化け猫も力を付ける為に様々な土地を廻り妖力を得たという。
化け猫いわく、北陸道の越中国に"ひんながみ"という憑き物が祀られ、人が生み出した呪いでもあるそうだ。
私たちは見聞を広める為に相模国から甲斐国・信濃国を通り、越中国を目指す事にした。
甲斐国の半分を過ぎた辺りで日も落ちてきたので道中の村に立ち寄り寝床を借りられないか交渉してみた。
私たちは妖怪ではあるが夜に動き回る事や無防備に野宿をするのは危険である事は変わらない。無暗に争って体力を消耗するべきではないのだ。
何件か尋ねたのち、受け入れて貰える事になったが条件を提示された。
この家は母娘の二人暮らしで父親は不在。娘の名は椛(もみじ)。娘は村長の息子に影で慰み者にされており、娘を村長の息子から守って欲しいのだという。
複雑な人間関係にはあまり介入したくはないが、脅されている理由がなんとなく察しが付く。この娘は既に半妖になっているのだ。
聞けば鬼と人間の半妖らしいが、人間との違いは寿命くらいで鬼特有の怪力乱神の力はないようだ。
しかし、半分でも妖怪であることが人間に知られれば村には居られない。殆ど脅迫に近い提示だ。
何故か木蓮はやる気になっているようだし。私達の旅の目的は人助けではないのだが、一宿一飯の恩義というやつだ。協力しよう。
翌朝から数日間、村長とその息子に探りを入れてみたがおそらく普通の人間だ。妻は息子を産んだ時に死去しているらしい。
しかし息子の方からは椛と交わっている事から僅かに妖気を帯びている。
椛の母親からは一切の妖気を感じないのに村長の息子の方が妖怪化が進んでいる気がするのが少々気になる所だ。
村の中にも椛以外の妖気は感じない。母親いわく、椛の父親は近隣の山に幽閉されている鬼であり、椛が密かに食事を運んでいる所を村長の息子に見られて脅されているようだ。
もうあの息子を亡き者にした方が早いのではないのだろうか?
しかし問題はそう簡単ではなく、村では山に幽閉されている鬼は信濃国に伝わる紅葉伝説の鬼に関わりがあると疑いをかけられているようだ。
息子を亡き者にしても幽閉された鬼を開放しても母娘が追われる身になる事には変わらない。とは言え現状を放置すれば村長の息子が完全に妖怪化して村の人々を襲う危険もある。
さて、どうしたものか...
私が唸りながら悩んでいると木蓮は父親に会いに行く事を提案をした。
木蓮いわく、父親が生まれつきの鬼なら人間と交配しても娘の椛には怪力乱神の力があるはず。椛に力がないなら人間から鬼になった可能性が高い。父親を人間に戻せば解決する。
仮に椛に秘めた力があったならその力で山を管理してる天狗なり鬼なりに許可を貰えばよい。という事だ。
少々乱暴な考え方のような気もするが、取りあえず父親に会う事が必要そうだ。
次の日、椛の父親が幽閉されている山に来たが、他の妖怪は身を隠している。どうやらこの山は雑多な妖怪が居るだけで他の鬼や天狗によって管理はされていない様子だ
山道を進むとボロボロの結界が張られた穴蔵の中で男が座禅を組んでいた。幽閉というより自分の意思でここに居るという感じだ。
木蓮の読みは当たっていたようで椛の父親は元々人間だった...というより今もほぼ人間だ。
声を掛けても反応は無いが生きてはいる。椛が運んだであろう食事も食べているようだ。雑多な妖怪達の不安のそうな視線が痛いので村に戻る事にした。
村に戻る道中、木蓮は不思議そうだった。
「なぁ、椛が半妖である事に説明がつかなくないか?」
そうだ。父親は何らかの理由で鬼になったのかも知れないがほぼ人間だった。母親も人間。その娘が半妖なのはおかしい。
椛と交わっている村長の息子が妖怪化してきているという事は確実に椛は妖怪と人間の混血。
常に一緒に暮らす母親からは椛の妖気が感じられないという事も不可解だ。
二人揃って唸っていると途中で父親の食事を持ってきた椛と会った。
木蓮と椛はここ数日で随分と仲良くなったようで椛は父親の食事を運び終えると自分の知ってる事を話してくれた。
椛が生まれた時には既に父親はこの山に居て声すら知らないこと、この山に居る妖怪達は友好的であること、両親が妖怪ではないのに自分が半妖である事に不安があること。
そして村長は元々は僧でこの村の出身ではないこと。
それを聞いた私と木蓮は黒幕の存在にある程度の予想がついた。
「困るねぇ何処の馬の骨か知らないが、私の村を荒らすとは...」
突然飛んできた金剛杵(こんごうしょ)が地面に刺さり、広がった法力で私達は体の自由を奪われた。
村長だ。いやこいつの正体は妖怪だ。
「青坊主...だな?」
法力で自身の妖力を隠し、人間のフリをする。私たちと同じ手段を使っているのに盲点だった。我ながら情けない。
「この娘と鬼もどきは用済みだ」
そう言うと青坊主は持っていた刀で椛を切り裂き、椛の父親へと金剛杵を投げつけ、椛の父親の胸を結界ごと貫いた。
辺りには血が飛び散り、みるみるうちに血溜まりが広がっていく。
「今頃、完全に妖怪化した私の息子が村の人間を食ってる所だろう。人間を喰らった息子を喰らえば私の力も増す。人間の血に穢れず力を得る良き策であろう?」
屑極まりないな...
青坊主が自分の策に酔いしれて目を放している間に山の妖怪達が石を投げて金剛杵を弾き飛ばし、何とか束縛から逃れる事が出来た。
すぐにでも青坊主に飛び掛かりそうな木蓮を抑えて指示をだす。
「木蓮、青坊主は私に任せて村を頼む。私もすぐに追う」
怒りで今にも燃え上がりそうな木蓮は青坊主を尻目に村へと向かった。
「我が身を顧みず式神を村に向かわせたか!哀れだな。人間など守る価値もなかろうに!」
私が深手を負ってる椛と父親を見捨てられないとふんで青坊主は余裕そうな笑みを浮かべている。
私は戦いに向いてないが、無策で旅をするほど愚かでもない。勝機は必ずある。
青坊主の法力を纏った金剛杵がいくつも飛んできては私の体に刺さって体力を奪ってゆく。
「私の法力は効くだろう!ちゃんと避けないと身体が穴だらけになるぞ?」
私が避ければ椛や椛の父親に当たってしまう。
こいつはそれを知った上で完全に勝利を確信している。だがそれこそがこいつの弱さだ。何も分かっていない。
青坊主が私に金剛杵を刺すことに夢中になっている隙に椛の父親が居る穴蔵から伸びた結界の縄が青坊主の身体に巻き付き自由を奪う。
「何故...結界が...!!」
法力は本来、仏の持つ救世の力で邪なものを威光にて祓う力。
天狗のように修行僧は妖怪化してもある程度の法力が使えるが、邪悪に堕ちれば法力は弱まる。
金剛杵は法力を込める道具。大量に投げれば当然枯渇する。
多少の妖術なら雑多な妖怪でも使える。己への慢心と山の妖怪達を侮った事がこいつの敗因だ。
青坊主に巻き付いた結界の縄が次第に締まっていき、既に泡を吹いてる青坊主を容赦なく締めつけた。
青坊主の惨めな命乞いに聞く耳を持たぬと言わんばかりに青坊主は縄に首の骨を砕かれ沈黙した。
青坊主の沈黙を確認したのち、椛と父親の手当てを試みようとしたが山の妖怪達の介抱も虚しく二人は失血により助からず、山の妖怪達の咆哮が山の木々を激しく揺らした。
山の妖怪達に手伝ってもらって遺体を運びつつ村に戻ると鬼のような姿に変わった青坊主の息子が頭を砕かれて横たわっており、傍らには赤く染まった折れかけの木刀を握りしめた木蓮が立っていた。
幸い村の被害は大きくなかったようで椛の母親も生きている。椛と父親の遺体を母親に受け渡し、懇ろ(ねんごろ)に弔った。
泣きじゃくる母親に追い打ちをかけるようで気が引けるが、明らかにするべき事がまだ残っている。
「椛の父親は鬼人ではなく村長だな?」
母親は小さくうなずくとやっと真実を語る気になったようだった。
青坊主が人間に化けて子連れで村に来たのは約二十年前、言葉巧みに村に馴染み、六年後には失踪した前村長に変わり村長になった。
しかし、前村長の遺体を息子に喰わせる姿を目撃してしまい襲われ、青坊主の子を孕んでしまったのだという。
青坊主からは子を産んで育てなければ周辺の村々をも滅ぼすと脅され、育った子は息子に食わせると言われたそうだ。
山に居た鬼、椛が父親だと思っていた人物は元は人間であり許嫁であったが、子が妖力を帯びている事の辻褄を合わせる為に鬼になって自ら山に籠ったらしい。
一緒に暮らしていても椛の妖気を帯びなかったのは青坊主の法力の効果だそうだ。
村の人間達も村長が怪しい事を何となく感じていたらしいが今更である。
村を脅かす元凶はもう居ない。しかし椛の母親は本来の夫も娘も失った。
椛は自分の父親が村長でありこの村を滅ぼそうとした張本人である事を知らないまま、穢されて脅されてたった十四年で生涯を終えてしまった。
私達の旅の目的は人助けではない。救えないものもある。
木蓮は椛の墓前に座り込んで暫く身を震わせていた。