それは遥か五千年の昔、古代エジプトにまでさかのぼるという。
古代におけるゲームは人間や王の未来を予言し運命を決める 魔術的な儀式であった。
それらは、「闇のゲーム」と呼ばれた。
かつて――千年パズルを解き闇のゲームを受け継いだ少年がいた。
光と影、二つの心を持っていた少年――人は彼を 「遊戯王」 と呼んだ。
ユギはまるで信じられないものでも見るかのように空のゲームマスター・茅場昌彦を見上げる。
それではまるで、自分たちプレイヤーを閉じ込めるためだけに存在しているようなものじゃないか。罠だっていうのか、このゲームそのものが。
一体どうしてこんなことを考えたんだ。
常軌を逸した事態にユギは言葉を失っていた。
『諸君は今後、この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることは不可能だ。……また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合──」
自発的にログアウトすることは不可能。その言葉にどれだけの絶望が詰まっていたか。
そんなプレイヤーたちの思いを嘲笑うかのように茅場昌彦は一呼吸を置いてから続けた。
『──ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し生命活動を停止する』
疑念が確信に変わる。今この瞬間このゲームは自分たちに牙を剥いている。それも致死性の毒を含めて。
逃げれば死。頭の回転が早いプレイヤーの顔が一瞬にして青ざめていくのがわかった。
「マイクロウェーブって、なんだ?」
ジョーノは首を傾げる。
「電子レンジみたいなものだよ。今この瞬間、ボクたちは電子レンジを頭にかぶってるって。茅場晶彦はそう言いたいんだと思う」
「オイオイ、頭おかしいんじゃねぇのか……どうかしてるぜ。なぁ、遊戯」
ジョーノが眼前の現実を受け止めきれず、震えた声でユギを見て言う。
ユギもナーヴギアの内部構造に明るいわけではない。マイクロウェーブについてもサブカル的な本で読んだ知識程度のものだ。
ただ、あの茅場昌彦が冗談で言っているようには到底思えなかった。
そんなどよめきの中、近くにいた黒髪の青年プレイヤーから考え込みながらのつぶやき声が聞こえてきた。
「……原理的にはあり得なくもないけど、ハッタリに決まってる。だって突然ナーヴギアの電源コードを引きぬけば、とてもそんな高出力の電磁波を発生させられないはずだ。それこそ、大容量のバッテリでも内蔵されてない……限り」
最後の「限り」に確信と言えるようなものは無かった。最早現実逃避に近い。
近くいた青年もユギも知っている。
このナーヴギアには大容量のバッテリセルが仕込まれており本体の重さの30%はそれで出来ているのだということを。
それが出来るだけの材料が揃っている。いや、揃いすぎている。
そして茅場は追い討ちをかけるように警告を無視した人間の末路を語るニュース映像を流す。
それからというもの、茅場の冷酷なアナウンスが続く。
隣のジョーノが思いつく限りの文句を大声で叫んでいたがあの茅場は一切意に介してなどいない。
『しかし、充分に留意して貰いたい。諸君にとって《ソードアンドモンスターズオンライン》は、既にただのゲームではない。もうひとつの現実と言うべき存在だ。今後ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。HPが0になった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅して同時に────諸君らの脳はナーヴギアによって破壊される』
かつて千年アイテムを持っていたペガサスやマリク、あとはオレイカルコスの結界を用いたデュエルで敗北した者の末路がユギの脳裏にふと過ぎる。
それと同じようなことをやろうとしているのだ、この茅場晶彦という男は。
『諸君がこのゲームから解放される条件はただ一つ。先に述べたとおり、このゲームの舞台《アインクラッド 》最上部である第100層までたどり着き、そこに待つ最終ボスを倒してゲームをクリアすれば良い。その瞬間生き残ったプレイヤー全員が安全にログアウトされることを保証しよう』
こんなもの。ゲームなんて到底呼んじゃいけないものだ。ゲームで命を棄てるなんて、間違っている。
茅場を見上げながら不思議とユギの拳に力が込められていた。
「ふざけんな茅場ァ! HPが無くなったら死ぬだァ!? しかもテメェは安全なところでのうのうと見てるだけってのかよ!」
隣のジョーノが他のプレイヤーが思っているであろうことで気炎を上げる。だがあの茅場を名乗る赤ローブは聞いちゃいなかった。
それから既にいっぱいいっぱいであろうプレイヤーたちに追い討ちに残酷な事実を更に言うだけ言って──
『以上で《ソードアンドモンスターズオンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の健闘を祈る』
そんな突き放すような言葉を投げかけて、消えた。
◆◆◆◆◆◆◆
あのチュートリアルから翌日。ここまで凄惨な地獄絵図は生まれて初めてだった。
一部プレイヤーたちは即座に姿を消し、または途方に暮れて所在なくうろついていたり、中にはゲーム世界に風穴を開けるとか言って穴を掘り始める始末。当然、破壊不能オブジェクトとかいうものに引っかかってすぐ挫折したようだけれども。
ユギとジョーノはあの広場から離れて街中の
ジョーノは先程までロックバンドやってそうな金髪ロン毛が一転して、短いながらもボリュームのある金髪に変わっていた。
というか最早城之内克也そのもの、ただただジョーノという擬名を持ったただの城之内だ。
「ボクたち完全にアバターから素顔になってるね」
端的に言おう、このゲームのプレイヤー全員アバターが暴かれている。
ユギもさっきまで没個性だった髪型から武藤遊戯のトレードマークと言える星を思わせる髪型になっており、昔より少し伸びた程度の身長にまで縮んでしまっている。
せっかく身長高めに設定していたのに、とユギは凹んだ。
……あの昨日のチュートリアルの最中、茅場が寄越してきた手鏡型アイテムのおかげでせっかくプレイ開始前に準備してきたアバターがおじゃんにされてしまった。
当然プレイヤーたちの平均身長はガックリと落ち、V系のイケメンが突然フツメンに変わったりもしている。
ジョーノは不貞腐れ気味に頬杖つきながら、注文したよくわからないジュースをストローですする。あんまり美味しくなかったのでもっと不貞腐れた。
「ったく、あの茅場のヤローがくっちゃべっていた時、近くにいたゲロマブなオンナが、手鏡覗いた途端にマツコ◯ラックスみてーなオッサンに様変わりしやがったし……あー思い出すだけでも鳥肌が立つぜ……」
城之内はよほどおぞましい出来事だったらしい、自分の両腕を抱きながらぶるぶると身震いする。
こんな異常事態とはいえジョーノもユギも比較的早く立ち直っていた。
なんせ負ければ死のゲームを何度も経験させられれば感覚も麻痺する。おかげさまで他のプレイヤーより比較的冷静でいられた。しかしこれは大小の差でしかない。
内心焦っているのは結局のところ同じだ。このままでは皆にもう会えなくなってしまう。
下手に立ち回れば死ぬ。下手を打てば家族や友達に脳を破壊された凄惨な死体として顔を合わせる羽目になる。それだけは絶対に勘弁だ。
「なぁお前はどうする、ユギ」
「…………」
「オレはさ、このゲームをクリアしようと思う。あんにゃろー、上から目線でガタガタほざきやがったのも腹が立つし、なんか海馬のヤローと読みが似てるし、何の罪もねェ人を巻き込んでこんなことやりやがって。表舞台に引きずり出してブン殴ってやる」
言うと思った。
いの一番に茅場に反駁したのは喧嘩っ早いジョーノだ。
でも、危険だ。
と、声を上げようとしてもユギの胸の内が抑え込んだ。1日待ってもこの様子じゃ恐らく救出を待つよりクリアしてしまった方が速いはずだ。
それに茅場晶彦という男の真意が知りたかった。何故ゲームでこんな狂行に至ったのか、その口から確かめたい。
そして、自分が悠長に待てば何処かで誰かが死んでいくのだ。
──ボクは嫌だ。
笑顔になる為にゲームをしていたのに、命をやり取りするようなことになるのは。
誰かにそんな思いをさせるのを、見ているのは。
──ボクは、嫌だ。
このゲームには1万人ものプレイヤーが閉じ込められている。
放っておけば茅場がアナウンスした時よりもっと死んでいくに違いない。このゲームの難易度はかなり高いともっぱらの噂なのだ。
でも譲れないものがある。譲っちゃいけないものもある。
「ボクも──行くよ。あの茅場晶彦が一体何を企んでいるのか、ボクも知りたいんだ。それに城之内くん一人では放ってはおけないよ」
「悪い……」
自分の向こう見ずさに少しジョーノは気まずくなる。下手すればユギの前で自分は死んでしまうのかもしれないという恐怖が輪郭を持ち始めている。
とはいえ、男城之内。引き下がるほどヤワな人生は歩んじゃいない。
そしてこの状況で助けが来るかどうか。
茅場晶彦がそれを想定していないと思うのは楽観が過ぎる。
……茅場晶彦は天才と呼ばれた男だ、そしてSAOを開発したスタッフでもある。あの大企業海馬コーポレーションの若き社長、海馬瀬人に並ぶバーチャルシステムのパイオニアたる存在なのだ。
そんな男がこんな大掛かりな仕掛けを施しておいてヘマをするか。
なので選択肢としては最初からなかった。
一応自分たちのリアルの身体は医療施設に搬送されているらしく、しばらくの猶予は与えられているとはいえ、いつ医療に見放されるか分かりはしない。外部の状況も分からないので待つのも結局バクチだ。
さて、互いの大雑把な方針が決まった所でジョーノが啜っていた謎のジュースが底を尽きずぞぞぞと音を立てる。そして、ドタンと音を立てて乱暴に立ち上がり──拳を高く上げた。
「ようし、やる事は決まった! 100層まで上がってあのクソッタレをブン殴ってやるぜ!」
こういう時のジョーノ……いや城之内の勢いは心強さを感じる。
彼の前向きさと勇敢さにはいつだって助けられてきた。
「…………で、オレたちは何をすればいいんだ?」
とは言ったものの先ほどまでの勇ましさはどこへやら。ユギは勢いよくズッこけた。
言われてみればジョーノはズブの素人で、ユギの方が情報面で一日の長がある。苦笑いしながらこの街のマップを開いた。
「あはは……まずはレベルを上げてアイテムを増やしたりして準備することから始めないと。装備だけじゃない、回復アイテムや
「だーっ、やる事が多いなあ」
自分の頭をわしゃわしゃさせながらジョーノは自分のアイテムスロットを確認する。流石に初期状態ではあの青猪がドロップしたものくらいしかなかった。
そりゃそうだ、そう都合よくあるはずがないのだ。
ジョーノの防具は初期装備。攻撃装備が片手剣《ランドスターの剣》
この得物は最初運よく拾ったのだ。デフォルト片手剣に毛が生えた程度のものだが、無いよりはマシなので装備している。
その一方ユギはすべてデフォルト装備。武器はなんのスキルもない短剣だ。そのかわりアイテムが初期配布された資金をやりくりしたお陰でちょっとだけ揃っている。
この状況でユギとジョーノがパーティを組むとすれば、ジョーノが前線ユギがバックアップという流れとなりそうだ。いや、バックアップというには語弊がある。
――ボクはビーストテイマーを極める。
厳密にはそんなものは存在しない。だが、デュエルモンスターズを従えて戦うスタイルに特化させると言い換えた方がいいのだろう。
運用にはクセがあるし難易度も高いというデメリットがあれど強力だ。
ユギには既に自分自身の育成プランがある程度組み上がっている。ジョーノの方もだ。最終的な判断はジョーノに任せるが……
「クエスト、やってみようよ」
なので手始めにクエスト受注から始めてみることにしよう。
ユギの誘導に従って、喫茶店を後にしてクエスト掲示板へと歩を進めようとした矢先だった。
「おい、アレもしかして
「あ、あの頭そうだよな!?」
「サイン貰わねえと!」
素顔が暴かれたことであらかた予想のついていた展開が起ころうとしていた。デュエルモンスターズに詳しいプレイヤーたちがユギの姿を見て周囲が沸き立っている。
このままではクエストどころではなくなってしまう。いつもならサインを受け付けていたが今はそれどころじゃない。
「ここは逃げるぞユギ!」
二人は一目散に駆けだした。
◆◆◆◆
クエスト01 猪狩り
依頼主:1層配達人
概要:最近街の近くで徘徊している猪を退治してきてほしい。
おかげで怖くて配達もできやしないんだ。
終了条件:フレンジーボア3匹の討伐
はじまりの街近辺に出現するフレンジーボアを3体倒す。今この瞬間ジョーノとユギの装備であれば倒すことは簡単だ。
まずは堅実に、足場を固めること。話はそれからだ。
クエストを受注するや否や速攻ではじまりの街から逃げ出したユギとジョーノははじまりの街を出た。あまり遠くに出ればあとが怖い。回復アイテムが尽きた挙句帰れなくなったらシャレにならない。
空を見上げれば月が見下ろしていた。
虫の鳴き声が聴こえるし、風が素肌を撫でている。バーチャル・リアリティーの世界に閉じ込められていた時の感覚が久しく帰って来る。
「……ちょっと前まで学校に通っていたのに、今じゃ街出て猪ヤローを狩りに行くなんてヘンな気分だぜ」
決闘者だったのに今や
このジョブチェンジっぷりにおかしな笑いが出そうだ。……なおこのゲームにはジョブシステムは存在しない。十把一絡げにプレイヤーが呼ぶことはあるらしいけれども。
「でも、慣れなくちゃいけない。そうしないと――茅場昌彦と戦うことはできない」
この世界の住民であるという
「おうよ、一狩り行こうぜ!」
「ジョーノくん、それ別のゲームだよ」
勇んでいるジョーノにユギが苦笑いする。多分順応は自分よりも速いかもしれないなんて思いながら人気のない夜道を歩く。
そして――
「クリィィィィィィィィィ!!」
どこかで聴いた事のあるような悲鳴が木霊した。
――これってもしかして……
「行ってみようぜ!」
「待ってジョーノくん!」
ジョーノが真っ先に駆けだす。リアルであれば運動神経はジョーノの方が上なので差が開いてしまうのが常だが、生憎このゲームはレベルアップで手に入るポイントを割り振ってステータスを決めるもの。
初期ステータスはどいつもこいつも似たり寄ったりなお陰で並走できていた。
そして突然ジョーノが脚を止め、眼前のものに指さした。
「見ろユギ。あれって――」
「クリボー!」
デュエルモンスターズの一匹であり、茶色い毛玉に小さい手足と丸い瞳を持った小さな生き物だ。
低級モンスターでありながら過去、リアルで遊戯のピンチを幾度となく救ってきた。そんな戦友に等しいモンスターが、フレンジーボア×3に襲われていた。
悲鳴を上げながら全速力で逃げ回るそれを前にユギは放置できなかった。
「助けに行こう!」
「おうよ!」
ここで逃げる理由はなかった。ユギはクリボーを庇うために、ジョーノはフレンジーボアをランドスターの剣で掻っ捌くために駆けだした。
「こっちだこの猪ヤロー! このソードマスター城之内様が相手になるぜ!」
――いつソードマスターになったの城之内くん……というか本名言っちゃってるよ……
ランドスターの剣片手に何故か、顎をしゃくらせアントニオ猪木の真似をしながら注意を引く。
その一方でユギはクリボーを抱えて、ジョーノの後ろに立った。そして――ユギはあることに気付いた。
フレンジーボアの頭に出ているカーソルは赤色なのに対して、クリボーはカーソルが白いのだ。
ホワイトカーソル。赤にも黄にも染まり得ることを意味していた。クリボーはユギの胸の中で怯え切っている。
ユギも前に出るべきなのだろう。直接戦闘は得意じゃないが、四の五言ってられない――そう思ったのを察したジョーノは先に手で制した。
「大丈夫だ、ユギ。お前はクリボーを守っててくれ。やり方は覚えた、真っ直ぐしか突っ込めないヤツには負けやしないぜ……!」
背後のユギを一瞥して、ジョーノは不敵に笑った。
クリボーかわいいよクリボー。
今日のモンスター
(No.1):クリボー
これまで幾度となく遊戯の窮地を救った遊戯デッキのマスコット的存在。自分から遊戯の助けになろうとあのマハ……ブラマジより先に名乗り出たりととても健気。すっごい健気。すっごいかわいい。
実はスゴい力を秘めているとか……
後輩(?)が沢山いる。
Q:ビーストテイマーの制限ってないん?
A:ゲームが違います。
というのは置いといて、本作のゲームにおいてデュエルモンスターズが絡む兼ね合いで独自のルールを設定しています。もちろん、ビーストテイマーとて万能ではないのでご注意を。
Q:ユギは戦わないん?
A:ビーストテイマーを極めるという方針と、作者の表遊戯に対するこだわり上の都合でバックアップなどに振ってもらいます。味方モンスターが出てからが本番。彼が直接剣を振るうことはほとんどないかも(TRPGでは武器無しでしたし、辛うじてロケットパンチをしたくらい)。
王様は遊戯王ALEXとかでリアルファイトしてるんですけどね。本作では自称ソードマスター城之内くんが頑張ります。
でも、ビーストテイマーもいばらの道なのです……
十代君と遊星さんがこのゲームを始めたらどうなってたのやら。