東方愚道録   作:お茶とお菓子

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第二話「湖の氷精と新たな能力」

 霧の湖、そう呼ばれる湖の畔に青と緑、二つの小さな影がある。

 青い影は氷の妖精チルノ。彼女は氷の妖精の名の通りに冷気を操る能力を持っている。しかし、その能力とは裏腹に彼女は太陽の様に明るい活発な妖精である。

 そして、もう一方の緑の影は大妖精。彼女は一般的な妖精に比べて強い力と高い知能を持ち、“大ちゃん”と呼ばれ親しまれている妖精だ。

 そんな彼女達はとても仲が良く、いつも一緒に湖の周りで遊び回っていた。

 だが、今の彼女達にそんな微笑ましい姿など微塵も見えない。

 

「ねぇチルノちゃん、元気出して。またいつも見たいに一緒に遊ぼうよ、ね?」

「……元気なんて出せる訳がないよ大ちゃん。

 アタイ……ずっとサイキョーだったのに、ずっとそうだって思ってたのに……あの紅白に何にも出来ずに負けちゃったんだもん。

 どうせアタイはあの紅白が言ったように井戸の中にいるカエルだったんだもん。どうせ……アタイは弱いんだもん…………」

 

 チルノは紅白の人間に負けて以来、ずっと落ち込んでいた。

 彼女は霧の湖周辺において間違いなく最強の存在であった。そのことを彼女は理解していたし、それこそが彼女にとって最高の誇りであった。

 だが、そんなチルノの誇りは何処からか現れた人間によって一瞬にして打ち砕かれてしまったのだ。彼女が負った心の傷は決して浅くない。

 そんな傷ついたチルノを何とか励まそうと声をかけ続けていた。

 

「そんなこと無い、チルノちゃんは十分強いって! あの紅白が強過ぎただけだよ。

 だから気にしちゃ駄目、もうあんな人間の事なんか忘れちゃおうよ」

「こんなに悔しいのに……忘れられる訳ないじゃん……

 大ちゃんだって見てたでしょ? アタイがあの紅白に……手も足も出せないで、あんな……あんな酷い負け方してるの…………うぅ」

「あぁ、泣かないでよチルノちゃん。う~ん、どうしよう……」

 

 しかし、チルノは依然として落ち込んだままで、立ち直る気配は全く見えない。それどころか負けた時の事を思い出してしまい、泣き出す始末だ。

 しまったと大妖精は思ったがもう遅い。先までよりも酷く落ち込んでしまった。

 それでもめげずに何と言えば、どうすれば立ち直れるかを考えようとするが、そう易々と良い案は浮かんでこない。

 涙を浮かべるチルノを前に大妖精が困り果てていたその時。

 

「チルノに大ちゃん、遊びに来たよ~」

 

 この場の沈んだ雰囲気にとても相応しくない陽気な声が聞こえてきた。その声の主の方へ視線を向けると、チルノと大妖精が良く見知った妖怪の少女が手を振りながら近付いてくる。

 彼女達の友達である宵闇の妖怪ルーミア。

 大妖精にとって彼女は今の状況を変えてくれる救世主にも思えた。

 

 

▽▽▽

 

 

 チルノ達に声をかけると、何やら沈んだ顔をしていた。

 理由を聞けば、チルノが紅白の服装をした人間に手も足も出せずに負けて以来、ずっとそのことを引きずっているらしい。それで大妖精はそんなチルノに立ち直って欲しいが、どうすれば良いのか分からずに困り果てているらしい。

 紅白といえば、ルーミアにもそんな色合いの服装をした人間と戦ってあっさりと負けてしまったという記憶がある。服装から考えればその紅白こそが博麗の巫女だろう。妖怪退治を生業とするだけあって相当な実力者のようだ。

 

「それでね、どうすればチルノちゃんが元気になってくれると思う?

 ルーミアちゃんも何か良い方法を考えてくれないかな?」

「う~ん、ちょっと考えさせてね。そうね…………」

「…………ひっく……ぐすっ…………」

 

 しかし、チルノを立ち直らせる方法か。

 彼女は私が来てからもずっと蹲って泣き続けていた。

 私がルーミアの記憶を通して知っていたチルノはいつも明るく、悩みとは無縁の無邪気な少女という印象だった。そんな彼女がここまで落ち込んでしまっているのだ、慰め程度では決して立ち直りはしないだろう。

 

「……………………」

 

 だが、結局のところチルノが落ち込んでしまった理由は博麗の巫女に完膚なきまでに負けて自信を失ってしまったからだ。ならば、チルノが立ち直ってもらうにはそれに対する目標を示してあげれば良いだろう。それなら――

 

「ねぇチルノ。私ね、これから旅に出ようと思っているの。

 もしよかったらチルノも私と一緒について来てくれないかな?」

「……ひっく……………なんで?」

「ルーミアちゃん、どういう事なの?」

 

 二人は私の提案が良く分からないと首を傾げる。

 だが、もちろん意味はあるし理屈もある。

 

「チルノは紅白に負けちゃった事が悔しいんだよね?」

「……ぅん…………」

「だったら、私と一緒に旅をして、色んな所へ行って、色んな相手と戦おう!

 きっとこの世界には紅白以外にもまだまだ強い相手はたくさんいると思う。そんな強い相手と戦って、鍛えていけばチルノもきっと強くなれるわ。

 まぁ所謂、修行の旅って言うやつね、どうかな?」

 

 そう、修行の旅。強い相手と戦うことによって経験を積めばチルノはきっと強くなる。それにこれならば私の旅に心強い味方も増える。まさに一石二鳥の名案だ。

 チルノには是非ともこの提案に乗ってもらいたい。

 

「……ルーミアと一緒にシュギョーの旅に出れば、アタイはあの紅白よりも強くなれるの?」

「うん、チルノなら。大ちゃんはどう思う?」

「私もチルノちゃんならきっとあの紅白よりも強くなれると思うよ。

 あ、もちろん私も一緒に付いていくからね!」

「うん、うん! じゃあアタイ、大ちゃん達と一緒にシュギョーの旅に出る!

 色んな奴と戦って、強くなって、絶対にあの紅白をやっつけてやるんだから!!」

 

 やっとチルノはいつもの調子を取り戻してくれたようだ。大妖精も目に見えて喜んでいる。私としても旅のお供が二人も増えて万々歳だ。

 旅をするなら何人かいた方が安全だろうし、独りで旅をするよりも楽しくなるだろう。

 

「よ~し、そうと決まればさっそくシュギョーだ!

 ルーミア、アタイと弾幕ごっこだ!」

「え?」

 

 そんなことを考えていると、チルノから予期せぬ提案が出てくる。

 私が修行の相手、正直それは考えてもみなかったが、これは良い機会かもしれない。

 幾らルーミアの記憶があるとはいえ、私自身が戦った事はないのだから。チルノを相手にして今の私がどれほど戦えるのかを試すのも悪くないだろう。

 故に返答は一つだ。

 

「…………当然! 望むところよ!」

 

 

▽▽▽

 

 

 弾幕ごっこ、それはこの世界における人外共の決闘方法。

 分かり易く別の遊びに例えるとしたら基本的に一対一の雪合戦といったところだろうか。霊力でも妖力でも魔力でも何でもいい、とにかく弾幕を作ってそれを撃ち、一発でも先に当てれば勝ち、当たれば負けというもの。

 そして、その一発当たれば勝敗がつくといった性質から命の危険が少ないといった点は雪合戦と変わらない。勝敗が決した後にどうなるかまでは分からないが。

 

 と、まぁルーミアの記憶にある弾幕ごっことはこんなものだ。決闘とは言ったが、ごっこの名が付く通りに弾幕ごっこは遊びの範疇に収まっている。

 正直、妖怪に喰われて一度命を落とした身の私からすれば、命を懸けない勝負方法が主流になっている妖怪事情に対してどうにも釈然としないものがあるが、妖怪となった今の私にすれば単純に危険が減ったという事なのでここは素直に喜んでおこう。

 

「じゃあ大ちゃん。開始の合図、お願いね!」

「うん、任せて!」

 

 私が弾幕ごっこに整理していると、チルノが大妖精に開始の合図を頼んでいた。始まりの時は刻一刻と近付いてくる。場所も湖の上ということで障害物もなく、私にとって初めての弾幕ごっこの場所としては申し分ないだろう。

 

「二人とも、もう準備はいいよね」

「ええ、大丈夫よ」

「準備万端だから、さぁ早く早く!」

 

 大妖精に声をかけられ、私は気持ちを切り替える。

 弾幕ごっこの基礎はルーミアの記憶から学んでいる。ルーミアが使用していた技も当然知っているし、私も使える事も妖怪になった時に確認している。後は実践あるのみだ。

 私は集中力を高め、大妖精の合図を今か今かと待ち続ける。そして――

 

「それじゃあ………………始めっ!!」

 

 大妖精の合図と共に、私にとって初めての弾幕ごっこが幕を上げた。

 それと同時に私とチルノは弾幕を撒き散らしていく。

 放たれた両者の弾幕は宙を駆け、交わり、互いに打ち消し合っていく。

 それでも相殺されずに残った弾幕は飛んでくるが、その程度の弾幕は避けられる。私は向かってきた弾幕を軽く移動して躱す。そして、それはチルノも同じだ。私の放った弾幕などいとも容易く潜り抜けていく。

 

 当然、私もチルノもこの程度では終わらない。私達は弾幕を躱しながらも新たに弾幕を放っていく。

 だが、結果は先と同じ。またも互いの放った弾幕は空を切る。

 しかし、それも当然の事だろう。この程度の攻防など所詮は本番前の肩慣らしに過ぎない。そして、これからが弾幕ごっこの本番。

 

「あははははっ♪ 知ってた事だけど、やっぱりチルノは強いねぇ。

 じゃあ……そろそろ行くよ! 月符――ムーンライトレイ!」

 

 先までの撒き散らす弾幕から二点集中のものに切り替える。両手から一本ずつ、計二本の光線をチルノに向けて放つ。

 攻撃の範囲としては先のものと比べ物にならないほど狭い。だが、密度という面では圧倒的だ。多少の弾幕などでは打ち消されずに相手を狙い続けられるという利点がある。

 そして、私の狙い通りに二本の光線(ムーンライトレイ)はチルノの弾幕などものともせずに彼女へ迫っていく。だが――

 

「うぉっと。危ない危ない。

 そういうルーミアだってなかなかやるじゃん!」

 

 それどもチルノを捉えきることは出来なかった。一瞬、掠りはしたが以降はひらひらと攻撃を躱していく。

 

「じゃあ次はこっちの番だ、行くぞルーミア!

 氷符――アイシクルフォールッ!!」

 

 そして、チルノは攻守交代だと声を張り上げ、一際大きな妖力弾を数発、私の遥か頭上に向けて放った。それだけを見ればただ単に彼女が攻撃を外しただけに見えるだろう。

 たが次の瞬間、頭上の妖力弾が次々と弾け、大量の氷柱が放物線を描きながら辺り一面に降り注いできた。

 私はほぼ反射的に降り注ぐ氷柱へと視線を向けて自分に襲い掛かってくる氷柱を消し去ろうとするが――

 

「そこだっ! 喰らえ!!」

 

 当然、チルノはその隙を見逃さずに弾幕を放ってくる。

 私の意識がチルノから離れた隙を狙った完全な不意打ちだった。

 

「あっぶな! くぅ……やりにくいわね…………」

 

 だが、奇跡的に迫る弾幕を寸でのところで躱す。だが、状況は全く変わらない。頭上から降り注ぐ氷柱とチルノ自身が放つ弾幕による十字砲火は単純に強い。

 加え、攻撃の範囲を限定している現状ではなおの事。不規則に降り注ぐ氷柱と正確に狙いをつけてくる弾幕の両方を対処するのは難しい。確かに腕は二本あり、それぞれ別の方向を狙えるが目が足りない。

 片方に集中してしまえばもう片方が疎かになる。今は凌げてはいるがこのままではいずれ押し負けてしまうのは私だろう。

 

 とにかく、最初の弾幕に戻して現状打破の策を考える。

 まず、一番の問題は降り注ぐ氷柱への対処だろう。単純に破裂して落下してくるためその軌道は不規則だから一つ一つ確認しなくては対処が出来ない。かといって氷柱だけに意識を向ければ今度はチルノの弾幕にやられてしまう。また、氷柱は広範囲に拡散するからむやみに動き回る事も出来ない。

 破裂、上空、広範囲、落下、弾幕。ならばと考え出した策は――

 

「こんなのはどうかしら? 闇符――ダークサイドオブザムーン!」

「むっ」

 

 まずは自身の周囲を闇で覆い隠し、チルノの狙いを狂わせる。しかし、闇は私自身の視界までをも奪ってしまうし、当てずっぽうでもいずれは被弾する。

 それに、闇と同時に弾幕を張って被弾する可能性を減らしはしているが降り注ぐ氷柱には全く対処も出来ていない。

 だが、運頼みになってはいるが、この策の成功率を上げるためには必要な事だ。

 私は覚悟を決めてチルノの居た場所へと突撃を開始する。

 

「ちょっと、狡いぞルーミア! 早く出て来い!」

 

 思惑通り、チルノは私を見失ってしまった様だ。私もチルノを見失ってしまったが耳を澄ませて居場所を推測して闇を駆ける。

 時折、何か冷たい物が側を通り抜けるが私には当たらない。

 そんな危うい場面はあったが、氷柱と弾幕を潜り抜け、私は闇を突破した。

 闇を抜けた直後、私はすぐさまチルノの位置を確認する。想定通りにチルノは私の真上にいた。

 

 瞬間、私達の眼と眼が合う。チルノは私の姿を確認するやいなや新たに氷柱を降らそうと手を上げようとするが、位置関係を理解して硬直してしまう。

 

「っ! しまった!」

「ふふふっ、隙だらけよチルノ!」

 

 そう、チルノの真下を取ってしまえば降り注ぐ氷柱(アイシクルフォール)はあらゆる面で効果を失ってしまう。なぜならアイシクルフォールは上空から広範囲に弾幕を放つ攻撃、大まかな狙いは付けられるだろうが対象が近ければチルノ自身も巻き込まれかねない。

 そして真下を取れば以上の事に加えて十字砲火という利点もなくなるし、なによりチルノ自身を盾に出来る。

 これが私の考え出した策、出来れば最後にもう一度氷柱を降らして欲しかったが、そこは流石チルノと言っておこう。

 しかし、ここまで距離を詰めればもう勝負は決まったも同然。

 

「これで私の勝ちよ! 夜符! ナイトバード!」

「くっぅぅ」

 

 鳥を模した黒い妖力弾一羽、二羽と次々放っていく。これまでの弾幕よりも大きく、速い。今の私の放てる最高の弾幕だ。完全に隙を突いた、それに加え策を成功させた高揚感もあり、私は完全に勝利を確信する。してしまう。

 

「うわぁああァァッ!!!」

「…………まさか、嘘でしょう…………?」

 

 だが、チルノはその全てを紙一重で回避してみせた。もちろん、チルノとしても躱せたのは奇跡的だったのだろう。その頬を伝う冷や汗が何よりの証拠だ。

 しかし、それでも信じられないと呆気にとられる私をよそに、チルノは反撃の体勢に移っていく。

 

「……やるなルーミア、今度はこっちの番だ!」

「拙ッ……」

「凍符! パーフェクトフリィーズッ!!」

 

 チルノから大量に弾幕が撒き散らされていく。

 何とかその場を凌ぎ、弾幕から逃れようとするが――

 

「なっ、弾幕が止まった!?」

 

 チルノの放った弾幕が空中でぴたりと静止して、私の逃げ場を防いだ。そして、チルノの猛攻はこれだけでは終わらない。

 

「ふふん、引っ掛かったなルーミア! これで……止めだぁぁッ!!」

 

 チルノの声と同時に、静止していた弾幕が一斉に動き出し、続いてチルノからも弾幕が放たれる。

 先までの優位性が完全に逆転してしまった。そして、私の飛行技術ではこの包囲を抜けられない。つまり、このまま順当にいけば私の負けだ。

 やはり、チルノは強い、下手な妖怪よりもずっと。妖精とは総じて弱い存在だ、それこそ弾幕すらまともに張れないような妖精も多い。そんな妖精という種族でありながらもここまでの力を持った存在というのは稀有な存在だろう。

 

 嗚呼、本当に羨ましい。心から尊敬する。

 もし私がチルノの様に動けたのならナイトバードを躱した様にこの弾幕も躱せるのだろうか? もし私がチルノの様になれたのなら――

 

「……………………?」

 

 そう考えた瞬間、私の身体に変化が起こる。

 身体が急に軽くなった。今なら迫りくる弾幕を全て避けられる気すらする。

 私は冷静に弾幕を観察し、身体を捻りながらも僅かな弾幕の隙間を掻い潜り、掠りながらもチルノの弾幕を突破した。

 

「「え?」」

 

 歓喜する私とは対象にチルノは呆然としている。ずっと勝負を見守っていた大妖精もチルノと同様だ。ありえない存在を見たかのように声を上げる。

 よほど、私があの弾幕を避けたことが信じられないのだろうか? 私自身、無理だと思っていたので無理はないが。だが、その隙をみすみす逃す手はない。

 

 そして、私に起こった変化はそれだけではない。

 今の私にはチルノから感じていた冷気すら自らの中にあるように感じる。そう、まるで私がチルノになったかのように。

 

「いったい何を呆けているの? まだ勝負は終わってないわよチルノ!

 模倣――アイシクルフォール!」

 

 物は試しと私は冗談半分でチルノのアイシクルフォールを真似してみる事にした。

 冷気を込めた妖力弾をチルノの遥か頭上へと放ち、破裂させるように想像すると――

 

「え? これってアタイの…………うわぁっ!」

 

 本当に出来てしまった。大量の氷柱がチルノを目掛けて降り注いでいく。

 チルノは先の出来事に加え、私が彼女の技を真似したことに驚いてしまい初動が遅れて氷柱の対処で手一杯になっている。

 ならば、私はチルノがしたように氷柱に意識が向いている隙を狙い撃つだけだ。

 

「今度こそ本当に終わりよ!」

 

 決着の意志を込めて放った弾幕はチルノの方に吸い込まれていき――

 

「あいたっ」

 

 遂にチルノを捉えた。チルノの少し間の抜けた声がそれを嘘ではないと証明している。

 こうして、私の初めての弾幕ごっこは、私の勝利という形で幕を下ろした。

 

 

▽▽▽

 

 

「はぁ、はぁ……本当に勝ったのよね、私。

 …………それにしても…………楽しかったなぁ」

 

 嗚呼、本当に、心の底から胸が躍った。

 しかし、まさか私がチルノに勝ってしまうとは思わなかった。実際、勝負の途中に幾度となく追い詰められたし、いつ負けてもおかしくない戦いだった。そんな熱戦を繰り広げたのだ、熱くならないはずがない。

 だが、それにしても――

 

「最後のは何だったんだろう?」

 

 そう、勝負の最後に私に起こった変化。身体ば軽く感じたのみならず、チルノの技をそっくりそのまま再現して使えた事。それも、ルーミアに扱う事の出来ない冷気を操って。

 これは一体どういう事なのかと考えていると――

 

「ル~ミアーーッ!!」

「……え? ぐふっ、ごはっ!」

 

 チルノが私の思考を妨げるかのように物凄い勢いで飛びついてきた。

 

「ちょ、ちょっとチルノ!! いきなり体当たりなんて流石に酷いんじゃ……」

「ねぇねぇルーミア、それって一体何なの? 一体何時からそんなこと出来るようになったの? そんなの今まで隠してるなんてハクジョーなんじゃない!」

「チ、チルノ! お願いだから少し落ち着いて!

 痛い、痛いってば! そんなに締め付けないで!!」

 

 チルノは次々と捲し立てながら私に抱き付き、締め上げてくる。

 だが何故だ? 先までの弾幕ごっこならいざ知らずなぜ私はチルノを振り解けない。私は妖怪でチルノは妖精、単純な腕力なら絶対に負けないはずなのに。

 

「そもそもチルノのいうそれって何? もしかしてチルノの技(アイシクルフォール)を使った事なの?」

「違うよルーミア! アタイが言ってるのはそれだって!!」

「だから、それって何なのよォォ!」

 

 元々自分自身でも分からない事が多いのにこれ以上分からない事を増やされて、もはや訳が分からない。

 何時の間にやらこちらに近付いていた大妖精を発見し、そのまま助けを求める。

 

「大ちゃん助けて! チルノもそうだけど、もう何が何だか分からないの!」

「…………もしかしてルーミアちゃんは自分で気付いてないの?」

「うん、だから何なの? チルノも大ちゃんも何の事を言ってるか分かんないよ!

 っていうか早く助けて!!」

「え? ああ、そうだね。

 ほらチルノちゃん、ルーミアちゃんが困ってるでしょ。そろそろ離してあげて」

「むぅ~、…………ゴメンねルーミア」

 

 大妖精の助けを得てようやくチルノから解放される。

 さて、私の変化について何か知っているようなのでさっそく大妖精に聞いてみようか。

 

「ありがとう大ちゃん。 ところで」

「う~ん…………そうだ。じゃあちょっと湖で自分の姿を見てくれる?

 そしたらきっと、すぐに分かると思うから」

「ん? 分かった」

 

 大妖精の言葉に従い、私は視線を湖面に落とす。

 するとそこには三人分の姿が映っていて。順当に考えればそこには私とチルノ、大妖精の姿が映っているのが道理だろう。

 だが、湖面に映っていたのはチルノと大妖精に姿のみ、そこに私の姿は無い。だが、その代わりにチルノが二人いる。これはまさか――

 

「嘘!? もしかして私、チルノになってるの?」

「うん、弾幕ごっこの終わりくらいからずっとアタイの姿になってたんだよ。

 アタイ、すっごく驚いちゃったんだから」

 

 なるほど、つまり私はあの時チルノの様になったのではなく、文字通りチルノになったのか。その姿形や身体能力、冷気を操る能力までもがそっくりそのままに。

 ならば、私に起こった全てに説明がつく。身体が軽く感じた事にも、チルノの様に冷気が使えた事にも、先に私がチルノを振り解けなかった事にも。

 

 謎がいくつか解けて少しだけ平常心を取り戻す。全く、今日はよく姿形が変わる日だ。

 しかし、何が起こったかは分かったが、何故こうなったかは依然として分からないままだ。ルーミアになった際はルーミアの記憶は全てあったが、今の私にチルノの記憶はないし、チルノはちゃんと目の前にいる。

 ならば、これは私の能力なのだろうか? とにかく気を落ち着けて、元のルーミアの姿に戻ろうとしてみる。すると――

 

「あ、元に戻っちゃった」

 

 チルノが少し残念そうに声を出す。

 どうやら無事に元の姿に戻れたようだ。

 

「で、ルーミア。一体いつからそんな事を出来るようになったの?」

「そうだよルーミアちゃん。私、吃驚したんだから」

「ごめんね、私もこんなの初めてで良く分からないわ。

 誰かにそっくりそのままなれる能力ってことは何となく分かるんだけど……」

 

 そうだ、こんな能力など私は知らない。ルーミアの能力は闇を操るだけで他人の資質そのままに他人になる能力などないはずだ。

 無論、人間だった私にもそんな能力はない。そもそも、そんなものがあればこんな状況になってすらいないだろう。

 

「へぇ変身する能力かぁ、面白そう!

 じゃあ今度は大ちゃんになってみてよ。さぁほら早く!」

「う~ん、分かった。ちょっと待ってね。むむむ~」

 

 どうやらチルノは私の能力に興味津々の様だ。

 私自身、本当にそんな能力があるのか、自由に使えるものであるかを試したかった事もあるので素直にチルノの希望に応えてみる。

 最初にチルノになった時の感覚を思い出し――

 

「おお~、大ちゃんが二人になった」

「……自分が目の前にいるのって、何だか不思議な気分だね……」

 

 無事に大妖精へと変化することに成功したようだ。

 これはもう私に誰かにそういう能力があるというのは確定だといって良いだろう。

 しかし、妖怪になってから分からない事がどんどん増えていく。謎が生まれることは喜ばしいのだが、ここまで一気に増えなくてもと内心苦笑してしまう。

 

「よし、じゃあルーミア、もう一回弾幕ごっこで勝負だ!」

「え? また弾幕ごっこをするの?」

「うん、さっきは驚いて負けちゃったけど今度は負けないんだから!」

 

 と、ここでチルノはもう私の新たな能力に満足したのか再度弾幕ごっこを挑んできた。不意打ちめいた勝敗の決し方だったとはいえやはり、負けた事は気にしていたようだ。

 せっかく新しい玩具も手に入ったのだ。それがどこまで使える物なのかの実験も兼ねて快く再戦に応じるとしよう。

 

「ふふふっ、次だって負けないわよチルノ!」

 

 

▽▽▽

 

 

 私は最初の勝負でチルノの実力は理解したつもりだった。

 チルノの技の対処法もある程度は覚えたし、新しい能力でチルノに変化し、同じ資質になれる。ゆえに、チルノには悪いが私は負けないだろう。そんな思いを抱いて再戦に応じたのだが……

 

「やったー! やっぱりアタイはサイキョーね!!」

「あはははは…………本っ当に、チルノは強いね…………」

 

 結果は惨敗も惨敗。あっさりと負けてしまった。

 単純な実力差もあるが一番の敗因は新たな能力を過信してしまった事だろう。そう、私が最初に予想していた能力の仕様とは微妙に違っていたのだ。

 

 まず、私がチルノの姿になっている間は闇を操る能力を使えなくなる事。まぁこれはチルノの資質そっくりになるのだから当然と言えば当然の事なのだろう。

 だが、私が真に思い違いをしていた事はこちらだ。私はチルノの姿になれば、チルノとまったく同じ資質になると思っていた。しかし、実際はただ似たような資質になるだけであらゆる面でチルノには敵わなかった。

 確かに早く動けるようにはなるがそれでもチルノに及ばす、弾幕の量も大きさも何一つとして勝る点などなかった。偽物は本物には敵わないという事だろうか。

 この能力があれば楽に旅を出来ると思ったのだが、現実はどうにも世知辛いらしい。

 

 まぁ勝負に負けた言い訳はこの程度にしておこう。

 チルノが私よりも強くて、私もただチルノの模倣をするだけでは勝てなかった、今はそれだけ分かれば十分だ。

 それよりも大切な事はこれから始まる旅の話。

 

「さて、チルノが満足したところでさっそく旅に出ましょうか。

 ところで二人は強い相手がいそうな場所を知らないかな? まずはそこを目指して行こうと思うんだけど」

「う~ん……そういえば最近この湖の近くに真っ赤な館が出来たっていう話を聞いたんだけどそこならどうかな?」

「へぇ~、面白そうね。チルノはどう思う?」

「良いと思うよ、まずはそこに行こう!」

 

「じゃあ大ちゃんにルーミア、こらからもよろしくね!」

「ええ、こちらこそ!」

「うん、これからもよろしくね!」

「よ~っし、シュギョーの旅に出発だー!」

「「おーっ!」」

 

 私達は拳を天高く突き上げて声を合わせる。

 それぞれの持つ目標は違うが、これから私達は苦楽を共にする仲間だ。共に世界を巡り、互いの目標に向かって旅立とう。

 今ここに私達の世界を巡る旅が幕を開く。この二人と一緒ならばきっと楽しい旅になるだろう。そんなことを思いながら私達は霧の湖を立った。

 

 




 最後まで読んで頂き、誠にありがとうございます。
 初めての弾幕ごっこはいかがだったでしょうか? 原作の弾幕ごっことは相違点が多々ありますが、文章でゲームの弾幕やスペルカードを表現するのは私の文章力では難しかったので断念してしまいました。その点は眼を瞑っていただければありがたいです。

 ところで、戦闘描写はもっと短く簡潔にした方が良いでしょうか? 個人的には細かく書こうとして逆に分かりにくくなった気がしてなりませんので。

 そして何の前触れもなく目覚める能力、申し訳ありません。闇を操る能力だけでは面白味がないので、主人公に面白くなりそうな能力をプレゼントしました。
 東方風に言うなら『模倣する程度の能力』、簡単に言うと相手の姿に化けて、化けた相手の能力を使えるようになるという能力。ただ、化けて能力を使えるようになっても、良くも悪くも限界値は主人公依存なので主人公無双にはなりませんしさせません。
 また、他にも細かい仕様はありますがそれはまた別の機会にでも。

 感想や質問、アドバイスその他諸々いつでも歓迎しています。


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