黒死牟のギャルゲー   作:トマトルテ

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2話:お労しや

 

「どうした? 誰かこの化学式が分かる奴はいないのか?」

「無惨子様……恐れながら…申し上げさせていただきます」

「黙れ、黒死牟。一体いつ私が貴様に発言を許した? お前は発言をする際は、挙手をするという小学生でも分かるルールが分からないのか? そもそもの話、今の問いかけはヒントを出す前の前フリに過ぎない。全員が全員、貴様と同様に分かっているわけではないのだぞ。それなのに貴様は他者から気づきの機会を奪った。そんな、己のことしか考えられぬ性根だから、貴様は何も残せなかったのだ。私は炭治郎という継子に全てを託すことが出来たというのに、貴様は月の呼吸すら継げていない。どうした? 言いたいことがあるのなら黙っておらずに、反論してみるがいい」

「申し訳……ございません」

 

 無惨子様のパーフェクト化学授業。

 開幕早々にその洗礼を受けた黒死牟は、心を無にして頭を下げていた。

 

「何を下を向き続けている。私の授業中によそ見とは余程死にたいと見える」

「…………」

 

 そして、襲い掛かる理不尽なパワハラ。

 もはや、黒死牟は語る言葉を持たなかった。

 俺は頑張れる。俺は長男だから我慢できると、内心で己を鼓舞して必死に正気を保つ。

 

「まったく、そんなのだから貴様は炭治郎とは違い、可愛げが無いのだ」

(度々…無惨様の話に出てくる炭治郎……私の記憶では鬼殺隊の…隊員だったはず……一体何があったの――)

「不満げな顔だな、黒死牟。私が間違っていると言うつもりか?」

「……貴方様は…全てにおいて……正しいお方です」

 

 途中、ちょっとした疑問が湧いてくるが、それもすぐに切り離す。

 生前から、目の前の存在に向けて良いのは敬意だけだと学んでいたはずだ。

 決して、もう何も考えたくないというのが本音ではない。

 

「フン、流石は異常者共を裏切り、私についただけはあるな。世渡りだけは上手いと見える」

 

 本音ではないのだ。

 大事なことなので2回言った。

 

「む、チャイムか……ちっ、黒死牟。貴様が絡んできたせいで、時間が無くなってしまったではないか。まあいい、この問題は次回までの宿題にしてやる。全員、予習復習を怠らないようにな」

 

 そんな訴えたら、あっさり勝訴できそうなパワハラから黒死牟を救ったのは、チャイムであった。思わず、ホッと胸を撫で下ろしてしまう黒死牟だったが、そうは問屋が卸さない。

 

「黒死牟。貴様は私の崇高な授業を遮った罰として、問題集の23ページから28ページまでを解いて来い。無論、明日までにだ」

「……御意に」

 

 ついでとばかりに、黒死牟だけにペナルティを与えていく無惨子様。

 因みに、黒死牟は常識的な範囲のペナルティにちょっと驚いていたりする。

 

(無惨子様のこと……青い彼岸花を…日の出までに見つけ出さねば……殺すなどと…下級の鬼に言っていたようなことを言うと…思ったが……今回の復習と予習の範囲だけで…すますとは……明日は槍でも降るのであろうか…?)

 

 無惨子様のことだから、問題集を全て解いて来いぐらいはやると思っていたのだ。

 やはり、無惨様も地獄の罰を受けて、少し丸くなったのだろうかと考える。

 真実は、問題集全部となると確認する自分も大変という、下らない理由なのだが、知らぬが仏とはまさにこのことだろう。

 

 因みに青い彼岸花を見つけて来いと言われた下級鬼は『そんなもん一晩で見つかるわけねえだろぉおおおッ!? ああ、クソ! この花とか蕾のくせに青色しやがって! 紛らわしいんだよぉおおおッ!!』と、死への恐怖から冷静な思考を失い、夜の間は蕾である青い彼岸花を豪快に散らしていたりする。もっとも、開花するのは次の日の朝だったので、見つけると同時に死んでいただろうが。

 

「黒死牟君、災難だったね。転校早々に無惨子様に絡まれるなんて」

「りあむか……あれは私の考えの浅さ故の出来事……仕方のないことだ」

 

 りあむからの同情の視線に精一杯強がって見せる黒死牟だが、内心はその優しさに泣きそうだった。人に優しくされたのは、一体何百年ぶりだろうと思わず考えてしまい『兄上、疲れてはいませんか? お館様も兄上の最近の活躍は実に目覚ましいと、お褒めになっておられましたが兄上も人間。一週間も休まずに鬼を狩り続けていては、いつか倒れてしまいます。今日はゆっくりと休んでください。疲労には甘いものが効くと聞きましたので、おはぎを持参してきたのです。お茶を淹れてきますので、一緒に食べましょう』という縁壱の言葉を思い出す。

 

(縁壱……やはり…思い出すのは……いつもお前のことばかりだ)

 

 あの時は、素直にその言葉を受け入れたのだが、後でその時の縁壱は一ヶ月もの間、休む間もなく鬼を狩り続けていたと聞いて激しく後悔した。無論、その日から一ヶ月は休むことなく鬼を狩り続けた。因みにその様を見た縁壱は『肉体の限界を精神で超えるとは……流石です、兄上。私では到底できません』と、2ヶ月は休んでいない体で感服していた。何のことはない。縁壱は生涯無敗ゆえに己の限界を死ぬまで知らなかったのだ。もちろん黒死牟は、その言葉の真意に気づき馬鹿にしているのかと、内心で憤怒したのは言うまでもない。

 

「黒死牟君どうしたの? 無惨子様に罵倒されてた時以上に、悔しそうな顔してるよ」

「いや……思い出し…後悔だ…」

「思い出し後悔」

 

 言葉の意味が重複していることに、苦笑いするりあむだったが、意味は何となく伝わった。

 要するにそれだけ悔しいということだ。ならば、気分転換するに越したことはない。

 後悔先に立たずである。

 

「まあまあ、そういう時は美味しいものでも食べて気分転換しようよ。ちょうどお昼休みなんだしさ」

「昼食か……」

 

 そんな、りあむの言葉もあり、黒死牟は過去の記憶から抜け出す。

 

「黒死牟君はお弁当派? それとも学食派?」

「今までは……現地調達……だったな」

「現地調達? 学食とか購買部で買ってたってこと?」

「……そう…思ってくれ」

 

 食料の現地調達(人間)。

 生前というか、鬼なってからはそれだけだったので、黒死牟は食に疎い。

 昼食と言われて、つい目の前のりあむは、食べる部分が少なそうだと思ってしまった程だ。

 当然、その部分は内緒である。

 

「じゃあ、今日は私と食堂で食べようよ。色んなメニューがあるんだよ」

「それは…楽しみだな……」

 

 ニコニコと笑いながら、美味しいんだよと話す、りあむに黒死牟は頬を緩める。

 もう覚えてはいないが、自分の子供もこんな感じだったのだろうかと思いながら。

 

「フフ、そうと決まったら早く行こっか!」

「そう…焦るな……また…転ぶぞ?」

「け、今朝のことは忘れてくれると嬉しいかな……」

 

 黒死牟の言葉に、抱き留められたことを思い出して頬を赤らめるりあむ。

 その姿に黒死牟は今の言い方は、少し意地が悪かったかと反省する。

 

(人の失敗を……無暗に掘り返すべきではないか……)

 

 もっとも、恥ずかしさの方向性を単なる恥だと勘違いしているのだが。

 

「……りあむ…私に…おすすめを……教えてはくれぬか…? 今日は…それを食べよう……」

「え? うん、いいよ! 絶対、黒死牟君も気に入るとっておきがあるから、楽しみにしてて!」

「ああ……承知した」

 

 話題を変更しつつ、りあむの気を逸らす黒死牟はまさに出来る大人であった。

 しかしながら、ヒロインに自分を意識させるという点においては、赤点と言わざるを得ないだろう。早くも無惨子様が、課外授業(パワハラ)の計画を立て始めているのを彼は知らない。

 

「……それにしても……随分と…視線を感じるな……」

「あー……黒死牟君は転校生だからね」

 

 2人で話しながら、食堂に向かい廊下を歩いていた黒死牟だが、向けられる視線の多さに疑問を零す。その言葉に、りあむは若干苦笑いしながら返す。確かに転校生が珍しいのは確かだが、これだけの視線の数は異常だ。

 

「ねえ、あれが噂の……」

「ああ、何でもたった1人でうちの不良共をのしたらしいぞ」

「俺が聞いた噂によると、転校前は夜な夜な人を殺す辻斬りだったらしいぜ」

「おい、お前黙れよ。あいつ、めっちゃこっち見てるぞ。まるで、目が6つあるみてえな眼力だな……」

「でも、すっごいイケメンかも……」

 

 ヒソヒソとこちらの様子をうかがいながら話す、生徒達。

 詳しい内容は聞こえないが、黒死牟とて相手がよからぬことを言っているのは分かる。

 もちろん、それはりあむとて同じだ。

 

「もう…! 黒死牟君は良い人なのに、みんな好き勝手言っちゃってさ!」

「……構わん。もとはと言えば……身から出た錆。人の噂も七十五日……私がこれから…誠実に過ごせば……このようなことも…なくなるだろう」

 

 だから、りあむは頬を膨らませて他の生徒を睨むが、黒死牟はそれをやんわりと止める。

 こうなったのも、全ては自分の情けなさが原因だ。

 関係の無い、りあむまで巻き込むのは忍びないと考えて。

 

(やはり……転校初日に……遅刻したのは…目立つか)

 

 噂をされている理由を勘違いしたまま。

 黒死牟は元鬼であり、戦国時代の人間である。

 根本的な価値観が違うのだ。

 

 彼からすれば、あのような抗争など日常茶飯事であり、大したこともない。

 同時に、あれを制圧した自分も、大したことはしていないと思っているのだ。

 自己評価が低い故の悲しきすれ違いである。

 

「黒死牟君って……真面目って言うか、ストイックだよね」

「……そうか…?」

「うん。何か道を究めるには、他の全てを捨てないといけないとか言いそうだもん。その後に、捨てたことに負い目を感じそうなのも含めて」

「………そう…だな」

 

 そして食堂に辿り着くと共に、りあむの無自覚な言葉が黒死牟の心を抉る。

 捨てた結果がこのギャルゲー地獄である。ちょっと泣きそうだった。

 

「あ! べ、別に黒死牟君のことを悪く言ったわけじゃないよ? 私は黒死牟君みたいな人好きだしね」

 

 しょんぼりと、肩を落とす黒死牟に慌てて慰めの言葉をかけるりあむ。

 それと同時に、自分がとんでもないことを言ったことに気づき、慌てる。

 

「え、えと、今の好きっていうのは、人として好きって意味だからね!?」

「分かっている……すまないな…気を使わせて……。私も……りあむの…そうした所は…好ましいと…思っている」

「ふえ!?」

 

 だが、そのようなことで勘違いする黒死牟ではない。

 逆に、いつものしかめっ面からは想像できないような、柔らかな笑みをりあむにお見舞いする。

 当然、その直撃を受けたりあむは、あわあわと視線を右往左往させる。

 

「どうした…?」

「え、えーと……こ、黒死牟君は席を取ってて! 私がおすすめのメニューを持ってくるから!」

「私も…運ぶのを……手伝うぞ?」

「いいから! いいから! 黒死牟君は座って待ってて! ね、ね?」

「……そこまで…言うのであれば」

 

 目がグルグルになったりあむに、無理やり椅子に座らされた黒死牟は不思議そうに首を捻る。

 透き通る世界で見た様子だと、心拍数がやけに上がっており、恥ずかしがっているのが分かる。

 ここまで来れば、普通は自分に脈があるのかと思ってしまいそうだが。

 

(私のような年寄りを……出会って間もない子女が……好くはずが…なかろう。恐らく……褒められることに……慣れておらぬのだろう)

 

 やはり、自己評価の低い彼は気づかない。というか、精神年齢が違い過ぎる。

 いっそ、お労しやと言いたくなるような精神性だ。

 因みに、そんな性格に育ったのは、大体お労しや発言をした奴のせいである。

 

(それにしても……視線が…多いな……)

 

 そして、黒死牟には今それ以上に気になることがあった。

 自分に向けられる視線の数々である。

 先程までは特に気にしなかったものであるが、今は別だ。

 

(……敵意…? いや…これは…嫉妬の感情か…?)

 

 先程のラブコメ展開を見た野郎共から、敵意に似た嫉妬の視線が集まっているのだ。

 そのため、黒死牟も無視をすることが出来ずに、気にかけているのである。

 因みに黒死牟としては、憧れの視線を向けられるより、こうした敵意を向けられる方が気分が良い。

 この男、実に歪んでいる。

 

「……何か私に…話したいことが…あるのか? ……言ってみろ」

 

 なので取りあえず、近場に居た1人に気分良く声をかけてみるが、何故か跳ねる様に逃げられてしまう。

 

「おいおい、死んだわ、あいつ」

「見たか、さっきの笑み? あれは完全に人殺しの顔だ」

「こんだけ見つめられて、笑って返せるなんて相当な修羅場くぐってるぜ……」

「それにあの物言い……まるで無惨子様だ」

「つまり黒死牟×無惨子様…? 閃いたわ!」

 

 呆然とする黒死牟をよそに、良からぬ噂はどんどんと広がって行く。

 特に下2つに関しては激しく抗議したかったが、言ったら言ったで『ほう。私では不服と言うのか? 随分と偉くなったものだな。私に近しいと言われたのならば、歓喜のあまりにむせび泣くのが礼儀というものだろう。ほら、泣け。涙が枯れ果てる程にな。そして、存分に私という存在の崇高さを噛みしめろ』などとネチネチ言われるのが見えているので、グッと我慢する。長男だから我慢できた。次男だったら我慢できなかった。

 

「……解せぬ」

 

 そして本人の意思とは関係なく、黒死牟最凶のヤンキー説が流れて行く。

 因みに、最初に噂を流したのは無惨子様である。

 本人曰く『女とは、不良に優しくされるというシチュエーションに弱いのだ。これで攻略がしやすくなるな。私の思いやりに感謝するがいい』という気遣いらしい。

 この時だけは、お前は生きていてはいけない存在だと全長男の心が一致した。

 

「お待たせー。あれ? なんだか、疲れたような顔してるけど大丈夫?」

「問題……ない……」

 

 そうこうしているうちに、お盆の上に丼を2つ乗せたりあむが戻って来る。

 余談だが他の生徒から見た、りあむの扱いは不良にパシられている可哀想な子だ。

 何もかも無惨子様のせいである。

 

「うーん、黒死牟君がそう言うなら……それより! これが私のおすすめメニューだよ!」

「ふむ……これは…まるで血のようで…実に美味そうに見え―――待て。なんだこれは?」

 

 陰鬱とした気分を払拭するべく黒死牟は、りあむお勧めのメニューを見る。

 そして、思わずキャラに似合わないツッコミを入れてしまう。

 一体何が、彼をそこまでさせたのかと言うと。

 

「これ? これはね“感度3000倍血の池地獄ラーメン”だよ!」

「感度…3000倍…?」

 

 目の前で湯気を立てる、血のように真っ赤なラーメンだった。

 鬼であった黒死牟が思わず、人間の血だと判断する程度にはそれはドロッとしており、良く麺に絡むだろうなということが見て取れた。

 思わず、自分が知らぬ間に日本の食文化は間違った方へ進化してしまったのかと思うが、安心して欲しい。これは日本どころか、世界の食文化として間違っている。

 

「うん。通常の血の池地獄ラーメンの3000倍の辛さに挑戦した逸品だよ。特徴は何と言っても、この赤いスープだね。ハバネロ・唐辛子・ドラゴンブレス・デスソース、他にも聞いただけで辛そうな香辛料が100種類以上! まるで、辛みで作ったパンドラの箱! ただし、希望は残らない!! だって麺にもたっぷり香辛料が練りこんであるからねッ!! 一口食べれば地獄に落ちると評判の一品になっております。ささ、どうぞどうぞ!!」

「りあむ……私は君を…怒らせてしまったのか…?」

 

 思わず、黒死牟が聞いてしまう程に、りあむのテンションはおかしかった。

 鮭大根を見つけた柱だって、こんなテンションにはならないだろう。

 

「え? どうしたの、黒死牟君?」

「いや…何でも……ない……」

 

 キョトンとした顔で小首を傾げるりあむに、黒死牟は遠い目をする。

 この子は善意100%で黒死牟にこれを勧めているのだ。

 鬼を殺す毒です、と言われても納得できそうなこのラーメンをだ。

 辛みを帯びた湯気が目に入り、思わず涙が溢れ出してくる。

 

(いくら何でも…これは……まずい。鬼の身であっても……耐えられる気がせぬ。……だが…自分で同じものを……頼んだ手前…変更など…できぬ…!)

 

 これを食べて自分は生きては帰れぬと感じ、黒死牟は必死に考える。

 何とかこの場を切り抜ける方法を。

 しかしながら。

 

「えへへ……今まで他の人を誘っても、みんなに断られて一緒に食べれなかったから……何だか楽しみだな」

「……武士に…二言は……ないッ」

 

 嬉しそうに笑う、りあむには勝てなかった。

 長男としての本能がこの笑顔を曇らせてはならぬと、雄叫びを上げる。

 ついでに、生存本能が激しくサイレンを鳴らしているが、頑張って無視をする。

 

「じゃあ、食べよっか。いただきます!」

「いただき……ます……」

 

 有史以来、これ程重く告げられたいただきますはなかっただろう、という程に重い挨拶の後、黒死牟は恐る恐る箸を持つ。まだ一口も食べていないというのに、じっとりとした汗が背中をつたう。手汗で箸が滑り、いつも以上に握り手に力がこもり、カチカチと、まるで恐怖で歯を鳴らすかのような音が響く。それを黒死牟は侍としての誇りで抑え込み、麺を掴む。そして、必要以上に息を吹きかけた後に、口に運ぶ。

 

「……ッ! …ッ!? ッ!! ッ!!?」

 

 声は出なかった。

 ただ、煉獄の炎で舌を焼かれる感触だけが黒死牟を支配する。

 これなら、赫刀で舌を斬られた方がマシだと思うような痛みが彼の口内を襲う。

 それでも彼は必死に耐え忍ぶ。偏にそれは長男であるが故。

 次男だったら即死だった(縁壱の場合は普通に私の好みではないと言う)。

 それに何より。

 

「どう? 美味しいでしょ?」

「……悪くは……ない」

 

 横で子供のようにキラキラとした目を向けてくる、りあむの手前、黒死牟は表情を崩さなかった。周りで様子を見守っていた生徒達からの評価が少しだけ上昇する。主に『あれ食えるとか本当に人間かよ……』という畏怖方面で。

 

「よかったぁー! 実はね、さらにおすすめの食べ方があってね? これにさらにラー油を追加するんだ。やってみてよ」

「……後世とは……げに恐ろしきものなり……」

 

 追いラーという進化し過ぎた文化に、思わず天を仰ぐ黒死牟。

 これには流石の長男でも耐えられなかった。

 彼は死んだ目で、りあむにならってラー油を追加する。

 

「フフフ、ちゃんと付き合ってくれるんだね。黒死牟君って()()()お父さんみたい」

 

 そして、この言葉である。生前に妻子を捨てたことを思い出し、さらに逃げ場が無くなる。

 彼の武家の当主として、長男としての責任感が彼に背を向けることを許さない。

 だから、彼は麺をすする。ぶっちゃけ、辛すぎて先程までの違いなど分からなかった。

 ただただ、地獄の業火に口内が蹂躙されるのを無表情で耐えるしかない。

 

(私は……こうして…感度3000倍ラーメンを食べるために……地獄に落ちたのか…? 教えてくれ……縁壱…ッ!)

 

 まるで涙のように汗を流しながら黒死牟は、内心で天に吠えることしか出来なかった。

 

『お労しや、兄上』

 

 薄れゆく意識の中、そんな声が聞こえてきた気がする黒死牟だった。

 

 

 

 

 

「黒死牟、部活は何を選ぶ?」

「……初耳でございます…無惨子様」

 

 あれから、口の中の感覚を失いながらも何とか完食し、午後の授業も乗り切った黒死牟は、帰ろうとしたところを残酷にも無惨子様に呼び止められていた。

 

「愚か者めが。ギャルゲーに置いて、何かを選ぶという選択が如何に大切か分からんのか? ルート選択、つまりはヒロインを選ぶということだ。何より、選択肢でどちらかを選ぶかでヒロインの好感度が変わるのは常識だろう。故に選べ。選ばぬという選択肢は許さん。私から提示された選択肢は全て肯定か死ぬか(YES or DEATH)で答えろ」

「……かしこまりました」

 

 それは果たして選択肢というのだろうかと思うが、勿論口には出さない。

 よくよく考えると、生前の出会いの時点でそんな感じの選択肢だった。

 鬼になるか、ここで殺されるかの二択である。

 

 さらに遡ると、縁壱と自分のどちらかが寺に行くか。

 妻子と共に暮らすか、鬼狩りに加わるかの二択などがあった。

 我ながら、酷い選択肢しかないと思う。

 ひょっとして自分は前世でも罪人だったのではないのだろうかと思ってしまうのも、無理らしからぬことだ。

 

「よし、ならばさっさと行くぞ。私が教師として貴様を案内してやろう」

(馬鹿な…! 無惨子様が……普通に…私の手助けを…するだと…!?)

「ほお、どうやら余程死にたいらしいな? 良いだろう。無駄な思考が二度と出来ぬように、その見苦しい頭を潰してやる」

「いえ……貴方様の手を…煩わせるとはと……考えたまでです」

「フン……これはツケにしておいてやろう。高くつくぞ?」

 

 想定外の事態に、思わず素の思考が漏れてしまうがそこは黒死牟。

 300年間パワハラ上司に仕えた経験持ちだ。

 何とか、上手いこと誤魔化すことに成功する。

 

「それで、どれを選ぶのだ? とっととしろ、私は“炭治郎・鬼の王化計画”を練るので忙しいのだ」

 

 しかし、どこまで言ってもパワハラ上司はパワハラ上司。

 選択肢に何があるのかも説明せぬままに、選べと迫って来る。

 無茶ぶりにも程があるが、黒死牟も慣れたものですぐに返事を返す。

 

「では……剣道部…を。……新しき時代の…剣の形……見てみたく…ございます」

「相も変わらず、馬鹿真面目な奴だ。そのように視野狭窄(しやきょうさく)だから無様に負ける羽目になったのだ。6つの目を与えてやったにも関わらず、視野が狭い。どうせつけるなら、前に2つと横に1つずつ。そして後ろに2つつけていれば、360度の視野を持てたというに。だから貴様は無能なのだ。大方、あの化け物の動きを見切ろうとしたのだろうが、目が多少多くなったところで、それを処理する脳が変わらねば何の意味もないだろう。増やすのならば、私のように脳を増やせばよかったのだ。違うか?」

「おっしゃる通りで……ございます……」

「死んだ理由も、生き恥を晒したなどと意味不明なことを。侍の矜持など鬼になった瞬間から死んでいるのだ。にもかかわらず、容姿にこだわるなど理解できん。肉片の一欠けらとなってでも、生き残れば勝ちだ。プライドなど勝利の前では塵芥(ちりあくた)に過ぎん。敵を殺せぬのならそいつが死ぬまで逃げれば良いだけのこと。それが出来ぬから、貴様は私の役に立つことなく死んだのだ。何か申し開きはあるか?」

「何も……ございません……」

 

 怒涛の罵倒ラッシュに心を折られそうになりながら、黒死牟は無惨子様の後をついていく。

 もう、今は何も考えずに剣を振りたかった。

 剣道部に着いたら大人しく剣を振っていようと、思っていたのだが。

 

「邪魔をするぞ。貴様らの中で一番強い奴を出せ。そこの黒死牟を倒せたのなら、私が貴様らに褒美を与えてやる。光栄に思え、またとないチャンスだぞ」

 

 剣道場の扉を開け放つなり、無惨子様がそんなことをのたまい始めたのだった。

 

「やべーぞ、無惨子様だ!? 機嫌を損ねたら殺される!」

「わ、私、知ってるよ。隣に居る男の人は転校早々に隣の高校の不良達を皆殺しにしたんだって」

「やべえよ…やべえよ…鬼が金棒を持ってきたどころか、ロケットランチャー担いできやがったよ……」

 

 おかしい。何故、このようなことになったのだ。

 当事者のはずなのに、1人蚊帳の外に居る黒死牟は遠い目をする。

 やはり、先程無惨子様を怒らせたのがいけなかったのだろうか?

 というか、勝ったところで自分にメリットがない。

 この後入部しても針の筵になることは、想像に難くない。

 後、噂がさらにグレードアップしているのは、またしても無惨子様の仕業である。

 

(閻魔よ……肉体的罰は終えたから……今度は心を砕くとでも…言うつもりか……)

 

 流石は地獄の主である。無惨子様を派遣してきたりと、やることが一々えげつない。

 こんなことなら、素直に舌を抜くなり何なりして欲しかったと思うが、どうしようもない。

 

「何よ、騒がしいわね。こっちは静かに素振りしてたっていうのに」

 

 そんな混乱する場を収める様に、気怠そうな声が響く。

 続いて、剣道部員達がどこか恐れるような、否、畏れを持った目をその人物に向ける。

 

 絹のように長い黒髪を、赤のリボンで後ろで1つにまとめた美麗な立ち姿。

 まるで天を照らす太陽のように赤々とした瞳。

 可愛い系の顔だろうに、無表情な故に冷たい印象を与える容姿。

 そして何より。

 

(なんだ…? この少女の身体は…? 極限までに……練り上げられた…肉体の完成形……だというのに……一切の傷…穢れがない……これではまるで…!)

 

 神々の寵愛を一身に受けて生まれて来たかのような、美しい身体。

 彫刻ですら、ここまで完璧に作ることは出来ぬだろうという内部の完成度。

 ここまでの肉体を黒死牟が見たのは、生涯でただ1人だった。

 

(―――縁壱ッ!)

 

 自らの双子の弟だけである。

 まさか、閻魔は縁壱までも転性させてこの世界にツッコんだのかと思い、目の前の少女をガン見する黒死牟。そんなことをすれば、当然注意を引くの当たり前で。

 

「なによ、あんた? あたしにメンチでも切ってんの?」

二神(ふたがみ)霊和(れいわ)。黒死牟は貴様の肉体に見惚れているのだ」

「……うわ、変態」

「待て…勘違いするな……私が感心していたのは…筋肉のつき方……などだ。嫌らしい……目は向けていない」

「余計にキモイわ。普通にスケベな方がマシよ」

 

 あらぬ勘違いを受け、慌てて訂正する黒死牟だが時すでに遅し。

 周りからは変態が居るという視線を受け、遠巻きに見守られている。

 ただ1人。

 

「まあ、別にどうでもいいけど」

 

 視線を受けている霊和(れいわ)を除いて。

 

「私は静かに過ごしたいだけだから、早く出て行ってよ」

「待て。黒死牟には今からここで一番強い者に勝って、入部するというイベントが残っている。貴様が相手になれ」

「……普通に入部届出しなさいよ」

「それでは私がつまらん。せいぜい、面白みのある催しにしろ」

 

 霊和の呆れに満ちた視線を軽く受け流し、無惨子様は顧問用のイスにどっかりと座り込む。

 おまけに、他の部員にお茶を要求するという傍若無人っぷりである。

 これには流石の霊和も怒るかと思われたが。

 

「はぁ……いいわ。私があんたの相手をすれば静かになるんでしょ?」

「……急に修行の邪魔をし…さらには無礼な行為まで…働いてしまい……本当にすまない……」

「謝るぐらいなら最初からやらないでって……まあ、あれが相手じゃ無理か」

 

 さっさと終わらせようと、どこか興味なさげに視線を動かすだけだ。

 その、意思疎通ができるのに浮世離れした姿に、黒死牟はますます縁壱を思い出す。

 

「ほら、さっさと終わらせるわよ。ただ、初めに言っておくわ」

「……何をだ?」

 

 竹刀を取り、黒死牟に投げ渡しながら霊和は、初めて顔に感情を宿す。

 

「私、試合しても楽しくないって、みんなから評判よ?」

 

 寂しさという、孤独に似た感情を。

 

「……ならば…私からも……言っておこう」

「何を?」

 

 その表情を見て、黒死牟は衝動的に口を開いてしまう。

 思わず、自分は何を言おうとしているのかと困惑してしまうが、それでも口は閉じない。

 意識して柔らかい笑みを浮かべて、彼は言の葉を告げる。

 

「私は……他の誰でもない……お前と…したいのだ」

「ふーん……変わってるわね、あんた」

 

 黒死牟の言葉に、初めて驚きの表情を見せる霊和。

 だが、それもすぐに消え、いつもの無表情に戻る。

 

「ま、それもすぐに変わるでしょうけどね」

 

 そして、試合の合図と同時にワープするかのように、黒死牟に斬りかかって行くのだった。

 他の剣道部員はそれで勝負があったと思い、2人に近寄ろうとする。

 だが。

 

「……速さは申し分ない。だが……重さが足りんな」

「……やるじゃない」

 

 霊和の一撃は黒死牟の手により、しっかりと防がれていた。

 その事実に剣道場全体にどよめきが走るが、打ち込んだ本人の霊和は観客よりも先に気づいているので動揺はしない。

 むしろ、より冷静になり詰めた距離を生かす様に、細かく速い技で籠手や胴を狙ってくる。

 

「狙いは正しいが……その程度では…どこを狙っているか……言っているようなものだ」

「へえ、分かるんだ。どうやってるの?」

 

 だが、透き通る世界を持つ黒死牟からすれば、その動きは手に取るようにわかる。

 しかし、だからといって霊和が気を抜ける相手という訳ではない。

 黒死牟がわざわざ透き通る世界を使って捌いているのだ。

 それは、彼女の動きがそうでもしないと、捉えられないということを指し示している。

 

「……相手の筋肉の……動きを見ればいい」

「あ、さっきの変態発言って、ホントにあんたの性癖じゃなかったのね」

「……お前は…私を何だと思っているのだ…?」

「初対面の女の子をジロジロ見てくる変質者」

「…………」

 

 何より、彼女は軽口を出せる程度には余裕がある。

 その証拠に彼女の動きは徐々に鋭さを増していく。

 まるで、徐々にエンジンが温まってくるように。

 

「すげえ……もう、何やってるのか見えねえ……」

 

 部員の1人が零したように、その剣捌きはもう常人の目にはついていけない。

 彼女が自分とやっても楽しくないと言ったのは、こうした隔絶した実力差故だろう。

 それを感じ取りながらも、黒死牟はどこか不満のようなものを感じていた。

 

「まだ……甘い」

「なら、これはどう?」

「踏み込みが浅い……それでは…威力…速さ共に半減する……基本が疎かだ」

「あんた、本当に強いわね。あたしとこんなに打ち合える人なんて初めてよ」

 

 霊和は確かに強い。並みの隊士なら簡単に倒せるだろうと思えるほどに。

 だが、それだけなのだ。

 

(縁壱のような……肉体…だが…才能はあれに劣るか……いや…肉体も女性故に……縁壱よりは下かもしれぬ)

 

 確かに彼女は神の寵愛を受けた存在なのだろう。

 しかし、世の理を外れた存在ではない。

 例えるならば、太陽と月。

 同じように天を照らす存在なれど、月は太陽よりも遥かに明かりが少ない。

 地上からは同じ大きさに見えても、実際の大きさはまさに天地の差。

 つまり。

 

(縁壱ならば……今のは受けるまでもなく避けてみせたぞ?

 縁壱ならば…今の一撃は防御事…砕いて来たぞ?

 縁壱ならば、躱すことなどさせなかったぞ?

 縁壱ならば、出来たぞ。縁壱ならば出来た。縁壱ならば出来たはずだ!

 故に―――お前は縁壱ではないッ!!)

 

 彼女は縁壱(おとうと)ではない。

 その事実に、黒死牟は安堵と怒りと不満を抱えながら戦う。

 霊和に恨みはない。勝手に期待を抱いた自分が悪いのだ。

 だが、一度胸に湧き上がった黒炎は、そう簡単に消えてはくれない。

 

 その憎悪をぶつける様に黒死牟は竹刀を振り、そして。

 

「あ……」

「……勝負…ありだ…」

 

 霊和の竹刀を高々と打ち上げて、勝負ありとした。

 静まり返った剣道場に、竹刀が落ちる甲高い音だけが響き渡る。

 部員達は霊和が負けるなど、信じられなかったが故に黙り込む。

 因みに無惨子様は、既に興味を失っていたために帰っている。

 

(……子女相手に…憎悪を込めた剣を…ぶつけてしまうとは……未熟なり)

 

 勝負が終わって冷静になってみると、霊和のことを見ずに縁壱のことだけを考えてしまった自分が恥ずかしくなり、無言で反省する黒死牟。そのため、ここはやはり謝っておくべきだろうと口を開きかけたところで。

 

「はは…あはははは! 負けた負けた! 完敗ね!」

「……?」

 

 何故か負けたにも関わらず、満面の笑みで笑う霊和に邪魔をされてしまう。

 

「あんたうちに入るんでしょ?」

「その……つもりだ……」

「あんたが居るんなら、()()退()()()和らぎそうね。あ、自己紹介がまだだったわね。もう知ってるでしょうけど、あたしは二神(ふたがみ)霊和(れいわ)よ」

「……黒死牟」

 

 先程まで何を考えているか分からぬ無表情だったにも関わらず、この満面の笑みである。

 彼女からすれば、自分に誰も追いつけない中で、こうして自分よりも強い相手が現れたのだ。

 色々と楽しみや刺激が増えたので、笑顔になるのも仕方がないのだろう。

 だが。

 

(試合に負けた直後……しかも…あれだけの…憎悪を乗せた剣を受けて……突然の満面の笑み…理解できん……まるで縁壱のようで……気味が悪い……)

 

 敗北の苦渋を味わい続けてきたこの男には、全く理解のできない感情なのであった。

 

 




??「他意はありませんが、私は霊和から攻略するべきだと愚考します、兄上」

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