黒死牟のギャルゲー   作:トマトルテ

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1話:ギャルゲー

「黒死牟、ヒロインを何人落とした。聞こえないのか? ヒロインは何人落としたのかと聞いているのだ。まさか、フラグすら建ててないとでも言うつもりか? この私が情報通の友人枠として貴様に助力してやるのだぞ。一呼吸をする間に10人は落とすのが、礼儀というものだろう」

「申し訳…ございません…無惨様。まだ1人も……落としておりません。いえ…そもそも…始まったばかりのため……女性どころか…貴方様以外…ただの1人にも…出会っておりませぬ」

「ほう、言い訳をするか? 誰とも会っていないからフラグを建てれぬだと? だから貴様は役立たずなのだ。ギャルゲーの主人公なら幼馴染み枠に、幼少の頃に婚約の約束をした枠。さらには昔助けられた恩返し枠が自然と生えてくるはずだ。それが出来ぬということは貴様の怠慢なのだ。何故今までフラグを建てる努力をしなかった? 申し開きはあるか」

「いえ……私の不徳の致すところです」

 

 継国(つぎくに)巌勝(みちかつ)。またの名を黒死牟(こくしぼう)は頭を垂れながら困惑していた。

 なぜこんなことになったのか。そもそも理不尽過ぎはしないかと。

 しかし、数百年に渡り鬼の首魁に仕え続けてきた経験は、それを一切表に出さなかった。

 もちろん、心の中にもだ。

 どんなに理不尽であろうと素直に謝るのが一番だと、今までの経験から分かっている。

 

「それが分かっているのなら、こんな所で油を売らずに、さっさとヒロインを攻略しに行け」

「御意に……無惨様」

「無惨ではない。鬼舞辻(きぶつじ)無惨子(むざこ)だ。次はないぞ?」

「かしこまりました……」

 

 だが、流石に生前の主が、目の前で女性になっているのにはもの申したかった。

 変装のために女装をするのは見たことがあるが、完全に女性になっているのは気になる。

 いや、厳密には鬼舞辻(きぶつじ)無惨(むざん)とは別人の鬼舞辻(きぶつじ)無惨子(むざこ)なのだが。

 いくらなんでも、これはおかし――

 

「どうした? 何がおかしい。言ってみろ」

「……何でもございません」

 

 おかしいところは何もない。

 黒死牟は無理やり、脳にそう思い込ませることにした。

 またの名を現実逃避とも言う。

 

「フン、グズグズするな。行け」

「……は!」

 

 無惨子の言葉に従い、黒死牟は逃げる様に、されど武士らしく毅然と歩きだす。

 真新しい()()()()()を身に着けながら。

 

(しかし……地獄の閻魔も面妖なことを…考える)

 

 そして、このようなことになった、全ての発端の言葉を思い出すのだった。

 

 

 

 

 

 日輪へと手を伸ばす。

 されども、手は届かない。

 当然だ。人が太陽へとたどり着けるはずがない。

 例え、鳥のように空を駆ける翼を持っていたとしてもそれは同じ。

 

 翼は焼け落ち、大地へとその屍を醜く晒すだろう。

 人は()()()()()()()という、当たり前の結果を噛みしめながら。

 

 だとしても、その男は諦めなかった。

 地獄の底に堕とされ、その身を極熱で焼かれても憧れ続けた。

 天を照す日輪になりたいと。自らが持つ月の輝きに気づくこともなく。

 

 憧れ(あこがれ)続けた。

 

 嫉妬の黒炎でその魂そのものが焼き尽くされようと。

 何よりも誰よりも、日輪に焦がれ続けた。

 

 月は決して太陽に追いつけぬというのに。

 神の如き存在だと口では言うくせに。

 必ず追いつけるはずだと、あれはただの人間(おとうと)だと信じて。

 

 焦がれ(こがれ)続けた。

 

 強く、強く、強く―――あこがれ()()()

 

 記憶を失う程に長く、意識を保てば狂う他にない時間の中。

 灼熱の地獄で焼かれ続けながら、男は焦がれ続けた。

 地獄の刑期が終わるまで片時も忘れることなく。

 

 日輪へ手を伸ばし続けた。

 

 

 

 

『まったく、あなたのような人間は褒めるべきか、呆れるべきか判断に困りますね』

「……お前は…誰だ?」

『おや、自分に地獄行きを告げた存在をお忘れですか、巌勝(みちかつ)さん? 閻魔ですよ』

 

 そして男が再び日輪以外に目を向けたものは、美しく中性的な人間だった。

 男というには長く、女というには短い赤い髪。

 可憐とも端麗とも言える、少し赤みを帯びた顔立ち。

 何より目を引くのは、全てを見通すような水晶の瞳。

 

「これは……失礼した。何分…人の顔を見るのは……久しぶりなものでな」

『ええ、43京6551兆6800億年ぶりなので、仕方もないでしょう』

「………実際に聞くと…凄まじいものだな」

『はい。それがあなたの罪の重さです。しっかり噛みしめてください』

 

 中性的な笑みを浮かべて笑いかける閻魔に、黒死牟は何とも言えぬ気持ちになる。

 地獄の刑期を終えた今ならば分かる。自分は果てしない程の罪を築き上げた。

 そう考えれば、あの苦しみは妥当であったと言わざるを得ない。

 もっとも、苦しいものは苦しかったので、罰を受けたことを喜べはしないのだが。

 

『まあ、世間話はここまでにしておいて事務的な話をしましょうか。継国巌勝さん。あなたの刑期は今ここに終わりました。そのため、今からは転生の準備に入ってもらいます』

「……そうか」

 

 これで継国巌勝という存在は完全に消える。

 そう思うと、何とも言えぬ気持ちが黒死牟の心に湧いてくるが、それを押し込む。

 罪人には感傷を抱くこともおこがましいだろうと。

 

『と、行きたいんですが、あなたが落ちていたここは大焦熱(だいしょうねつ)地獄。生まれ変わるまでの期間も、地獄の苦しみを受けてもらうのが規則です』

「……仕方あるまい」

 

 ほら、見るがいい。

 地獄はやはり罪人を許さない。

 

「如何なる罰であろうと……受ける覚悟はある。煮るなる焼くなり…好きにしろ」

『地獄だと割と日常的な光景なので、あまり恐怖は感じませんが、あなたの覚悟を尊重して私も遠慮せずに行くとしましょう』

 

 どこか薄ら寒い笑みを浮かべる閻魔に、黒死牟は奇妙なものを感じるがそれだけだ。

 人間に神の思考が読めるわけがないのだから、気にしても無駄だと割り切る。

 だが、それが逆に閻魔の琴線に触れた。

 

『ああ、悲しいですね。私も元はただの人間だというのに』

「……閻魔大王は確かに人間だったが……今は神のはずだろう…」

『ええ。お恥ずかしながら、八百万の神の末席に座らせて頂いています。ですが、私は元はといえば、ただ最初に死んだだけの人間です。普通に生まれ、普通に死んだ、どこにでもいる人間』

「何が…言いたい?」

『いえ、私のようなものを神と呼ぶのなら、人の世の理を外れたあなたの弟もまた―――神ではないかと』

 

 一瞬にして殺意が膨れ上がる。

 ドロリと濁った瞳で、黒死牟が閻魔を睨みつけるが、閻魔は涼し気な笑みを浮かべたままだ。

 

「……あれは…人間だ」

『未だに彼個人を超える存在が、生まれていなくてもですか?』

「確かに…あれは神々の寵愛を一身に受けた存在……世の理の外に居る存在だ」

『でしたら』

「だが」

 

 若干、声を大きくして黒死牟は、否。

 継国巌勝は嫉妬と憎悪、そして痛々しいまでの愛を込めた瞳で、閻魔を刺し貫く。

 

縁壱(よりいち)は私と同じ、母上の腹から生まれた人間だ。

 ならば―――追いつけぬ道理などない」

 

 その言葉には執念があった。必ず同じ場所に至ってみせるという覚悟が。

 その言葉には怒りがあった。弟の足元にも及ぶことのできぬ自分への情けなさが。

 その言葉には愛情があった。弟よりも強くなって守ってやらねばという兄の信念が。

 

 そして、それらが混ぜ合わさりグチャグチャになった―――嫉妬があった。

 

『はぁ……それですよ、それ』

「なに…?」

 

 だが、それこそが閻魔がこうしてわざわざ顔を出した理由になっている。

 

『どれだけの責め苦を味わおうとも、弟への嫉妬は消えていない。巌勝さん。あなたはそれが原因で地獄に落ちたって分かっています?』

「……つまり…私が…まるで反省していないと?」

『はい、その通りです。これじゃあ罰を受けさせた意味がないじゃないですか』

 

 渋い顔をする黒死牟に閻魔は、初めて呆れた表情を作ってみせる。

 普通の罪人ならば、刑期が終わった時には心底反省していたり、あまりの罰の重さに記憶を失ったりしている。だが、黒死牟は違った。人を殺した罪は完璧に反省した。だというのに、他の何を忘れても弟への嫉妬だけは忘れていない。その嫉妬が彼の人生の全てを狂わせたというのにだ。

 

『いいですか? 地獄にも面子というものがあります。転生した人が、また地獄に落ちてくるなんてことは日常茶飯事ですが、同じ罪で落ちてくるなんてことは地獄の名折れです。いえ、それ以前にまるで反省せずに転生なんてしたら、何のために地獄があるか分からないじゃないですか』

「…………」

 

 閻魔のまくし立てるような物言いに、黒死牟は何も言えなかった。

 確かに、再犯など閻魔にとってはたまったものではないだろう。

 何せ、43京6551兆6800億年の苦労が、たかが100年程度でなくなるのだ。

 何度も地獄に落ちるような人間など、迷惑なことこの上ない。

 

『そもそも、それだけ強固な想いがある魂は転生時に異常を起こしやすいんですよ。出来ることなら、まっさらな状態にしておくのが来世のためです。ええ、そうです。これはあなたをプラスにするのではなく、マイナスからゼロにするための罰です』

「……ぷらす…まいなす……ああ、算学のあれか」

『ああ、そうでした。巌勝さんは戦国時代の人間でしたね。すみません、今から現代知識が分かるように知識を入れます。次の罰には必要なことですので』

「必要…?」

 

 疑問符を浮かべる黒死牟に、閻魔はニコリと笑い彼に近づいてくる。

 笑顔なのに何故か威圧感を覚える姿に、黒死牟は思わず後退りそうになるが侍の矜持として何とか踏み止まる。

 すると、頭の中に彼が生きた時代からは考えられぬような知識が広がって行く。

 

(人が月に到達した…だと…? さらにゲーム(仮想世界)……国1つを滅ぼす核兵器……後世とは恐ろしきものだ)

 

 もはや侍が必要の無くなった戦争。

 自らが焦がれた太陽にまで近づく技術。

 溢れかえる程の娯楽。

 それらの知識が黒死牟に少なくない衝撃を与えるが、今の自分は地獄の住民。

 気にしても仕方がないだろうと割り切り、閻魔の方に向き直る。

 

『巌勝さん。あなたに足りないのは自己肯定感です。自己愛です。そのままの自分を認めることが出来ないから、あなたは何者にもなれなかった』

 

 閻魔の言葉に黒死牟は黙って先を促す。

 今更言われなくとも分かっている。死ぬまで日輪に焦がれ続けた。

 だが、自分の隣に誰も居なかったわけではない。

 

 部下が居た。

 妻が居た。

 子が居た。

 

 ただ、自分はそれら全てを捨ててでも太陽になりたかっただけ。

 足るを知ればよかった。

 この手に掴めるものだけを掴んでいれば、人並みの幸せは得られただろう。

 

『ただの城主として満足できなかった。ただの夫として満足できなかった。ただの父として満足できなかった。かといって、兄になれたわけでもない。ましてや(日輪)などには到底……それがあなたの心』

「ああ……その通りだ」

 

 継国巌勝という存在を肯定出来ていれば、こうはならなかったのだ。

 他の何かになろうなどとせず、ありのままの巌勝で居れば、彼はきっと鬼にはならなかった。

 弟に面と向かって嫌いだと言えただろう。

 

『なので、あなたには自己肯定感を得るための、特別な地獄を用意しました』

「特別な…地獄…?」

『ええ、そうです。巌勝さん、あなたには今から……』

 

 一度、言葉を切る閻魔に何となく嫌な予感をするものの、罪人に断罪の刃を避ける資格はない。甘んじて受け入れようと黒死牟は喉を鳴らし、肯定の言葉を返す準備をする。

 

『ギャルゲー地獄に落ちてもらいます』

「承知した……………なん…だと?」

 

 たっぷりと間を置いた後に、黒死牟は聞き返す。

 今閻魔は何と言ったか。自分の聞き間違いだろうと、希望を持ち問い返す。

 

『ギャルゲー地獄です』

「…………」

 

 もはや、何も言わなくなった黒死牟に、閻魔は中性的な笑みのまま話を続ける。

 

『あれ? 知識のインプットが上手くいってませんでしたかね。いいですか、ギャルゲーというのは』

「いい……それが何かは……分かっている。私が聞きたいのは…何故ぎゃるげーなのか…ということだ。私は…一応…妻子が居た身だぞ?」

『簡単ですよ。自己愛を身に着けてもらうためです』

 

 閻魔が何言っているのか、黒死牟には理解できなかった。

 というか、本音を言えば何も聞きたくない。

 これなら、あのまま地獄の業火で焼かれていた方がマシだった。

 

『巌勝さん、あなたは人を愛することは出来るのです。それ故に、あなたはあなたが思っている以上に生前に慕われてきました。ですが、あなたは人からの愛を受け入れることをしてこなかった。それはあなたが、自分は愛されるわけがないと思っているからです。いえ、むしろあなたは、自分に愛を向けてくる人を無意識に遠ざけようとしていた節がありますね』

 

 何をと、言い返そうとするが閻魔は口を挟ませない。

 

『縋りつく子を振り払ったとき。涙を流す妻を置いて行ったとき。あなた、ホッとした気持ちになっていませんでしたか?』

 

 言い返せなかった。

 今度ばかりは言い返す気持ちすら奪われていた。

 それまで自覚すらしていなかった気持ちではある。

 だが、事実だ。

 人の生、全てを見てきた閻魔が言うのだから、嘘であるはずがない。

 

『無邪気に向けられる愛情が辛かった。無償の愛を受けるのが辛かった。自分がそのようなものを、受けていい人間だとは思っていなかったが故に』

「………そうだ」

『だからこそのギャルゲーです。愛を向けられることに慣れてください。愛を受けても良い人間だと、ご自分を肯定してください』

 

 一見良いことを言っているように見える閻魔だが、結局内容はギャルゲーである。

 黒死牟はその言葉を聞くたびに、大嫌いな縁壱のような無表情になってしまう。

 

「…他に方法は……ないのか?」

『まあ、現世ならカウンセリングから始めるでしょうね。ですけど、ここは地獄ですし? 私の嗜好とは別にあなたを苦しめないといけません。一般的に自己肯定感の低い人間は恋愛が苦手ですし、変な相手に捕まったりしますけど、地獄なんだから苦しむのはデフォなので別に良いでしょう。それに楽な治療より、こうした荒治療の方が地獄らしいじゃありませんか?』

 

 ニッコリと寒気がする程に美しい顔で笑う閻魔に、黒死牟はふざけるなと言いたくなるがグッと我慢する。生前はパワハラ上司のせいで、こんなことは日常茶飯事だったのだ。むしろ、こちらへの思いやりがあるだけマシではないかと自分に言い聞かせる。

 

『……それに、ヒロインを攻略することで救われるのは、あなただけではありませんよ』

「なに…?」

『まあ、それは後のお楽しみということで。では、さっそく始めるとしましょうか』

 

 ボソリと呟かれた言葉に目ざとく、噛みつく黒死牟だったが軽く流されてしまう。

 そして、これ以上の質問は許さないとばかりに彼の足元に穴が開く。

 

「これは……鳴女の血鬼術に似たものか…」

『ご名答です。あ、言い忘れていましたが、あちらではサポートキャラがつきますので』

「助っ人…?」

『はい。本人のコピーみたいなものですが、あなたのよく知る人物ですよ。本人はまだ、この地獄最下層で罰を受けてますので』

 

 パチリと片目をつぶってみせる閻魔に、疑問符を浮かべる黒死牟だったがゆっくりと考える時間はない。重力に従い穴の中に落ちていく。その一瞬の後に彼にとっては見慣れぬ現代日本の街並みが辺りに広がっていた。

 

 そして。

 

「黒死牟、ヒロインを何人落とした?」

 

 聞き慣れ過ぎた声が、彼の地獄のギャルゲーの始まりを告げるのだった。

 

 

 

 

 

 紆余曲折の後に、ギャルゲーをスタートすることになった黒死牟。

 まずは、情報通の友人枠である鬼舞辻(きぶつじ)無惨子(むざこ)の『学園生活もののギャルゲーの開始ならば、登校と決まっているだろう。なぜ、そんなことも分からぬのだ? だから貴様は未だ1つもフラグを建てられぬのだ。もし、これが私の炭治郎であったならば、既にパルクール登校をキメているだろうに……』という、ありがたいお言葉に従い学校を目指すことにした。

 

(真新しい制服……だというのに…すまほの日付は4月ではない……なるほど私は転校生…ということか)

 

 慣れないスマホを扱い、自分の現状を把握しつつ黒死牟は速足で歩く。

 色々と予想外な出来事が続いていたので、遅刻しそうになっているのだ。

 もちろん、生真面目で長男である彼はこういった規則にはうるさい。

 このギャルゲーの世界でも、その真面目さは発揮され、遅刻などしまいと急いでいるのだ。

 

(寺子屋…いや高校への道は……この曲がり角を曲がるのが正解か…?)

 

 故に、黒死牟は遠くに見える学校らしき建物に辿り着こうと、慣れぬ道を急ぐ。

 そして。

 

「いけなーい! 遅刻だぁああ!!」

「む?」

 

 ギャルゲーの王道展開。

 

 ―――パンをくわえた女の子。

 

 が彼に襲い掛かって来る。

 

 説明しよう。パンをくわえた女の子とは、今ではベタなフラグ建てとして有名になっている主人公とヒロインの出会い方だ。お互いに遅刻しそうになり急ぐ通学路にて、曲がり角を曲がったとこでぶつかり合う。そして、主人公はこけたヒロインのパンツを見てしまうというラッキースケベ要素も含んでいる王道展開である。その後のヒロインの反応は多々あるが、どれも主人公とヒロインが教室で再会するというのがお決まりだ。

 

 そんな屈強なフラグが黒死牟に襲い掛かって行く。

 だが。

 

(足音から考えて……ぶつかるな…ここは少し待つか…)

 

 黒死牟氏、これを華麗にスルー。

 侍であり、上弦の壱であった彼にとっては、曲がり角の向こうに人が居るのに気づくことなど造作もない。

 3秒待ってスルー余裕でしたとばかりに、回避に成功する。

 

 これには流石のアドバイザー無惨子様も激怒。

 何をやっているのだと、すぐさま黒死牟にパワハLINEを飛ばそうとするが。

 

「うわっ!? こ、こけるー!!」

 

 ここで新たなる王道展開が彼を襲う。

 そう、突如としてこけたヒロインのパンツを見てしまう、だ。

 どうやら、このヒロインは余程パンツを見て欲しいらしい。痴女だろうか?

 

 とにもかくにも、石に躓いたヒロイン候補1は勢いそのままに地面へと体を傾ける。

 そして。

 

「……あれ? こけてない?」

「怪我は……ないか?」

「あ…その……あ、ありがとうございます」

 

 流石に見捨てるのは忍びないと思った黒死牟が、高速移動をもって彼女の身体を受け止めた。

 この展開には無惨子様もニッコリ。

 

 小柄な体に長い金髪の少女も状況を理解し、顔を赤らめて青色の目を右往左往させている。

 これは確実にフラグが建ったと見て間違いない。

 しかしながら、当の黒死牟はと言えば。

 

(心拍数が高く…顔が上気しているな……まあ…走っていたので当然…か)

 

 全く気にしていなかった。

 仮にも透き通る世界が使えるというのに、彼は乙女心に関してはまるで見通せていない。

 

「ご、ごめんなさい……急いでいたのでつい」

「気に…するな……ただ…次からは……足元の注意を怠るな」

 

 それどころか、自分の子供もこんな感じだったなと、保護者目線になっている。

 これには流石の無惨子様も真顔になるしかない。

 

「それよりも……今は急がねば…遅刻をするぞ? 見たところ……お前も同じ高校だと見受けるが…?」

「あ、そうだ! 急ごう! 急ごう!!」

 

 そして、先程の行為を振り返ることすらなく本来の目的に戻るのだった。

 何故だ、そこはもっとグイグイと責めるべきだろうと言いたくなるが、これが黒死牟である。

 そこまで口数も多くはないし、ルール違反などする気もない。

 これではせっかく建てたフラグが腐ってしまう。

 ならばと、無惨子は更なる刺客(イベント)を放つのだった。

 

 

 

 

 

「……りあむ。これは何かの…催し物か何かか…?」

「違うよ!? ああ、もう! どうしてこんな時に限って、うちのレディースと他所の学校のレディースが争ってるのかな!?」

 

 どこか投げ槍気味に叫ぶ小柄な金髪の少女、羽衣(うい)りあむを他所に黒死牟は興味深そうにレディース達の抗争を見ていた。因みに、抗争が行われている場所は黒死牟が通う予定の校門の前である。一体いつの時代の光景だと言いたくなるが、黒死牟からしてみれば真新しい光景なので興味を惹かれる。

 

 因みに、なぜこんなことになっているのかと言えば『貴様は戦う以外に脳が無いのだから、せいぜい戦闘で目立って見せろ。その程度ならば貴様にも出来るだろう?』という無惨子様のありがたい気遣いのせいである。控えめに言って、頼むから死んでくれとしか言いようがない。

 

「どうしよう……今から裏門に回ってたら間に合わないし、真っすぐ突っ切るわけにもいかないし……」

(ふむ……服装はともかく…持っている武装は…正規の兵が扱うものではないな……そうなると……農民が…村同士のいざこざで…争っているようなものか)

 

 そんな無惨子の思惑を知る故もなく、遅刻すると言ってあわあわしているりあむを他所に、黒死牟は冷静に分析を行う。そして、自らの経験からもっとも近いものを割り出し、対処法を考え出す。

 

「双方……武器を収めよ。ここは……神聖な学び舎…争いを持ち込むべき…場所ではない」

「ええっ!? こ、黒死牟君、何してるの!?」

 

 威厳のある声が2つの集団にかけられる。

 当然、抗争中の集団の何割かの視線がそちらに。

 黒死牟の方に向けられる。

 

 鉄パイプや木刀、果てには釘バットといったものを持つ人間が一斉に目を向けてくるのだ。

 普通の人間ならばビビる。現にりあむは顔を青ざめさせて口をパクパクとさせている。

 だが、視線を一心に集めている黒死牟には欠片たりとも動揺はない。

 当たり前だ。彼にとっては目の前の不良共など、雑兵にも満たぬ赤子だ。

 

 そんな彼女らを、上弦の壱が恐れるわけもない。

 

「ああッ!? 何だ、てめえは! 何しに来やがった!」

「私は黒死牟……ここは学び舎だ。争うのならば……人の迷惑にならぬ場所へ…行け」

「オレがどこで何しようがオレ達の勝手だ! 舐めてっと、てめえから潰すぞ!!」

 

 だが、舐められたら終わりという思考を持つヤンキー達が素直に従う訳もない。

 合戦の景気づけにこいつを血祭りにしてやろうかと、全員が血走った目で見つめてくる。

 それを受けて、黒死牟は何の感慨もなくため息をつく。

 その目の前の自分達を歯牙にもかけぬ態度に、彼女達の小さな堪忍袋の緒が切れる。

 

「舐めやがって…ッ。おい、こいつからやっちまうぞ!!」

 

 大勢の女性達が一斉に自分の下へ駆け寄ってくると言えば、聞こえはいいが、実態はただのチンピラどもである。黒死牟でなくとも嬉しくはないだろう。

 

 そんなことを考えながら、彼は生前、領主であったとき村どうしの争いを収めたこと思い出す。

 田への水の配分という、かなり困窮した内容であったが、やはり以前も同じであった。

 興奮した彼らは話など聞かない。やはり一度頭に上った血はそう簡単には冷えないのだ。

 

「……致し方あるまい」

 

 だからこそ、頭を冷やしてやる必要がある。

 種子島でもあれば、その音が大抵の者を正気に戻すが今はそんなものはない。

 この身一つである。だが。

 

「少し……頭を冷やせ……」

 

 それ1つで十分過ぎた。

 

 先陣を切って襲い掛かってきた、リーダー格の銀髪に褐色の肌をした女性の木刀の一振りを首だけを動かして躱す。そして、驚きで紫の目を見開く彼女の無防備な手から、流れるような動作で木刀を奪い取る。

 

「……借りるぞ」

 

 一言、それだけを呟き一閃する。

 真っ二つにされる。ただの木刀だというのに、そんな恐怖を抱いた少女は咄嗟に飛び退く。

 同時にスパリと二の腕が切り裂かれる。

 何故かそれを見て、驚いている黒死牟に一瞬疑問が湧くが今はそれどころではない。

 魔李亜(まりあ)という刺繍の入った特攻服の少女は、すぐに体勢を立て直そうと舎弟達に声をかける。

 

「おい! こいつ結構やるぞ!! 全員で囲め――」

「―――動くな。……怪我を…するぞ」

 

 だが、地獄の鬼のような底冷えする声を聞いて、言葉が出なくなる。

 そして、数拍の後に辺り一帯に金属や硬いものが落ちる音が響き渡る。

 恐る恐る彼女がそれを確認すると、それは彼女達が握りしめていたはずの武器だった。

 

「は…? なんでオレ達の武器が…?」

「一振りで払ったまでのこと……案ずるな……壊れてはいぬはずだ」

 

 一振りで無数の相手の武器だけを叩き落とす。

 そんなこと常識的には考えられない。

 だが、現実にはそれが起きてしまっている。

 訳が分からないと、見ている者達の思考に空白が生まれる。

 そこへ、黒死牟は静かだがどこまで威厳のある声を流し込む。

 

「まだ…この場で争いを続けたい者が居るというのであれば……武器を拾え」

 

 全員が地面に打ち捨てられた武器を見る。

 そして、目の前の1人の(おに)に恐る恐る目を移す。

 

「その勇気に免じ……この黒死牟が……全力をもって相手をしてやろう」

 

 底冷えするような荘厳な声が、一瞬で彼女達の頭を冷やす。

 そして、まるで本当に氷漬けにされたかのように、誰もかもが動きを止めるしかないのだった。

 

「……行くぞ…りあむ…このままでは……遅刻をしてしまう」

「は…はい……」

 

 制止した時間の中、黒死牟だけが堂々と動きりあむを伴って校門をくぐっていく。

 それを止めることのできる人間は、誰一人としていない。

 むしろ、黒死牟が近づく度に海が割れる様に道が出来ていく。

 そんな圧倒的な光景を生み出した黒死牟だが、当の本人はと言えば。

 

(縁壱ならば……無駄な怪我を負わせることも……なかっただろう。いや…そもそも奴ならば……話し合いで解決したやもしれぬ)

 

 何故か、自分の手際を弟と比較してテンションを下げていた。

 そのことが余計に威圧感を生み出すことになり、となりのりあむがビビっているが、彼は気づかない。

 そして、ローテンションのまま校舎の中に消えそうになったとき。

 

「……おい!」

「まだ…やるか?」

 

 黒死牟を止める声が聞こえる。

 その諦めの悪さに、ちょっとだけテンションを上げて、ゆっくりと黒死牟が振り返ると、そこにはリーダー格の褐色の少女が立っていた。

 

「……安部(あべ)マリア」

「……む?」

「今はてめえには勝てない。でもな、これはいつか絶対にてめえを負かす奴の名前だ。覚えとけ!」

 

 キッと睨む様な目を黒死牟にむけるマリア。

 その目には恐れから、隠せぬ涙が滲んでいるし、手には戦意の証である武器もない。

 だが、その瞳には燃え盛るような執念があった。

 

「……楽しみにしておこう」

「ハッ! 余裕ぶってられんのも今のうちだけだ」

 

 その執念がどこか自分に似ている気がし、黒死牟は自然と獰猛な笑みを浮かべる。

 これだ。こういう遥か上を見るような目と向上心がいいのだ。

 間違っても『私はこの国で2番目の侍になります』などと、自分よりはるか高みから、意味不明なことを言ってくるような者にはなって欲しくない。そう、黒死牟は切に願うのだった。

 

「じゃあな」

「……待て」

「ああ? なんだよ、文句でもあんのか?」

 

 そんなことを考えていると、マリアが去って行こうとするので黒死牟は呼び止める。

 怪訝そうな顔をするマリアに、黒死牟は無言でハンカチを取り出す。

 

「斬られた方の…腕を出せ……人間は脆い…止血ぐらいはしておくべきだ」

「斬ったてめえが言うのかよ。気持ち悪い、こんなもん唾でもつけてりゃ直る」

「いや……これは謝罪だ…お前を見くびったことへのな」

 

 いくら相手が言うことを聞かなかったとはいえ、女性に傷を負わせたのは不味い。

 特に、傷つける気が無かったのに負わせた傷だ。

 避けるという行動すらとれないと相手を見下した故に、無駄な痛みを与えてしまった。

 己の未熟さに恥じ入るばかりである。

 

「あぁ?」

「その傷は……避けることなど…出来はせぬだろうと……お前を見くびった私の不徳の証。どうか謝罪を…させてくれ……お前の動きには……確かに積まれた修練の跡がある。それを愚弄してしまった……すまなかった」

 

 そして、黒死牟は深々と頭を下げる。

 圧倒的な強者が自分に頭を下げる。その行動にマリアは驚き慌てふためく。

 

「や、やめろよ! 強い奴が頭下げてんじゃねえよ!! そういうことは弱い奴がするもんだ!」

「……謝罪とは…強弱で決まるものでもなかろう」

「ああもう! いいから頭上げろ! 止血すりゃいいんだろ! 止血すりゃあ!」

 

 顔を赤くして、黒死牟のハンカチを奪い取ったマリアは逃げる様に去っていく。

 その後ろ姿を眺めながら、黒死牟は何故怒らせてしまったのかと首を捻る。

 そして気づく。『兄上を稽古で傷つけてしまうとは……この縁壱、一生の不覚です。兄上は不断の努力で限界を超えるお方だと知っていたというのに……今のは避けられぬと侮った私の過失です。兄上の努力に泥を塗ってしまいました。謝ってすむとは思えませんが、どうか謝罪させてください。申し訳ございません、兄上』

 

 自分より強い縁壱に謝られる自分を想像したら、一瞬で死にたくなった。

 

「私は…なんという…ことを……ッ」

 

 あまりの後悔に目がくらんでしまう。

 そのため少しでもの罪滅ぼしに、マリアが何か困っていることがあれば、全霊をかけて助けようと黒死牟はひっそりと決意するのだった。

 

「あの……黒死牟君? 早く教室に行かない? もう、チャイムもなってるし……」

「そう…だな……やはり私は…何も……為せない」

「なんで急に自殺しそうなレベルで落ち込んでるのかな!?」

 

 そして、結局黒死牟が後悔している間に2人は遅刻が確定してしまうのだった。

 生き恥を晒したとばかりに、トボトボと歩く黒死牟を必死に励ます、りあむ。

 そんな彼女の献身的な介護のかいもあり、教室に着く頃には黒死牟のメンタルも大分回復していた。

 

「じゃあ、教室に入ろっか。たぶん、転校生を案内していたって言えば、遅刻扱いも免れる……はず」

「私からも……口添えをしよう。余程、理不尽な教師でないのならば……りあむの遅刻は消せるだろう」

 

 自分は良いが、案内をしてもらったりあむまで巻き込むのは忍びない。

 そんな世界では神も仏も居ないようなものではないか。

 そう考えた黒死牟は、自分が話をつけるべきだと判断して自らの手でドアを開ける。

 

「失礼します……転校生の黒死牟ですが……初めての道に迷い…遅れてしまいました」

 

 そして、自らを待ち受ける存在を視認し。

 

「ほお? 私が貴様の転校手続きをするために、早めに来てやっていたというのに貴様は女連れで登校か? 羨ましいご身分だ。青い彼岸花は見つけられぬというのに、道草を食いながら花を摘むのは上手いようだな。侍ではなくホストが天職ではないのか。どうした? 急に黙り込んで。私に何か言うことがあるのではないのか、黒死牟?」

「………真に申し訳ございません……無惨子様」

 

 ああ、ここは地獄だったなと、白目をむくのだった。

 

 




無惨子様「なぜ情報通の友人枠なのに教師なのかだと? 貴様は私が学生共と同格だとでも言うつもりか。何より、私は私の好きな時に好きな役を演じるだけの力があるのだ。これは当然のことではないか? そもそもの話、教師よりも生徒個人の情報を持っている奴が居るか。居たら、そいつは確実に罪に問われるようなことをやっている。私はその点クリーンで真っ白だ。どこかの異常者共とは違い、実に普通の存在だろう」


徹夜のテンションで書きました。
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