傭兵たちの後日談(アフターストーリー)   作:踊り虫

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 そろそろ事態をある程度動かさねぇとなぁ……


傭兵たちの始まり、その7

「あぁぁぁぁぁぁっ! 離せ! 離せクソ狼!」

「トルリース!」

 

 ドゥルヴァがトルリースの足に噛り付いた一つ首(ハウンド)の首に斧を全力で叩き込んで骨を圧し折り大慌てで引き摺って戻ろうとしたが、それを黙って見守ってくれるほど魔物は優しくはない。

 隙だらけの二人を狙って一つ首(ハウンド)が飛び掛かる──

 

「アジス! アイン!」

 

 ドゥルヴァの声に応じて飛び出したアインが狼の横っ面を盾で殴って怯ませ、アジスが矢を射掛けるとすぐさまドゥルヴァが肩にトルリースを抱え挙げる。傷口は酷いが、早く処置すれば助かる傷だ

 そうして顔を青くしながら三人は、全員が全員、叫んで走り出した。

 

「「「走れェェェェェェェェェェッ!」」」

 

 一目散に逃げ出した三人の後ろから、多くの一つ首(ハウンド)が追いかけてきた。

 

 

 

 ──想定外の襲撃だった。

 

 そもそも今日は前回の間引きで無くなった柱を立てて、再度蓋をする作業をする予定であり、一つ首(ハウンド)の群れが襲い掛かって来たのはその最中。

 前回の間引き以前にも襲撃はあり、普段どおりであれば撃退していたが、数が問題だった。

 

 

 ──一つ首(ハウンド)! 目測だけでも40頭! 全員村に戻れッ! 

 

 

 ダンジョンの方向を監視していたトラヴィスの報告だ。

 最初は現実味の無い数に自警団員は首を傾げ、しかしそのままカインズが呆然とするアインの尻を蹴り上げたことで再起動を果たしたアインが声を張り上げて撤退を指示したことで自警団は全員村へと駆け出したのだ。

 

 幸い二つ首(オルトロス)の姿こそ無かったが、この数の強襲を真っ向から迎え撃つなど不可能。

 

 

 ──クルースとルビーは自警団を守りながら撤退! アズサ! トラヴィス! オレ達で数を減らすぞ! 

 

 そして傭兵たちは村人達を逃がすためにクルースが『茨の檻』で一つ首(ハウンド)を分断、ルビーと共に自警団の誘導を務め、残ったカインズ、アズサ、トラヴィスの三人が一頭でも多くの一つ首(ハウンド)を屠る。

 

「みんなこっちだよ! 急いで!」

 

 先頭を走るクルースの声を聞きながら、アインは願った。

 

(どうか、皆、無事に帰れますように)

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ダンジョンの魔物と通常の獣との大きな差異は狂ったように人へと襲い掛かるその凶暴性と数による暴力、そして高い生命力だ。こちらが攻撃しようがきっちり一撃で仕留めなければ高い生命力で生き残り、そのまま群れでお構いなく突撃してくる。そこに野生の動物が持つような知性は微塵も感じられないだろう。

 

 ──故に、迎撃は非常に容易い。

 

「オラァァッ!」

 

 裂帛の気魄と共に横なぎに振るわれた大剣──鉄の塊が空気を裂き、迫り来る狼の胴を打ち抜き。

 

「セイッ!」

 

 迅雷が如き返しの刃が反対から飛び掛って来た三頭の狼をまとめてなぎ払い。

 

「ラァッ!」

 

 更に柄から離した右拳での裏拳で飛び掛って来たのを叩き落し。

 

「フンッ!」

 

 更に足で踏みつけて頭蓋を粉砕する。

 

 

 ──生き残るためになんでも使えるようになるのが一番なんだろうが、人一人が持てる物なんて限度があるからな、なら元々ある物を武器にするしかない。という訳で、アタシと組み手だ。こんな美人と組み手とか嬉しいだろう? ──

 

 ニヤニヤと人を食ったような笑みを浮かべて、若き日のカインズを見下ろす獅子の獣人(ライカン)

 己の師の姿を思い出して苛立つと同時に、その教えのお陰で生き残っていることを痛感するのだ。

 

(本当に──)

 

 ──隙だらけのカインズ目掛けて飛び掛って来た一つ首(ハウンド)の横っ腹にナイフが突き刺さり、飛び出てきたトラヴィスが蹴り飛ばし。

 

「助か──」

「疾ッ!」

 

 続け様に手にした短剣でカインズの死角にいた一つ首(ハウンド)の首をかき斬る。

 

「余所見をするな阿呆!」

「ア、ハイ」

 

 カインズが答えたのを確認して、そのまま音も無く森の木々の合間に消えて行った──流石はトラヴィス。奇襲はお手の物か。

 少し離れたところでアズサも複数の一つ首(ハウンド)に囲まれながらも上手く攻撃をいなして時間を掛けながらも隙を見つけては二刀で撫で斬りにしていく。

 そしてその横、森の木々の合間から飛び出す矢が更に一頭を打ち抜いた。

 

(本当にオレは──)

 

「アズサッ、ここはもう良いからクルースたちを追え!」

「まかしとき!」

 

 その言葉と共に一つ首(ハウンド)から身を翻し、そのままアズサが姿を消した。縮地だ。

 置き去りにされた一つ首(ハウンド)たちが走り去っていくアズサの後姿を見つけて追いかけようと一歩踏み出し、そこにカインズが割り込んで牽制する。

 

「オラオラァッ! テメェらの相手はオレだァッ!」

 

 新たな獲物に飛び掛ってくる一つ首(ハウンド)を前に、カインズは大剣を正眼に構えた。

 ただ向かって来るだけの相手は容易いとはいえ、迎撃している間に別の方向からの攻撃に対処は出来ないのはカインズとて同じこと、同時に飛び掛られたらひとたまりも無い。

 しかし、目の前の一頭を叩き潰す間に、トラヴィスの投げた短剣が残った狼へと突き刺さり、怯ませ、更に最も遅れていた一頭に急襲。頭に短剣を突き立てる。

 

 ──実は、先ほどからトラヴィスは一つ首(ハウンド)に狙われること無く、自由に動いている。

 

 それがどのような隠行術なのかはカインズにはさっぱりだが、共に行動するようになってからこうした状況をよく目にすることになった。

 

 自分やアズサを囮に、時には罠を仕掛け、時には援護を、時には一撃離脱を行い、確実に敵を霍乱(かくらん)し、数を減らしてくれる熟練の隠行使い。

 

(──本当にオレは、運が良い)

 

 トラヴィスが居なかったら、アズサを自警団の援護へと向かわせることなど出来なかった。

 いや、それ以前にアズサとクルースを逃がして自分一人で一つ首(ハウンド)の群れと戦ってくたばるか。

 だが、卓越した隠行術と冷静な戦術眼を持ち合わせ、隙を見逃さす仕留めてくれる、そんな頼もしい仲間が居てくれたことがどれほどの幸運か。

 

(神の思し召し、なんて言うのはそんな好きじゃねぇが)

 

 自分はとても運の良いヤツなのだと、トラヴィスが怯ませた一つ首(ハウンド)を両断しながらカインズは再確認するのだった。

 

 

 

 一つ首(ハウンド)の殲滅に20分近く時間を取られてしまった。肩で息をしながら、カインズはトラヴィスに目を向ける――息一つ乱していないあたり、流石だ。

 

「オレは村」

「僕はダンジョンに」

 

 トラヴィスと一言ずつ交わし、別れる。

 統率種も居ない中で40頭近い群れが生まれることはまずありえない。つまり、ダンジョンで何かが起きたのは明白。

 確認しにいくのが並の斥候であればカインズは止めただろうが、トラヴィスは並では無い。情報を持ち帰ってくれるだろう。

 

 カインズは村へと駆ける。

 道中で血痕と一つ首(ハウンド)の遺体を見つけたが、人の遺体は見当たらない。土地勘は自警団の奴らの方があり、そこにルビーの援護とクルースの妨害がある。村に戻れていると良いが──

 

 ◇◇◇

 

 カインズが村に着いた時点でまだ戦いは続いていた。一つ首(ハウンド)は目測で20頭弱。道中でも何頭か亡骸を見たのでかなりの数がダンジョンから出てきたようだ。

 

 柵の外に出て戦っているのはルビーとアイン、ドゥルヴァを筆頭とする自警団の中で前衛組と呼ばれていた面々。それぞれが手傷を負いながらも孤立しないように固まって動き、武器や盾で猛攻に耐えている。

 そして柵の後ろから矢を射掛ける弓組──負傷者が多いのか、数が少ない。キイチまでもが片腕を負傷したのか、精度も悪い。

 死者無しでここまで耐え抜いたのが奇跡的だった。

 

 しかし、一つ首(ハウンド)たちは引き下がらない。

 何度も猛攻を仕掛け、その巨体で押し倒そうとしては連携して押し返されるを繰り返す。その押し返す側にルビーも加わっているために魔法を準備する暇も無く、アズサも単独で数体を引き付けてはいるが多勢に無勢、柵の奥でクルースが青白い顔で倒れているのを見る限り、逃げてる間に魔力を使いすぎたか。

 このままでは自警団の方が押し込まれる。

 

 その前に間にあって良かった。

 

「オォォォォォッ!」

 

 木々の合間から身を低くしたまま飛び出し、大剣で下から上へと大振りで叩き込み、振り上げる勢いそのままに一つ首(ハウンド)の巨体を吹き飛ばす。

 

「野郎共、生きてるな? 反撃開始だァァァァァッ」

 

 自警団から雄たけびが上がった。

 挟み撃ちの形でカインズは大剣で狼たちを叩き潰し、自警団はここぞとばかりに一つ首(ハウンド)たちを押し返す。

 

「ハッハァッ!」

 

 傍目から見ればたった一人増えただけであり、状況は多勢に無勢であることに変わりない。

 

 しかし人とは不思議な物でその一人の差で士気が上がり、士気の高さが勝敗をひっくり返すことがあるのも戦いの常。自警団も群れを相手に恐れることなく飛び掛るカインズの姿に感化され、声を張り上げて傷付きながらも一体、また一体と屠っていく。

 

 そして──

 

「ぬぅぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 ドゥルヴァが血濡れになった斧を最後の一頭に何度も何度も叩き付け、そして完全に動かなくなった。

 息を整える彼の姿を横目にカインズが大剣を掲げる。

 

「勝ったぞォォォォォッ!」

 

 ワァァァァァァァッ! と歓喜に沸いた。

 自警団側は負傷者こそ多数出したが、この襲撃を乗り越えることが出来たのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 急ごしらえの救護所とした村の集会所で怪我をした自警団員の治療のためにアズサとルビーを中心に村人たちが忙しなく動き回るのを、カインズもまた横になって見ていた。

 

 鎧の上からとはいえ魔物相手に彼方此方噛み付かれては怪我もするというもの。戦っている間は興奮のあまり痛みを忘れているが、落ち着いてくれば体は痛みを思い出す物で、こうしてご厄介になっているのだ。

 

 体感的には全治一週間。荷物として持ってきていたポーションとルビーの治癒魔法込みでも三日だが無理を通せばまだ動けるといった程度。少なくとも今日はおとなしく療養しなくてはなるまい。骨が折れていなかったのが不幸中の幸いだった。

 

 なお、アズサとルビーは元々攻撃を受けないようにする立ち回りが基本。小さな擦り傷などはあれど大きな怪我は無く、処置も簡単に済んだので看護する側に回っているのだ。

 アズサは先の魔王討伐戦で救護所の手伝いをしていたので不安は無く、ルビーは応急処置程度にはなる下級の治癒魔法を会得していたのであちこちで怪我の重いのを優先して治癒を施してもらっている。

 クルースは──

 

「足は大丈夫だった?」

「大丈夫! しばらくは歩けないけどルビーさんの魔法とアズサちゃんの準備してくれた軟膏のお陰で痛みも引いたし、静かにしてれば2週間もあれば動かせるようになるって言ってた。それにしてもクルースはいっつもぶっ倒れてるよな? 魔法って不便なのか?」

 

 藁の敷物の上で横になりながら同じく横になっているトルリースとお喋りをしていた。魔力の欠乏が原因であり、半日はゆっくりと安静にしてるように、とアズサから釘を打たれて苦笑いしていたのは記憶に新しい。

 

「僕の使う魔法って実は魔物には効き難くて」

「そうなのか? でも狼の群れを黒い茨で何度も邪魔してたじゃないか」

「あれは魔力を多く使って強くしてるんだ。普段どおりに使ってたらあの群れ相手じゃ突破されてただろうからね」

「へぇ~、でもあれだけの狼を押さえ込めるのはすごいよなぁ~……なぁ? オレも魔法使えるようになんねぇかな?」

「文字の読み書きが出来る様になって、古代ルミナス語を覚えてから古文書を読み解く必要があるから勉強して、王都の士官学校に行くか、魔法使いの弟子になるのが一番早いかな?」

「しかんがっこう?」

「国の兵士になりたいって人が行くところだよ。筋が良ければ簡単な魔法の手解きをしてくれる。他にも神学校と魔法院があるけど、色々とお勧めは出来ないかな」

「ふ~ん……クルースはそこに行ってたのか?」

「いや、ボクは独学。文字の読み書きは元々出来てたからあとはひたすら勉強してた」

「そうなのか……決めた! オレを弟子にしてくれよクルース!」

「ヤダよ、そもそもボクは文字の読み書きが出来てた上で魔法を勉強し始めてから10年以上経つんだ。トルリースは文字の読み書きから始めなきゃいけないからもっと時間が掛かるよ」

「う、う~ん、それはなぁ」

「それにこれでもボク45歳だからね?」

「え゛? ウチのとーちゃんより年上なの!?」

「エルフは長命だからね。というか、女王さまもエルフなんだからそれぐらいはわかると思ってたけど」

「エルフってすげぇなぁ~」

 

 結構人見知りするクルースがこうも早く打ち解けるとは、クルースも無理のし甲斐はあったらしい。

 そこに自警団員の奮闘も加わって怪我人こそ出たものの、死人は一人もいないとなればこれ以上無い戦果だろう。これには村長のローナン氏も安堵の溜め息を零していた。

 

「本当に皆無事で良かった。傭兵の皆様のおかげです」

「はっはっは! そうだろうそうだろう?」

 

 ローナンの言葉に気を良くしてカインズはわざとらしく高笑いした。背中がむず痒いが、褒められるのは良い気分だ。これが美人のお姉さんなら言うことなし、そのまま口説いて夜の──そこまで考えたところでアズサの殺気混じりの視線が突き刺さって冷や汗を掻いたので咳払いを一つする。

 

「ゲフンゲフン、今回ばかりは誰かは死ぬかと思ったけどな。なんせあの数だ。オレたちだけならギリギリどうにかなっても自警団まで庇いきれるとは思ってなかった。コイツは自警団の奴らが歯ァ食いしばって諦めなかったから神様が少しばかり恵んでくれたのかもな」

「神の思し召し、ということですな」

 

 そう言ってローナンは集会所の奥に鎮座する二つの小さな木彫りの像を見た。ルミナス教の主神たる双子の女神の像だ。ローナンは女神の像に向けて感謝するように祈りを捧げる。

 辺境の地とはいえどルミナス王国内の村である以上、彼らもまたルミナス教の信徒であり、日に一度はこの集会所にある女神像に向けて祈りを捧げるのだということはアインから耳に入れていた。

 

「ところで、今回の狼の大群ですが……何かの前触れなのでしょうか」

「正確なとこはオレもわかんねェけど、まぁダンジョンで何かあったのは間違いねェだろうさ」

「といいますと?」

「間引きの後ってのはダンジョンの中から魔物の数が減って縄張り争いが無くなっておとなしくなるのが普通なんだが──」

「──縄張り争い? 魔物同士で争うのですか?」

 

 ローナンは目を瞬かせて驚きを顕わにする。そこからか、とカインズは面倒に思ったが、ダンジョンのことを知らない人々にとっては当たり前のことと思いなおし、口を開いた。

 

「『魔物は魔王の尖兵』なんてよく勘違いされてるがよ、一口に魔物といっても獣と同じで色んな奴らがいてな。共生したり、食べられたり、縄張りの奪い合いなんかもしてるのさ。これまでこの村を襲ってきていた狼共や例の人食い熊は縄張り争いで負けてダンジョンから追い出された奴らだろうよ」

「なんと……いえ、お待ちくだされカインズ様。もしや縄張り争いをするということは、ダンジョンの中には魔物共が生きる上で必要な物がある、ということでしょうか?」

 

 察しが良くて助かる。

 

「その通り、ダンジョンは魔物共に必要な環境がある程度揃ってやがるのさ。だから出来たばかりのダンジョンから魔物は外に出てこない。ダンジョンの中で何不自由なく暮らして数を増やし、ダンジョンも大きくなっていく」

「ですが、縄張り争いが起きる、ということはそれにも限りがある、ということですね」

「そうだ。だから魔物が増えすぎると互いに食べ物や住処を奪い合うようになっていき、負けた奴らがダンジョンの外に出てきて人を襲う──魔物によっては事情が変わってくるが、あの狼共はそういう手合いだと覚えときゃ良い」

 

 なるほど、とローナンは頷き、その上で顔を顰めた。

 

「つまり、今回のような大群が出てくるのは一大事なのでは?」

「そういうこった。だからトラヴィスがダンジョンを見に行ってるとこさ」

 

 ローナンは一瞬息を止めた。驚いて大声を上げそうになったのかもしれない。その後落ち着かせるように一つ息を吐き、そして小声で問う。

 

「……大丈夫なのですか?」

「心配しなさんな。むしろアイツ一人の方が好きに動けるぐらいだしよ」

「信頼なされているのですね」

「そりゃあそこそこの付き合いがあるからな」

 

 カインズは大きくあくびを漏らした。

 流石に緊張の糸が切れて、身体が疲労を思い出したらしい。

 

「さて、と、オレは一眠りするわ」

「はい、私は動ける者達と外の見張りをしています」

「あいよぉ~……」

 

 回らない頭で適当に返事をして、カインズはまどろみに意識を手放すのだった。

 

◇◇◇

 

「カインズ、起きなはれ、トラヴィスはんが帰ってきおったよ」

 

 まどろみの中、耳元で囁かれたアズサの声で目を覚ました。

 時はすでに日暮れが近く、空は赤くなっていて、自警団員たちの寝息が聞こえてくる。

 

 思ったより早かったな、と思いながら身体を起こす。少しばかり痛みはあるが、ポーションの助けもあって激しく動かなければ問題は無い。アズサが手伝おうとしてくれたがやんわりと断って立ち上がった。

 

「どこにいる?」

「キイチさんとこ。血塗れやったさかい、井戸水で洗い流しとるよ」

「血塗れ……お前が慌ててないってことは匂い消し代わりに使ったか」

「せや。急いで話したい言うてたけど、そないな恰好やにおうてかなわんし皆怖がるさかいな、水をぶっかけてきた」

「水も滴る良い男の完成ってか? トラヴィスの奴、怒っただろ?」

「怒るんわこっちや。フィーアさんが心配してんの無視してそのままここに来ようとしとったんよ」

「本当かそれ?」

 

 頷いたアズサを見て、カインズは顔を顰めた。トラヴィス自身はたまに上手く行かないことで不機嫌になることはあるが、気を配れる男だ。

 それが余裕を失っているということは、厄ネタが増えたということ。何があったのか確認しなくてはならないが……

 

「……ルビーはどこだ?」

「ルビーはん? あの子ならキイチはんの家でよぉ寝とるよ?」

「じゃあキイチさんの家で集まるか……クルースは寝かせとけよ? 流石に二日連続で魔力切れはきついだろうからな。お前は先に行ってトラヴィスにそのことを伝えてくれ」

「りょーかい」

 

 そしてアズサとは集会所で別れ、そのままキイチの家に向かって歩いていく。

 ――自警団の大半が動けなくなったことで、ご婦人方は協力して炊事をして夕餉の用意をしていたり、普段は戦わない老人が武器を手に見張りの代わりをしているようで、緊張している様子が見て取れる。

 

 早く安心させてやりたいが、トラヴィスの報告次第だ。カインズは気持ち足早にキイチの家へと向かった。

 

◇◇◇

 

「来たか」

 

 トラヴィスとアズサはすでにキイチの家で料理をする家主共々炉に当たって暖を取っていた。ルビーは部屋の隅で丸くなって小さな寝息を立てている。

 話合いの前に起こすことも考えたが、彼女も結構な頻度で魔法を使っていたらしいから今はそっとしておくことにしてトラヴィスへと話す。

 

「トラヴィス、聞いたぜ? フィーアさんを驚かせたらしいじゃねェか」

「それについてはアズサに水を浴びせられた時に一度謝罪した。明日再度謝罪に行くし、反省もしている……僕とした事が冷静さを欠いていた」

「わかってんなら良いさ。正直ただの偵察でお前がそうなるってこたぁ、やばいことになってんだろうけどよ」

「その通りだ、早速その話を――」

「――それだが、暫し待てぃ」

 

 片手を吊りながらも無事な左腕で鍋を掻き混ぜていたキイチは、器用にミソを取り出しながら言った。

 

「……どういう意味だキイチ殿?」

「オレとしても時間は惜しいんだがよ……」

「そう慌てるな」

 

 キイチは取り合わず、ミソを鍋に溶かして掻き混ぜる。

 ミソの香ばしい匂いが立ち込める中でカインズは一言文句を言いそうになって――そこでお腹が鳴って言葉が出てこなかった。

 キイチはニヤニヤと笑う。

 

「お前さんの腹の虫は正直だの」

「……あー、そういやぁ、朝飯から何も食ってねェわ」

「『腹が減っては戦は出来ぬ』だったか。何事も腹が減っていてはよい働きはできないという意味だったと思うが、そういうことだなキイチ殿」

「そのとおり。どうせならその話し合いは飯を食ってからの方が良かろう。ついでに湯に浸かれれば言うことは無いが、この腕では用意出来そうに無いのが残念だ」

 

「……ごはん?」

 

 寝ぼけ眼のルビーが起き上がりのそりのそりと炉の近くへと来た。彼女もまたお腹が減ったらしい。

 ふとアズサが妙に静かだと思ったら、目がずっと鍋から離れていない。

 

「そういう訳だ、まずは飯じゃ飯。今夜は味噌雑炊と味噌漬けにした狼肉の串焼きだ。あの狼共を退治した後とはいえ食えぬとは――」

「「「いただきますっ!」」」

 

 心配ご無用。傭兵としては『食える時に食え』が当たり前。好き嫌いなどする余裕は皆無だ。

 思い思いにお椀に雑炊を取り、串を手に食べ進める。

 

「あ!? アズサてめっ! それはオレの狙ってた奴!」

「カインズもう三本目やろ! うちはまだ二本目や阿呆! ってルビーは寝るか食うかどっちかにしぃ! 雑炊落としそうやないの!」

「くー……くー……」

 

 当然行儀が悪いとキイチとトラヴィスから雷を落とされたが、賑やかな夕餉であった。

 

 

 

 なお、集会所にいた自警団の面々とクルースも飯にはありつけたので悪しからず。 




Tips
・トラヴィスの隠行術
 卓越した観察眼とミスディレクション、そして音を極力出さない特殊な歩法を組み合わせて行われる技術。単独であっても敵前からの逃亡を容易く実現し、囮がいれば魔物相手に自身の存在を隠し通すのも容易い。

 ここに隠密の闇魔法である『ハイド』『サイレス』などを組み合わせるとそれはもう酷いことになるとかなんとか。

 この技術は彼の過去に関連する物であり、同じような技術を持つ者は居ても、彼ほどとなると指の数で数える程度しか居ないだろう。


・闇魔法/光魔法の欠陥
 実は闇魔法は魔物への効力が薄いため、余分に魔力を練りこんで強度を上げなければ使い物にならないという欠点を抱えているが逆に対人では非常に強力な効果を発揮する。
 対して光魔法は魔物に対し絶大な威力を発揮するが、対人では余分に魔力を練りこまなければ効力が薄いという欠点を持つ。

 現時点ではその理由は判明しておらず、多くの魔法使いや歴史の研究家たちの研究テーマとされている。
※なお設定はしてありますがここでは関係ないのでそういう物という認識程度でお願いします。

・士官学校/神学校/魔法院
 ルミナス王国が抱える教育機関や研究機関。
 士官学校は憲兵などの兵士を目指す人が入学することになる。身体を鍛え、武器の扱いや団体での戦術、筋が良ければ下級の魔法に関しても教えてもらえる。卒業後は国の兵士として憲兵隊や騎士団の兵などとして配属されたり、気に入られれば貴族お抱えの兵隊の一員として勧誘されることもあるとか。

 神学校はルミナス教の教えと共に(この世界における最低限の)学問やその秘伝を教える場。
 卒業後はルミナス教修道会の修道士や神殿騎士となる道があるが、その実態は貴族階級の親を持つ少年少女が生徒の大半を占めた将来の貴族たちの社交場。
 一応、神学校として希望者に対しその者に与えられた加護に応じた光/闇魔法の手解きも行うが、真剣に取り組むのは修道会への入会を望む平民階級や敬虔な信徒という少数に限られている。

 魔法院は魔法関係の研究機関。ここに入れるのはよほど優秀な魔法使いや錬金術師に限られ、魔法の研鑽や研究を日夜行い、社会へと貢献するのがこの機関の役目であり、正確には教育機関ではないが、所属する魔法使いが弟子を連れてきて手解きする姿が散見される。

 入学難易度は神学校<士官学校<<(高すぎる壁)<<魔法院。
 一応文字の読み書きさえ出来れば士官学校には入れるのだが、近年のダンジョン騒ぎ以降、力を付けたいという精力的な少年少女が増えており、王国議会で士官学校を増やすべきではないか?と議題に挙がっていたほどの人気があり、ダンジョンの存在が知れ渡ってからここ二年の間に在籍生徒が増えている。
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