魔物の被害が比較的少なかった土地だ。このような山中の長閑(のどか)な村では尚更のことだろう。

 

「でも、2年前に普通じゃない大きさの熊にきこりのおじさんが食い殺されて大騒ぎになったんす。その時は、旅の鍛冶師を名乗るお兄さんの助けもあってその化け物熊を退治したんスよ」

「そこの武器はその時に作ったのか?」

 

 黒装束を身に纏う白い肌のエルフの青年トラヴィスの問いに「はい」とアインは頷いた。

 

「流石にお兄さん一人じゃ大変だと思ったんで武器を作ってもらって村の若い衆も集めて協力したっす」

 

 なるほど、と男は壁に立てかけてある木の剣と小盾、そして弓を見た。棍棒や小盾は他の村でも見たことはあるが、木の剣はしっかり手入れがされ、盾も中々に立派だ。

 ただ、弓はあまり得意ではないのだろう、矢筒には矢が数本入ってたが、あまり使わない所為かほぼ新品同様に見えた。

 

「で、鍛冶師のお兄さんが旅に出た後も村の若い衆で自警団みたいなことをして、村に近寄ってきた魔物を追い払ったり、仕留めたりしてたんスけど……最近魔物が村の近くに現れる頻度が増えてるんスよ」

「それ、ダンジョンが大きくなったんじゃないです?」

 

 青年の言葉にフードを外した黒い肌に右耳の短いエルフの少年、クルースが問いかけた。

 

 ――ダンジョン。

 3年前の魔王討伐以降確認されるようになった魔王の遺した呪い、なんて呼ばれる魔物の巣窟の総称である。

 ダンジョンはどこにでも出現、成長し、ある程度の規模を持つと入り口から魔物が出入りするようになって周囲に被害を与える。

 しかしダンジョン内に潜り、見事深奥に居る番人を倒すことでダンジョンは消滅、代わりに特別な力を備えた道具、『宝具』が手に入る。

 

 しかし、低級のダンジョンであっても個人での踏破は難しく、集団であっても帰ってこなかったという話も多い。

 しかもダンジョンは定期的に各地で発生、減ることはあっても完全に無くなることはありえない――という情報がここ一年の間に公表されたのだったか。

 

「ウス、俺達も噂に聞くダンジョンだと思って自警団のみんなで探してるんスけど、ダンジョンがどういう物か全く見たこと無いんで、見つけられてないんスよ。魔物の後を追うって案も出たんスけど」

「私が止めました」

 

 そう言って女性が男の前に木の御椀を差し出した。アインの母親、フィーア夫人である。

 彼女が配っている御椀の中には野菜がごろごろと入ったスープで満たされていた。彼女は順繰りにそれを配膳すると席に着く。

 

「素人のあたしらじゃ見つけてもどうしようもないし、無理に突撃しても返り討ちに遭うってね」

「賢明な判断だ。素人が前知識も無くダンジョンに行くのは自殺行為だからな」

 

 フィーア夫人が、ふかした芋を山盛りにした器を、テーブルの中央に置くのを尻目に、トラヴィスは淡々と告げた。

 ダンジョンでは腕っ節はあればあるだけ良いものの、それだけではどうにもならない部分も多い。

 特に問題となるのは魔物の習性や策敵能力、そして対応できる手札の数だ。あまりにも硬すぎて魔法無しでは対応できないなんてのも少なくない。

 この村に戦闘を行える魔法使い(マジックユーザー)が居るとは思えなかった。

 

「だがよ、それじゃあ手詰まりなんじゃねェか?」

「ええ、それで村長の息子さんがウチの人を護衛に助けてくれる村や町が無いかって山を下っていきました」

「親父さん強いのか?」

「ウス、まぁ腕っ節だけなら村一番っスね。丸太を一人で軽々と持ち上げたりするっスから」

 

 そう言って、アインは力こぶを作るようなジェスチャーをした。

 残念ながら彼は引き締まった身体をしてはいたが、立派な力こぶは作れそうに無かった。

 

 しかし、それが功を奏するとは思えなかった。

 この近辺に村や街があるのかわからないこともそうだが、このような人の行き来に向かない辺境の村に救援を送ってくれるような村や街があるとは考え難い。

 

 (とすれば、自分たちがここに来たのは、神様のお導きって奴なのかねぇ……)

 

 そんなことを億尾にも出さず、カインズは快活に笑った。

 

「おお、そいつぁ会ってみたかったもんだぜ。オレと親父さん、どっちの腕っ節が強いか腕相撲でもして勝負できたのによ」

「そりゃ良いッすね!親父もよろこびそうっす!」

 

 そんな他愛無い会話をしつつ、フィーア夫人が席に着くのを確認して、男とトラヴィス、クルースは手を組んでお祈りの作法を取り――

 

「いただきます!」

 

 アズサだけが手を合わせてそう言って料理に手を出そうとしてピシリとそのまま固まった。

 そのことを失念していた男が慌てて弁明しようとして――

 

「あら、あなたヤマトの生まれだったのね」

 

 フィーア夫人がそう言ったことに目を丸くしたのだった。

 

 夫人の言う通り、アズサは大陸の東にあった国、ヤマトの生まれである。

 しかしここはルミナス王国であり、ルミナス教のお膝元であるため食前に一分ほどの黙祷を捧げるのが慣わし。そのためこの作法は『無作法だ』と咎められるのだ。

 

「おねえさん、『いただきます』って知っとるん?」

「あらあらお姉さんだなんて!アイン聞いた!?」

「なんで俺に振るんスか……。10年前にここに移り住んできた一家がそのヤマト生まれだったのと、さっき話した鍛冶師の兄さんがヤマト生まれだったんで聞いたことがあった程度のもんッス」

「そないやったん……こんな場所にも生き残りがいてくれはったんね」

 

 アズサがしみじみと言った。

 ヤマトは10年ほど前に首都であった京を魔物に滅ぼされ無政府状態に陥り、生き残りは放浪している者や各地の残った村落や街が外壁や堀を作って要塞化し魔物の襲撃に備えながら自治を行っている場所がほとんどだ。

 しかし各地に出現したダンジョンの影響で滅びと背中合わせの日々を送っており、生き残った人々は一日一日を賢明に生きようと足掻いていた。

 

 そんな国で生きていたアズサだから、何か思うところがあったのだろう。それに口を出すのは野暮という物。男は何も言わないでおいた。

 

「そうだ、じゃあ今夜はヤマト式のお祈りをしましょう」

 

 だからフィーア夫人の提案は非常に有り難かった。

 

「……ええの?」

「ええ、女神様たちも一日くらいは許してくれるはず。みなさんそれで良いかしら?」

 

 男は「そりゃいいな」と応じ、クルースとトラヴィスも頷くと、全員手を合わせた。

 

「じゃ、アズサちゃん、お願いできる?」

「うん!……いただきます!」

 

「いただきます」と、声を揃えて、そして皆食事を始めた。

 

「……あ、これえろうおいしおすなぁ(すごく美味しいなぁ)!」

 

 アズサがそう言ってスープに舌鼓を打っているのを男は微笑ましく見ていた。

 

 

 

 

 ――久方ぶりの立派な食事を前に野郎三人と少女一人が大喜びで掻き込んで、大人気(おとなげ)なく(一人は見た目少年で一人は少女だが)おかわりをいただいた食後のこと。口元を拭うと、男は話を切り出した。

 

「魔物が増えたことをオレたちに伝えたってことは、その鍛冶師みたいに狩りの手伝いをすりゃいいのか?」

 

 すると、アインは慌てたように手を振った。

 

「あ、いやそういうつもりじゃないっすよ!?ただ、小さい子を連れてるんで魔物が出てくるから気をつけて行って欲しいってだけで」

「誰がガキですか誰が!」

 

 クルースが憤慨したのを男は「どおどお」と宥めた。エルフは長命な種族で200年ほど生きる。

 そのためクルースは少年の姿をしているが、実際の年齢は40代半ばである。

 

 ――エルフで見ればやはり子供なのだが、そこを突っついて怒らせるつもりは無かった。

 

「そいつは悪かった。確かにこいつらはこんな(なり)だが、立派な傭兵でね」

「この子たちが、傭兵、ですか」

 

 フィーア夫人が二人に目を向けた。

 自分の息子と比べても小柄な二人の少年少女が傭兵なんていう明日の身すら知れぬ生業をしていることが哀れなのだろう。

 だが、この子たちはまだ、暴力へと抗う術を持っている。それだけのことで救われている子供がいることを、男は知っている。

 山中にある僻地の村だ。世界ではもっと酷い扱いを受けている子供が居ることを彼女は知らないのだろう、と男は思った。

 

「――あなたたちは」

「大丈夫だよお嬢さん」

 

 そう言ったのはクルースだった。

 

「こんなことしないで良いって言ってくれてたんだけど、ワガママを言ってボクらが勝手に着いて行ってるんだ」

そやそや(そうそう)、うちら、好きで着いてきとるさかい(ついてきてるから)気に病まんで(気に病まなくて)ええよ」

 

 続けてヤマトの一部で使われる訛で言うアズサだったが、言葉は分からなくとも、言いたいことは伝わったらしい。

 フィーア夫人は溜め息をこぼし、二人に尋ねた。

 

「この人達が、あなたの親代わり、で良いのよね?」

「?、そやけど、それがどないしましたの?」

「だったら、この人達より先に死んではダメよ?親っていうのはね。子に生き抜いて欲しいと願っているものなの」

「……そういうもんやの?」

 

 その言葉に、男は二人から目を逸らす。そんなこと、真正面から言えるか!

 ごほん、と咳払いを一つして、男は慌てて話題を逸らす。その頬は気恥ずかしさから朱に染まっていた。

 

「ま、まぁ、一宿一飯の恩に加え、こいつらの心配までしてもらったんなら恩義に報いるのが筋ってもんだ。明日ダンジョンを探してきてやるよ」

「ほ、本当ッすか!?」

 

 喜ぶアインを尻目にクルースがぽつりと呟いた。

 

「最初からそのつもりだった癖に……また、タダ働きかぁ」

「そう言うなよ。タダ飯ってのはそれはそれで気にしちまうだろ?」

「それはそうですけど」

 

 クルースからジト目で見られ男は萎縮した。

 クルースは行商人の息子である、今でこそ傭兵に身を窶しているが財政管理は彼に一任されていたからこその小言であった。

 

「クルース、この人のお人好しは今に始まったことちゃうでっしゃろ?三つ子の魂百まで言うさかいな。それにそないなお人やったからこれまでやってこれたんやし」

「それで痛い目を見たこともあるが、何も攻略をしようって訳じゃないからな。一宿一飯……いや、もしかしたら明日もお世話になるかもしれんが、恩を返すという意味では丁度良い。それにどうせ探しに行くのは僕とアズサだ。そう目くじらを立てる必要は無い」

「……そういうことらしいので何日かお世話になります」

 

 アズサとトラヴィスがそう言うと、流石にクルースも引き下がると、フィーア夫人に頭を下げた。

 フィーア夫人がいえいえ、と微笑んで、ふと、思い出したかのようにアインに訊ねた。

 

「そういえば、傭兵さんたちのお名前を窺っていなかったのだけど、アイン、紹介してくれる?」

「あー、そういえば俺も傭兵さんの名前を聞いてなかったっスね」

 

 アインの言葉に男は苦笑いをこぼし、フィーア夫人は息子の頭を引っぱたいた。

 

「あいたっ!母さんなにするんスかぁ!?」

「このおバカッ!なんで家に泊めようって人の名前も確認しないで!すみません、抜けた息子で」

「いや気にすることは無い。むしろ碌に名乗りもせず、礼を失したのはこちらだ――僕はトラヴィス、そして彼女はアズサ、彼はクルースという」

 

 トラヴィスの紹介にアズサとクルースがそれぞれ「よろしゅう」「よろしくお願いします」と応じた

 

「そしてこいつが――」

 

 トラヴィスの言葉を引き継いで、男は答えた。

 

「――カインズ、傭兵のカインズだ」

 

 

――まさか、これが後に『施しのカインズ』の渾名で知られることになる傭兵と『傭兵団らしくない傭兵団』として知られることになる『カインズ傭兵団』の始まりになるとは誰も知らなかったのである。




京都弁の参考に出来るサイトが見つかってよかった……とはいえ、こちらが間違った文章で書いてしまっている部分があっても気付けないのでなんとも言えませんが。

いやはや、方言キャラを書いてる作者さんって博識なのか、もしくは本人もそれを用いているのか、そういう書籍とか集めてるのか……いずれにしろその労力を知りました……


・フィーア夫人
 アインの母親としてこちらで設定した女性。心優しく慈悲深いがちょっと抜けている。そんな母親をイメージ。
 名前の由来はドイツ数字である4(フィーア)から。同じくドイツ数字の1(アイン(ス))繋がり。
 本当は2か3にしたかったけどどっちもイメージよりもめちゃくちゃ強そうな名前になっちゃって「いや違うだろこれ」、となってやめました。


・カインズ。
 本作の主人公。名前の由来は親切を意味する英語のkindness。発音が近いカイネスも候補だったけど、カイネスだと個人的に優男なイメージが先立ったのでこちらにしました。
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