黒死牟のギャルゲー   作:トマトルテ

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3話:スケベが足りない

 延々と振り続けていた刀を止める。

 それは修行の終わりの時間が訪れたからだ。

 だが、時間と言っても時計で確認しているわけではない。

 大自然の営みがそれを伝えてくれるのだ。

 

「……太陽とは……美しいものだ」

 

 夜の闇を晴らし、徐々に地平の彼方より顔を出す日輪。

 どれだけ修行に身が入っていたとしても、例え雨が降っていたとしても。

 黒死牟は太陽から目を逸らすことはない。

 

「いっそ……憎い程に……」

 

 例え、その瞳が焼き尽くされようとも。

 

「鬼の身のままであったのならば……このように見ることは……出来なかっただろう。そういう意味では……地獄に落ちたのも……良かったのやもしれぬ」

 

 流れる汗を拭こうともせずに、黒死牟は朝日を見つめ続ける。

 

 それはまるで、十字架に祈りを捧げる信徒のようであった。

 それはまるで、両親の仇を見つけた復讐鬼のようであった。

 

 愛憎が籠った視線で日の出の瞬間を見続ける。

 彼はこのギャルゲー地獄に落ちてから一週間。

 毎日欠かさずこの行動をとり続けていた。

 

「しかし……体が重い…呼吸が整わぬ…頭痛もする…更には…居ぬはずの……縁壱の姿が見える……」

 

 一週間の間、一睡も取ることなく。

 要するに、黒死牟は寝不足に陥っていた。

 これは300年近く眠る必要のない鬼だった弊害である。

 

「これは…無惨子様……貴方様も日の出を見に来られたのでしょうか…? ……『炭治郎と共に鬼の王の夜明けを見たので、今更感動も何もない』…ですか……申し訳ございません」

 

 そして、寝不足による幻覚が作り出した無惨子様に、1人頭を下げていた。

 今は早朝のため人は居ないが、人に見られたら通報は避けられないだろう。

 というかこの男、人間には休みが必要だということを完全に忘れている。

 寝不足による思考力低下により、鬼でなくなったのだから、人間と同じ生活をしなければならないということを気づけていないのだ。

 

「止めるな…縁壱…! お前が10日の間……不眠不休で…戦えるというのなら……兄である私に…出来ぬ道理はない……だから…そのおはぎは必要ない。そういう……甘いものは…お館様のご子息にやるといい……年より聡いとはいえ…まだ幼子……子供とは総じて……甘いものに目が無いものだ…私の子も……そうだった。………まて…縁壱? なぜ…泣いているのだ。私が……何かしたのか…? すまん……兄さんが悪かった…だから……泣き止め」

 

 更に物悲しいことに彼の幻覚は、在りし日の思い出が元になっていたりする。

 この時の縁壱は何も語らなかったが内心では『兄上は、私がどれだけ望んでも手に入れられなかった平穏を掴むことが出来た。だというのに、世のため人のため、それらを捨てて鬼殺隊に加わってくださった。なんという高潔なご意志。復讐を望む者がほとんどの私達の中でなんと尊いことか。……やはり、兄上こそが日ノ本一の侍』とべた褒めにしている。

 何もかもお互いに、ちゃんと会話をしなかったのが悪い。

 

「なに…? 霊和とはどうなのかだと…? 言っている意味が…分からんが……才気に溢れる娘だとは思う……無論…お前ほどではないがな……」

 

 それと、幻覚が過去と現在の混ざったものになってきているのは、黒死牟の限界が近いからである。

 決して、幻覚が意思を持ち始めたわけではない。

 

「しかし……縁壱……いつの間にお前は…2人になったのだ…? いや…私達は3つ子……だったのか…?」

 

 そして、本格的に意味不明な幻覚になり始める。

 いよいよ、黒死牟の身体に限界が訪れたのだ。

 その証拠に、フラフラと酒に酔ったように足元がふらついている。

 

「縁壱……待て…私が必ず……お前に追いつき…追い越して見せる……日ノ本一の侍に…なってみせる。……そして…継国家…母上…お前の全てを…兄さんが―――」

 

 最後に支離滅裂な言葉を発し、黒死牟は遂にその場に倒れる。

 気を失う瞬間に、何を言いたかったのか。

 本人にすら分からぬままに。

 

 

 

 

 

「七日間の寝なかったせいで、寝坊して昼休み頃にのこのこ登校だと? 馬鹿か、貴様は」

「申し訳……ございません」

 

 黒死牟氏、痛恨の二度目の遅刻。

 これには流石の無惨子様も、ストレートな罵倒しかない。

 変にネチネチとしていない分、いつもよりも冷たさが段違いである。

 

「大体、貴様はヒロインを落とせという私の命令を忘れているのか? 平日も休日も修行漬けでどうやってフラグを建てるつもりだ。貴様はこの世界にダンジョンでもあると思っているのか? そんな都合の良いものはどこにもない。そもそも仮にあったとしても、貴様は中ボス役だろう。もし貴様が通りがかったヒロインに、真面目な姿を見せてのギャップ萌えを狙っているのなら、もっと往来の激しいところでやれ。いっその事、神楽でも踊れば金がとれるかもしれんぞ。名前はツキガミ神楽などどうだ? ん?」

「その名前だけは……どうか…ご勘弁を……」

 

 首を垂れ、必死にそれだけはやめてくれと懇願する黒死牟。

 ヒノカミ神楽と対になる名前など、色々と心がお労しいことになり憤死しそうだ。

 因みに、黒死牟も修行漬けで、ほとんど人と関わって来なかったのは反省している。

 何せ、5日目以降からは縁壱と無惨子様の幻覚の記憶しかないのだ。

 誰だってもう二度と起こしたくないと思う。

 

「そもそも剣の修行などして何になる? お前の真骨頂は、私が与えてやった鬼血術による無数の斬撃を出すことだろう。刀を振る意味などイメージをしやすくする以外にない。お前の最強戦術は相手との距離を保ちつつ、全身から斬撃を飛ばすヒットアンドアウェイだ。愚図な貴様でも、ほとんどの相手に勝てる力を与えてやったというのに、何故それすらできない? いや、やらないのか。できないのではなく、やる勇気もないのか」

 

 そして、この的確な指摘である。

 鬼には刀など必要ないという残酷な真実。

 ぶっちゃけ、黒死牟は刀を振らなくても斬撃を出せるのだ。

 伍ノ型などノーモーションで斬撃を出しているので、刀の意味が欠片もない。

 

「貴様は武士としてお上品に過ぎるのだ。私の生まれた時代の武士など獣同然だったぞ? 坊主を見かければ矢の練習とばかりに射貫き、新しい刀を手に入れれば意気揚々と浮浪者で試し切りだ。戦をすれば奇襲・裏切りは当たり前。殺した敵の腐敗した遺体を敵陣に投げ入れ、疫病によるバイオテロを狙うなど序の口。一度敵と見定めれば、赤子も含め一族郎党族滅。私ですら、鬼かと言いたくなるような連中だったぞ。だが、奴らは紛れもない強者だった。忌々しいことだが、江戸が終わるまでは奴らの天下だったからな。それに比べて貴様はどうだ? 戦いに下らぬ私情を混ぜる。だから、勝てない。だから何も残せない。情けないとは思わないのか?」

 

 黒死牟は何も返せない。

 実際にそうなのだ。彼は武士としては余りにも優しすぎた。

 下剋上が当たり前の戦国の中で、彼は下の者を守ろうとした。

 自らの立場を脅かす弟という存在を、憎みはすれどただの一度も排除しようとはしなかった。

 

 鬼となってからも、弟を殺そうとはしなかった。

 痣の影響で勝手に死ぬだろうと、鬼になることを決めた元凶を無視した。

 決して勝てないと本能で分かっていたのかもしれない。

 ただ、それでも。そこには彼が夢見た日ノ本一の侍への憧憬があったのだろう。

 

 誰よりも強く、誰よりも優しい。

 武と和、両方を兼ね備えたそんな存在に。

 

「命惜しさに鬼になった者が、日ノ本一の侍になどなれるわけがないだろう。貴様は私に屈した。いや、自分だけではそうなれぬと己に見切りをつけたのだ。その時点で貴様の夢は終わりを告げたのだ。だというのに、醜く足掻き続けた。何故、自らの限界を許容して、背丈に合った生き方をしようとしないのだ? ほとんどのものは、夢など幼き日に置いて来ているというのに。あの化け物ことを忘れるなど簡単だろう。親の顔も、妻子の顔も覚えていない貴様ならばな」

 

 全て事実だった。

 普段の黒死牟ならば、事実を言われれば素直に認め謝罪するだろう。

 だが、この時だけは彼は何も答えなかった。

 

「……フン、諦めの悪さだけは一級品か、くだらん。後で反省文10枚を提出しろ」

「御意に……」

 

 そんな黒死牟の姿を忌々しそうに睨んだ後、無惨子様は踵を返して消えていく。

 黒死牟は彼女の背中が消えてなくなるまで見た後に、フッと息を吐き、軽く自分の頬を叩く。

 

「さて……昼休みが終わるまで……少し剣を振るとするか…」

 

 そして、懲りることなく竹刀を取り出すのだった。

 

「いや、休めよ!?」

「……お前は…マリア…だった…か? 見ていたのか……」

 

 だが、その懲りない行動は1人の少女のツッコミにより止められる。

 黒死牟が声の方に振り返ってみると、改造制服を着た阿部マリアが呆れた表情でこちらを見ていた。下半身の露出が激しい服装で、褐色の肌にメリハリのある体のラインが実に艶めかしいが、黒死牟がそれを見て思うことは1つだった。

 

「……そのように…薄手の服装では…風邪を…ひくぞ…?」

「あんたにだけは言われたくねえよ」

「……私の服装は……そう…薄くはないぞ…?」

「一週間寝ないとかいう、超絶不健康な行動に言ってんだよ!! 風邪どころか普通は死ぬわ!?」

 

 若干キレ気味なツッコミに、それもそうかと納得する黒死牟。

 鍛え上げた剣士ならば風邪をひくなどあり得ないが、一般人ならそうもいかない。

 故に、自分は大丈夫だとマリアに伝えようとする。

 

「心配するな……私の体温は…39度以上ある……滅多なことでは…風邪などひかぬ」

「………おい、ちょっと面かせ」

 

 だが説明すると、何故か物凄く真面目な顔で額を触られてしまう。

 敵意が無かったので、避けることなく触れさせたが、何事かと疑問符を浮かべる黒死牟。

 そんな、彼をよそにマリアは引きつった顔で黒死牟の手を掴む。

 

「……保健室に行くぞ」

「…? まて…私は…ここで素振りを……」

「こんな高熱出してんのに動いたら本気で死ぬぞ、馬鹿!!」

「手を…放せ……これは私の平熱――」

「いいから! 来い!!」

 

 そして、痣の影響で平熱が高くなっているだけだと、説明しようとする黒死牟を引きずって保健室まで向かうのだった。

 

 

 

「平熱って……マジなのかよ…」

「だから…先程から……そう言っている…」

「いや、熱が39度で心拍数が200以上って、普通に考えたら死にかけだからな?」

(まあ……あながち間違いでは…ない…)

 

 診察の結果、異常な肉体状況ではあるが、病気ではないと診断された黒死牟。

 その結果にマリアは納得のいかない表情をしているが、事実なので仕方がない。

 痣が出現した剣士は、爆発的に強くなるがそれは寿命の前借り。

 

 体がどれだけ健康でも、生物の鼓動の限界は生まれた時より定められている。

 それなのに、心拍数が200以上まで跳ね上がれば、短命は免れない。

 何せ、普通の人間の平均が70から80だ。単純計算で寿命はその2・3倍程の速さで削られる。

 80歳ぐらいが寿命と考えれば、25歳になるかそれ以前で痣持ちの剣士は皆死ぬ計算になる。

 

 ただ1人の例外を除いて。

 

「心配するな……その状態で…80年以上は生きた存在が……私の身内に居る……」

「ほーん、体質ってやつか? じゃあ、何とかなるんだな」

(もっとも……あれを例にするのは……憚られるがな…)

 

 縁壱。遺伝子的には、ほぼ違いの無い弟がその例外だった。

 生まれた時から痣を出していたというのに、80過ぎまで生きていた。

 それどころか、死ぬ間際の肉体で黒死牟を瞬殺してみせた。

 もう、バグである。

 

(人よりも多い…鼓動の回数で……80年以上……もし…縁壱に痣が無ければ……200年は…生きていたやもしれん……)

 

 冗談抜きで、人の世の理を超越しているのだ。

 流石の黒死牟も岩柱に『だが、例外は居たのだろう?』と言われた時に、あれを人間の例外として扱っていいのかと悩んだものだ。人間とネズミを比べて、人間は80年は生きるのだから、ネズミだって生きれるはずだというようなものである。生まれてくるだけで世の理が狂うという評は、間違いでも何でもない。

 

(だが…それでも……私は…お前を…超えてみせる……)

 

 だというのに、黒死牟は欠片も諦めない。

 神仏の加護を受けたと自分で口にする存在を、どこまでも人間扱いする。

 

 仮に、縁壱が人並みに感情を理解し、自分が異常だと理解できていても兄上への好感度は変わらなかっただろう。むしろ『化け物のような私を、どのようなことがあっても弟として扱ってくださる……なんという心の広さ。兄上の弟として生まれて来れたことは、私の人生最大の幸福の1つです』などと言い出しかねない。まあ、黒死牟がスレることに違いはないだろうが。

 

「おい、返事ぐらいしろ。無視してんじゃねえよ!」

「……いや…少し…驚いていただけだ」

「ああん? 何にだよ」

 

 そうして縁壱への愛憎を新たにしていると、マリアが声を荒げてくる。

 まあ、彼女からすれば高熱がある相手が、黙り込んだので心配の方が大きいだろうが。

 

「マリア……お前は……優しいのだな」

「は? マジで頭大丈夫か、てめえ?」

 

 しかし、直接それを指摘されると彼女は素直でないのか、雑な口調で誤魔化そうとする。

 だが、黒死牟のスケスケアイは、彼女の鼓動が激しく動揺しているなどお見通しだ。

 もし、透き通る世界で服だけ透かして見えていたのなら、ここはギャルゲーでなくエロゲーになっていたことだろう。

 

「熱のある私を……即座に保健室へ…連れてきたこと……その際に…強引に引っ張ったようで……こちらに…無理をさせぬよう…気遣っていた……それを優しさと…言うと思うが…?」

「ち、ちげーし! オレはただ単にあんたがオレに倒される前に、ぶっ倒れるのが嫌なだけだ!! 後、別にてめえを気遣ってなんかねえよ。オレが怪我しねえように気をつけて歩いてただけだ! 勘違いすんじゃねえよッ!!」

「そうか……それは…すまなかったな……」

 

 目を右往左往させながら、吐き捨ててくるマリアに黒死牟は生暖かい視線を向ける。

 彼女が不良達のリーダーになっているのも、こうした面倒見の良さがあるのだろう。

 もしかすると、長女なのかもしれない。

 

「いいか! てめえは俺が倒す!! 練習を止めたのだって、あんたの妨害のためだ。これっぽっちも気を使ってねえんだよ! だから、てめえは気持ち悪いこと考えずに、帰って寝てな!! 万全の状態のてめえを倒さねえと意味がねえからな!!」

 

 そして、このツンデレ発言である。

 無惨子様ならば、そんなお上品な罵倒で大丈夫かと心配してくるようなものだ。

 

「なるほど……楽しみに…しておこう……」

「ハ! 余裕ぶってられんのも今のうちだけだ。じゃあな」

 

 最後に一睨みして、踵を返すマリアの姿に黒死牟もご満悦である。

 これだよ、こういうので良いんだよと、彼女の反抗的な態度にしきりに頷く。

 バチバチとした下剋上の視線が、気持ちよくて仕方がない。

 敵意こそが彼の承認欲求を満たす。

 

 力を求める心、上を目指す意志。そういったものが黒死牟は大好きだ。

 強いくせに謙虚な人間など、普通に煽られるよりもよっぽど嫌いである。

 

 鬼を一瞬で殺せるほどに強いくせに『助けが間に合わずに申し訳ございません』などと謝ってくれるな。自分が惨めになる。お前が頭を下げるのならば、部下を守れなかったくせに、1人でのうのうと生きるはめになった自分は何なのだ。当主であり、兄であり父であった自分がなぜ、守れずに守られる。……生き恥。

 

「……授業に…出ねばな……それが終われば……剣を振ろう」

 

 恥の心があるから、黒死牟は剣を振る。

 強迫観念に囚われたように、そうせねば息が出来ぬと言うように。

 剣を振る。

 

 

「ああ…もう…! なんでハンカチを返して礼を言うだけなのに…できねえんだよ…! オレの馬鹿!!」

 

 

 自分がどれだけ人に好意を向けられているか、気づきもせずに。

 

 

 

 

 

「黒死牟。貴様にはスケベが足らん」

「……無惨子様…御身の…おっしゃる意味が……卑小な私には……理解できません」

 

 後日、突如として無惨子様に呼び出された黒死牟は困惑していた。

 生前にも意味不明な難癖を受けたことはあるが、これは前例にない。

 何せ、正座をさせられながら、いきなりスケベが足りないだ。

 頭無惨、ここに極まれりである。

 

「分からんのか? なぜ貴様はギャルゲー地獄に落ちるというのに、予習の1つもしてこなかったのだ? 主人公たるもの多くの女に気を向けるものだ。故に、それ相応にスケベであり、同時にそうしたラッキースケベイベントを起こす。だというのに貴様はなんだ? 始まってから女性の裸どころか、下着すらまだ見ていないとは怠慢にも程がある。その無駄な呼吸のエフェクトでスケベな風でも起こしてパンチラでしたらどうだ? たしか、柱にそのような者が居ただろう」

「無惨子様……スケベな風ではなく…風柱で…ございます」

「私が間違っているとでも?」

「……申し訳ございません」

 

 黒死牟は死んだ顔で謝罪する。

 目の前の無惨子様に。何より、スケベな風扱いされた風柱に。

 彼はスケベな風柱ではあっても、スケベな風を起こしたりはしないのだ。

 

 彼はただ単に胸筋が自慢なだけである。

 マッチョが鍛えた筋肉を見せびらかすために、タンクトップを着るのと同じ理由だ。

 黒死牟だって、久方の本気の戦いでテンションが上がって、脱いだりしてるので気持ちは良く分かった。

 

「スケベな風が嫌なら、貴様のムーンライトパワーで代用しても構わんぞ。何せ、着物を裂かれた程度では、赤子でも死なぬらしいからな」

「……年若い乙女に…肌を晒させるのは……流石にどうかと…」

「私に是非を問うか?」

「滅相も……ございません」

 

 子供に等しい年齢の女性の服を破くなど、武士道に反する。

 そう言いたかった黒死牟だが、パワハラの前にその勇気は潰える。

 というか、無惨子様は仮にも女なのにそんなことを言っていいのだろうか。

 

「貴様は私を有象無象と一括りにするか? そうだ、黒死牟知っているか? ムーンライトパワーで思い出したが、月の光は太陽の光を反射したものに過ぎんらしいぞ。つまり、月そのものは光ってもいなければ、大地を照らしているわけでもない。太陽が無ければ何も出来ん程度の存在だ。どこぞの誰かを思い出したりはせんか、ん?」

「……………」

 

 やめてくれ、無惨子様。その口撃(こうげき)は私に効く。やめてくれ。

 言葉に出来ぬまでも、黒死牟の目は、そう雄弁に語っていた。

 もちろん、死んだ状態で。

 

「何にせよ、貴様にはスケベが足りん。早急に改善せよ。因みに、次の授業は体育だ。何をすればいいか分かるな?」

「御意に……」

 

 スケベを増やすってどうすりゃいいんだよ。

 声を大にして叫びたかったが、無惨子様の命令は絶対である。

 逆らえるはずなどない。

 

(仮にも……妻子が居た身……女の体など…見飽きたとは言わずとも……そうまで見たいとも思わん……)

 

 だが、黒死牟は性欲旺盛な男子高校生ではない。

 肉食系男子(人肉)ではあるが、ほぼほぼ枯れ果てている。

 むしろ、才能のある子供を見ると育成したくなるおじさんだ。

 

(そもそも……婚姻前の娘の肌を見るなど……殺されても文句は言えぬ)

 

 そして、この生真面目メンタルと武家の長男たる男の貞操観念である。

 ギャルゲーの友人枠がスケベな奴ならともかく、無惨子様だ。

 無理やり付き合わされたという、伝家の宝刀も使えない。

 黒死牟、ピンチである。

 

(私は一体……どうすれば…?)

 

 女子の着替えを覗きに行くなど、言語道断。

 されど、上司の命令は絶対。

 良心と責務の板挟みになった黒死牟は、教室の前で悶々と悩みこむ。

 中では丁度女子が着替えているので、傍から見るともろに変態である。

 

(教えてくれ…縁壱…!)

 

 兄上、聞こえていますか、兄上?

 スケベが足りないのなら、簡単です。

 兄上自身がスケベになればよいのです。

 具体的には、兄上の素晴らしい肉体美を晒しながら廊下で着替えるのです。

 

(私…自身が…? もはや……それしかないのか……)

 

 俺自身がスケベになることだ。

 追い詰められた黒死牟は、冷静な思考を失いおかしな幻聴にそそのかされてしまう。

 更衣室が無い学校では、女子は教室。男子は廊下で着替えるなど珍しくもない。

 故に、黒死牟が廊下で上半身をさらけ出していても、合法スケベである。

 そんな理論武装で、身を固めつつ黒死牟は重い指を制服にかける。そして。

 

「黒死牟殿だったかな? もしかしてだけど……着替える場所に困っているのかい?」

「……! 実は…そうなのだ……」

 

 間一髪のところで、救いの手が差し伸べられる。

 どこからか舌打ちをするような音がした気がするが、恐らくは幻聴だろうと黒死牟は無視をして、救い主の方を向く。

 

「直接、話すのは初めてかな? 僕は同じクラスの姫島(ひめしま)(かおる)。一応、生徒会に所属させてもらってる。同じ()()()()、よろしく頼むよ」

「…? いや…こちらも……よろしく頼む……」

 

 整った男子制服に、礼儀正しく切り揃えられた、短く鮮烈な赤髪。

 自信満々に輝く琥珀色の瞳。

 ニコリと微笑めば、女生徒から黄色い悲鳴が上がること間違いない、甘いマスク。

 学園の王子様と名高い、目の前の人物こそが姫島(ひめしま)(かおる)である。

 

「それで、着替える場所に困っているんだったかな? うちの学校は、部活用の更衣室はあるのだけど、まあ遠いからね。普段は男女で交代で教室を使ってるんだ。でも、着替えるタイミングを逃す時もある。そういった場合はトイレで着替えればいいよ」

「そうか……助言…感謝する……」

 

 爽やかな笑顔で助けてくれた薫の前で、まさかスケベになろうとしていたとは言えない。

 むしろ、言うぐらいなら日光に当たって滅ぶ方がマシである。

 黒死牟は数秒前の自分の行動に、自分で戦慄しながら彼はトイレへと歩みを進める。

 

「…? なぜ…お前も…ついて来ているのだ…?」

「いや、僕も体操服に着替えれてないからね」

「お前は……いや…何でもない」

「? 変な黒死牟殿」

 

 すると、何故か薫も黒死牟の後ろについてくる。

 その姿に一瞬だけ目を細めて、怪訝そうな顔をする黒死牟だったが、深くは語らない。

 薫は彼のそんな姿に、疑問符を浮かべるがそれだけだ。

 これが自分の最大の失敗になるとも知らずに。

 

「……何を…している?」

「何が? 僕はトイレに入ろうとしてるだけだよ」

 

 男子トイレに入ろうとしたところで、黒死牟が思いっきり怪訝そうな顔を向けてくる。

 それに対して、薫は困惑した表情を浮かべるが、続く黒死牟の言葉に顔を真っ青にする。

 

「お前は……あちら側だろう」

 

 そう言って、黒死牟は反対側にある()()()()()の方を指さす。

 

「あ…あはは……じょ、冗談がきついかな。確かに僕は女顔って言われたりするよ。でも、心も体も男の、れっきとした男性だよ?」

 

 薫は、一瞬引きつったような顔をするが、すぐに冗談はやめてくれと笑いを零す。

 だが、そんな誤魔化しが透き通る世界を使う人間に通用するはずもなく。

 

「……心に関しては…昨今の情勢故…何も言わぬ。ついて来た時より…おかしいと思っていたが……その体は…紛れもなく女性だろう…?」

「な、なんで、そんなおかしなことを断言できるのかな?」

「筋肉…脂肪…骨格……それらの男女差は……決して誤魔化せぬ……歩き方や…呼吸の仕草に……違和感は必ず生まれる。……何より…体を見れば…女性のものだと……一目瞭然だ……」

 

 あっさりと、男装した薫の正体を見抜く黒死牟。

 これは何も薫の男装の精度が低いという訳ではない。

 黒死牟がおかしいのだ。普通の人間は、歩き方や呼吸の仕方など見ていない。

 そもそも、透き通る世界が使えないので、確信が持てない。

 

 だが、黒死牟は軽く見るだけで男性と女性の違いが分かる。

 内臓が見れるので、生殖器の違いぐらい朝飯前だ。

 

「個室とはいえ……男女が…同じ空間で……着替えるものではない……あちらに行くか…交代で…着替える方がよい」

 

 しかし、彼は気づいていない。自ら、ラッキースケベ展開を逃したことに。

 男装バレ。これは普通のギャルゲーなら、着替えを覗いたり、シャワー中に乱入するなどの、王道のラッキースケベイベントで起こることだ。だというのに、黒死牟はチートを使って一気にその先に進んでしまったのである。これには無惨子様も『To LOVEるを見習え! リトさんなら出来たぞ!!』とブチギレ。リトさんなら同じ状況でも、余裕で押し倒して下着姿を拝んでいたことは想像に難くない。

 

「私は外で……待って居よう…先に…着替えろ……」

「ま、待ってくれ!」

 

 だが、紳士な黒死牟はクールに去ろうとするだけだ。

 しかしながら、そうは問屋が卸さない。

 薫が必死に黒死牟の背中を掴んで引き留める。

 

「な、何でもするから! だから……誰にも言わないで…ッ」

 

 そして、涙目上目遣いでこのお願いである。

 これが恥辱系のエロゲーだったら、確実に黙ってやる代わりに体を差し出せだろう。

 CGも貯まって無惨子様も大満足な展開である。だが。

 

(これほどまでに……懇願するとは……余程の理由が…あるのだろう……悪いことをした)

 

 黒死牟にはそんな考えなどない。

 そもそも、彼女の男装を暴露したのも、自分が女性と同じ空間で着替えるべきでないと考えたからだ。

 まさか、このような地雷だと思いもしていなかった。

 やはり、ギャルゲーの予習不足である。

 

「心配するな……他人に…言うつもりなどない……もちろん…見返りなど求めぬ」

「ほ、本当に? 何もない方が逆に不安なんだけど」

「そうか……なら…今度…この町の案内を……してくれると助かる。まだ…来たばかり故……どこに何があるか…分からんのだ……」

「つ、つまり、そこで奢ってチャラにしろってことかい? ……お金足りるかな」

「私は……そのような……鬼畜ではない」

 

 悲しそうにたかられると呟く薫に、黒死牟は思わず真顔でツッコむ。

 どうやら、この一週間で黒死牟最恐のヤンキー説は、かなり補強されてしまっているらしい。

 因みにこれを聞いた無惨子様は『鬼畜ではない? 確かに負けた貴様は鬼などではなく、ただの畜生だな』と大爆笑である。死ねばいいのに。

 

「とにかく…早く着替えねば……これ以上の遅刻は……避けたい」

「あ、僕もこっちで着替えていいのかな?」

「………致し方あるまい」

 

 悩んだ末に、個室だから仕方ないと言い訳して、顔を赤らめた薫を伴い男子トイレに入る黒死牟。

 絵面的には大人のお姉様方が喜びそうな構図であるが、もちろん何も起きなかった。

 そう。黒死牟はこの日、結局ラッキースケベを達成できなかったのである。

 

 そして後日。

 

「黒死牟、受け取れ。貴様のものだ」

 

 買った覚えのない“To LOVEる”を、教室で渡されるという公開処刑を受けるのだった。

 

 




無惨子様「私は黒死牟のためを思い、参考資料を渡してやっただけだが? それに私は黒死牟が買ったなど一言も言ってはいない。ただ、奴のために買ったから奴のものだと言ってだけだ。私には悪意も何もない。あるのは善意だけだ。仮に誰かが悪いとすれば、それは与えられた命令1つこなせぬ黒死牟だろう。私は間違えない。そうだろう?」


りあむ(小) マリア(大) 霊和(中) 薫(中) 無惨子様(Unknow)
何がとは言いませんが、ヒロインのサイズです。

ヒロインはこれで出揃いました。これからはイベントを起こして好感度上げです。

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